死者の谷の伝説2
この『死者の谷』で使用された魔法は、意図してそのようになっているのか暴走した結果かは不明だが、非常に厄介な性質を持っていた。
まず、この魔法は地脈より膨大な魔力を汲み上げることで、術者に関係なく発動し続けるのである。そう、実はこの魔法、五百年間発動しっぱなしなのだ。
そして、魔法が発動中ということは、魔法の範囲内に死体があれば即新たなアンデッドが生まれてくるということになる。最初、東西レガリア王国は自分たちだけでこっそりと解決しようと、アンデッド討伐部隊を送り込み、かえってアンデッドを増やす結果になっている。
また、この魔法は範囲内のアンデッドに力を与えるらしく、通常よりも強くてしぶといアンデッドが生まれていた。
さらにこの魔法の厄介な点は、生み出されたアンデッドのいる範囲がそのままこの魔法の効果範囲になってしまうことだった。
『死者の谷』で生まれたアンデッドに殺された者はアンデッドになる。数を増やしたアンデッドは世界中に拡散していく。『死者の谷』を抜け出たアンデッドが町にでも入り込んだら、爆発的にアンデッドが増加するだろう。まさに世界の危機だった。
この世界の危機に対して、当時の人々はどのように対処したのか?
まず最初に行ったことは、『死者の谷』の封鎖である。谷間であるという地形を利用し、またさすがに素直に協力するようになった東西レガリア王国から提供された詳細な地図をもとに、アンデッドが谷の外に出ないように兵を配置した。
神託によりアンデッドの大量発生であることは分かっていたため、十分な数の兵と神官を連れてきていたこともあり、どうにか谷の封鎖に成功した。
次に行ったことは、聖女を中心とする精鋭部隊による『死者の谷』への突入である。元凶である魔法をどうにかしなければ世界の危機は終わらない。
だが、結果的にこちらは失敗した。
『死者の谷』に犇めくアンデッドを蹴散らし、中心部まで辿り着くことはできた。魔法を発生し続けている魔法陣も発見することはできた。
だが、魔法を止めることも、魔法陣を破壊することもできなかった。
原因は、使用されている魔力の大きさだった。
この魔法は、単にアンデッドを生み出すだけではなく、生み出したアンデッドを中継して範囲内に存在する死体に干渉してアンデッドを生み出す魔法的な場を作り出す。さらにその場にいるアンデットを強化する魔力の供給も行っている。
この魔法の性質上、生み出したアンデッドの数が多く、広範囲に散らばるほど大量の魔力を消費する。万を超えるアンデッドが谷いっぱいに広がる状態は、人の持つ魔力でどうにかなる範囲をはるかに超えていた。地脈から汲み上げられる膨大な魔力がなければ成立しない魔法であった。
そんな大量の魔力が、中心の魔法陣に流れていたのだ。魔法の動作を阻害し停止させることも、魔法陣そのものを破壊することも、この膨大な魔力の流れが邪魔をして不可能だった。
この魔法を止めるためには、アンデッドの数を減らすしかない。聖女と共に『死者の谷』に入った魔導士はそう結論付けた。しかし、既に大量のアンデッドが生み出され、谷いっぱいに広がっている状況では、たとえ聖女の力をもってしてもアンデッドの数を削り切るのは困難だった。時間がかかればアンデッドが『死者の谷』の封鎖を突破してさらに被害が拡大する恐れもあった。
この時、魔法陣の解析を行った魔導士が一つの解決方法を見つけ出した。魔法陣を流れる魔力は強すぎて手が出せない。そこで魔力の流れが弱まる瞬間、つまり個々のアンデッドに分配するために細分化された瞬間を狙って魔力を横取りし、その魔力を使用してアンデッドを封じ込める結界を張るというものだった。
普通ならば不可能と言われる方法であったが、聖女の存在がそれを可能とした。その場で術式が組まれ、聖女が一発勝負で術を発動するという、かなり綱渡りなことをやってどうにか結界を張ることに成功した。
