胡蝶の夢2
自らの記憶に基いて作られた世界で、優太はそれが夢の世界であると看破して見せた。何故分かったかと言えば……
「まず、俺には妹はいない。朝出てきたのは、五年くらい前に流行ったアニメのキャラだ! アニメ絵のキャラがそのまま出てきたら嫌でも気が付くわ!」
どうやら優太の記憶の中から、実在しない者まで作り出してしまったようだ。
「近所に住んでいた妙子姉さんは、すでに結婚して一児の母だ。セーラー服着ていたのは俺が小学生の頃の話だぞ!」
時系列の整合性も取れていなかったらしい。
「おまけに、俺の実家から大学までは新幹線に乗って三時間かかる。なんで徒歩十分で大学についているんだよ!」
位置関係の整合性も取れていなかった。夢ではよくあることである。なお、現実では優太は学生向けのアパートの一室を借りて一人暮らしをしていた。
「そして何より、どうして俺は聖女の衣を着ているんだ! そしてなぜ誰も俺の格好を見て何も言わないんだ! 何なんだよこのいいかげんな世界は!」
そう、夢の世界にもかかわらず、優太が着ているのは相変わらず聖女の衣であった。そして相変わらず他の服に着替えることができなかったのだ。
「それはやっぱり先輩の頭がいいかげんだからでは……あわわ」
語るに落ちた後輩であった。優太は後輩の頭を掴んだでいた手に力を込めた。
「あ痛たた、先輩痛いっす。……なんで夢の中で痛いんですかぁ?」
優太は痛がる後輩には取り合わず、話を続ける。
「お前は、お前の姿の人物は、確かに俺の後輩だが、単に同じ学科の後輩と言うだけだ。ゼミやサークルの後輩のような繋がりはない。」
優太がこの後輩のことを知っているのは、優太達をモデルにしたBL本を描いた本人だからである。
「朝から見ていて分かったが、この世界では俺が良く知らない相手は話しかけてこないし、会話も成立しない。だが、俺の良く知らないお前とは会話ができている。ならば、お前は俺の記憶から作られたものではない。」
優太はこの世界が現実でないことにすぐに気付き、注意深くこの世界を観察していた。
「つまり、お前がこの事態を引き起こした犯人だ! 何を企んでいるのか喋ってもらおうか。」
「フフフ、甘いですね先輩。そう簡単に私が口を割ると――痛たたたた、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい全部話すから許して~」
夢の世界でも変わらぬ優太の握力に屈してあっさりと口を割った。
「聖女を殺すのは無理そうだったんで、夢の世界に閉じ込めることにしました。以上っす。」
実に端的な回答であった。
「ふーん、昨日のテロリストの仲間か。何を考えてこんなことをやっているんだか。」
エミリア=ウィザース。彼女はウィザース男爵の令嬢、一応貴族の一員である。
もっとも、領地も持たず政府の要職についているわけでもないウィザース男爵は、金にも権力にも縁のない典型的な貧乏貴族であった。少し目端の利く者ならば爵位を返上して商売でも始めることも多い。そういう立場である。
まあ、それでも身元のはっきりした貴族の息女と言うことで、それなりの働き口はある。そんなわけで、エミリアは王城でメイドとして働くことになった。
エミリアには一つの宝物があった。それは母親から託された一本の小さな鍵。
「あなたが成人したら、この鍵でしまった中身は全部上げるわ。」
そう語った母親は、流行り病でエミリアの成人を待たずに亡くなってしまった。
母の形見となった鍵を手にしたエミリアは、約束通り成人して働き始めたら、この鍵で開く扉を探そうと心に決めていた。
だが、ひょんなことから成人を待たずにその鍵で開く鍵穴を見つけてしうことになる。
母親のクローゼットの二重底の下から出てきたもの。それはこの世界の乙女に伝わるアンダーグランドな文化の結晶。その宝物に多感な少女だったエミリアは夢中になった。
