第9話 パーティ決めという地獄
王都の外縁をぐるりと囲む、険しい『カルディス山脈』
西は全て海岸線で、北と東と南をあの切り立った山々が囲む。
フィニス王国は、かなり小さな国だった。
異邦人を統括するギルドは、オレたちにあてがわれた異邦人館の食堂の一画に設けられていた。
カウンターの奥には制服姿の受付嬢が二人。
「あれ? 昨日はこんなのなかったよな」
「昨晩、騎士様と一緒に設置いたしました」
寝てる間に依頼掲示板。
そこには、巨大な掲示板があった。
「思ったより規模が小さいな」
「へ……? いや、デカくね?」
ゴワゴワの髪を揺らし、重装甲を着た男が周囲を見渡して呟く。
「重要なのは、どこを拠点とするかよ」
面妖な空中スクリーンがクルクルと回る。
栞が掲示板に引き寄せられて、やってきた。
その隣には、美人騎士団長の姿もあった。
「おはよう。にしては、ちと遅いか」
「遅いって……、今はまだ朝の九時だけど」
イネスは早朝から来ていたらしい。
溜め息を吐く彼女に先導され、オレたちはカウンターへと向かう。
「こっちで登録だ」
「本当に、ゲームみたいですね」
この世界で活動するための登録証、身分証を作る。
一人ずつ前に出て、自分の名前とスキル名、そして職業名を告げる。
受付嬢がそれを羊皮紙に書き取り、魔法らしき不思議な手順で小さな石板に文字を刻んでくれるというシステムだ。
やがて、オレの順番が回ってきた。
「速水駆。職業は……後衛。スキルは、後ろで動くが吉」
オレが声を絞り出すと、受付嬢の滑らかに動いていた手がピタリと止まった。
「つまり……後衛士、でよろしいですか?」
「はい」
「スキルは後ろで動くが吉、でよろしいですか?」
「はい」
怪訝な顔でもう一度確認されたのは、十二人の中でオレ一人だけだった。
◇
全員の登録が無事に終わった。
紫色のマントを翻し、イネスがオレたちの正面に立った。
「改めて告げておく。お前たちの身分は、このフィニス王国を救う『勇者』だ」
おお、と誰かが小さく歓声を上げた。
勇者、その響きはたまらなく甘美だ。
数時間前までただのコミケ帰りのオタクだった連中が、異世界を救う勇者と呼ばれる。
これぞ異世界召喚の王道展開だろう。
「ただし」
イネスさんが、冷や水を浴びせるように言葉を継いだ。
「ギルドにおけるお前たちの肩書きは、冒険者の中での『英雄枠』という扱いになる」
渡されたばかりの石板を裏返して確認すると、確かにそこには『冒険者(英雄枠)』と刻まれていた。
勇者という栄えある二文字は、石板のどこにも存在していない。
「あれ。冒険者……なのか?」
「ウチたち、勇者じゃないの?」
「ふむ。なるほどな」
「何が成程なのかしら」
「俺達の職業が勇者じゃないからだ」
ビームソードを発生させる右腕をさすりながら、玲が訝しげに呟く。
少女がふんわりと首を傾げ、爽やかな若手騎士の青年がのんきに笑う。
「あー、確かに? でも、俄かの俺でも知ってるぞ。こういう時は」
「違う理由がありそうね」
如月栞は、首を傾げた。
「フィニス王国では勇者として扱われる」
「そういう見方か」
「確かに」
栞の発言は、いちいち男ゲーマーが反応する。
ただそれだけでなく、騎士団長のイネスも肩をすくめた。
「魔導の羊皮紙に勇者と書かれているならともかく、そういう決まりだ」
「滅びたヴァルシア王国か、神聖ドミナス帝国。どちらかが決定権を持っている?」
「ご明察。 流石は読み解くモノだな。 我が国では勇者の認定ができない」
さすがは効率を極めたトップゲーマーだ。
オレが内心で「どっちでもいいか」と、興味を失ったこともちゃんと解決する。
イネスは栞を一瞥すると、無言で壁の巨大な掲示板へと向き直った。
