エルソルディアへの道
この話はちょっと長くなりましたが、途中で切るのも中途半端なのでこのまま掲載します。
ドラゴンゾンビを討伐して三日後、勇者一行はエルソルディアに戻ることになった。
ドラゴンゾンビが彷徨った範囲には、まき散らされた毒がまだ残っていたが、聖女でなくても対処が可能であることが判明したため、エルマギカの者が処理することになった。
ドラゴンゾンビの毒に含まれる有害成分の内、瘴気は時間と共に拡散し薄まって行った。それに伴い、もともと不安定な魔法毒や呪いは効力を失った。強酸は空気中に霧状に漂っている間は危険だったが、地面に落ちて溶かすものを溶かせばほぼ無害になった。残った毒は避毒アミュレットで十分に防ぐことが可能であった。
近付くことさえできれば、少しずつならば毒の処理は神官に可能だった。また、アッカーマン教授も毒のサンプルを採取していたので、いずれ毒をまとめて無害化する方法も開発されるだろう。
「すまないネ。南側の地上施設は未完成なんだヨ。送ってやれるのはここまでだネ。」
アッカーマン教授がすまなそうに謝罪する。一行は、エルアカデミアから北方山脈の麓まで魔導列車で移動して来ていた。この魔導列車、当然ながら線路の上を普通に走ることができる。
「いえ、ここまで送っていただいただけで十分です。」
アルベルト王子は、ひきつった笑顔で答える。たとえ、南側の地上施設とやらが完成していたとしても、もう一回弾道飛行などやりたくはないだろう。
「荷物だけなら送れるヨ。送りたいものがあったら言ってくれ。」
荷物だけならば弾道飛行できるらしい。魔導列車のレールの先は、ここでも空に向かって伸びていた。
弾道飛行の代わりに、帰りは正規のルートで北方山脈を越えることになった。
「全員、装備を確認しろ。不足分があればここで購入していくこと。最低限の携帯食、水筒、防寒具、発煙筒は各自が携帯するように。」
そこで、エルマギカに留学して北方山脈越えの経験もあるエドウィン魔導士長が仕切っていた。
「遭難したら、下手に動かずに発煙筒を焚いて救助を待つこと。運が良ければだれかが見つけてくれる。街道を外れて歩いて行けるほど北方山脈は甘くないぞ。」
正規の街道を進むはずだが、それなりに危険な道程だった。その後もエドウィン魔導士長からの注意事項と装備や物資の確認を行い、不足分はその場で購入する。この先山脈を抜けるまでは物資を購入できる商店など存在しない。
北方山脈越えの経験者がいない場合は、専用のガイドを雇うのが一般的だ。場合によっては荷物運びも雇うのだが、今回は屈強な王宮騎士団が二十名とさらに体力のある大介や優太もいるので不要だ。
そして、準備が整ったところで一行は北方山脈に向かって出発した。
一日目。
街道は上り坂が続いていた。山登りが目的でないが、高く険しい北方山脈を安全かつなるべく早く通り抜けるためにはそれなりの高さまで上がる必要がある。
その坂道を、一行は徒歩で登っていた。この街道を馬車で越えることはできないのだ。厳密に言えば、入り口からしばらくは馬車も通れるのだが、全行程のごく一部だけなのでわざわざ馬車を用意することはまずない。
上り坂で、真っ先にダウンしたのがリコリスであった。リコリスがか弱い女性であったから、だけではない。
「なあ、そのでっかい荷物、アッカーマン教授に打ち上げてもらえばよかったんじゃないか?」
リコリスは、相変わらず大きな荷物を持ったまま山道を登っていた。
「これは姫様の……ゼエゼエ……大切な荷物です……ハアハア……。他人には……ヒーヒー……任せられないです……ハアハア……。」
リコリスの持つ荷物は、アッカーマン教授から私的に提供されたマジックアイテム――精密機器であった。リコリスの意地というだけではなく、強い衝撃が加わる弾道飛行には耐えられなかった。
なお、王宮騎士団の予備の武具の類は送ってもらうことにした。アッカーマン教授は弾道飛行のテストも兼ねて、分解した魔導列車のパーツをこの方法で北方山脈の向こう側へと送っていたそうだ。今は、向こう側の地上施設を完成させるための資材やマジックアイテムを送っている。そこに便乗する形で一部の荷物を送ってもらっていた。
「そういうことで……ゼエハア……、聖女様お願いするです……ハアハア……。」
「はいはい。『体力回復』! 『軽量化』! 『身体強化』!」
ヘロヘロのリコリスに魔法をかける優太。効果は覿面だ。
「力が漲るです! これでまだまだ戦えるです!」
シャキーン! リコリス復活。お前は何と戦っている?
