大魔導士と大賢者
神代五聖が一人、大魔導士。
大魔導士と聞くと、地を裂き海を割る強大な魔法の使い手を想像する人も多いだろう。
実際、初代大魔導士は膨大な魔力を持ち、今では伝説となった数々の魔法を操ったという。
しかし、神代の五聖において戦闘を担当していたのは勇者である。大魔導士がその強大な魔法で敵を攻撃する場面はほぼ無かった。
それでは、初代大魔導士は何をしていたのか?
初代大魔導士の最大の功績は、マジックアイテムの作成であると言われている。
現代の技術で再現不可能なアーティファクトと呼ばれるマジックアイテムの大半は初代大魔導士が作成したものである。
聖女の衣も、勇者の鎧も、画像クリスタルの元となった映像クリスタルもすべて初代大魔導士の作品である。
因みに、映像クリスタルというのは静止画だけでなく動画も撮影できる優れものである。この映像クリスタルを解析して部分的に再現したものが画像クリスタルである。
アーティファクトだけでなく、現代に至るまでほぼそのままの形で使用されているマジックアイテムも数多く作成している。
人々の暮らしを豊かで便利なものにした。初代大魔導士の偉業は現代にまで及んでいた。
神代五聖が一人、大賢者。
物語によっては、賢者や大賢者も強大な魔法を使いこなす人物として描かれることがある。この世界ではどうであろうか?
初代大賢者も特殊な魔法を操ったり、大魔導士と協力して新しい魔法を開発したりもした。しかし魔法で戦うことはしなかった。大魔導士と異なり膨大な魔力は持っていなかったし、戦闘は勇者の役割であったからだ。
結局のところ、大賢者も大魔導士も頭脳労働の非戦闘員であった。
しかし、初代大賢者は初代大魔導士のように便利な道具を作るようなことはしなかった。同じ頭脳労働者であっても、知識を人の役に立つ形に応用する工学の大魔導士に対して、純粋に物事の裏に潜む真理を探究する理学の大賢者、と与えられた能力の傾向が分かれていた。
このように書くと、初代大賢者のことを頭でっかちの役立たずだと思う人もいるかもしれないが、それは違う。神代の混沌はこの人がいなければ収まらなかっただろうと言われている。
元々博識だった初代大賢者は最先端の科学技術からちょっとした生活の知恵まで多くの知識をこの世界へ持ち込んだ。そこへ女神から与えられたこの世界の知識を合わせると、何でも知っている生き字引と化した。また、情報系のスキルや魔法を複数使いこなし、持ち前の観察眼や洞察力で隠された真実を暴き出すことを得意としていた。
結果として、大賢者は他の五聖全てから相談を受ける立場となった。
勇者は力押しで倒せない敵の攻略方法のヒントを求めて。
聖女は公衆衛生の概念と魔法に頼らない応急手当などの治療方法の普及のために正しい知識を求めて。
大魔導士はマジックアイテムの開発に行き詰った際の突破口を求めて。
聖王は国家運営の課題の洗い出しと解決方法を求めて。
それぞれが大賢者に助言を求めた。それに応え、他の五聖を支え続けたことが大賢者の役割であり偉大な功績であった。
大魔導士の国、エルマギカ。そこには初代大魔導士の偉業に惹かれ、魔導を極めんと欲する者、便利なマジックアイテムを開発しようとする者達が集まった。それは後代まで受け継がれ、優秀な魔導士と最先端のマジックアイテムを生み出す国となった。
大賢者の国、エルフィロソフィア。そこには初代大賢者の叡智を求め、あるいは自ら真理の探究を行いたいと志す者達が集まった。そこで得られた知識は蓄積され、そして数多くの優秀な学者と研究者、教育者を擁する国となった。
この二国は、北方山脈を越えた北側に並んで建国された。これは偶然ではない。学問において理学と工学は両輪の関係にある。エルマギカとエルフィロソフィアは最初から密に交流することを前提とした姉妹国家である。
この二国にはいくつかの共通点・類似点がある。
まず、王制の多いこの世界で、この二国は共和制となっていた。初代大魔導士と初代大賢者は国を作った後、自らは国王とはならず、相談役に収まった。その流れで、優秀な魔導士や賢者と呼ばれる知識人は直接政治を行わず、政府を補佐するアドバイザーとなった。
また、二代目以降の大魔導士、大賢者の称号は、世襲ではなく実力のある者の中から選ばれるようになった。
世界の危機に際して度々遣わされる勇者や聖女と異なり、『聖王』『大魔導士』『大賢者』が神代より後に遣わされることはなかった。だからこれら三つの称号を人間の判断で再利用することは何の問題もなかった。
このうち、『聖王』については、初代聖王の子孫が王位に就いた時に継承した。
一方、『大魔導士』と『大賢者』は、その時代で最も優秀な魔導士と賢者に対して贈られることになった。やはり、魔法の使えない『大魔導士』とか、ちっとも賢くない『大賢者』などは認めがたいものがあるのだろう。誰もが認める候補がいなかったり、選ばれても辞退したりして『大魔導士』や『大賢者』が空位になることも多かった。
こういった事情で、他の五聖と異なり初代大魔導士と初代大賢者の子孫がどこで何をしているのかは知られていなかった。
そして重要なことがもう一つ。知的で、世の中のために頑張っているイメージのある魔導士や賢者だが、その反面研究馬鹿、専門馬鹿な人も多い。
単に興味のないことに対して無知なだけならばまだよいが、他人に迷惑をかけまくる困った輩も多数いるのだ。
真理の探究のためならば、法も倫理もまったく気にしない賢者がいた。
技術の進歩には犠牲が付き物と、犠牲を顧みない魔導士がいた。
もちろん、大半の者は最低限の節度は守る。多少変人でも大きな問題は起こさない。だが、極稀にでも大問題を起こせば目立つし厄介なことになる。
例えば、『死者の谷』で大量のアンデッドを生み出した、『屍者大行進』の魔法の再現実験を行った輩がいる、と言えばその迷惑さが分かるだろうか。
結局のところ、様々な偶然の要素が重なって発動した魔法であり、狙って『屍者大行進』を発動するのは無理、という結論になったからよかったようなものの、最悪は第二の『死者の谷』が発生するところだった。
このような二国の内情を知る者の中には、初代大魔導士と初代大賢者はそういった問題児を隔離するために、当時ほとんど人の住んでいなかった極北の地に国を作ったのではないか、などと考える者もいる。
だが、こうした問題児の研究成果が、人々の生活を豊かにするために応用されたり、世界の危機を回避する一助になったりすることもまた事実である。
時に人々に迷惑をかけ、時に人々を豊かにする。
時に世界の危機を引き起こし、時に世界の危機を終わらせる。
毒にも薬にもなる、劇薬な人々が暮らす国。
それが次の舞台である。
禁忌の研究の例。
マリエラ王女「キャー、勇者様可愛い―!」
大介「誰が江戸時代から来た男だ! コンチュクショー!」
禁忌の研究者「攻撃力7%上昇。素晴らしい。」
インターミッションはここまでです。
次から第二章になります。
来週中には掲載再開できると思います。




