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聖女無双  作者: 水無月 黒
第一章 死者の谷

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一日目

 「北側及び南側の壁、設置終了しました。」

 翌日の午前中、日もだいぶ高くなってから、第五分隊は作業を終えて戻ってきた。

 「御苦労。戦いが始まるまで、十分に休息を取り、魔力を回復させるように。」

 徹夜で作業した第五分隊は疲労困憊していた。

 現在の『大結界』の大きさは、直径四キロメートルほど。南北合わせて、その外周の半周分の長さ、六キロメートル強の土壁を一晩で作ったのだ。疲労困憊の上、魔力もすっからかんだろう。

 一応、土壁を作るマジックアイテムは支給されているが、戦闘中の一時的な盾代わりに使うもので、横に長く伸ばすことは想定されていなかった。長さは同じでも、専用の結界具を使用できる神官の簡易結界と比べて工兵の作業は重労働だった。

 だが、徹夜作業になろうと、疲労困憊しようとやらなければならなかった。『大結界』が消える前に完成していなけけば、作戦が成立しないのだ。

 その後、ニール隊長は『大結界』の周囲を一周して、出来上がった土壁と簡易結界を確認していった。南側の土壁ならば臨時司令部となった駐屯地からも見えるが、命を預けるものだ、細部までチェックする必要がある。

 「よし。問題なさそうだな。」

 注文通りに作られた土壁を見て一安心する。ここで不備があったら、第五分隊の工兵たちを叩き起こして直させなければならなかった。

 土壁の高さは二メートル強。アンデッドの視界を塞ぐことが主要な目的だ。さすがにアンデッドには破壊不可能な壁を作ることは現実的ではなかった。アンデッドにそちらに向かおうと思わせないための壁である。

 簡易結界の方は、『浄化柱』を利用して張られている。『浄化柱』と『浄化柱』の間に渡されたロープに結界具を取り付けることで結界として動作する。こちらは、簡易結界として動作している間はアンデッドには破壊できない。

 土壁は、簡易結界の端近くまで延びて、アンデッドが一体、ギリギリ通り抜けられる幅の出口を作っている。この出口近くの土壁だけは頑丈に作ってある。戦闘によって、ぶつかったり力が加わったりする可能性があるから、簡単に壊れては困るのだ。

 四方の出口の前には、各分隊の兵士と神官が待機していた。簡単な拠点も設営済みで、各分隊に配分した物資も運び込んでいる。今は最低限の見張りだけ立てて、各自仮眠を取ったり休息したりしている。戦いが始まれば長丁場になる。休めるうちに休んでおく必要があった。

 ニール隊長は臨時司令部に戻ると自分も休息を取った。司令部には交代要員がいない。この後増員が到着しても、自分より階級が上のものが来るかは不明だ。来たとしても、作戦の指揮を引き継ぐ暇があるかどうか。この時点で、ニール隊長は三日間完徹を覚悟した。


 平穏な時間は瞬く間に過ぎて行った。

 日もだいぶ傾いてきた。まだ十分に明るいが、ここは谷底、日没は速い。夕方になれば一気に暗くなる。

 各分隊では、既に篝火を焚いてアンデッドの襲来を待ち構えている。暗くなる前に光源を確保しておくことは重要だった。

 休息していた第五分隊も、『大結界』の状態を監視するために偵察に出した。工兵部隊だが、土壁を作り終わったからと言って遊ばせておくほどの余裕はない。この後も偵察、伝令、雑用全般をこなしてもらうことになる。

 やがて、日が山の向こうに沈み、谷が暗く翳り始めたころ、突如として信号弾が打ち上げられた。数は六つ。色は白。四つの分隊と、東西に分かれて『大結界』の監視をしていた第五分隊のものだ。

 「結界の消失を確認!」

 ニール隊長は、通信用のマジックアイテムで用意していた文面を送信した。

 長い夜が始まった。


 北東、第一分隊。

 「『大結界』、消失しました。」

 「よし、信号弾を打ち上げろ!色は白。『結界の消失を確認』だ!」

 分隊長の指示の下、信号弾が打ち上げられた。この信号弾もマジックアイテムで、光と煙で知らせる昼夜兼用のものだった。

 「第一班、アンデッドの襲来に備えよ!」

 交代で休めるように、分隊を二班に分けていた。第一班に分けられた兵士たちが、神官に祝福してもらった武器を構えて、簡易結界と土壁の隙間へ向かう。

 「……」

 「……」

 「……」

 「来ませんね。」

 それはそうだ。アンデッドたちは結界の中を目的もなく彷徨っているだけなのだ。結界が消えたからといって、いきなり外へ出ようとする判断力などなかった。

 「何時こちらにやって来るかわからないんだ。気を抜くんじゃないぞ!」


 北西、第二分隊。

 この場所では、『大結界』の消失前から戦いが始まっていた。

 結界の内側にいるアンデッドは何も考えずに生きた人を襲うだけの存在だ。人を見つければ寄ってくる。そして結界に阻まれてその場に貼り付く、という光景が『大結界』のパトロール中にたまに見られた。