「最初からこうしておけばよかったんじゃないのか?」
最初から軽量化と身体強化をかけておけばここまで早くバテることはなかったはずだ。
「それじゃあ、姫様への愛を示せないじゃないですか!」
相変わらず愛が重いリコリスであった。
一行は、大きな山小屋のある場所へやって来た。
「今日はここに泊まる。」
エドウィン魔導士長が宣言する。
「まだずいぶん日は高いけど、今日はもう進まないのか?」
北方山脈の麓までは魔導列車で移動したので、午前中の早い時間から北方山脈に踏み込み、今はまだ午後の二時~三時といった時間である。
「今から進むと次の休憩所まで日のあるうちに辿り着けない。この街道は、夜間に進んだり、休憩所以外の場所で夜営するのは危険だ。」
エドウィン魔導士長が端的に説明する。
街道には安全に休息や宿泊ができる休憩所が何ヵ所か存在する。この休憩所以外の場所にテントを張って寝泊まりしたり、夜になってから街道を進む行為は、特に慣れていないものにとっては危険を伴う行為であった。
そして、このことが北方山脈を越える道程に日程がかかる原因の一つである。この日のように、次の休憩所まで日のあるうちに着けなければ、まだ明るいうちでも手前の休憩所に留まらなければならないのだ。
この日は早めに休み、翌日に備えることになった。
二日目。
前日に早くから休んだこともあり、一行は早朝から元気に出発した。
相変わらず上り坂が続いたが、この日は最初からリコリスに優太が魔法をかけており、順調に進む、と思われたのだが……
「頭が痛いです……。」
リコリスが体調を崩したため、一行はいったん足を止めていた。
「このあたりは空気が薄い。そのせいで体調を崩すものが出る。他にも具合の話いるものがいたら、無理せず早めに申し出るように!」
エドウィン魔導士長が他の者にも注意を促す。
「高山病か? 効くかな? 『治癒』!」
優太が、とりあえず病気治療の魔法をかける。
「おお! 頭がすっきりしたです。」
シャキーン! 一瞬でリコリスが復活した。
治癒の魔法は病気を治す魔法であると一般には認識されているが、体の各所の機能を調整する働きもある。この作用により高所への順応が早まったのだろう。ただ、普通の神官が使用しても苦痛を和らげる程度でここまで劇的な効果はない。ここでも聖女の力は際立っていた。
エドウィン魔導士長は少し考えて、様子を見ながらそのまま進むことにした。頭痛だけを抑え込んでも、後でかえって重症になる場合もあるのだ。
その後一行は順調に進んだ。リコリスも頭痛やその他の症状が出ることもなく、軽い足取りでどんどん進んで行った。
そして予定よりもだいぶ早く次の休憩所へとやって来た。
「通常ならば高所に体を慣らすため、大事を取ってここで一泊するのだか、この調子ならば問題ないだろう。次の休憩所まで進む。」
ここまでは問題なくても、疲れが出たところで症状が現れて身動きが取れなくなる危険がある。だが、優太がいれば次の休憩所までは持つだろうと踏んだエドウィン魔導士長の判断だった。
その後何人か不調を訴えたが、全て優太の治癒で回復し、一行は無事に次の休憩所に到着した。
三日目。
朝、全員のコンディションをチェックしてから出発した。一晩寝てから高山病の症状が出る危険性もあったのだが、優太の治癒でしっかり高所に順応したようである。
「……寒い。」
「私が温めて差し上げますわ。」
「うわぁ、抱き着くな! 歩きにくい。」
大介とマリエラ王女のじゃれ合いは置いておくとして、季節はそろそろ初夏だと言うのに周囲には所々雪が残っていた。それだけ高いところにまで登って来ていたのだ。気温も低く、風も強い。夏でも防寒具は必須であった。この街道、冬は通行止めになるそうだ。
「寒いのなら、勇者の鎧を装着するといいぞ。あれなら耐寒機能もばっちりの筈だ。」
そう言う優太は、聖女の衣――巫女服姿で平然としていた。同じアーティファクトである勇者の鎧も同じ機能を持っていてもおかしくなかった。
「しかし、戦闘時でもないのに鎧を着るのは……おお、寒くない!」
「ううう、ごつごつしていて抱き心地が悪くなりましたわ。」
相変わらずなマリエラ王女はさておき、優太はちょっと思案していた。
「確か、人間を温める魔法があったな、あれを応用すると……」
低体温症や凍傷になりかかっている人を治療するために人を温める魔法も存在していた。ただし、物理的に温度を上げるようなことは神聖魔法の得意分野ではないので、魔力の効率が悪い魔法である。このため、魔法を使うよりも火やお湯を使用して温める治療の方が一般的だった。
「『暖気』!」
優太を中心に、一行を暖かい空気が包んだ。効率の悪さを膨大な魔力で押し通し、またせっかく作った暖気が拡散しないように結界系の技術も組み込んでいた。聖女専用の新しい魔法が誕生した瞬間であった。