「先ずは我が国。 次はヴァルシア王国。 課題は山積だ」
ガシャリと鎧を鳴らして肩をすくめ、その分厚い束を指差す。
街の住人たちからのミッションが、びっしりと書き留められていた。
それを受付嬢が受け取り、掲示板にピン留めしていく。
あっという間に、掲示板が埋め尽くされる。
「森の調査、周辺の魔物の駆除、物資の護衛、行方不明者の捜索──」
ざっと眺めただけでも十種類以上の依頼が溢れ返っている。
これが栞曰く、十年分のミッション。
「俺たちがやらないといけないことが、腐るほどあるってことか」
大石剛が静かに言った。
そして、オレの瞼が重くなる。
十二人も呼んだ、じゃなくて十二人必要だから呼んだ、かもしれない。
「あ……そうだ」
だが、オレの判断も捨てたものじゃない。
この中で、後退士が出来る仕事を見つけさえすればいい。
そして、「オレ、やってますけど?」感を出せばいい。
なんて考えていた、オレの両肩が跳ねる。
「それで、パーティはどうする」
玲が切り出した。
「パーティって、俺が知っているあれか?」
「他にあるのか?」
「ええっと。だったら、こうして欲しい」
珍しく相沢誠司が手を挙げた。
彼は隣で発光する琥珀色の髪の女と顔を見合わせた。
二人は頷き、少し改まった表情で続ける。
「俺たち二人を分けないでほしいんだ」
「そうだったな……。リア充が混じっているんだった」
「リ、リア充って言わないでください!」
剛のからかう言葉に、岸本美咲が顔を赤くした。
誠司が困ったように苦笑う。
ライトなオタクの騎士と、クレリックのカップル。
この隙に、オレは掲示板に目を走らせる。
「じゃあ、ウチもそっちのチームでいい? ウチもアニメとかゲームに詳しくないしぃ。チャクラとかチャクラムとか分かんないし!」
「踊り子はまだ、能力が分からない。聖騎士、聖僧兵で試すのはありね」
太ももを惜しげもなく晒した踊り子が、明るく手を挙げた。
水瀬舞の圧倒的な陽キャのコミュ力。
そして栞の肯定によって、あっという間に一つのパーティの枠が三人埋まる。
オレの思考が止まる。
十二人って、やばくない?
「ゲーム知識か。なら、俺達ゲーマーチームは別にするか」
つまり、三人パーティ?
やばいやばい。十二人ってなんだよ!
そもそもパーティってなんだよ。全員で動けよっ!
だが、オレの努力も虚しく、物語は進む。
もう一つの、オレに残された道を潰しながら
「パーティって基本、四人ですよね!」
十年以上聞いた声が響いた。
オレは密かにもう一つの道を用意していた。
村田雄大という友人をオレは知っている。
「ちょ……。待てって。四人とは限らないだろ」
夢にまで見た『本当の疼きを知った』こいつだ。
一つは、プロゲーマーの男二人が完全に仕切っている。
面倒くさそうな空気が漂っているし、もう一つはリア充と金髪褐色ギャル。
現時点で、2チームだ。
オレは焦った。
「人数は多い方が」
だが、長く青い髪。
冷たい視線がオレを突き刺す。
「あの依頼書の数よ。 チーム分けはするべき」
「な、なら。雄大?」
中学の頃からの同じハラカラだからこそ、オレと同じコミュ障である村田雄大だからこそ。
オレという人間を隠せる……
だが——
左腕に禍々しい魔力痕を這わせた雄大の視線は、真っ直ぐに舞ただ一人に向けられていた。
「お前はオレと……は?」
「僕も、こっち。えっと、舞さんのパーティでお願いします! 四人パーティです!」
間髪入れずに言い切った。
真顔で。迷いなど一ミリも存在しなかった。
「えっ、全然いいじゃん! 魔法使いなんでしょ? めっちゃ強そうだし助かる!」
舞がにこっと人懐っこく笑うと、雄大の顔が一瞬にして輝く。
オタク特有の、限界を超えた笑顔へと変貌していた。
オレへの心配?
