第8話 スキル紹介のバトン
フィニス王国、異邦人の館。
一時間経つ前に全員が一階ホールに集合した。
オレが折れた心で椅子に座った瞬間、彼女が誰に向けてではなく、口を開いた。
「アタシたちのスキル。 ちゃんと共有しとかない?」
終始、異世界を観察していた女の提案。
確かに、騎士団長が来るまでは、もう少し時間がある。
全員が手持ち無沙汰にしていた絶好のタイミングだった。
「無論、賛成だ。連携の形を作るなら早い方がいい」
重装機械兵みたいな男が深く頷く。
既に、王城で口にした話題だが、この繰り返しを誰も疑問に思わない。
多分、オレしか疑問に思っていない。
即ち、スキルを体感した後の、二度目の自己紹介だった。
オレだけが、心を痛めるだけの共有だった。
そして、最初に手を挙げたのがオレの隣。
「じゃあ僕から! 《唱えるが吉》だよ。詠唱文を唱えることで、魔法が発動するみたいなんだ。 マジシャン? ううん。 ウィザードって呼んで欲しいね」
「で、ウィザード様は、どんな魔法が出るの?」
ふんわりとしたワンピースの女が、鳶色の瞳を瞬かせて尋ねた。
雄大は胸を張り、その疼く左手で顔を覆って見せた。
「唱えるが吉は、詠唱が長ければ長いほど、強い魔法が出せる。今のところ確認できているのは火と風だね。あぁ、疼く。もう疼くよ」
ハッキリ言って、雄大らしくない。
寡黙に乗り切りオレのスタイルこそが、村田という男の筈だった。
しかもコイツが遅れてきた理由がソレだ。
スキルを確かめたかったから、部屋に閉じこもって、自家発電をしていたらしい。
「……黒くて長い詠唱とか、最適でしょ」
「ん? あれ、詠唱できるの?」
漆黒のゴスロリドレス女が、目を剥いた。
「無論! なんなら今から」
雄大も真顔で即答した。
異世界に来てもブレない——
ではなく、異世界だからこそブレないオタクたちかもしれない。
「時間ないから」
「はいっ!」
すると栞の合図で、スキルの開示が再開される。
しかも隣のオレではなく、栞がそのまま引き継いだ。
そこから隣へとバトンが渡される。
「アタシの読み解くが吉は、敵の弱点や戦況の解析。それから俯瞰もできる。ソーサラーとして魔法も使える。レベルが上がったら多分、……いえ、憶測で語るべきではないわね」
「流石は閃光の栞姫だ。そして、俺は姫の剣になれる男。闇深い光剣を出現させられる。攻撃時に身体能力が上昇する……と推測される」
「推測ってなんだよ」
「まだ、レベル1だからな。 これから明らかになるだろう。次は剛だな」
「あぁ。俺の突き返すが吉は、見ての通りだ。俺はさしずめ、姫の盾だ。 物理攻撃に対するカウンター特化。魔法攻撃に有効かはまだ分からないな」
ゲーマーたちも、自分のスキルを調べていた。
まぁ、ここまでは予想通りだ。
だけど
「わたくし、跳ねるが吉ですの。跳躍力と打撃の強化。足がつけば、何処でも跳躍できそうね」
「水面に葉が浮いてたら、水の上も渡れるんじゃないかな。で、ボクは囀るが吉なんだけど。ゴメンね。実はまだ試してないんだ」
「奏。 ウチが歌ってって言っても、全然歌わなかったし。ウチの踊るは、ウチの踊りで皆に力を上げられそう。あと、チャクラと相性が」
「チャクラム、だ」
「えー? 何言ってんの? チャクラってちゃんと言ったよ?」
「チャクラムとチャクラは違うのよ。……玲。 時間がないから、そういうのは後にして」
コスプレイヤーたちも、ちゃんと調べていた。
分析でも負けていなかった。
そしてその後も、バトンは続く。
いや、オレに言わせてみれば、ただの『自慢話』でしかないが。
「わたしぃ。皆さんの傷を癒せますよぉ。すごく、あたたかいんですぅ。祈るが吉、祈っちゃいますね」
「私は突き刺す。 えっと、被ってるみたいだけど、ちょっと違うから。突き通す速度とか。 レベルが上がると何でも突き通せる……から。多分、戦える」
「俺達は二人セットで行動することでシナジー効果が上がりそうなんだ」
「うんうん」
成程。
全員が全員。とても分かりやすい。
オレの隣からぐるりと回ったバトンは、やはりオレへと戻るわけだ。
「速水。そろそろ教えろ。 大体、羊皮紙に書いてあるだろう」
ビームソードの光をチカチカと漏らしながら、玲が尋ねてくる。
完全に仕上がった勇者たちの視線が、一斉にオレの全身を貫いた。
オレは、一拍だけ間を置いた。
そう、実はちゃんと用意している。
「後ろで動くが吉だけど? 後衛って言ったのはそういうこと」
「後ろで動く? 確かに後衛か」
シールド発生装置を明滅させた剛が、首を傾げる。
「移動系? それとも後方支援? 魔法は?」
栞が即座に瞳のデータを加速させ、演算分析モードに入る。
