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聖女無双  作者: 水無月 黒
第二章 ドラゴンゾンビ

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勇者の実戦訓練1

 「そろそろモンスター相手の実戦訓練に入りましょう。」

 ユージン騎士団長はそう宣言した。『死者の谷』から帰還後、ユージン騎士団長は勇者の戦闘訓練の責任者になっていた。

 エルソルディアにいたころから王宮騎士団や優太を交えて訓練を行い、大介は着実に力を付けていた。既に優太の補助魔法による能力の調整なしでは、王宮騎士団員では相手が務まらないレベルである。

 しかし、これまでの訓練では得られた技術は対人戦闘に偏ってしまっていた。第二の危機で戦う相手がドラゴンゾンビである以上、どこかでモンスターとの戦闘経験を積む必要があると考えられていた。。

 最初の予定では、エルソルディア国内で対モンスター戦の訓練を行うことになっており、そのために討伐対象のモンスターの選定も行われていた。それが、エルマギカ行きが前倒しになったことでキャンセルされたのである。

 むろん、対モンスターの訓練を諦めたわけではない。そこは抜かりなく、事前にエルマギカ側に勇者の訓練用の手配を依頼していた。

 そんな訳で、一行はエルアカデミアを離れ、北方山脈に近い村まで来ていた。

 「向こうに見える山が『竜峰』サ。あの山の近くにはモンスターが多いんだよ。もしかすると、ドラゴンゾンビの発する瘴気のせいかもしれないネ。」

 アッカーマン教授が南に見える山を指さして言う。アッカーマン教授はエルマギカに割り当てられた仕事――千年前の人造モンスターの調査と避毒アミュレットの量産を即座に助手やエルマギカの関係者に割り振ると、自身は勇者一行に付いてきていた。

 瘴気と言うのは魔力の属性の一種で、聖属性とは逆にものを変質させる性質がある。生物が強い瘴気に長時間晒されると重要な部分が変質して、多くの場合死に至る。しかし、たまに変質した状態で安定し、瘴気に順応した存在になる場合がある。これがモンスターである。

 『死者の谷』では魔法によって作られたためちょっと違うが、アンデッドもまた瘴気によって生まれるモンスターである。ドラゴンゾンビも瘴気によって生まれたものであろう。

 瘴気によって生まれたモンスターは、自身もまた瘴気を生み出すようになる。世界の危機になるほど強大なドラゴンゾンビならば、さぞかし大量の瘴気を放っていることだろう。

 「この村、ええと、なんて言ったっけ?――そう『アルム』の村はドラゴンゾンビ対策の前線基地になる予定なのサ。下見も兼ねて、ちょうどいいだろ。」

 住民は既に避難済みで、村では多くの兵士が作業をしていた。仮設の兵舎が建てられ、戦いに必要な物資が集積されていた。ついでにアッカーマン研究室アルム分室ができていたのはご愛嬌……か?

 一行はこの村で非戦闘員――マリエル王女、リコリス、アッカーマン教授と別れ、エルマギカの兵士と共にさらに南へ進んだ。

 アルベルト王子による警鐘も受けて、ここから先は一般人は立ち入り禁止になっている。警備の兵もそれなりの数がいて、一般人が迷い込んだり、諦めの悪い研究者が潜り込まないように見張っていた。


 「この森の、もう少し奥の方にモンスターがいます。」

 エルマギカの兵士に案内された森は、ドラゴンゾンビ出現予想地域から少し離れた場所である。一般人を立ち入り禁止しているのに、自分たちがへまをしたら元も子もないので用心のため、影響のなさそうな場所を選んでいた。

 森の中には野生の獣も生息しているが、単なる獣ならば襲ってくることはまずない。マリエラ王女の護衛に半分残してきたとはいえ、王宮騎士団十名を引き連れた大所帯である。警戒心の強い獣が近付いてくることはない。

 一方、モンスターはそれでも襲ってくることがある。闘争本能が高まっているのか、状況判断ができなくなっているのか、状況が不利でも構わずに突っ込んでくる。

 この一行を襲ってくるようなものがいたら、それはモンスターと思ってよい。

 「お、なんか狼っぽいのが出てきたけど、あれモンスターなのか?」

 「はい。グレイウルフ、モンスターです。」

 今一つ緊張感のない優太の問いに答えたのは、既に剣を抜いて臨戦態勢のエルマギカの兵士だった。

 本来狼と言うのは群れで狩りをする動物である。群れからはぐれた一匹狼と言うのは、それだけ狩りの成功率が下がる。だから、小さくて弱い動物や弱っている相手を不意打ちで襲うものだ。

