暗躍する者達
暗闇の中、男が一人何事か呟いていた。
「勇者も聖女も召喚され、第二の危機まで終わったのか。……そろそろ我々も動く頃合いか。」
男は手にした紙束を見ていた。紙束にはうっすらと光を放っていた。その薄い光が文字を形作る。これは暗闇の中でしか読めない文書だった。
「それにしても、男を聖女にしただと。イシスめ、ふざけた真似を……」
気持ちはわかるが、それは女神イシスの責任ではない。風評被害であった。
「だが、我々も既に準備を整えている。勇者だろうと聖女だろうと倒して見せよう。イシスよ、この時代に世界の危機を引き起こしたことを後悔するがいい!」
破滅的カルトには様々な思想を持つ人がいるが、この男は「世界の危機は女神イシスの自作自演である」という思想の派閥に属していた。
「これでイシスの支配も終わる。クククククク……」
神託や勇者や聖女と言った女神イシスによる世界の危機の回避に失敗した時、他の神々が介入して女神イシスは失脚し、創造神が戻って来ると言う思想が創造神教系の破滅的カルトの特徴である。ただ、その中にも勇者と聖女を倒せば女神イシスがギブアップして創造神が戻って来ると考える楽観派と、人類が絶滅寸前まで追い込まれる必要があると考える悲観派に分かれる。
笑いながら語る男は、犠牲が出る前に創造神が助けてくれると考える楽観派か、如何なる犠牲を払ってでも女神イシスを追い落とそうと考える冷酷な狂信者か、あるいは……自分の行いの結果がどうなるか分かっていないただの馬鹿か。
――バン!
突然大きな音と共に光が差し込んだ。窓を閉め切り、真っ暗に保たれていた部屋のドアが勢いよく開かれたのだった。
「な、何事か!」
男が慌ててそちらを見ると、大きく開かれたドアから兵士が雪崩れ込んできたところだった。王都の治安を守る衛兵であった。
「勇者様ならびに聖女様を害する計画を立てた容疑で拘束させてもらう。捕らえろ!」
隊長の命令の下、衛兵達が男に殺到した。
「おのれ、イシスの走狗共め! 我々は権力には屈しな、ちょっ、痛い! 止めて! 許して~~」
男はあっさりと拘束された。
「まだ何もしていないから、見逃して~~」
「話は後でじっくりと聞かせてもらう。連れて行け!」
男は縛り上げられたうえ、両脇を衛兵に固められた状態で連れ出されて行った。その後、衛兵たちは室内の捜索を行い証拠品となりそうなものを押収して行った。
一通りの作業を終わらせて、衛兵たちはその部屋を後にした。途中で隊長が部屋の外で見守っていた婦人に声をかける。
「ご協力、感謝いたします。」
「いえ、息子の愚行を止めることも、親の義務ですから。」
男は、実の母親に通報されて捕まった。破滅的カルトのメンバーが行動を起こす前に捕まるのは、身内に通報されるケースが多かった。
たとえ犯罪者であっても、親兄弟ならば庇いたくなるのが人情。それはこの世界でも同じであった。しかし、破滅的カルトに関しては情を押し殺しても通報する、それだけの大罪なのだ。むしろ、下手に行動を起こして人類の敵認定される前に止めることが、せめてもの情けである。
ついでに言うと、勇者や聖女を故意に害すれば女神イシスの神罰が下ると云われている。だが女神の力というものは、実行犯やその黒幕と言った特定の個人を対象にして行使されるものではない。だから、神罰とは地域全体とか、国丸ごととか言ったレベルで酷い目に遭うだろうと考えられている。
そんなこともあり、勇者や聖女を手にかけようとすれば、国や法が許しても世間が許さない。本人はおろか、一族郎党まとめて迫害される危険があった。
世界の危機が既に発生している現在、王都ソレスでは疑わしい人物を片端から取り締まっている。今ならば捕まったとしても、誤認逮捕されたその他大勢に紛れて、家族や親族への影響は少なくて済むのであった。
「これで五件目。全員創造神教か。」
ロベルト王子は上がってきた調書を読みながら呟く。この五件と言うのは、本当に破滅的カルトと関係のあると確認の取れた人間の数である。疑いだけで逮捕された人間はもっと数多い。
誤認逮捕を覚悟の上で疑わしきは逮捕を押し通しているのは、世界の危機への対応として危険を排除するためだけでなく、家族からの密告を行いやすくするためのロベルト王子の策略であった。
ロベルト王子は破滅的カルトを炙り出す為に他にも手を打っていた。だが、そちらに引っかかるのは破滅的カルトの中でもマイナーな弱小組織のみで、最大派閥の一角である創造神教の過激派は主に家族からの通報で逮捕されていた。
「やはりこいつら、創造神教のネットワークを使っていやがるな。」
創造神教そのものは破滅的カルトでも何でもない。むしろ、一般の信者が肩身の狭い思いをするので、破滅的カルトの域まで達している過激派は排除したいのだが、それは難しかった。実際に行動を起こすまでは、創造神教内でも見分けがつかないのである。
そして女神イシスに次いで信者の多い創造神教は、信者同士のネットワークが整備されていた。創造神教内の破滅的カルト勢力は、自らの存在を隠したまま、ちゃっかりとそのネットワークを利用していた。
「捕まった連中は本気でやるつもりのない冷やかし半分の奴等だし、本命はまだ隠れているんだろうな。厄介なことだ。」
破滅的カルトの厄介さは、自分の死をも顧みぬ狂信的なところにある。だが逮捕された面々は何となく気分に浸っているだけのお気楽な者であり、まともな仲間とも認識されていなかったのかたいして重要な情報は持っていなかった。
本気で信念に殉じる覚悟があるなら、家族にだって秘密を守り通しただろう。重要な情報を握っているのはそういう奴だ。
だが、重要な情報を持っていない下っ端だとしても、調べてみれば判明することもある。
「これは、方針を見直す必要があるか……。」




