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聖女無双  作者: 水無月 黒
第一章 死者の谷

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前日

 ニール=ブラッドリーは不運だった。

 『死者の谷』における『封屍結界(アンデッドシール)』、現地では単に『大結界』と呼ばれる結界の監視。それはレガリア地方の軍に与えられた通常任務である。重要ではあるが、退屈な任務として軍内部では有名であった。何しろこの五百年間、異常など一度もなかったのだから。

 小隊を率いて『死者の谷』の駐屯地へ赴き、前任の部隊と交代。任務を引き継ぐとともに、持ち込んだ補給物資を駐屯地に納める。

 後は一日一回、専用の器具で結界の状態を測定し、また結界の大きさの測量を行う。

 その後は、午前と午後に各一回、結界の周囲のパトロールを行う。これは主に、結界に入り込む者を取り締まるためだが、こんな危険地帯に近づく者はまずいない。

 これを、交代部隊が来るまで続けるのだ。

 だがその退屈な任務は、一つの神託により様変わりした。『死者の谷』が再び世界の危機となるというのだ。

 監視部隊は増員され、任期も伸びた。結界の観測機器も追加され、より詳細な観測が行われるようになった。通信用のマジックアイテムが持ち込まれ、定時連絡が義務付けられた。

 駐屯地も拡張され、世界の危機と戦う兵士と神官の第一陣もやって来た。

 それでも彼はまだ気楽だった。ニール隊長率いるブラッドリー 小隊は、数日後には次に到着する部隊に任務を引き継いで、一旦帰還する予定だった。


 「王都より返信があった。世界の危機が早まった。明日の夕刻には結界が失われる。」

 ニール隊長は駐屯地にいる兵士及び神官に向けて説明した。正直やりたくはない、だがやらないわけにはいかなかった。

 結局、ニール隊長が帰還する前に、世界の危機の方がやって来てしまった。しかも対応する準備が十分に整う前にだ。

 軍には、非常時にも組織的に行動できるように、厳格な指揮命令系統が作られいている。階級制度などもその一つだ。残念ながら、この場には彼よりも高い階級の者はいなかった。

 同じ階級の者しかいない場合、先任であるニール隊長が指揮を執ることになっていた。本来『死者の谷』の戦いの指揮を執る予定の人物は数日後に大人数の兵を率いて到着することになっていたのだから仕方がない。

 「王都からは、王宮騎士団の精鋭と聖女様がこちらに向かっている。だが、王都から『死者の谷』までは四日かかる。結界が無くなってから三日間、この場にいる我々だけでこの場を押さえる必要がある。」

 ニール隊長は、我ながら無茶だな、と思いつつもそれを顔に出さずに話を続けた。その頭の中では、猛烈な勢いで作戦を組み立てていた。

 神託が降って以来、様々な状況を想定して作戦が練られてきた。そうやって立てられた作戦の数々を『死者の谷』へ赴く可能性のある指揮官の頭に叩き込んで行った。ニール隊長も叩き込まれた一人だった。

 さすがに今の状況を想定した作成はなかったが、戦力が揃わない段階で時間を稼ぐ作戦ならば存在した。今は少しでも使えそうな作戦を応用するしかなかった。

 「この人数で『大結界』の全周を包囲するのは不可能だ。アンデッド共の出口を制限する。簡易結界はどの程度の長さ張れますか?」

 最後の質問は、神官に向けた者だった。

 「今ある資材では、『大結界』の外周の半分が限度です。ただし、長く繋げるとその分脆くなります。『浄化柱』を利用しても、全て繋げれば二日しか持たないでしょう。」

 簡易結界はアンデッドの通行を妨げる領域を作り出すもので、『封屍結界(アンデッドシール)』の技術を応用したものである。正しくは『簡易封屍結界』と言うべきだが、特に『死者の谷』の近辺では単に簡易結界と呼ばれている。通常は丸く囲って安全地帯を作るが、伸ばして壁にすることもできる。普通の使用方法ならば一晩持てば十分なのだが、今回は二日では援軍が来るまで持たない。