 同じことが、この北西部で起こった。偶然、第二分隊の人間を見つけたアンデッドの一群がやってきて、そのまま結界に貼り付いたのだ。

 アンデッドは結界の外に出られないが、結界の外から攻撃することはできる。どうせ結界が消えればそのまま襲ってくるのだから、今のうちに数を減らしておこうということになった。

 安全のため結界から少し距離を取り、槍で突いてアンデッドを倒していった。しかし、倒しても倒しても新たなアンデッドがやってきて、きりがなかった。

 「そろそろ『大結界』が消える時刻だ。一旦下がれ。」

 「了解しました。この一体を倒したら退きま――うわあっ!」

 その判断は、少々遅かった。兵士がアンデッドを刺し貫こうとしたその時、結界が消えたのだ。つんのめるようにして飛び出してきたアンデッドに、驚いた兵士が慌てて後退するも、体勢を崩して尻餅をついてしまう。そこへ後続のアンデッド達が殺到する。

 「まずい!」

 咄嗟に、すぐ近くにいた兵士が座り込んだままの兵士を引きずり出す。別の兵士が剣を手に前へ出る。即席の部隊だったがなかなかのチームワークである。

 幸い、後続のアンデッドの群れは、それまでに倒したアンデッドに躓いて足を止めていた。

 「今のうちに体勢を立て直して、そのまま迎撃するぞ。それから、『大結界』が消えた。信号弾を打ち上げろ。」

 一瞬ヒヤリとする場面もあったが、どうにか乗り切った。しかし、戦いはまだまだ続く。兵士たちは、一瞬の油断が命取りになることを再認識したのだった。


 南東、第三分隊。

 「ハッ!」

 気合とともに剣が振り下ろされ、アンデッドを切り裂いた。斬られたアンデッドは倒れ伏し、起き上がってこなかった。

 「よし、残り一体!」

 この場所での戦いは順調に進んでいた。それは、やって来るアンデッドが散発的に数体ずつだったことが大きい。

 簡易結界と土壁の隙間から出て来るところを狙えば、確実に一体ずつ仕留めることができた。

 「この群れが片付いたら交代する。第二班は武器を祝福してもらっておけ!」

 結界が消滅してからそろそろ一時間。祝福の効果が切れる前に交代しておきたかった。

 襲って来るアンデッドはほとんどがゾンビだった。それもだいぶ干乾びて、ミイラのようになってた。強化されているとはいえ、祝福された武器を使えばそれほど手間取る相手ではなかった。

 とは言え、油断はできなかった。ちょっとしたきっかけで一気に劣勢になることもあり得るのだ。

 「この調子で最後まで抑え続けられればいいが。」


 南西、第四分隊。

 この場所での戦いも、最初のうちは順調に進んでいた。しかし、突然異変が起こった。

 「くっ、こいつ、速い!」

 一体のアンデッドが不意に飛び出し、出口の前で剣を振るっていた兵士をすり抜け、その奥にまで侵入していた。

 ゾンビとは段違いの速さ。そのアンデッドはグールだった。

 「こいつは俺達が何とかする! お前はそのまま出口を押さえろ!」

 不意を突かれはしたが、兵士達は冷静に対処した。強化され、通常より素早いグールであっても対処できないほどではない。それよりも、これ以上アンデッドの侵入を許す方が問題だった。しかし、

 「しまった!」

 暴れるグールによって、篝火が倒されてしまった。既に日は沈んで辺りは真っ暗だった。ここで灯りを失うのは致命的だった。

 「『聖なる光(ホーリーライト)』」

 その窮地を救ったのは神官だった。魔法の光で周囲を照らした。そしてさらに、

 「『ターンアンデッド』」

 グールに神聖魔法が直撃する。強化されたアンデッドのため、それだけでは倒れなかったが、動きが止まったところを兵士たちが止めを刺した。

 「助かりました。しかし、余計な魔力を使わせてしまいました。申し訳ありません。」

 神官は支援に徹してもらうという方針に反して、早々に戦闘に参加させてしまった。これは軍の側の不始末と考えるべきであった。

 「いいえ、これも我々の役目ですから。」

 『死者の谷』に派遣されるだけあって、神官たちは対アンデッドのエキスパートだった。

 「しかし、これは対策が必要だな。篝火の数を増やして倒れないように固定するしかないか。」

 分隊長が少し考える。篝火が倒れる度に神官に頼るわけにもいかない。

 「それは、我々がやりましょう。」

 そこへ声をかけたのは、第五分隊の兵士だ。直接戦闘に参加していない工兵の彼らは、二班に分かれて各所を回り、状況を司令部に伝えたり、雑用をこなしたりしていた。

 たまたまこの場に居合わせた彼らは、工兵としてその仕事を請け負った。予備の篝火を設置し、各篝火の脚を土魔法で固定した。

 そして、そのことを司令部に報告して、他の三ヶ所の篝火についても同じ処置を行った。

 この戦いにおいて、工兵である第五分隊は直接戦闘に参加しない代わりに、戦闘で得られた知見や問題点を共有することに大きく貢献していた。

 後に、この第五分隊の働きが戦線維持に有効だったと評価され、兵力が少ないにもかかわらず第五分隊を残して活用したニール隊長の手腕も大きく評価されることとなった。


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