甘い甘い。甘い過ぎる。オレにかかれば、ルール理解もお手の物だ。
「オレも……えっと。奏さんだっけ? 同じだって。 戦って試してない。だから、分からない」
嘘とは言い切れない。
だって、オレもおみくじを引いたのだ。
「ま、そうだな」
玲が、低く呟いた。
オレの戦力価値を『値踏み』している顔だ。
隣の剛や栞も似たような冷徹な目をしている。
隠すのが下手なのか、それとも元よりプロゲーマーとして隠す気がないのか。
「後ろは後ろで大事な役割だろ」
沈黙を見かねて、誠司が爽やかな笑顔でフォローを入れてくれる。
「そうだよね! 後衛がしっかりしてないと前衛は戦えないし!」
美咲もそれに乗っかって空気を和らげようとしてくれた。
でも、栞の興味はすでにオレから完全に離れていた。
そもそも、入り口の方から音がしたのだ。
「来たみたいね。——騎士団長」
◇
異邦人館の扉が開く。
そこから入って来たのは、「甲冑の女」だった。
隙間なく全身を覆う重厚なフルプレートアーマーに、深紫の厚手のマント。
兜は被っておらず、紫色の長い髪が流れている。
健康的な褐色の肌の大人の女の人。
ファンタジー世界における造詣が正しいかは分からないが、オレの脳内は直感的に『ラテン系美女』という安直なタグを弾き出した。
「騎士団長のイネスだ。フィニス王国、異邦人館へようこそ」
彼女は、感情の読めない低い声で簡潔に言った。
そして、オレは素直に驚いた。
騎士団長が来るというから、てっきりごついオジサンが来ると思っていたからだ。
「まずは、あの森を見てくれ」
ガシャリと金属音を鳴らして、彼女が背後を指差す。
王都の北側に広がる、昼間だというのにひどく影が濃い、黒々とした木立だった。
「ヴァルシア王国が去った三年後からだったか。あの森に魔物が出るようになった。王都に近い。お前たちには、あの森の──」
「ちょ、待って待って!」
深刻な空気を切り裂くように、甲高い声がそれを遮った。
イネスが怪訝そうに片眉を上げる。
声の主は、おへそ周りに魔力の紋様を輝かせる踊り子だった。
舞が両手を口に当て、信じられないものを見るように目を丸くしている。
「その鎧、どこで作ったの?! 質感の再現度ヤバすぎるんだけど!」
「フルプレートにマント、しかも紫髪……造形が完璧すぎる」
和風イケメンへと変貌した奏も、長い髪を揺らしながら感嘆の声を漏らした。
「ていうかお姉さん超美人! 顔面偏差値も完璧!」
「コスプレか衣装かという次元ではありませんわ。女騎士。素晴らしいですわ。本物の騎士団長そのものですわよ」
「本物だが」
「ヒェッ」
冷たく言い放たれた一言に、はしゃいでいた舞が一歩後ずさる。
イネスは三秒ほど沈黙した。
目の前の状況を必死に処理しようとしているらしい。
『こすぷれ』『さいげんど』とは? と小さく呟いている。
「で。……あの森の話を、続けていいか」
努めて平坦な声だった。
決して動揺などしていない、と言い聞かせるような響きがある。
「はい、すみません」
舞が慌てて背筋を伸ばした。
「どうぞ、続けてください」
奏もコホンと咳払いをして、着物を正す。
切り替えが早いのか遅いのか判断に迷うオタクたち。
その態度に、イネスは微かに息を吐き、もう一度北の黒い森へと鋭い目を向けた。
「あの森の調査と掃討が、お前たちの最初の仕事になる」
静かで、有無を言わせない種類の重い圧があった。
北の森を見る横顔が、さっきまでとは明らかに違う。
ただ状況を説明するための業務的な視線ではない。
もっと個人的な、深く昏い何かを抱え込んだ瞳だ。
オレは長年アニメオタクをやっているので、こういうキャラクターの顔には嫌というほど覚えがある。
(……大切な誰かを森で、失っている。やっぱ、死ぬよな……)
そして、居並ぶ異邦人たちも、オレとある意味で同族なわけで、ほぼ全員が察していた。
外見の美しさや鎧の造形ではしゃいでしまった。
そのことが、申し訳なく思う空気の中、アイツは言った。
「おま……」
「……なんだ」
オレのダチ。
何を言うかと思えば、
「おま……お任せ下され。 この左手に誓って、面妖な魔物どもなど片付けましょうぞ」
噛んだだけだった。
オレには絶対に言えないセリフでもある。
「ほう。それは楽しみにしておこう」
そして、そんな言葉に場が和む。
それぞれが、イネスという騎士団長を再認識していく。
「ヴァルシア王国の再興をしないと、帝国にいけない」
「通過点に過ぎない。 俺たちに任せてくれ」
するとイネス騎士団長は、少しだけ表情をやわらげた。
「成程。これが希望の勇者たちか。 では、明日から頼むぞ。我らの希望!」




