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聖女無双  作者: 水無月 黒
インターミッション

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28/96

王女と聖女ととあるイベント

 「これより、コミックパーティーの開催を宣言いたします。」

 イベントの会場となったホールにマリエラ王女の声が響き渡った。

 「最初に、注意事項です。これは非常に重要なので、しっかりと聞いて必ず守ってください。まず、会場およびその周辺でむやみに騒がないこと。」

 マリエラ王女からの注意事項を神妙な顔で聞く参加者たち。

 今この場で行われているイベントは、平たく言えば、同人誌の即売会である。

 もちろん、日本の夏冬に行われる有名なイベントと比べれば幾つか違いはある。

 まず、規模は小さい。客と売り子を合わせても百人程度だ。交通機関の発達していないこの世界では、日本中、世界中から人が集まってくるイベントとは比べようもない。

 次に、イベント名に表れているように、パーティー形式で行われているという点。紅茶と菓子類が用意され、書籍の売買だけではなく情報交換の場にもなっているのだ。

 そして、参加者の顔ぶれ。客も売り子もスタッフも、ほぼ全てが女性だけだった。

 「最後に、これが一番重要な注意事項です。本イベントは男子禁制。殿方にはこのようなイベントの存在すら知られてはなりません。」

 マリエラ王女はそう言って注意事項を締めくくる。しかし、この言葉に反応した者がいた。

 「おい! だったらなぜ俺を連れて来た!」

 この場で唯一の男、優太であった。優太はマリエラ王女に連れられてこのイベントに来ていた。

 「その件につきましては、(わたくし)も悩みました。このイベントには、男子禁制の掟の他に、聖女様枠と言いまして、聖女様は無条件に参加できる習わしがあるのです。」

 「だったら、男子禁制を優先しろよ、俺がこんなイベントに参加してどうしろと言うのだ。」

 このイベントの最後の特徴、それは扱うジャンルが極端に偏っていることだった。実に九割方BL作品なのである。

 「ですが、聖女様枠も初代聖女様から五千年続く伝統。特に召喚された聖女様は全員一度は参加なさっているのです。この伝統を蔑ろにはできません。」

 「いや、だからって、……ん、五千年?」

 優太は妙なことに気が付いた。五千年前と言えば、日本はまだ縄文時代。世界的に見ても四大文明が発生したかどうかというころだ。

 「さすがに五千年前にBL本はないよな?」

 あまりにさりげなく日本の漫画本に近いものが並んでいるため、てっきり過去の聖女が持ち込んだ文化だと思ってしまった優太だったが、それでは計算が合わなかった。世界の危機の頻度はだいたい百年に一度、前回の聖女だとしてもヲタク文化が花開くにはまだ少々早かった。

 「過去に召喚された聖女様方の推測によりますと、時間の流れが違うのではないかと言うことらしいです。初代聖女様が、『やおい本』と呼んだ書物を女性限定で広めたことが始まりだと伝えられています。」

 やっぱり過去の聖女が、それも初代聖女が持ち込んだ文化だった。それにしても、昭和の香りのする初代聖女様であった。

 マリエラ王女の言葉を聞き、優太にも一つ思い当たることがあったことに気付いた。聖女の衣のデザインは初代勇者の手によるもの。初代勇者もまた五千年前に召喚された五聖の一人だ。いくら日本伝統の巫女装束でも、さすがに五千年前には存在していない。それに、聖女の衣のデザインの中にはもっと現代的なものも数多くあった。この世界では五千年前でも、召喚された人物は現代かそれに近い時代の日本人であることは間違いなさそうである。

 「そして、時代毎に召喚されてきた聖女様方の熱意と尽力、そして新たに持ち込まれた聖典(BL本)によって、このビーエル文化は発展してきたのです。」

 「何てことしてくれるんですか、女神様!」

 思わず天に叫ぶ優太。悲報、過去に召喚された聖女様は皆揃って腐女子でした。

 だがちょっと待って欲しい。召喚されてくる勇者や聖女について、女神イシスには選択権はないのだ。そう、聖女を利用して腐教活動を行っている主犯は、女神は女神でも地球側の女神なのである。

