勇者特訓中
優太達が『死者の谷』から戻ってきて数日。優太は大介と共に王城で訓練を行っていた。
優太は既に住居を神殿から王城に移していた。聖女としての成長の早かった優太は、既に神殿で教わる予定の内容は全て習得済みだった。今後想定される戦いに向けて、勇者と聖女の連携を練習しておく必要がある、そう考えてのことである。
このあたり、時期の前後はあるがだいたい最初からの予定通りであった。
しかし、予定が大きく変更された点もあった。
まず、優太に対する礼儀作法の教育は正式に中止された。従来の聖女に対する淑女向けの礼儀作法を優太に習得させる意味はなく、だったら勇者と同様に最低限のマナーだけ覚えさせれば十分という判断だった。
そして、勇者と聖女の連携についても見直されることになった。これまでの優太の言動を見ていれば、従来の聖女と同じ扱いができないことは明白だろう。決定打になったのは、優太達が戻って来た翌日に行われた、優太と大介の試合だった。
向かい合う優太と大介。大介の手には練習用に刃を潰した剣が握られていた。優太の方は素手だ。開始の合図とともに、大介がすかさず仕掛けた。
「行くぞ、ハァー!」
大介の踏み込みは力強く、その斬撃は鋭かった。元から多少は鍛えていた上、召喚されてから数日でめきめきと腕前を上げて行った大介は、既に並の王宮騎士団員では歯が立たないほどの実力を身につけていた。
だが、優太の動きは更にその上を行っていた。優太は、大介の剣をひょいと避けると、
「聖女アッパー!」
「うわぁー」
大介を盛大に打ち上げた。瞬殺であった。
突っ込み所の多い戦いであった。勇者を瞬殺する聖女って何? 剣相手に素手で戦うの? そもそもどうして勇者と聖女が試合なんてする?
もちろん原因は、聖女として規格外な優太にある。聖女として召喚されてから一ヶ月の間、『聖女の衣』や聖女の力をフル活用して鍛えまくった優太は、その身体能力だけで勇者の戦闘力を上回ったのである。
とは言え、勇者大介もまだ召喚されてから数日しか経っていない。やがて勇者の力を使いこなし、優太を軽々と超える戦闘力を身に付けるだろう。
それでも、優太の戦闘能力は一流の戦士の域に達していることは確かだった。これを遊ばせておくのは惜しい。
通常なら、勇者と聖女の連携と言うのは、勇者メインで戦っている後方で、聖女は邪魔にならないように身を守りながら神聖魔法で回復や支援を行うというものだ。
だが、優太ならば前衛として戦うことも可能なのだ。課題は、前衛として戦いながら、適切に支援や回復を行うことができるのか、である。無理ならば普通の聖女と同じように後方からの支援に徹したほうが良い。見極めが必要であった。
そしてもう一つ。優太と同じような鍛錬をすれば、短期間で優太のように驚異的な身体能力を得られる可能性があった。優太がトレーニングに利用したのは主に『聖女の衣』の機能だったが、それらは神聖魔法を再現したものであり、今の優太ならば他者に同じ効果を与えることが可能だった。
そう考えて、既に実際に試していた。被験者は王宮騎士団の一人、優太達が『死者の谷』へ行く前のことだった。それでは、被験者の言葉を聞いてみよう。
「あれは地獄でした。筋肉が、骨がミシミシと音を立てて軋むのです。もうこれ以上無理だ、と思ったところで回復してもらえるのですけれど、ほっとするよりも、まだこの苦行が終わらないのだと絶望的に気分になりました。」
結局彼は一日で心が折れて挫折した。優太が特別だったのか、自分に対して行うのと他人に対して施すのとでは違いがあったのか、詳細は不明だ。しかし、被験者となった騎士団員が根性無しだったとはだれも考えなかった。王宮騎士団は精鋭揃い、根性無しに務まる組織ではないのだ。
そんなことがあって、優太式の特訓は見送られることになった。元々王宮騎士団は精強だし、優太も交えて訓練をするうちに更に強さに磨きがかかっていた。心が折れるような特訓をする必要性はなかった。
そんな封印された訓練方法が再浮上したのは、誰かが言った一言のせいだった。
「ひょっとして、勇者様なら耐えられるんじゃないか?」
大介は、適当なことを言った誰かを恨んでよい。だが、優太に瞬殺された直後の大介は飛びついた。トレーニングに嵌って浮かれていたころの優太がいいかげんに作った無茶な筋トレメニューを、根性で耐え抜いた。
本来ならばオーバーワークで体を壊して返って効率が落ちるところを魔法で無理矢理回復させる無茶なトレーニングである。良い子は絶対に真似をしてはいけません。
筋トレの成果がある程度出てきたところで、今は戦闘訓練に比重が置かれていた。
「ハッ! ヤァッ!」
大介は騎士団員の一人と剣で打ち合っていた。一見互角に見えるが、これは優太の魔法がかかっているからである。大介には筋力を低下させる弱体化の魔法が、相手の騎士には逆に筋力を強化する魔法がかかっていた。
優太謹製地獄の筋トレを耐え抜いた大介は、既に力押しだけで並の騎士ならば圧倒する。だがそれでは技術が身に付かないので魔法でその腕力を封じ、相手の方が少し強いくらいに調整しているのである。
「大介君も、だいぶいい感じになって来たな。」
自分よりも力の強い相手と戦うことは難しい。相応の技量が無ければ簡単に押し切られてしまうだろう。そして、相手は王宮騎士団員、魔法で増幅した力だけでなくしっかりとした技量もある。つまり、今の大介は王宮騎士団にも負けない技量を身に付けつつあった。
「それじゃあ、もう一段ギアを上げてみようか。『速力上昇』、それと『速力低下』。」
「え、ちょっ、いきなり、うわぁ!」
突然相手の騎士の動きが速くなり、さらに自分の動きが遅くなったことで焦る大介、防戦一方になる。優太は容赦がなかった。それでも防戦できているあたり、大介の優秀さが表れている。これからも勇者としてどんどん強くなるだろう。
なお、優太の方は現在、十人程の騎士達が代わる代わる剣で斬りかかって来るのを杖で捌いている最中であった。その上で、勇者や他の騎士達に魔法をかけていたのである。これも、自ら戦いながら周囲の支援を行う練習と、それが可能かどうかの検証である。
「ユウタの方は、危なげが無いね。」
召喚されてから一月余、割と早い時期から王宮騎士団と訓練をしていた優太は、以前から同じようなことをやっていたのだ。戦いながらも周囲を見渡し、必要な相手に回復や補助魔法をかけていく、既に手慣れたものだった。
だが、それを見守るアルベルト王子の心中は少々複雑だ。優太がどんどん既存の聖女のイメージから離れていく、のは今更だが、それだけ優太が危険の中心へ赴くということでもある。
『死者の谷』では優太一人で危険地帯に突っ込ませるような真似をさせてしまった。アルベルト王子は今でもそれが最善だったと確信しているが、危険な仕事をたった一人に押し付けるのは気分の良いことではない。
そして今後も優太を、そして大介を危険の只中に放り込み、自分たちは安全なところから見守るしかない。そんな歯がゆい思いをこれからも繰り返す可能性は十分にあった。それが嫌ならば――
「我々が強くなるしかない、か……」
アルベルト王子もまた、決意を固めていた。