エドウィン魔導士長が目を見開いて驚く。高熱を生み出すことならば火魔法の得意分野だが、手ごろな温度で温めることは難しい。それを優太は相性の悪い神聖魔法で実現して見せたのである。
「聖女様、やっぱり便利です。」
リコリスは変わらず優太を便利な道具としてみていた。
四日目。
この日は一転して下り坂が続いた。これでだいぶ楽になるかというと、そうとも限らない。
「膝ががくがくするです。」
結構な勾配のある坂道を下り続けたのである。適切に衝撃を受け流す歩き方ができていなければ、ひざにダメージが来る。
「これは、回復かな? 治癒かな? 両方かけておくか。」
北方山脈に面したエルソルディア王国では、王宮騎士団も山歩きの訓練をしている。エドウィン魔導士長はこの街道の経験者である。しかし、他の者は山歩きに慣れているわけではなかった。
リコリス以外にもアルベルト王子とアラン神殿長も膝が笑っていた。マリエラ王女が大丈夫だったのは体重が軽いからであろうか? 優太と大介が平気なのは、まあ、無茶苦茶な鍛え方をしているからだね。
五日目。
「また上り坂かよ、しかも結構急勾きついし。」
思わず大介が愚痴るほどに上り坂が続いていた。そう、下り坂に入ったからと言って、山脈を抜けたわけではなかった。
「昨日の下り坂と合わせて、『心臓破りの谷』と呼ばれている。この街道の難所の一つだ。」
行きも帰りも下って上る急勾配である。もっとも、単なる急勾配な上り坂というだけなのでたいした問題ではなかった。優太が強化したり回復したりすれば、そこそこハイペースで進んでも脱落者は出なかった。
六日目。
だらだらとした下り坂が続いていた。既に街道も後半に入っている。この先は下り坂が多くなっていた。
ただ、この日はあいにくと雨が降っていた。雨の日の山道というのもなかなかに大変なものである。
彼らもちゃんと雨具を用意してあった。しかし、雨を弾くレインウエアは通気性が悪く蒸れやすい。汗をかいたり雨が染みたりして濡れると、休憩中などに体が冷えることになる。
そして優太は雨具を身に付けることができなかった。鎧の上からでも着ることのできるレインウエアであるが、聖女の衣の上からは着ることができなかった。まあ、聖女の衣自体が濡れても大丈夫なのだが。
それが気に入らなかったから、というわけでもないだろうが、ここでも優太が魔法を使うことにした。
「『魔法盾』!」
巨大な魔法盾が一行の頭上を覆った。即席の魔法の傘である。
「聖女様、相変わらず便利です。」
しかし、魔法盾の魔法は無系統と呼ばれ、魔法を扱える者ならば魔力の属性に関わらず誰でも習得することが可能な種類の魔法である。大きさを別にすれば、多くの神官や魔導士でも似たようなことができるのだ。
「なるほど、魔法盾にこのような使い方が……。興味深い。」
いずれ魔法の傘を展開するマジックアイテムが作られるのかもしれない。
七日目。
相変わらず下り坂の多い街道を進んで行くと、そこに待ち受けていたのは細く長い吊橋だった。
「大丈夫か? この橋。」
大介でなくても不安になるだろう。なんだかボロい橋だった。
「老朽化が進んでいるから、近いうちに架けなおされるという話だったが……まだ古いままだったか。」
エドウィン魔導士長も不満気だが、ここを通らなければエルソルディアには帰れない。
「このままだと危なそうだし、強化しておくか。『祝福』! ついでに『魔法盾』!」
ボロい橋は、聖女によって祝福された吊橋になった!
祝福を施すことで物理的強度が増すので、古い吊橋であってもそう簡単には落ちなくなった。さらに魔法盾を橋の下に並べて展開することで万が一に備えた。
百メートル以上ある吊橋を一気に祝福してしまうのは聖女ならではの規格外であるが、いつものことなので誰も何も言わない。
「よし、一人ずつ間隔をあけて渡るんだ。」
エドウィン魔導士長の指示に従って、吊橋を渡り始める一行。念のため、橋の上に乗る人数を制限しながら渡った。
そして、他の人間が渡り終えた後、優太が魔法盾を消してから渡った。
「自分で出した魔法盾の上には乗れないんだよな。」
魔法盾にかかる力は術者に返って来るので、自分で出した魔法盾の上に乗ってもそのまま落下するのである。
八日目。
この日も下り坂の多い街道を進み、そして北方山脈抜けた。
「いろいろあったが……予想より早く着いたな。」
北方山脈越えの街道は初めての者が多いので、エドウィン魔導士長はトラブルで予定が遅れることを覚悟していた。だが、実際にはほとんどのとトラブルを優太が解決してしまった形になった。
ここで一行は、アッカーマン教授に送ってもらった荷物を受け取り、手配してあった馬車に乗って王都へと向かった。




