閑話 王女と教授
その日の夜、アッカーマン教授の私室をマリエラ王女が訪ねていた。
「ようこそエリー先生。早速だが、例の物は持ってきてくれたかネ?」
「ええ、もちろんですわ。リコリス!」
「はいです、姫様。よっこらせ。」
マリエラ王女に呼ばれたリコリスが、エルソルディアから持ち込んだ大きな荷物をその場に下ろす。そこから出てきたのは大量の本であった。
「こちらが今年の新刊です。主催者権限で全刊買いそろえてあります。」
マリエラ王女が持ち込んだのは、エルソルディアの王都ソレスで開催された同人誌即売会『コミックパーティー』で販売された同人誌であった。
「おお、今年は聖女様ブームだネ。」
本の表紙を確認しながら、アッカーマン教授は呟く。
「いえいえ、今年はまだ小手調べです。本当のブームは来年来るはずですわ。フフフフフ。」
ブームの仕掛け人が言うのだから間違いない。
「それは楽しみだネ。アタシも急いで魔導列車を完成させなきゃだネ。うまく行けば、エルアカデミアからソレスまで日帰りできるヨ。」
まさか魔導列車の弾道飛行で直接王都ソレスまで行く気だろうか? 事故が起きれば大惨事になるから止めた方がいい。
「まあ、それは素敵ですね。」
マリエラ王女も、王族の一員ならそこは止めるべきだろう。軌道をずれた魔導列車が王城を直撃したらどうする。
「いやー、助かったヨ。今年は買い出しに行ける者がいなくて困っていたんだヨ。」
この手の本の愛好者はエルソルディアのみならず世界中にいる。アッカーマン教授もその一人である。だが、やはり聖女の召喚を行うエルソルディア王国、特に王都ソレスが本場であった。
だから、王都ソレスの『コミックパーティー』には国外からも参加希望者がいるが、物理的に無理な場合も多い。そこでマリエラ王女は、特に関係の深い人物用に同人誌をまとめ買いし、王宮に出入りする商人に頼んで送ってもらったり、今回のように自分が近くまで出向く場合は直接手渡したりしているのである。
むろん、無料奉仕ではない。
「それで、例の物が完成したと聞きましたが?」
「ああ、ついに完成したヨ。見ておくれ!」
ババーン。
アッカーマン教授が取り出したのは、何やら四角い装置であった。
「これか、あの?」
「そう、魔導複写機サ!」
「これが、過去の聖女様方が『こんな時にコピー機さえあれば』とか『薄い本ならばコピー機で十分』などとおっしゃっていたという伝説のコピー機なのですね!」
マリエラ王女が感極まりないという表情で言う。マリエラ王女は、同人誌を確保する代わりにアッカーマン教授から最新のマジックアイテムの提供を受けていた。
「過去の聖女様方のお言葉を元に、可能な限り再現したヨ。まだまだ改良の余地はあるが、実用の域に達した完成品の第一号サ。」
自信作らしく、胸を張って答えるアッカーマン教授。
「これ、リコリスが持って帰るですか?」
ちょっぴりどんよりするリコリス。完成したばかりの魔導複写機は結構な重さがあった。
愛戦士リコリスはこの程度のことではへこたれない。だが重いものは重いのだ。リコリスは帰りも聖女様に頼もうと心に決めた。
過去、別の世界から召喚された聖女様方は、世界の危機を終わらせた後、皆それぞれの理由でこの世界に留まった。
役目を終えた聖女様は、おおむね幸せに過ごしたと言われている。
だが、実際には彼女たちは人知れず不満を抱えていた。元の世界では容易に手に入る様々なものがこの世界には存在しないのだ。
多少の不便ならば、この世界に留まることを決めた時に覚悟はできていた。しかし、ただ一つ、己の趣味だけは諦めることができなかった。
そして彼女たちは精力的に行動した。
本が無ければ作ればいい。
彼女たちは仲間を作り、世界中から必要なものを集めた。この世界に存在しなければ、元の世界の知識を活用して新たに作り出した。元の世界の技術が再現できない場合は、魔導の技術も利用した。
こうした聖女達、いや地球の女神によって送り込まれた腐の伝道者達の努力の成果は、乙女達によるアンダーグラウンドの文化となり細々と、しかし絶えることなく伝えられていった。
中世欧州風のファンタジー世界に、たまに場違いに現代風の物が存在する理由の一つがこの乙女達の暗躍にある。
例えば、そこそこ上質の紙が安価に手に入るのもその一つだ。活版印刷どころか、漫画の印刷すら可能な印刷技術も同人誌を出版するために開発された。
今ここにコピー機が加わった。イベント会場に設置されて緊急増刷に利用されたり、印刷するまでもない小冊子を作成するために使用されるのだろう。
やがては魔導列車もそこに加わるのかもしれない。他国等遠方からイベントに参加したいという需要は多い。
文化や技術は人々の欲望から新歩する。この世界の乙女達は実にパワフルだった。




