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島根で報告

 我が自慢の弟子たる野田洸貴が島根に帰郷すると、古株の門下生から報告を受けた。

 めえるというものでやり取りをしているらしく、ワシには良く分からぬ伝達方法じゃ。

 男なら【我、無事に帰郷せん】とでも一筆したためい。

 

 今時それはないと門下生どもが口々に言いおった。

 えぇい!平成生まれは軟弱すぎるところが好かん。

 男ならポチポチ小さなボタンを打つより、びしっと毛筆で決めるべきじゃろ。

 

 何やらご両親に報告せしめん事があると。

 あの鼻たれ小僧が報告すべき事は、たった1つ。


「鬼のゴルゴンとの決闘の報告じゃろう」


 小僧が胸を張って帰郷するに必要なのは自らの名誉を回復。つまり鬼のゴルゴンとの決闘の末、勝利を収めなければならん。


「ふむ。無事、島根の地を踏むというのは小僧が赫々たる勝利を収めたということじゃろ。江角(えすみ)、帰郷次第、道場に来るよう小僧に伝えよ」


「そりゃ良いけどさ、じいさん。その昔の幼馴染との決闘報告だと思わないほうが良いぜ」


 江角はネクタイを弛めながら、すまんとふぉんと言うもので小僧に連絡をしている。

 なんじゃその意味不明な名称は。


「や、じいさん。スマートホンだから。便利よ、便利。俺もうこれ無しじゃいらんねぇーもん」


「だれがじいさんじゃ。師範と呼べ!で、小僧は何と?」


「明日には着くから、荷物置いたら来るって言ってる。夕方は過ぎるらしいけど」


「ほう!そうか。ならば小僧の友たちを集めよ。みなで小僧の凱旋を祝わねばな」


「だから決闘の報告って限らないって」


 呆れたように肩を竦めた江角は、それでも同時期の門下生達に連絡をしている。

 結構結構。


「お前たちも既に成人を迎えておる。夜は酒でも飲んで旧交を深めるべきじゃな」


「じいさんが酒好きなだけじゃん。別に俺も好きだから良いけどよ」


「酒は知己に逢うて飲み、じゃ。楽しみじゃのう。小僧も大きな小僧になってるじゃろうなぁ」


 約束通り、小僧は夕方に我が道場の門を潜った。

 あの鼻たれ小僧が、良い男になったものよ。

 

 道場に正座し、向き合って報告を受ける。


「して、どうだったのじゃ?」


「はい。何がでしょうか?」


 聞き返す小僧。

 どうと聞けば答えるものは唯一つ、鬼のゴルゴンとの決闘じゃろ。


「小僧は何か報告があってこの地に戻ってきたのじゃろ?」


「はい」


 小僧は恥ずかしそうに小さく笑った。

 その顔で、ワシは察した。


 小僧は勝利したのじゃ。

 泣きながらワシに教えを請い、少しずつ成長した小僧。

 ワシが目をかけて、教えを叩き込んだ子じゃ。

 鬼のゴルゴンに勝てぬ道理はない。


「その報告は場所を変えてしかと聞こうぞ。小僧の馴染みである門下生も数人集まっておる。小僧と仲が良かった江角も来ているぞ」


「江角に会うのは久しぶりです」


 すっと立ち上がった小僧の立ち振る舞いは、背に物差しを入れたようにびしっとしておる。

 自慢の教え子の成長振りに、ワシは満足じゃった。


 ゴルゴンとの決闘も勝利したようであるし、その戦いの状況についてはワシ1人が聞くには忍びない。

 行きつけのというよりこの付近では一軒しかない居酒屋に移動し、とくと聞こうぞ。


「おー!野田、久しぶりだなっ!」


「お前、全然島根こねぇーんだもん。それにしても、良い男ぶりにますます磨きがかかったな!」


 ワシの門下生たちが小僧に集まり、バシバシと肩を叩いている。 

 

 中に入り麦酒で乾杯をする。


「かんぱーいっ!」


 キンとグラスをぶつけ合い、麦酒を一気。

 美味いものじゃ。


「して小僧、みなに報告があるのではないか?」


 ほれ言うてみい、ゴルゴンとの闘いで勝利を収めたとな。

 小僧は照れくさそうに笑い、麦酒を一気に飲み干してから口を開いた。


「えーっと…先日、俺は兼ねてから付き合っていた彼女と籍を入れましたっ。式はまだ先ですが、参加していただけると嬉しいです。以上」


「は?なんじゃと?」

 

 祝言の報告じゃと?


「本当かよっ!野田って今年から社会人だろ!早すぎねぇ~っ!」


「もったいねぇ!これから一杯楽しむんじゃん。女の子たちと」


 江角は沢山の女子と付きおうている。

 まったくだらしのないスケコマシじゃ。


「小僧…鬼のゴルゴンとは…どうなったのじゃ?」


 まさかその決闘をしないまま、好いた女子と一緒になったのか?

 何と、何と情けない男よっ!今一度、我が教えを叩き込むべきじゃろうか?


「実は…そのゴルゴンと結婚するんです」


「な…なんじゃとっ!」


 ゴルゴンは女子じゃったのか?