そんなものは最初からこいつの頭の中に一ミリも存在していなかったのだ。
本能に忠実に動いた結果、オタクに優しそうなギャルに向かった。
そして、的中。 あっさりと歓迎されている。
「よろしくお願いします!」
「ウチこそよろしく。魔法バンバン、うっちゃって!」
オレは誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、彼から視線を外した。
「四人パーティ。 まぁ、いいか。俺達も、もう一人」
玲が剛に向かって声を落とした。
オレの耳にははっきりと聞こえていた。
「あぁ、そうだな。栞は分析もアタッカーも出来る。俺がタンク。玲は避けタンク剣、攻撃だな。 必要なのは」
剛が低く同意する。
二人で前衛を固め、ゲームパーティの枠を確保しようとしている。
残るはオレ……のところはスッと視線が流れて、ゴスロリ、ふんわり眼鏡。
そして、レイヤー二人。
レイヤーところも一人だけ、オレと同じで、スッと視線が逸れる。
「剣士とヒーラー。それと近接格闘……」
「あのドレスはアーマーの効果もある」
「あら。そんなジロジロと見ないで頂けます?」
「い、いや。決してそんな目では」
ゲーマー二人の目が留まったのは、九条蹴鞠だった。
すると、飛ばされた彼は言った。
「ボクはどこでもいいよ」
天野奏は、自身の美しい髪を弄り、涼しい顔で言った。
視線を少し上へ向け、何か真剣なことを考えているような表情を作る。
「うーん……でも、花は分かれたほうがいいよね」
「?」
「美しいものは、一か所に集まるより散ったほうが舞台に映えるじゃないか。舞はBチーム。蹴鞠は花があるから、ゲーマーが率いるAチーム」
オレは、その独特な美意識の意味を理解できなかった。
だが、奏本人は至って、真剣な顔だった。
「で、ボクはCくらいかな」
「華がある方が、……そうですわね」
「ウチも? ウチも華?」
「勿論でござる!」
ゲーマーたちが効率を求め、レイヤーたちが華を求める。
そんな空気が流れた瞬間だった。
「……アタシがAって決まってないけど?」
栞が一言。
オレは視線を流す程度だったら、男二人は違った。
「だが」
「強すぎる気がするし」
「それは良いことでは」
SF戦士三人と、華やかに飛ぶ鋼鉄のドレスの乙女。
それは確かに。 なんか、次元が違う。
故に、少女は言った。
そこへ、光と影を体現した女子二人が顔を見合わせる。
「ねえ。わたしたち、同じチームがいいな。 Cにしとく?」
「当然よ。私は日向ちゃんと一緒じゃないと意味がないもの。」
慈愛の熱を放つ日向と、殺気を漂わせる凛。
建前は美しく揃っているが、オレには分かっていた。
二人の視線は、初日から和風イケメンへと変貌した青年を、じっと追っていたのだ。
チームバランスとか、もう関係なくない?と、ツッコみたかった。
オレのスキルが、こんなじゃなければの話だが。
「まぁ、良い。蹴鞠と言ったか。お前、Aに来い」
玲が短い言葉で指示を飛ばす。
「ええ、よろしくてよ。 わたくしならば、どんな世界でも輝けることを証明してみせますわ」
ドレスの裾を揺らしながら、九条蹴鞠は結局、承諾した。
で、オレは。
(森の調査……無理。周辺の魔物の駆除は絶対に無理。行方不明者の捜索……じゃなくて、飼い猫の捜索とかないのかよっ)
必死に逃げ場を探していた。




