ドラゴンゾンビ出現
それから数日間、作戦の実行に向けて準備が進められた。
三ヶ所のドラゴンゾンビ出現候補地には先行して兵士が向かい、簡易封屍結界を張る準備が進められた。
避毒アミュレットと新型の通信具は引き続き生産され、できた端から兵士や関係者に配られていった。
大介の実戦訓練もギリギリまで行われ、勇者の剣の扱いにもだいぶ慣れてきた。
優太は訓練の合間を縫って、大量の鎧や魔導士のローブや神官服に祝福を施していった。
そして、神託で示された第二の危機の発生日の前日、勇者一行も現場へ向かうことになった。
「一番可能性が高いのは、相変わらずA地点サ。漏れ出す瘴気も毒も増加してるし、少しずつ地面の陥没も始まっているネ。穴に落っこちないように気を付けるんだヨ。」
現地へ向かうのは、勇者大介、聖女優太、アルベルト王子、アラン神殿長、エドウィン魔導士、ユージン騎士団長率いる王宮騎士団の一隊。先行して現地に配備された兵士と合流することになる。
非戦闘員のマリエル王女とリコリスはハンス副団長率いる王宮騎士団の一隊の護衛と共にアルムの村に残る。
情報担当のアッカーマン教授と賢者ラウルもアルムの村に残り、通信具経由でサポートに回ることになる。
一夜明けた。
「この場所で間違いなさそうだな。」
優太は、地下大空洞に通じる縦穴があるとされる辺りの地面を見ながら呟く。事前に調査チームが縦穴の範囲を特定し、陥没する危険のある範囲に印をつけていた。
この日は夜明け前から断続的に地響きが鳴り響き、縦穴の上の地面も中央がへこんでいる様子が見て取れる。大穴が開くのも時間の問題だろう。
地響きは次第に発生する間隔が短くなり、ついに轟音と共に地面が崩落した。地面にぽっかりと大穴が開いた。そして――
その大穴から、濃厚な瘴気と共に巨体が躍り出た。その体には、猛毒の塊であろう黒い煙のような物が纏わりついていた。これが、ドラゴンゾンビ。
「Gyraooooo!」
声帯も腐り落ちているのか、声にならない咆哮を上げた。
「A地点、ドラゴンゾンビの出現を確認! 簡易封屍結界、起動!」
アルベルト王子は通信具でドラゴンゾンビの出現を連絡すると、準備していた簡易封屍結界の発動を指示する。
今回、アルベルト王子はこの場の総指揮兼連絡担当である。最新の情報をいち早く入手するために自ら通信具を持つことにした。
「お、既に翼はボロボロじゃん。ラッキー。」
気楽に言う優太だったが、これは本当に運が良かった。飛行能力を奪うために翼を攻撃する手順を省くことができた。
簡易封屍結界の囲いが正常に張られ、兵士達を見つけたドラゴンゾンビが近付いてくるのを見て、アルベルト王子は次の指示を出す。
「よし、ドラゴンゾンビが囲いの内側に入ったら後方にも簡易封屍結界を――くっ、なんだ?」
だが、順調に進んだのもそこまでだった。ドラゴンゾンビが近付くにつれ、兵士が次々に苦しみ、倒れて行った。
「まさか、毒が……うっ、」
アルベルト王子も倒れ込み、指示を出すことも連絡を入れることもできなかった。兵士も、魔導士も、神官も、エルマギカの者も、エルフィロソフィアの者も、エルソルディアの者もすべて倒れた。
彼らは皆避毒アミュレットを正しく身に付けていた。そして優太が祝福した装備もきちんと装着していた。ただ、ドラゴンゾンビの撒き散らす猛毒がそれらの装備を上回っていたのだ。
今この場で立っている人間は二人だけ。勇者大介と聖女優太だけであった。
大介の装備する勇者の鎧はアーティファクトである。初代大魔導士が創り出し、現代に至るまで再現できなかったマジックアイテムの状態異常耐性は、アッカーマン教授の作った対毒装備を凌駕した。
