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聖女無双  作者: 水無月 黒
断章 創造神教

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異世界宗教事情

新章に入ります。

世界の危機には直接関わらない、寄り道的なエピソードなので断章としました。

 この世界における神と言えば、女神イシスのことである。

 神の行っている世界の管理について詳細は知らなくても、世界の危機に際して神託を降し、勇者や聖女を遣わすという行為は歴史的な事実である。女神イシスの実在を疑うものはこの世界にはいないだろう。

 だが、実はイシス教という宗教があるわけではない。

 女神イシスは神託を降しても人に命令することはない。人の生き方を説くこともなければ、祈りや信仰を求めることもない。

 だから、各地に女神イシスを奉る神殿はあるが、共通の教義などは存在しない。礼拝の作法なども、「うちの神殿ではこうやってます」程度のものだし、宗教儀式的なものも、その地域の実情に合わせてそれぞれで執り行っているだけである。

 言ってみれば、同じ神を信仰する小さな宗教組織が各地に乱立している状態である。

 このため、各地の神殿は他の地の神殿よりも、地元の住人とのつながりを重要視していた。

 そもそも、女神イシスは神殿関係者を特別扱いしないということは古くから知られていた。だから、神殿と言っても神聖不可侵な権威とかはない。この世界の神殿は、比較的庶民派であった。

 これが女神イシスを信仰する神殿の現状である。


 信者の数は少ないが、この世界には女神イシス以外の存在を信仰する宗教も存在する。

 様々な自然の造形や自然現象の中に神を見る自然崇拝。

 自分たちの先祖を崇める祖霊信仰。

 上位のドラゴンや聖獣、神獣などと呼ばれる特別な動物を崇拝する聖獣信仰。

 精霊と呼ばれる目に見えない存在を信仰する精霊信仰。

 過去の偉人を信奉する英霊信仰。

 空想上の神を信仰していたり、思想や理念で集まった集団が宗教団体と化したりすることもある。

 そんな様々な信仰を持つ人々も、基本的に女神イシスは実在する神として認めている。中には、自分たちの信奉する存在を女神イシスの化身や配下と主張して自らの信仰に正当性を与えていることもある。

 教国なども、聖女を信奉する英霊信仰に近いものがある。ただ、聖女が女神イシスにより遣わされるため、女神イシスに対する信仰と同一視されているのである。

 このような、女神イシス以外を崇める信仰の中に、創造神教と呼ばれる宗教がある。

 この『創造神』と呼ばれる神は少々特別である。

 この世界の神は、女神イシスである。それは間違いない。だが、女神イシスはこの世界の創造に関与していない。

 別の神によって創り出されたこの世界を受け継ぎ、管理しているのが女神イシスなのである。

 この、最初に世界を創造した、名前も伝わっていない神を信奉しているのが、創造神教である。

 実は、女神イシスも世界を創造した神が別にいることを認めている。教国に存在する過去の神託を記録した資料庫には創造神の存在を示唆するものが何点かあると言われている。

 創造神はこの世界において、女神イシス以外に唯一実在が確定している神の一柱なのである。

 そういったこともあり、創造神を信奉する者は、女神イシスを信じる者に次いで多い。

 もっとも、女神イシスが人々の信仰に全く口を出さないこともあって、この世界の宗教はおおらかというか、寛容というか、かなりテキトーである。毎日イシス神殿で礼拝していながら、創造神教や他の宗教を信仰しているといった人もざらにいる。正確な信者の数など誰も把握していなかった。

 そして、信仰に対する大雑把さは宗教内部にも及ぶ。特に創造神教は信者も多く、また創造神の詳細は全く伝わっていないため、様々な考えを持つ者がいた。

 創造神教の中でも最も大きな派閥は、「創造神はこの世界を創造した後、管理を女神イシスに任せて別の世界を創造するために去った」とする考えである。女神イシスに対する信仰との折り合いも良いので、大半の創造神教徒はこの考えを支持している。

 一方で、女神イシスは創造神からこの世界を簒奪したと考える者もいた。神代の混沌とは女神イシスと創造神との世界をかけた戦いであり、無理やり世界を奪ったために世界の危機が起こり続けているのだと。

 後者の考えは間違っていた。神々の諸般の事情により、創造神から女神イシスへと、この世界の管理は正式な手続きを経て移譲されていた。

 だが、微妙に真実をついている部分もある。神代の混沌とは、女神イシスが世界の管理を引き継いだ際のトラブルであり、世界の危機が多発するのはこの世界を完全に管理しきれていないところに原因がある。

 もう少し神々の事情に突っ込むと、女神イシスは無能なわけでも手を抜いているわけでもなかった。神々の中では若輩になるが、真面目で熱心な女神であった。むしろ問題は創造神の側にあった。

 創造神は、神々の間でも特に有能な神であった。その有能な神が、その能力をフルに使って趣味全開で創ったのがこの世界である。世界の内に住んでいる人間には分からないが、神々から見れば非常に精緻で絶妙なバランスの上に成り立っている芸術作品のような世界だった。

 だから、どうしようもない事情で創造神がこの世界を手放した時、その管理を引き継いだ女神イシスは困ったことになった。バランスが絶妙過ぎて、女神イシスには世界への干渉ができなかった。このままでは世界の管理ができなかった。

 そこで、女神イシスでも世界の管理を行えるように、世界のシステムを改修しようとした結果引き起こされたのが神代の混沌である。

 そして、異世界から力を与えて人材を召還するという強引な介入を行ってまで修正したシステムでも完全に管理しきれずに世界の危機を引き起こしてしまっているのがこの世界の現状なのであった。

 だから、一部の創造神教の信者が主張するように、女神イシスが世界の管理者に代わったことで神代の混沌や世界の危機が発生しているというのは事実である。神代以前の、創造神が直接管理していた時代の方が安定していたというのも正しい。

 だが、神代の混沌や世界の危機の責任を女神イシスに求めるのは間違いである。他の神には扱いきれない世界の管理を押し付けられた、彼女はむしろ被害者なのだ。

 だから、創造神教の信者の中でもごく一部の特に過激な思想を持つ者達が主張するように、『勇者』や『聖女』を排除すれば女神イシスがこの世界を諦めて創造神が戻って来るといったことは絶対にありえなかった。それが可能ならば、女神イシスが創造神を呼び戻していただろう。

 創造神教のごく一部の過激派、彼らの目的は世界の破滅でも人類の滅亡でもない。むしろ、世界の管理を創造神に戻すことにより、平和で安定した世界になることを望んでいる。

 しかし、その手段として選んだのが、『勇者』や『聖女』を害し、世界の危機への対処を失敗させることで女神イシスを失脚させるというものだった。彼らは女神イシスの手に負えなくなった時点で創造神が現れて全てが丸く収まると楽観しているか、あるいはどれほどの犠牲を出しても創造神さえ戻ってくれば最終的にはその方が多くの人が助かる考えていた。

 思想や目的はどうあれ、危険極まりない行為に手を染める彼らを世間ではこう呼ぶ。『破滅的カルト』と。

 宗教には寛容なこの世界で、唯一徹底的に糾弾され排斥される存在である。

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