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1-9d 弱肉強食

「生物兵器の流出ではないのか?」

 誰が言いだしたのかは分からない、根も葉もない噂。押しつぶされそうな不安の中で生きる誰もが、理由を欲していただけ。理由なんて何でも良かった、誰でも良かった。


「あの民族の母国での感染率は他国より突出している」

 嘘ではない、けれど真実でもない。普段ならヘイトだ何だと(とが)められ沈静化していく噂。何かの、誰かのせいにして逃げたくて、(わら)をも(つか)む思いだったのかもしれない。誰もそれを(とが)めなかった。


「あの民族が多い街での感染率が高い」

 疑わしきは罰せずじゃない、疑わしいから罪だ。疑わしい者は隔離するべきだ。

 そう言えば、あの民族の母国は、いつも隠蔽(いんぺい)体質で、何をしでかしても不思議が無い一党独裁国家、あの、過去に疾病を隠蔽して世界中に大被害を巻き散らしたこともある東側陣営の属国じゃないか。それも単なる属国じゃない、あいつ等の母国は西側陣営だったのに、東側陣営に寝返った裏切り者じゃないか。


「奴等を我々の国から叩き出せ。あいつ等が感染源だ」 

 どの国の誰が言いだしたのかは分からないが、そんなことは誰も気にしなかった。国民の不安や不満を一時(いっとき)でも目を(そら)せられる理由、自国以外の理由があれば良かった。


「理由不明の疾病、当時のテラン(地球人)はそう信じていました。市民の間には不満と不安が充満し、治安が悪化し、騒乱状態になった地域もありました。

 各地域の指導層は、早急に市民達の不満をそらす必要がありました。そのためには、人種偏見による言いがかりではなく、より悪質で恣意(しい)的に用いられた捏造、プロパガンダが必要になったのです。

 情報に飢えていた報道各社は、リークされたニュースソースも不確かな根も葉もない情報に直ぐに飛びつきました。

 何の検証も行わず、ただ過剰な演出で(あお)りたてる内容を、日夜繰り返し送り出し続けました。この結果、この捏造された根も葉もない噂は真実として補強されていきました」


「それは報道機関と言えないのでは?テラ(地球)の報道機関は検証しない内容を垂れ流すのですか?」

「当時はそうであったみたいですね。流石にネットワーク上では、その報道の信憑(しんぴょう)性を疑う論調もあったのですが、報道機関の報道に覆い隠されてしまったようですね。

 もっとも、流石(さすが)に後日、この捏造による世論誘導はテラン(地球人)の中でも大問題になり、テラ(地球)の報道番組に、双方向画面が必ず映る様になったのはこれが契機です」

「あー、流石(さすが)にやり過ぎはテラン(地球人)の中でも、問題にされたのですね」


「さてこの噂ですが、テラン(地球人)の種類のひとつであるアジア人が変異するという形で話が広まりだしました。

 ところで当時のテラ(地球)は、テラン(地球人)の中の白人種と言われる種類がテラン(地球人)のヒエラルキーの最上位と信じられていました。

 公式には平等といわれていましたが、欧米と言われていた地域では白人系以外は全て差別対象でした」


「複雑な種族なんですね、テラン(地球人)は……」

「まぁ、我々もそうですが、この宇宙に完璧な種族は居ませんからね。さて、この広められた噂を原因として、各地で、特に白人種の多い地域で、頻繁(ひんぱん)にアジア種排除のデモが起き、それが騒乱状態の引き金になるのは、またそれをテラ(地球)各地軍や警察が鎮圧するのは、珍しくない光景になっていました。

 しかしこの状況に、噂の出元である欧米指導層は、血の気も引く思いになっていました」


「なぜ血の気も引く思いになるのですか?排除は彼等欧米指導層の意図ではなかったの?」

「馬鹿らしいことに、欧米指導者層の予定では、報道各社報道で噂を流せば、報道各社が各々検証報道を行う筈だ。検証した後は、報道各社の政治的傾向に従った両極端な内容を報道する筈だ。そうなれば市民の不安や不満の矛先が分散される筈だ。