優太の着ている聖女の衣もまたアーティファクトである。同じく初代大魔導士が創り、神聖魔法に親和性を持つ聖女の衣は、状態異常耐性に関しては勇者の鎧をも上回る。そしてその回復機能は、たとえ聖女の衣を貫通して効果を及ぼす毒があったとしても即座に回復してしまうだろう。
この状況で真っ先に動いたのは優太であった。
「『領域浄化』!」
聖属性の魔力が兵士達を包み、その苦痛を幾分和らげる。だがそれでもまだ起き上がることができない。咳き込む者、胸を押さえて苦しむ者、意識を失った者、中には皮膚の一部が爛れてしまった者もいる。
「『洗浄』! 『浄化』! 『解毒』! 『解呪』! 『魔法解除』! 『治癒』! 『回復』! 『回復』!」
矢継ぎ早に魔法を繰り出す優太。領域浄化で満たした聖属性の魔力を利用して、本来単体用の魔法を兵士全体に作用させることまでやってのけていた。
「『防御強化』! 『魔法盾』! 『死霊葬送』!」
最後のは、倒れた兵士を踏みつけようとしていたドラゴンゾンビに向けたものだ。斃し切ることはできなくても、瘴気をごっそりと奪う魔法を受けてドラゴンゾンビが一瞬怯んだ。
「トォリャー!」
そこへ大介が斬り込んだ。勇者の剣はドラゴンゾンビの爪を一本断ち切り、前肢の半ばまで切り進む。
「って、うわぁ!」
だが突然大介が慌てて飛び退った。ドラゴンゾンビを切ったその切り口から、黒い煙のような濃密な毒が噴き出したのである。
「『魔法盾』!」
すかさず優太が魔法の盾で毒を受け止める。
「『フレアバースト』!」
そこへ割り込んだのは、エドウィン魔導士長の放った炎の上級魔法である。まだ毒から回復しきっていないエドウィン魔導士長が、気力で放った一撃であった。
神聖魔法に次いでアンデッドに有効な魔法は火系統の魔法だ。瘴気を浄化する能力は神聖魔法に劣るが、アンデッドの体を物理的に焼き払うことができる。相手が生きたドラゴンだったら強靭な鱗が人間の操る魔法程度撥ね返しただろう。しかし、ドラゴンゾンビはあちこち鱗が剥げ落ちていた。炎の魔法はそれなりに効いていた。
「Gyugaaaaaa!」
立て続けにダメージを受けて驚いたのか、ドラゴンゾンビが一歩下がる。そして、明後日の方向を向いて走りだした。
「え? 逃げた?」
唖然とする大介。
「バカな? 結界は?」
アルベルト王子が慌てて簡易封屍結界の方を見ると、結界を構成するロープがボロボロになって切れていた。ドラゴンゾンビの猛毒の効果は、こんなところにまで及んでいた。
「まずい、あちらはアルムの村の方向だ。」
ドラゴンゾンビが走り去った方向を見てアルベルト王子が蒼くなる。避毒アミュレットが効かなかった以上、どれだけ兵士が集まってもドラゴンゾンビを止めることはできなかった。
「ユウタ、ダイスケ殿、我々には構わず、ドラゴンゾンビを追ってくれ! あいつと戦えるのは君たちだけだ!」
アルベルト王子が、必死になって通信具を操作しながら叫ぶ。優太と大介以外はドラゴンゾンビに近付くことすらできない。状況を伝えて退避させるしかなかった。
「この場は我々がどうにかします。聖女様は行ってください。」
ようやく動けるようになったアラン神殿長も、他の神官と共に兵士達の治療を開始した。
「分かった! 大介君、行こう!」
どうにか全員命の危機は脱したとみた優太が、大介と共に走り出した。
この日、人類はドラゴンゾンビの討伐はおろか、封じ込めることにすら失敗した。
ドラゴンゾンビ対策はその作成を根本から見直す必要に迫られた。だが時間をかければ被害は増大する。
今、世界の危機は本格的にその牙を剥いた。
お待たせいたしました。本章のラスボス登場です。




