聖女無双
バンパイアの男は、南の方を睨みながらつぶやいた。
「来ましたね。この忌々しい聖なる魔力は、間違いなく聖女のものです。」
五百年間結界に囚われていたバンパイアは、結界のあった範囲内ならば気配を感知することができるようになっていた。アンデッド以外、生者の気配には特に敏感だった。
だが、そこでバンパイアは訝しむ。
「ずいぶんと速い。それに護衛の気配もない。これはいったい?」
すぐに肉眼でも見えてきた。土煙を上げて近付きつつある人影。バンパイアは目を剥いた。
そして、ついに聖女が現れた。
バンパイアの男、彼にとっての不運は三つ。
一つ目は、自我と理性を持った上位のアンデッドだったことである。自我を失った下位のアンデッドだったら、悩むことも、迷うことも、驚いて固まることもなかっただろう。
二つ目は、バンパイアとして身体能力だけでなく、視力まで良かったことだ。遠くから土煙を上げて走る優太の姿をばっちりとその目で見てしまった。
そして三つ目は、当然、聖女が優太だったことである。
バンパイアは混乱した。膨大な聖属性の魔力を振り撒き、聖女の衣のような衣装を着たこの男はいったい何なのだ?
だがいつまでも惚けてはいられない。優太はすぐ目の前まで迫っていた。距離のあるうちから視認していたことも幸いし、バンパイアは気を取り直して頭を働かせ始める。
「貴様は、もしや勇者か!」
そこにいる男がアンデッドであることに気付き、距離を取って立ち止まった優太に問いかける。
神聖魔法一辺倒の聖女と異なり、勇者の能力は人それぞれだ。聖属性の魔力を操る勇者がいても不思議ではない。そこに一縷の望みをかけたようだ。
だが、現実は非情だ。
「俺が聖女だ! 文句あるか!」
優太が吼えた。既に優太は色々と開き直っていた。堂々と自分が聖女であることを認めている。そこに恥じ入る要素は一点もない。ないと言ったらない!
バンパイアは、最後の望みも断たれ、絶望した。そして、天に向かって激昂する。
「おのれ! 女神め!」
冷静に考えれば、アンデッド特化型の勇者なんて、戦えば聖女以上の天敵になりそうなものだが、それでいいのか?
余談だが、本人、いや本神? とにかく女神イシスの名誉のために言うと、優太を聖女として選んだのは、実は女神イシスではない。地球側の神である。いくら神であっても、別の神の管轄する世界の人間を勝手に連れだすことはできないのだ。
思い切り叫んですっきりしたのか、バンパイアが落ち着きを取り戻した。
「まあ良いでしょう。聖女様? が一人で出向いて来たというのならば好都合です。このまま始末させていただきましょう。お前たち!」
男が命じると、背後のゾンビの群れの中から、五人の男達が出てきた。彼らはゾンビではない。アンデッドですらない。優太は知らないが、兵隊に追われて『死者の谷』に入り込んだ山賊たちである。
「この者達は、術で操っただけの生きた人間です。聖女の術は効きませんよ。そして、私の命令に従い、限界を超えた力で死ぬまで戦い続けます。」
この男達こそが、このバンパイアの切り札だった。アンデッド相手ならば無敵の聖女も、人間相手に有効な攻撃魔法はほとんど持っていない。魔法が効かなければ、本来か弱い乙女でしかない聖女が厳つい複数の男相手に敵うはずがなかった。本来ならば。
「本当ならば、この男達の手で嬲り、犯し、存分に絶望してから死んでいただくつもりでしたが、聖女様が男とは、予定が狂いましたね。……いや、むしろ男だからこそ絶望も深まるかもしれませんね。」
何やら不穏当なことを言い始めた男に、優太よりも山賊たちの顔が強張る。術で操られていても、自我は残っているらしい。
「お前たち、あの聖女を犯りなさい!」
非情の命令は下された。
「嫌だ―!!」
「絶世の美女をヤれると聞いて期待してたのに―!!」
「美女でなくてもいいからせめて女にしてくれー!!」
「せめて美少年なら……」
「男は嫌だ―!!」
血の涙を流しながら叫ぶが、命令には逆らえないらしく、男たちは優太に向かって走り出した。ん、なんか変なのが混じっていなかったか?
「俺だって、お断りだ!!」
優太が手にしたメイス、という名のモーニングスターを思い切りよく振り切ると、五人の男達は空を飛んだ。
「「「「「あ~~~れ~~~」」」」」
男達は、星になった。
「な、術で操られただけの罪のない人間を容赦なく撲殺とは……、お前、それでも聖女か!」
バンパイアは再び混乱した。山賊やっていた男たちは捕まれば極刑間違いなしの罪ある者達だったが、そんなことは優太もバンパイアも知らない。
「大丈夫。ちゃんと手加減はした。」
「そんなわけあるか!!」
普通に考えればバンパイアの言い分の方が正しい。大の大人が空を飛ぶ威力で棘付鉄球をぶち当てればただでは済まない。限界を超えた力を引き出せると言っても、その肉体はただの人間なのだ。
だが、優太は聖女なのである。聖女の役目は人を癒し守ること。決して殴り倒すことではない。
この場で優太はとんでもない技を開発していた。
『聖女ホームラン』(命名:優太)
長柄の打撃武器を用いて行われる聖女専用の攻撃技。攻撃力よりもノックバック効果に特化している。
予め魔法を仕込んでおくことで、武器の当たった相手に、防御力上昇、物理障壁、回復の効果を与える。このため、どれほど強くぶん殴っても相手は死なない。
また、解毒、解呪、魔法解除などの効果も付与することで、対象を避難させると同時に敵の支配から解放する効果も狙える。
なお、男達が空を飛んだのは、鍛え上げた優太の筋力を聖女の衣の能力で強化した結果の、純粋な物理の力である。