 ところが、報道各社は指導層の目論見(もくろみ)から外れ、検証もせずに大々的に噂をそのまま報道し、市民の不安感を更に増加させるだけになりました」

テラン(地球人)って馬鹿?」

「ときおりテラン(地球人)は馬鹿になりますねぇ~、まぁその馬鹿の大半は悪戯に向けられますけど。

 さて、加熱する人種問題、この場合はアジア種の排除ですが、特大の不発弾の様なものになってしまいました。なぜなら当時のテラ(地球)において対VOAの主戦力は?」

「今も居るけど、日本という地域ですよね!あれ?日本ってアジア種……だったような?」

「そのとおりです、日本、アジア種の日本にARISは所在していました。更に連合が提供している医療設備(タンク)は、当時の地球では諦めるだけだった傷病や障害を解決する事ができましたが、その提供の判断基準は、日本の国益に(かな)う同盟国か否かでした」


「それって……ヤバイを通り越しているような」

「アジア種排除の争乱が起こり、不当に差別し、暴力をふるわれたアジア種が日本人だったら?最悪の結果を想像するのは、容易です。

 日本の世論は激怒し、明らかに日本寄りのスタンスの連合も激怒する。連合から受けていたVOAとの闘いどころか、色々な援助が停止される。

 テラン(地球人)は選挙制度をとっていますが、その票田の大部分を占める、中流層を含むそれ以下の層は連合の恩恵を最も強く受けていました。

 選挙制度によって選出される欧米指導層にとって、その層からの支持を失うことは悪夢以外の何物でもなく、必ず避けなければならない未来でした」


「日本という地域は、そんなに他の地域から恐れられていた地域だったですか?」

「連合が現れる100年程度前に荒れ狂った様に暴れた以後は、日本が苛烈な行動を取ることは稀でした。対VOA戦が始まりだした頃、日本は日本人の生存のためには、何でもする国家として変貌しつつある激変期を迎えていました。

 無防備だった羊、テラ(地球)の養殖動物のことですね、その羊が生存の為に武器を持ったと言われていた様です。もっともこの羊は荒れ狂った状態になると、手が付けられない程に狂暴になると知られていましたが。

 兎にも角にも欧米指導層は、急ぎ何か別の理由を考える必要がありました。今自国内で広く流布されている、アジア種が変異するという噂を打ち消すのではなく、遠からず近からずの内容に方向変換させる必要がありました」


「噂を打ち消さないで、方向転換?」

「噂を否定すると、余計に疑われます。噂の軸はあっているが、内容がちょっと違うから修正した形の方が、すんなりと受け入れられますからね。

 そのため違和感を覚えない理由、アジア種であっても、日本以外誰かを生贄(スケープゴート)生贄にするか、それとも人種に関係なく何処かの国か地域を封鎖するか、と欧米指導層が考えるまで時間は長くかかりませんでした。 そして人種ではなく、場所のみで、封鎖可能な地域、生贄に出来る封鎖をし易い場所が探され始めました」


 言葉や文化が異なっても、暗黙のというものはある。出来レースだった。何処を、誰を犠牲にするのか、誰もが知っていた。

 後世の歴史家たちは、いつ終わるとも知れない長く葛藤(かっとう)と苦汁に満ちた議論が行われた、とでもいうのだろうか?

 葛藤(かっとう)?苦渋に満ちた?そんなもの何処にもありはしない。苦悶(くもん)した顔で経過報告?苦悶(くもん)というのは何だっけ?何もかもがお芝居、自分達の悪行を誤魔化すためのアリバイ工作、言い訳の為の言い訳に過ぎない。

 友情?友愛?そんなものは国際社会に存在しない。あるのは弱肉強食。

 

 なぜ、君達を私達が助けないといけないのだ?別の誰かを頼ってくれ。私達の方を見るなよ。

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