 しかし、モンスターと化したことでそう言った本能や習性も壊れているのだろう。グレイウルフはたった一匹で武装した人間の集団の真正面に現れた。

 元々さして強くもないモンスターがたった一匹である。人数的にも負けることはない。だが気を抜けば大怪我をすることになる。全員即座に臨戦態勢になった。

 「グルルルル……」

 グレイウルフは威嚇するように低く唸る。そして、いきなり跳びかかってきた。狙いは、一番小さくて弱いと見たのか、大介であった。

 「ハッ!」

 だが、そこは勇者大介。臆することなく前へ出て、グレイウルフの牙を躱しざまに勇者の剣を振り抜いた。

 グレイウルフは首のあたりを斜めに斬り落とされた。瞬殺であった。

 「うわぁ、なんだこの切れ味。ヤバすぎるぞ。」

 大介は、返り血を浴びた不快感よりも、モンスターとは言え生き物を殺した嫌悪感よりも、勇者の剣の切れ味に慄いていた。

 これまでの訓練では、ずっと刃を潰した剣を使っていた。素振りくらいはしてみたが、大介が実際に勇者の剣で斬るのはこれが初めてだった。

 「とりあえず、『洗浄(クリーン)』! そんなに凄いのか?」

 大介にかかった血を落としてやりながら、優太が尋ねる。

 「手ごたえが全くなかった。人間相手に使ったら、殺さないで済ませる自信がない。」

 勇者が本気で振るえば、鉄の鎧ごと中の人まで切り裂くくらいの威力は楽に出る。アーティファクトである『聖女の衣』や『勇者の鎧』と異なり、『勇者の剣』は神具である。つまり人が作ったものではなく神から授かった武器なのである。その潜在能力は計り知れないものがあった。

 「じゃあ、剣を替えるか? 武器が強すぎて訓練にならなそうだし。」

 「いえ、そのまま勇者の剣を使ってください。モンスター相手でないと勇者の剣を使うわけにはいきませんから、ダイスケ殿には今の内から勇者の剣の扱いに慣れていただきたいのです。」

 優太の言葉に反対したのは、ユージン騎士団長であった。確かに、王宮騎士団員との訓練では勇者の剣を使うわけにはいかないから、モンスター相手に練習するしかない。そして、切れすぎる勇者の剣は今のうちに慣れておかないと、本番で扱いきれない恐れがあった。

 「ダイスケ殿の能力は剣に特化しています。ならば、勇者の剣の力を十全に引き出して戦う必要があると考えるべきです。」

 「分かった。でも、正直この剣の全力を出さなきゃならないような相手とは戦いたくないな。」


 しばらく進むと、再びモンスターが現れた。

 「グルルルル……」

 「お、また一匹狼だ。『防御強化(プロテクション)』!」

 優太はすかさず補助魔法をかけた、グレイウルフに対して。

 「待て、どうしてモンスターを強化する!」

 「いや、大介君、狼一匹くらいじゃ相手にならないだろ。」

 「いや、それはそうだけど。」

 「ほら、来たぞ!」

 「チッ、とりゃぁ!」

 グレイウルフは縦に真っ二つになった。さすがは勇者の剣、ちょっとくらい防御力が上がっても関係いない切れ味だった。

 「うーん、このくらいじゃたいして変わらないか。次はもっと強化しないと。」

 「なんか、納得いかないぞ!」

 優太と大介の間でポンポンと話が進み、他の人が口を挟む余地が無かった。


 更にしばらく進むと、今度はモンスターの集団が現れた。

 「「「グルルルル……」」」

 「お、今度は狼の団体さんだ。『防御強化(プロテクション)』! 『身体強化(フィジカルブースト)』! 『速力上昇(クイック)』!」

 「そこまでやるか―!」

 思わず優太に突っ込む大介。優太の補助魔法は十匹ほどのグレイウルフと味方全員にかかっていた。ただし、大介に対しては防御強化(プロテクション)のみだった。

 「ついでに『速力低下(スロー)』! 『筋力低下(ウイークネス)』! ほら、来たぞ。」

 さらに追い打ちで大介のスピードとパワーを落とす。

 「鬼か! チクショウ―、やってやるよー!」

 やけ気味にグレイウルフの群れに突っ込む大介。そのまま次々にグレイウルフを斬り伏せて行った。

 「ダイスケ殿、どんどん力を付けて行っているな。」

 ユージン騎士団長が感心したように呟く。

 実は優太の指導が優秀だったのか、それとも大介の素質が高いせいか、モンスター相手にもしっかりと戦えていた。大介は、勇者として確実に成長していた。

 「だから、なんか納得いかないぞー!」

 大介の叫びが森に響いた。


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