だが、母親から正しく継承しなかったことが仇になったのであろう。その取扱いの注意を怠ったエミリアは、母親から受け継いだ宝物を父親に見つけられてしまったのだ。
この世界では、BL本そのものは禁制でも何でもない。漫画本の存在は召喚された勇者や聖女が持ち込んでいて知られているし、同性愛についても個人の趣味の範疇ということで容認されており、迫害されるようなこともない。アンダーグランドの文化になっているのも、そういう楽しみ方をしているという側面が強いのだ。
ただ、彼女の母親のコレクションは少々過激なものが多かった。十八禁指定しても、表に出せるか怪しいそれらの書物は、彼女の父親でなくても子供の教育に悪いと判断したであろう。
結果、彼女が母親から受け継いだ本は全て父親の手によって燃やされた。
エミリアは悲しんだ。宝物を失っただけではなく、母親の思い出までもが焼き尽くされたかのように感じていた。
その時以来である。エミリアが世界を呪うようになったのは。
エミリアが創造神教に入ったのは、単に両親が創造神教徒だったからだ。他意はない。
たが、彼女は次第に創造神教内の過激派に近付くようになった。
しかし、エミリアは過激派の中でも異端だった。なぜなら、彼女の望みは創造神の復帰ではなかったから。
彼女の望みは――
「BL本も自由に読めない、こんな世界滅びてしまえばいい!!」
魂の叫びであった。しかし、優太には響かない。
「そのBL本をこの世界に持ち込んで広めたのは、初代聖女だぞ。ついでに俺以外の召喚された聖女も協力したらしい。」
「ええー、マジっすか?!」
やはり知らなかったらしい。後輩――の姿を借りたエミリアが混乱する。
「まあいい、そろそろこの世界を抜け出すか。」
そう言って優太は掴んでいたエミリアの頭を放す。
「無理っす。この夢の世界では魔法は使えないっす。脱出は不可能っす。」
「どうせ精神に干渉する魔法か呪いだろ。その程度気合で何とかなる。フン!」
別に根性論で言っているわけではない。聖女の衣の回復機能や優太自身の強大な魔法抵抗があるため、正しく異常な状態であると認識すれば、この程度の呪いならば弾き飛ばしてしまうのである。
実際に、周囲の光景が歪みだした。
「わっわっ、本当に気合だけでこの世界を壊す気ですか。先輩、無茶苦茶っす。」
アルベルト王子達の見守る中、突然優太の体から魔力が溢れ出し、優太が目を覚ました。
「あ~、よく寝た。お、アル、今何時だ? 」
「もうじき昼だよ。ユウタ、無事でよかった。」
「しまった! 朝飯食いそこなった。さっさと脱出すればよかったか……」
優太は最初の最初で現実でないことに気付いたため、その気になれば何時でも呪いを破って目覚めることは可能だった。ここまで時間がかかったのは、好奇心に駆られて夢の世界の探索とか犯人探しとかしていたためである。
優太が目覚めると同時に、巻き込まれたメイド達も目を覚ました。
優太専属メイドの筆頭であるエリザベス嬢が立ち上がり、一人のメイドの前に立つ。
「エミリアさん。あなたが犯人ですね。」
「はい。申し訳ございませんでした。」
同じ夢の世界に囚われていたメイド達は、ある程度の情報を共有していた。
そしてすでに観念していたエミリアもおとなしく拘束された。
こうして、一連の騒動はようやく幕を閉じた。
まずは、サブタイトル詐欺につきお詫び申し上げます。
本来の敵方の作戦は、「元の世界に戻った夢を見ているのか、異世界に聖女として召喚された夢を見ていたのか分からない」状態にすることで、夢の世界に閉じ込めるというものでした。
失敗の最大の要因は、用意した聖女専用の呪いを一度も試していないことでしょう。テストする方法もないので、まともに機能するかも分からないまま、いきなり本番だったのです。
本章はこれで終わりです。
次は第三章になります。現在執筆中なので、しばらくお待ちください。




