魔導列車1
アッカーマン教授に連れられて入って行った建物の中に会ったものは……
「これがアタシの最新作。『魔導列車』その試作品サ!」
そう言って振り返ったアッカーマン教授の背後にあったのは、まさに列車であった。
丸みをおびた細長いボディに開閉はできそうもない小さめの窓、ぴったりと閉じられたドア。車体の下には鉄製のレールが敷かれている。
試作品だけあって二両しかないが、そのデザインは新幹線を彷彿とさせた。
「なあ、俺達ファンタジーの世界に来たんだよな。なんでここだけ現代風なんだ?」
呆れたように大介が呟くが、言われた優太は呆然として答えなかった。
「電車、あったよ、おい。」
優太がちょっぴり落ち込む理由を知る者はいない。
いや、まだだ。あれは魔導列車。電気で動いているわけではないから電車ではない! ギリギリセーフだぞ、優太。
「北方山脈にレールを敷設したのか? この短期間で? あり得ぬ。」
どう反応してよいか分からないエルソルディアの人々の中で、エドウィン魔導士長だけは現実的な疑問を呈していた。
エルソルディアからの一行の中で、エドウィン魔導士長だけはエルマギカ共和国への留学経験があった。だから研究されていた鉄道の概念も、基礎研究の段階だった魔導列車についても知識を持っていた。そして、北方山脈を超える道程の厳しさについても実体験済みだった。
北方山脈を越える街道といっても、馬車で通ることはできない。途中で階段を上り下りしなければならない場所もあれば、人一人がやっと通れるだけの道幅しかない場所もあった。北方山脈越えに時間がかかる一因である。
既存の街道に並走してレールを敷設することは無理だろう。列車本体の開発以上に困難な作業である筈だった。
「さあ、ちゃっちゃと乗り込んでくれヨ。」
エドウィン魔導士長の疑問をよそに、一行は列車に乗り込むのだった。
「おお、中はこんな風になっているのか。」
優太は基本的に切り替えが早い。いつまでも落ち込んでいないで、車内を興味深そうに眺めている。
シートはファーストクラス並みに大きめだった。もっとも、このくらいの大きさが無いと、鎧を着こんだ王宮騎士団の面々にはきついだろう。
シートが大きいだけでなく、間隔も広く取ってあり、座席数は少なめだ。特に先頭車両は、試作品らしく運転席周辺に様々な装置がごたごたと付いており、さらに狭くなっていた。このため、王宮騎士団は団長と副団長を除いて全員二両目に乗ってもらった。
車内には座席だけでなく荷物を格納するスペースも設けられており、持ち込んだ荷物はそちらにしまった。リコリスの持っていた大きな荷物もそこへしまっている。
「みんな、ちゃんと席に付いたかい? シートベルトは締めたかい? ちゃんとシートベルトを締めないと、怪我をしても知らないヨ。」
驚いたことに、座席にはシートベルトまで装備されていた。王宮騎士団が鎧姿でシートベルトとか違和感があるが、世界観が壊れるとか言ってはいけない。それなりの速度で移動する以上、安全対策はしっかりしていなければ命にかかわるのだ。
全員の準備が整ったことを確認して、アッカーマン教授も席に着く。アッカーマン教授の席は運転席である。運転席の側にも座席があり、教授の助手らしき人物が二人座っていた。なお、二両目の車両にも教授の助手が乗り込んでおり、そちらの準備が終わったことを車内の装置で知らせていた。
アッカーマン教授は助手たちと最終確認を行った後、列車を動かし始めた。最初はゆっくりと動き出し、列車は建物から外へ出る。その正面にはこれから越えるべき北方山脈の山々が見えた。
「それじゃ、行きますか。魔導弾道列車チャレンジャー一号、全力前進!」
アッカーマン教授は宣言すると同時にレバーを一気に押し込む。
「え?」
間の抜けた声を出したのは誰であったか。だがすぐにそんなことはどうでもよくなった。強力なGにより全員の体がシートに押し付けられた。
「おお、凄い加速だ。『防御力強化』、『身体強化』。」
優太は割と余裕そうだった。
強力なGにより失神する現象をブラックアウトと呼ぶ。これはGにより血液が体の下半身に集まり、脳へ届く血流が減るために起こる。戦闘機のパイロット等が着る対Gスーツは下半身を締め付けることで血液がたまることを避け、ブラックアウトを防ぐものである。だが、鍛えた人間は自前の筋肉で対Gスーツの代わりにすることが可能だ。
鍛えまくった優太は、強靭な心肺機能と全身の筋肉により、Gへの耐性も獲得していた。周囲の人間に魔法をかけてGの影響を軽減する余裕まであった。『軽量化』を使用しなかったのは、魔導列車の動作に干渉しないための配慮だった。
だが、優太の魔法も一歩遅く、マリエラ王女とリコリスの女性二人は既に失神していた。
「Zzzz……」
「すやすやすや……」
あれ、Gにやられて失神したんだよね? 熟睡しているだけじゃないよね?
「おい、ちょっと速すぎないか? これじゃ、カーブを曲がり切れずに脱線するぞ!」
一方大介はGには耐えたが別の心配を始めた。
「大丈夫、大丈夫。このまま真直ぐ進むから問題ないサ!」
明るく言い切るアッカーマン教授に、大介はむしろ不安になったのだが、そこに突っ込んでいる暇はなかった。突然新たなGが加わったのだ。
これまで列車は緩い角度の上り坂を進んでいた。その勾配が少しずつ大きくなっていた。しかも列車の加速はまだ続いていた。このため、これまでの加速による後方向きのGに加えて下向きのGが発生していた。
勾配はどんどん急峻になり、やがてほとんど垂直ではないかと思えるほどになった。
「おい、まさか!」
前方を見つめて青くなる大介。その視線の先で、レールは途絶えていた。
「魔導列車、離昇! 主動力待機へ、軽量化開始、第一補助推進器始動!」
アッカーマン教授は矢継ぎ早に助手に指示を出し、また自らも魔導列車の操作を行った。
この時、車内からは見えなかったが、列車に取り付けられていた細長い円筒形のマジックアイテムが起動した。風系の魔法を再現したこの装置は、すごい勢いで空気を後方に噴出し、レールから離れた車輪の代わりに列車をさらに加速した。
こうして列車は空を飛んだ。
だが、これで終わりではない。数分もすると、マジックアイテムの魔力も尽き、空気の噴出も止まった。
「第一補助推進器投棄、第二補助推進器点火!」
役割を終えたマジックアイテムが切り離され、次のマジックアイテムが起動した。こちらも似たような形状だが、火系の魔法を使用している。円筒内で連続的に火魔法の爆発を繰り返すことで推力を得るものだった。
さらに強力な加速がかかり、列車を空高く押し上げて行った。
「やはり、リーザ先輩の作るものは暴走するのか。」
エドウィン魔導士長が何か悟ったような顔で呟いていた。




