後始末
「さて、それじゃあ後片付け始めますか。」
ドラゴンゾンビを斃しても、優太にはまだ重要な仕事が残っていた。
まずは、細切れになったドラゴンゾンビの死骸の浄化。程よく腐っているので、放置しておくと疫病の温床になりかねない。人里離れた山奥だからといって油断してはいけない。野生生物が大量死したり、そのままゾンビになったりする危険もあった。
巨大なドラゴンゾンビはその巨体に大量の瘴気を蓄えていたために優太の神聖魔法を撥ね退けていた。しかし斃され、さらにバラバラにされたことで、急速に瘴気が死骸から離れ、拡散して行った。優太は瘴気の薄まった肉塊を手早く浄化して行った。
「次は、毒の処理か。『浄化』! 『解毒』! 『解呪』! 『魔法解除』! 『中和』! 『洗浄』!」
ドラゴンゾンビの『毒』と呼んでいるものは、一般的な猛毒に加えて、病原体、強酸、呪い、魔法毒及び瘴気が混ざったものだ。このうち、強酸、呪い、魔法毒は避毒アミュレットと祝福された防具の組み合わせでも防ぎきれなかった。最低でもこれらだけは処理しないと、他の人が近付けない。優太は周囲に漂う毒を丁寧に処理して行った。
毒の処理が終わったところで、優太と大介は避難していたアルベルト王子や兵士達と合流した。兵士の中には逃げ遅れて毒を受けた者もいたが、既に神官が治療して回復していた。
こうして、どうにか全員無事にアルムの村へ帰還した。
「へえー、ドラゴンの頭を落としたら、キメラが出てきたのかい? やっぱり自分で再現した聖竜に乗っ取られかけていたんだネ。」
アルムの村に戻った大介と優太から、アッカーマン教授は戦いの詳細を聞き出していた。
「フムフム、複数の生物の体を再現して一斉攻撃かイ。記録にあるキメラの奥の手だネ。で、そいつら全部ゾンビだった、と。」
「ああ、個々の頭や何やらはターンアンデッドで簡単に斃せたから、下位のアンデッドだったのは間違いない。」
勇太、実際に殴ってみての所感である。『死者の谷』のバンパイアは優太の一撃を耐えたし、同じゾンビでも膨大な瘴気を蓄えたドラゴンゾンビは一撃や二撃ではたいした効果はなかった。対して、キメラが生み出した多種多様な生き物は、優太のターンアンデッドであっさりと消滅した。おそらく、キメラから半分独立したゾンビになっていたと思われた。
「そうカ。……『死者の谷』と一緒になっていたら、詰んでいたかもしれないネ。」
「優太も言っていたけど、そんなに強くなるのか?」
ドラゴンゾンビを斃した今となっては、大介にとってはそこまで絶望的な相手には思えなかった。特に魔力の刃が使えるようになった今なら、多少強化されたドラゴンゾンビならば十分に勝ち目はあるだろう。
「ドラゴンゾンビが強化されるのも厄介だが、それよりヤバいのは『死者の谷』の方サ。」
だが、アッカーマン教授が懸念しているのはドラゴンゾンビではなかった。
「『死者の谷』の魔法、『屍者大行進』は解析が進んでいてネ。実はあの魔法単体ではアンデッドは生まれないのサ。」
五百年前、聖女と共に『死者の谷』へと赴き、魔法陣の解析を行った魔導士は、屍者大行進の詳細な情報を持ち帰っていた。エルマギカとエルフィロソフィアの研究者は、再現実験までしようとした馬鹿者も含めて、長年この魔法の研究を行っていた。
「え? 『死者の谷』にはうようよいたけど? 」
優太は実際にその目で見てきたのだ。さすがにアンデッドが生まれるところは見ていないが。
「あの魔法の本質は、『アンデッドという状態』を複製して与えることにあるのサ。魔法の範囲内にゾンビと死体があれば、『ゾンビという状態』を死体に複写するのサ。すると死体が新しいゾンビになるわけだヨ。」
「最初にいたアンデッドをコピーしていくのか。『死者の谷』がゾンビとスケルトンだらけだったのはそのせいか。」
元々、『死者の谷』で行われていたのは、戦死者を再利用してのアンデッド兵による戦闘である。兵力として扱いやすいゾンビかスケルトンが主に使用されていた。グールはゾンビよりは強いが、扱いにくいので少数しか作られなかった。ゴーストはたぶん自然発生だろう。彼の地で恨みを抱えた死んだ者は多い。
「複製するにも制限があってネ。上位のアンデッドは対象外だし、異なる生き物の死骸に対しては複製した『アンデッドという状態』を与えることができないのだヨ。『死者の谷』に人間のアンデッドとかいないのは、最初にいたのが人間のアンデッドだけだったからサ。」
アンデッド兵なので、人間のアンデッドしか存在しなかった。戦場では動物のアンデッドを作っても運用が難しいのだ。
「そこへ大量の生き物を抱え込んでいてしかも全部ゾンビ化しているキメラゾンビが入ったら、……うわぁ、それはヤバい。確かに詰んだ。」
「キメラの抱え込んでいる生き物の死骸が皆ゾンビになるのサ。小さな虫のゾンビなんて自然発生しないものまで大量発生することになるだろうネ。」
数多くの生き物をゾンビとして抱え込んでいるキメラゾンビがいれば、これまで対象外だった動物の死骸がゾンビ化するのである。
「そうなると、封屍結界で封鎖してもアンデッドの増加を止められないだろうなぁ。」
封屍結界ではアンデッド以外は素通りできる。これまでは生きた人間の立ち入りを禁止してアンデッドの増加を防いでいた。しかし人間以外の生き物、鳥や小動物や虫までもがアンデッド化したら、アンデッドの増加を防ぐにはあらゆる生き物が入り込むのを阻止しなければならなくなる。それは、まず不可能だろう。
「で、結局どうなるんだ?」
「世界中が『死者の谷』になって、そこいら中ゾンビだらけになる。」
封屍結界が正常に動作していても、アンデッドの数が増えればその範囲は広がるのだ。
「地脈から汲み出せる魔力にも限度があるだろうサ。それでも、大陸全部が『死者の谷』になっても不思議はないネ。」
「キメラゾンビには魚とかも入っていたから、海の中もゾンビだらけになるな。」
「……本気でこの世の終わりだな。」
世界の危機というのは伊達ではなかった。地脈の魔力が完全に枯渇すれば屍者大行進も停止するだろうが、そのころまでには生態系が完全に破壊されているだろう。その時まで人類が生き延びたとしても、その先の未来は暗かった。
世界の危機の恐ろしさを解説してみました。解説役としてアッカーマン教授は便利です。
本章はこれで終了です。
次話はインターミッションになります。