 因みに、今回優太が聖女として召喚された背景には、腐教活動に手ごろな人材がいなかったため、地球側の女神がどうでもいいや、と手を抜いた結果だった。

 しかし、そのような神様の事情は勇太にしても他の人にしても知るわけがなかった。女神イシスにしても、こまごまとした神々の都合をいちいち神託で伝えるわけにもいかない。ここは、地球の女神を頼ったのが女神イシスの運が無かったとあきらめていただくしかない。

 「まあまあ、そんなことよりも、せっかくですから聖女様もご覧になって行ってください。この辺りでしたら、殿方にもお勧めできるソフトな作品が揃っていますよ。」

 マリエラ王女に連れられて会場の一角へと赴く優太。逆に言えば、この辺り以外にはとてもじゃないけど男性には勧められないハードな作品が存在するということだ。

 優太はそこに並んでいた本の表紙を見てぎょっとした。そこには巫女服姿の男が描かれていたのだ。

 「まさか、これ俺か?」

 「いいえ、それはブラッディ・マリア様です。聖女様にインスパイアされて、歴代の聖女様を男性化してみました!」

 売り子の女性が身を乗り出して話し始めた。マリエラ王女に負けず劣らずぐいぐい来るタイプである。

 血まみれの(ブラッディ)・マリア。物騒な名前に見えるが、実は歴代でも特に人気の高い聖女であった。

 そして史上唯一、神ではなく人に選ばれた聖女でもある。女性神官マリアの活躍した時代には、世界の危機は訪れなかったのだ。

 神に遣わされた者でもないのに、なぜ聖女と呼ばれるようになったかと言えば、それだけ多くの人を救ったからだ。

 流行り病で封鎖された村があれば、彼女はそこへ行き、病が根絶されるまで治療と看病を続けた。

 戦争が起これは、自らの危険も顧みず戦場へと赴き、敵味方の区別なく治療を行った。

 聖女ほどの膨大な魔力を持たなかった彼女は、魔力を節約しより多くの人を救うため、最低限の消毒のみで、衣服に付いた血を魔法で浄化することはしなかったという。それ故に血まみれの(ブラッディ)・マリアと呼ばれるようになった。

 最初は俗称でも『聖女』と呼ばれることに難色を示した神殿もあったが、教国が認めたために正式に聖女の一員に列せられることになった。神託により女神の許可が下りたらしい。

 「マリアちゃんならいいよー。聖女の力は上げられないけど、頑張ってねー。」

 ※口調は、神託を授かった神官の影響を受けます。

 聖女となった後も、彼女は精力的に活動した。一人でも多くの命を救いたい。彼女のその思想は多くの人に共感された。

 そして、彼女の波乱万丈な生涯とその中で生まれたラブロマンスに多くの人々が感動し、後にたくさんの物語が生まれることになった。その末に、ついにBL本まで誕生したのだった。

 「普通に面白いじゃん。」

 結局読む羽目になった優太だったが、マリエラ王女が勧めるだけあってBL要素も控えめで普通に楽しめる作品だった。むしろ、なんでわざわざBL本にするのか、と言うのが優太の感想である。

 「ブラッディ・マリア様は有名ですから、素敵なお話がいっぱいあるんです。今回私は聖女様を男性化しただけ。ちょっと手抜きですね。」

 名作古典を漫画化するようなものだろうか。普通の恋愛物語でもヒロインを男性キャラに変更すればBL展開になる。作者としてはその安直さが不満だったようだが、それで面白い話に仕上がるならば、作者の実力の内である。

 「ですが、これで要領は掴みした! 次こそは必ず殿方の聖女様ならではのBLを描き上げて見せます!!」

 「その意気です、リリー先生! (わたくし)も全面的に支援いたします!」

 同人漫画家リリー(ペンネーム)は燃えていた。

 「それは勘弁してくれ~!」

 優太の抗議も弱々しい。この場は優太にとって完全にアウェイだった。男聖女に創作意欲を掻き立てられているのは一人や二人ではなかった。

 因みに、マリエラ王女の支援とは、優太の情報をばらまくことだ。王女をどうにかしないとこの流れは止まらない。どうする、優太?


 この日、優太の脳内ではマリエラ王女に対して、『腐界の主』の称号が贈られた。


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