こうして、『死者の谷』にアンデッドを封じる『封屍結界』が誕生した。この巨大な結界により、どうにかアンデッドを封じ込めることに成功したが、世界の危機への対応としては失敗と言われている。根本原因を取り除くことができず、危険を後の世代に残してしまったからだ。
この結界はアンデッドの出入りを防ぐだけでアンデッドを浄化する能力はない。何らかの要因で結界が消えれば、即世界の危機が再開されてしまうのだ。実際、五百年後に再び世界の危機として復活している。
当時の人々も根本原因の解決を諦めたわけではなかった。しかし、結界内に突入してアンデッドの数を減らしていく案は早々に却下された。結界はアンデッド以外は素通りできるし、アンデッドの強化も止まっている。十分に勝算はあった。しかし、結界の内側では死者をアンデッドにする魔法は有効なのだ。長期戦になる以上リスクは避けたかったのだ。
代わりに、結界の外から少しずつアンデッドを倒す方法が模索された。その結果生まれたのが、『浄化柱』と呼ばれる柱だった。
この『浄化柱』は、設置すると周囲をアンデットを浄化する魔法を展開する。『封屍結界』の周囲に『浄化柱』を並べることで、結界の内側に入ることなくアンデッドの数を減らして行こうと言うわけだ。
『浄化柱』の欠点は、効果が低いことだろう。『浄化柱』にゾンビを縛り付けておいても、一日や二日では浄化し切れない。代わりに効果範囲の広さと持続時間の長さは抜群だった。
『浄化柱』単独でも数十メートルは効果が及ぶし、一定間隔で『浄化柱』を並べて取り囲むことで『封屍結界』全体に効果を及ぼすことが可能だった。
また、一度儀式を行って魔力を注入すれば、『浄化柱』は一年は魔法を放ち続けた。聖女の力を借りなくても維持できることもメリットだった。
効果が低くても、長い時間かけ続けていれば、いずれは浄化されてアンデッドの数が減って行く。
どのくらいアンデッドの数が減ったかは、結界の大きさを調べれば見当が付いた。『封屍結界』を維持している源は、元凶となる魔法陣が配下のアンデッドに供給する魔力を横取りしたものだ。アンデッドの数が減れば横取りする魔力も減り、結界のサイズも小さくなる。
最終的に結界内のすべてのアンデッドがいなくなれば、魔力の供給が途絶え、結界は消滅する。それ以前に魔法陣に流れる魔力が減れば、魔法陣を破壊し、魔法を停止することが可能となる。
『浄化柱』を使用し、千年かけて浄化を続ければ魔法陣が破壊可能なレベルまでアンデッドの数を減らせると予想された。
この安全策は、しかし後代に大きな負担を残すこととなった。
時間をかけてアンデッドを浄化しても、新たなアンデッドが発生しては意味がない。『死者の谷』は関係者以外立ち入り禁止、特に結界内は関係者であっても立ち入り厳禁となり、結界を監視するために軍が駐留することとなった。
また、『浄化柱』は年に一回儀式を行って魔力を補充する必要がある。巨大な結界の周囲を囲う『浄化柱』は数が多いため、一度に全ての『浄化柱』に対して儀式を行うことはできない。定期的に何度も神官を送り込み、儀式を行う必要があった。
それに、『浄化柱』も劣化するので、十年も経てば交換する必要があるし、結界が縮小すれば、それに合わせて『浄化柱』も立て直す必要が出て来る。
小国でしかないレガリア王国には、東西二国合わせても重い負担だった。
軍の駐留にも、神官の派遣にも、『浄化柱』の作成や設置にも金がかかる。
そもそも、『死者の谷』を巡る争いで両国とも兵士の数を大きく減らしていた。
神官の派遣は、一神殿では賄いきれず、国外を含めた複数の神殿に協力を依頼する必要があった。
そして、そういった管理や手配を遣り繰りすべき両国政府は、王家の権威失墜と共に機能不全に陥っていた。
エルソルディア王国の全面的な支援が無ければ不可能だっただろう。
政治、経済、軍事をエルソルディア王国に依存することになった両国が、やがてエルソルディア王国に吸収されていくのは自然な流れだった。