 「半分ずつ、二ヵ所に設置した場合は?」

 「それならば、五日は持ちます。」

 神官の答えを聞いて、ニール隊長は作戦を決めた。

 「簡易結界は、『大結界』の西と東に張ってもらう。」

 ニール隊長は『死者の谷』の地図を指しながら説明する。

 「北と南は土魔法で壁を作って塞ぐ。簡易結界と壁の隙間、この四か所でアンデッド共を迎え撃つ。」

 完全に塞いでしまわないのは、その場合何処から出て来るか分からなくなるからだ。簡易結界の方はともかく、土魔法で作った壁は物理的に破壊されかねない。ならば最初から出口を作っておいてそこへ誘導したほうが迎撃はしやすかった。

 結界内に封じられているアンデッドはその大半がゾンビやスケルトンと言った頭の悪い、と言うか何も考えていない奴等だった。まともな出口があってそこに生きた人間がいれば、何も考えずに真直ぐ向かってくることが予想された。事前の検討では、四方に出口を用意しておけば周囲の壁を破壊して出てくる可能性は低いと考えられていた。

 その分、兵士たちは戦い続けることになるが、気が付かないうちに穴が開いて、背後から襲われたり、山村に向かわれたりするよりはましだった。

 ニール隊長は部隊の再編成を行った。現在このこの地に来ている戦力は限られている。

 監視部隊としてニール隊長が率いてきた部下が、増員含めて二十名。

 世界の危機と戦うための先遣隊が四十名。

 ニール隊長を含めて兵士は六十一名のみだ。

 これに、神官二十五名を加えた八十六名がこの場にいる全員だった。

 限られた戦力を最大限に活用するため、ニール隊長は兵士を五分隊に分けた。

 「第一分隊は北東、第二分隊は北西、第三分隊は南東、第四分隊は南西を担当する。今日中に拠点を構築しろ。第五分隊は工兵だ。結界が消える前に、北と南に壁を作れ。」

 兵士の中で、土魔法を使える八名を集めたのが工兵部隊の第五分隊だった。残りの兵士は均等に四分割している。

 「神官の皆さんは、簡易結界を張ったのち、各部隊に合流してください。戦闘が始まったら、支援に徹して魔力を温存するようにお願いします。アンデッドは我々が相手します。」

 ここにいる神官達も、世界の危機と戦うために派遣された者達だ。『大結界』の周囲に配置された『浄化柱』を点検するために早めに現地入りしたことが幸いした。アンデッド相手に神聖魔法の使い手は何よりも心強い味方だった。

 しかし、神官の神聖魔法はアンデッド特効とは言え、相手は聖女であっても殲滅しきれなかった数のアンデッドだ。兵士を主軸に戦い、神官をそのサポートに回した方が長い時間戦うことができる。

 「『死者の谷』のアンデッドは通常のものより強い。雑魚と侮って油断するな。敵は昼夜を問わず押し寄せてくるはずだ。ペース配分を間違えずに三日間守り抜け。」

 一番厄介なのが、アンデッドが昼も夜も関係なく襲ってくることだろう。普通ならばアンデッドが活動するのは夜間だろうが、『死者の谷』では昼間でも襲ってくる。各分隊は十名以上の兵士がいるから、交代で休憩を取ることはできるだろう。しかし十分な睡眠をとる余裕はあるまい。最悪三日間徹夜で戦い続ける羽目になる。聖女の到着が遅れた場合、疲労と睡眠不足で戦線が崩壊しかねない。

 「最後に、絶対に死ぬな。これは命令だ。」

 これは、兵士たちの身を案じての命令ではない。死ねばアンデッドになって敵がより強化される。純粋に戦略上の要請であった。彼らは死ぬことすら許されない戦いに赴くのだ。

 「質問がなければ、これより作戦を開始する。全員、かかれ!」

 世界の命運をかけた戦いは、ここから始まった。


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