 話を聞く限りはそうは思えんが。

 何とした事じゃ。


 しかし女子に手をあげる男は、男の風上におけぬからな。

 鬼のゴルゴンが、鬼の女子と分かった今、決闘せんかった小僧の気持ちは分かる。


「もしや小僧。鬼のゴルゴンが女子だと知り、無抵抗のまま負けたのではあるまいな?その負けの代償として祝言を…」


 ゴルゴンが女子だと知り、嫌な想像が浮かんだ。


「師範、それってどういう意味でしょーか?野田がゴルゴンにぼっこぼこにされて、挙句に結婚迫られたって言いたいの?」


「現代社会にそれはないない」


 笑い混じりに門下生に否定され、小僧も違いますよと苦笑している。

 呆れられて、ワシは立腹じゃ。


「では祝言に至った理由を申せ。ワシにはとんと分からん」


「まぁ確かに。苛められてたんだろ。しかもあの写真の子、中々の貫禄だった。何でその子と結婚しようと思ったんだよ?しかもこんな早く」


 江角が枝豆を小僧に向ける。

 マイクの代わりにしては貧相なものを選ぶ、どうせなら串焼きにせい。


「何でって…そりゃ…真琴と結婚したいなって思ったからだよ」

 

 酒の効果か小僧の顔が赤くなった。

 ゴルゴンは真琴と言うのか。ハイカラな名前じゃ。


「どこが好きになったのさ?ぼこりに愛を感じたのか?」


「いや、大人になってそれはないから。どこが…って…ぶ」


 小僧が小さく呟く。

 聞こえん!男ならはきはきせい!


「ぶ?ぶってなんだよ。デブ?」


「ベイブ?」


「違うよっ!全部って言ったんだよ!」


 小僧が叫んだ勢いで、テーブルが揺れた。

 落ち着け、小僧。


「うひゃあ。惚気られたわ。1人のおいっちはちょっとジェラシー」


「仕方ねぇよ。新婚だろ」


 酒の勢いもあって、盛り上がってきた。

 報告内容は期待したものとちぃーっと違ったが、まあ良い。

 めでたき事じゃ。

 

 飲め飲めと小僧のグラスに麦酒を注ぐ。

 テーブルの上を料理で満たし、グラスを酒で満たし。疎遠だった時間を満たし、心も満たされた良き時間じゃ。

 無意味にグラスを鳴らし、歌を歌い、友と語り合う、これぞ酒の楽しみよ。


「お!あの子可愛い!…見たことない子だな」


 酔いを感じさせぬ上戸の江角は、厠のそばでふらふらと歩いている女子を指差した。


 この居酒屋はこの付近で一軒のみ、いる常連も顔見知りとなる。

 見境なく女子を口説くスケコマシの江角が、その子に近寄らぬよう入口を塞ぐ。


「何だよ、じいさん」


 お前の考えはお見通しじゃ。

 かっかっかと笑ってやったら、小僧が女子に近づいた。

 ブルータス小僧、お前もなのか?


「酔ってるのか?酔うまで飲むなって言っただろ」


「一杯だけだよぅ」


「母さんと父さんは?」


「あっち。あっちにいる」


 ふらふらとしている女子を抱き上げて、戻ってくる小僧。

 紅を差したように真っ赤な女子は、ふぃっと無意味な言葉を発しながら今にも眠りに落ちそうじゃ。


「師範。明日、改めてご挨拶に伺おうと思っていたのですが、…俺の嫁です」


 ふぃぃと言いながら手を挙げる女子。

 挨拶のつもりにしてはお粗末じゃ。

 


 何じゃと!小僧の嫁じゃと?


 みな興味津々、小僧が抱えている女子を覗き込んでいる。


「めちゃ可愛い…」


「あ~ぁ…野田は勝ち組か」


 人生に勝ちも負けもあるものか。

 あるのは己自身に勝つか負けるかじゃ。


「鬼塚…真琴…にじゅう…に…さ…い」


 何じゃ、それは挨拶か?挨拶なのか?

 小僧は女子を揺り動かし、違うだろ?と叱責している。

 じーっとみなの視線が集まる中、女子はうつらうつらとしている。


「野田……真琴…にじゅう…に…」


 言い直した女子の言葉に、小僧はそれで良しと頷いている。

 良いのか?名前と年齢を申すのが挨拶なのか?


「すみません。真琴が寝てしまったので、俺はこれで。会計は幾らになりますか?」


 小僧が財布を取り出すと、みなはいらねぇよ!お前の結婚祝いだろうがーと叫んでいる。

 やけくそ気味な声に聞こえるのはワシの勘違いじゃろうか?


 次の日、挨拶に来た2人にワシは体と心を鍛えることの大事さと、ワシの教えを胸に抱くよう説いた。



 それから数年が経ち、小僧はまた報告に帰郷した。

 その小僧の手には、小さき赤子が抱かれ、ワシは年甲斐もなく感涙した。

 

 まるで小僧のミニチュアのようによう似ていたのじゃ。

 

 わーわー泣いて、鼻たれのところもそっくりじゃ。

 この子は空手を習わせると良いぞ、と言うと小僧は


「そうですね。狭霧が望むようなら習わせます」


 と幸せそうに答えた。


 小僧の子は狭霧(さぎり)と言うらしい。

 この子の名もまたハイカラな名前じゃ。

 ぎゃーっと泣いて手を振り回す子は、鍛え上げれば鋭い拳になるじゃろうて。


「私はお菓子作りを教えようかな」


 と小僧の嫁も幸せそうに笑った。


 笑う父母に、泣いていた赤子もきゃっきゃと笑い出した。


 幸せそうで、ワシは涙が出そうじゃった。

 最近は年のせいか、涙もろくなってしもうたわ。

 

 この子はどんな子になるんじゃろうか?

 

 父に似て、強い子か?

 それとも母に似て、メリコン粉やら砂糖やらを使って菓子を作る子になるんじゃろうか?

 

 それを見届けるまで、ワシも長生きせねばならんな。

  


真琴&洸貴はこれで完結です。

1ヶ月半ほどで書き上げた愚作で、それでも読んでくれた皆様、感想をくれた皆様、ありがとうございました。

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