1-9-3)噂話
自国内で新規感染者の爆発的増加はない。予断は許さないものの、今回の出血熱も過去の感染症対策の経験を活かし制御可能だと各国政府は信じていた。
感染症への不安も、各国政府が行っている防疫措置に加えて、大陸と半島国籍の者達を問答無用で母国に強制送還する事で、低下している。確かにこれは過去であれば、許されない人種差別的な政策だが、緊急事態の今は致し方ない。
自国民や、良好な関係の同盟国以外はどうなろうと知らない。今までの世界なら、既に世界大戦レベルの異常な緊張状況である自覚はある。しかし皮肉な事に、VOAの出現が人類の理性を保たせていた。
人類同士の戦争であれば、敵の事はある程度は想像出来る。しかしVOAは無理だ。何を考えているのか分からない。単に破壊を振り撒く存在でしかない。
更に言えば、人類が弱体化すれば異星人、列強種族に侵略されるという。人類同士で世界大戦を始めている場合じゃなかった。
ともかく先ずは目先の問題、出血熱の問題から解決しなければならない。幸いにして、出血熱の罹患者数は激増していない。それはつまり、感染爆発を防げているという事になる。
正しい情報を基にした地道な広報活動で、悪質なデマに煽動される者達は減った。何かに新たな問題が生じない限り、世間に広がる不安や不満も減り、世論は鎮静化するだろう。
そう考えた者は、常識的過ぎたのかもしれない。デマと煽動で金を儲けている者達、マスメディアの者達を甘く見過ぎていた。
彼等にとって、世論が落ち着いているのは困る。世間を騒然とさせる為には、捏造スレスレの恣意的な報道すら辞さない。それが彼等だ。
世間を騒然とさせるために金が貰えるなら、喜んで貰う。それが自国の敵対勢力からであっても気にしない。金は金なのだから。
その結果、自国が危機的状況になっても、自分達は金で潤う。彼等にとっては何の問題にもならない。
平穏な狂気。第三次冷戦を言葉で表せばそうなる。正規軍同士の戦闘は起こっていない。双方の暴力装置は理性を保ち、緊張状態の中で平穏は保たれていた。
但し、民間に目を向ければ話しは変わる。色々な理由がある。経済的利益を得たい者。死ぬのを待つばかりの自国から脱出し、起死回生を狙う者。越境しようとする者は後を絶たない。
越境しようとする者達を片方は止めず、もう片方は許さない。命懸けの越境が成功する者はまず居ない。国境は血で染まる狂気の場所になっていた。
狂気で線引きされた、内と外。奇妙な均衡で保たれた平穏。しかし、この様な状況が継続するのは、大陸国家と半島国家にとっては困る。封鎖は大陸国家と半島国家双方共に、その食糧自給と経済活動に悪影響を与えていた。
大陸国家は、国民の大多数を占める農村部の不満を、計画成長の果実を少し分け与える事で抑え込んでいた。経済活動の停滞や縮小は、不満の抑え込みが不可能になる事を意味する。抑え込みに失敗すれば、暴動等を誘引しかねない。それは絶対に避けなければならない。
半島国家は大陸国家より更に致命的だった。外需への依存率が異様に高かった半島国家にとって、経済封鎖は即効性の猛毒だった。国内は失業者で溢れ、日々何処かで暴動を伴う抗議活動が頻発していた。
その姿勢に温度差はあれど、早急に封鎖を解除させる必要性は双方共に同じだった。その様な時、自国内でも噂になっていた不穏なデマが、世界各国でも同時多発的に広まっている事に気付いた。敵対勢力の国境封鎖の正当性を疑わせる事が出来るチャンスだった。
平穏は金にならない。何か世間を不安にさせるネタ、新たな金儲けのネタが必要だった。世論が沸騰する様な内容なら、真実等は二の次。
世間を煽れる不穏当な噂話に彼等が飛び付かない訳がない。奇しくも同じ時期に、同じデマを広げるべく大陸国家から再び接触があった。
序でに、政府も糾弾して欲しいという。もともと、恣意的報道で現政府与党を糾弾し、野党を援護射撃してきた彼等にとって、それは渡りに船の儲け話だった。
噂話の内容は、酔っ払いだってそこまで酷い話はしないという内容だった。何時もの日常であれば、一瞬で馬鹿にされ笑い飛ばされる与太話。しかし、世界に非日常で支配され、マスメディアの者達は金儲けしか頭になかった。
噂話の始まりは、いつも懐疑的な者が、限られた者達しか居ない場所で零した些細な不安だった。他の者達は、何時もの陰謀論寄りのネタ話と受け取っていた。
大体、こんな過疎地の仲間内の遊びのネタ話が、世間に広がる等とは思ってもいなかった。その点において、彼等に罪があるのかもしれないが、普通の者に、陰謀論好きな者達の異常な検索能力と、声の大きさを想像しろというのは無理だ。
時期が悪かった。何時もの日常であれば、誰も相手にしないであろうレベルの噂話だった。しかし、世界は異常だった。VOAは出現し、たかが疾病の出血熱を原因として国境封鎖が行われ、第三次冷戦が始まってしまった。
不安に駆られた者ほどデマに踊らされる。世界は何処もかしこも、不安に駆られた者達しか居なかった。酷いデマが広がる条件は揃っていた。
VOAと第三次冷戦から来る重圧と不安を誰かのせいにしたかった。元々の理由はそんな所だろう。理由はどうあれ、悪質なデマは世間に瞬く間に広がった。
大陸と半島の出身者の中に、出血熱を生き延びた者達が居る。生き延びたと言っても、凡そ人とは思えぬ姿に変化してしまうらしい。
変化したら意思の疎通は無理だし、そもそも知能が異様に低下するらしい。元の姿に戻れないらし、変化した姿は小鬼の様な姿になるらしい。
あんな姿で生きるなんて地獄だと思う。感染してあんな小鬼の様な姿に成りたくない。感染したくない。
大陸と半島では、変化した奴等が群れを成しているらしい。大陸と半島の者達が保菌者らしい。大陸と半島の縁者が居ない国では、変化が発生していないらしい。
自分の目で見た訳でもないのに、あたかも自分が見た事の様に噂話を広めるものが後を絶たなかった。
世間に流れる悪質な噂話やデマに対して、政府が何もしていない訳ではない。迅速な情報公開と継続した政府広報等で対処していた。
悪質性が非常に高い噂話やデマに対しては、徹頭徹尾に理論的に論破する等して個別対応も実施していた。
しかし、世間で流れている今の噂話が全くの嘘とは言えないため、その対処には、正直言って困っていた。
陸と半島出身者の死亡率は国民よりも高く、変化する割合も高い。高いと言ってもその差は、誤差レベルでしかない。死亡率、変化率に民族差はない。
大陸と半島に良く分からない二足歩行生物が大量発生しているのは事実だ。更に、迅速に対応しているために余り知られてはいないが、国内でも特定地域で二足歩行生物が発生が多くなってきている。
大陸と半島出身者が保菌者で危険だという噂話がある。これについては、単なる妄想でしかない。倫理と科学に真っ向から喧嘩を売る様なものだ。但し、一部の世論では、この陰謀論が支持されており、早急にこの陰謀論の打ち消しが必要だ。




