第73話 舌戦と急戦
オレは、引き攣った顔の七人を観察した。
七人が、無言でオレを見つめ返している。
結構な期間、ヴァルシア王国にいた。
すれ違ってもおかしくないのに、追放されて初めて顔を合わせた。
奏だからではなく、やはり全員。コミケ勝負服、専用装備が美しい。
マジッククローゼットってやっぱり凄い。
オレは追放されて、使えなくなって、その後ずっと苦労してて……何を言ってやろうか。
だが、ここでオレを止める奴がいた。
——ちょっと待て、オレ!
オレだった。セルノから色々聞いてる。
ヴァルシア王国の殆どの都市を解放したやつらが、教会本部から送られてきたんだ。
——輝かしい勇者の姿を見せるって言って……
え? やっぱ騙された? このまま勇者の圧倒的な力で取り押さえられる?!
簒奪者、器物損壊、破壊、追放、火あぶり、ギロチン。
ありとあらゆる罪状と処刑が思い浮かんだ。
言の葉となったカタチは、
偶然にも、何処かで聞いた、アレだった。
「えっと……あれ? ——オレ、なんかやっちゃいました?」
一拍の間。
「そうでござる!……じゃなくて、その格調高いセリフを! お前なんかが言う資格ないでござるっ!」
村田が、弾かれたように飛び出してきた。
先ほどまで玲の背中に隠れていたのが嘘のような、凄まじい勢いだった。
「今も! 卑怯でござる! 勇者である僕たちじゃなく、追放されたお前が人気者みたいになっている! これは、明らかなトロール行為でござる!」
この瞬間、オレも流石にキレた。
「お前らが勇者仕草で目立つことばっかしてるからだろ!」
「な、なんてことを言ってる! 勇者は凄いんだ!」
「オレは邪魔なんてしてない。 オレは裏道を歩いてて、お前らの代わりに!」
「僕たちの代わりなんていない。要らない!」
「邪魔してねぇって言ってんだろ。オレは他のこっち出てきた仲間たちと! 皆を助けてるだけだよ! その喋り方もなんだ? 勇者行為でご満悦か?」
「メタ発言で誤魔化せば、許されると思うなでござる!」
「おまいう、な!」
「それこそ、おまいう──」
「村田、黙れ」
オレと雄大の言葉が遮られる。
その意味が分からないオレ。
そして、雄大も同じく、メタ口論の再開となる。
「そもそも、お前があの時、オレを無視しなかったら」
「お前なんて知らないでござる。 中二拗らせるのも」
「お前にゃ言われたくねょ! もう、その喋り方も飽きてんだろ?」
「飽きてないで御座る。僕に夢が——」
「だから、待てと言っている! 村田も、お前もだ、速水!」
玲が、ついに怒鳴った。
しかし、その声の奥には確固たる意志が張り付いていた。
同時に、オレの中で、「逃げろ」の声が大きくなる。
やはり、こいつら——
「お前に頼む前に、一つ確かめさせてもらう」
剛が、腕を組んだまま前に出た。
二人の目が、オレを真っ直ぐに捉えている。
試すような、値踏みするような、冷徹な目だった。
「……な、なんだよ」
オレは、反射的に後退しようとした。
だが、リーフが現在進行形で背中を押し続けていた。
「お前ら、何を確かめる気だ」
エヴァンが、警戒するように低く言う。
「死にはしない。 こいつが本当に、逃げる専門家か、どうか」
玲が静かに答えた。
剛が、太い首をゆっくりと鳴らす。
「逃げるが吉か。言葉だけなら誰でも言える。見せてみろ」
「……やっぱ捕まえる気まんまんじゃねぇかっ!」
オレは、じりじりと横にズレながら言った。
「言葉は不要だ。これから攻撃を仕掛ける。俺たちから逃げてみろっ!」
言葉不要の後に、全部、言ってんじゃん!
次の瞬間、赤い光刃が伸びた。
あのビームサーベルだ。あのSF戦士がオレを攻撃する。
レベル4の神宮寺玲の斬撃が、空気を切り裂いて迫ってきた。
「ひ……!」
オレは、とっさに横へ踏み出した。
ただ、逃げた。でも、逃げた。
足が地面を蹴った瞬間、視界が流れる。
「ほらぁ! やっぱこうなったぁぁあああ!」
初速は乗ってないが、逃げ速度二倍の加護が、全身に乗った。
玲の刃が、オレの残像を切り裂いた。
「速い……」
舞が、思わず声を上げた。
だが、剛が既に動いていた。
分厚い巨体が、退路を塞ぐように横に回り込む。
真っ直ぐに逃げれば、壁になる。
「そっちか」
斜め移動……だっ!
オレは、迷わず斜めに踏み込んだ。
右の足を斜め前へ。重心をそちらへ。
内輪差が生まれる。
外側は速く、内側は遅く、軌道がぐいと曲がる。
剛の腕が、空を掴んだ。
「なんだ、今の逃げ足は」
剛が、信じられないという顔で振り返る。
オレはさらに斜めに、また斜めに。
Sの字を描くように、二人の間を縫い抜けた。
玲が追いかけようとして、軌道を読み間違える。
剛が再び前に出ようとして、オレが既に別の方向に消えている。
「……なんだ、その曲がりは」
玲が、眉をひそめた。
「読める……が、速すぎるっ」
剛が、率直に言った。
十秒ほどが経った。
いや、もっと短かったかもしれない。
オレは広場の端で、肩を上下させながら立っていた。
「逃げるだけ、だ。 ここまで来て、捕まって堪るか! オレはのんのん……」
「……なるほど」
すると玲が、剣を収めた。
あの剛が、腕を組み直した。
「はぃ?」
二人は無言で顔を見合わせる。
それから、同時にオレを見た。
「これだけ動ければ」
玲が短く言った。
「あぁ。追いつけないな、俺たちには」
剛が続けた。
二人が同時に、深く頷いた。
「合格だ」
「いや……。なんの試験だよっ!」
「不合格でござる!」
「お前はなんもやってねぇだろうがっ!」
「みんな、やめて! 雄くんも玲も剛も!」
舞の声だった。
悲痛な怒鳴り声だった。
村田が、ピタリと口を閉ざした。
玲も剛も、肩で息をしながら、押し黙った。
「オレは何もやってないし。 ってか、何なんだよ……」
オレも、仕方なく口を閉じる。
すると
舞は、オレを真っ直ぐに見据えていた。
先ほどまでの引き攣ったような顔は、完全に消え去っている。
「……蹴鞠たちが、帝国に捕まった」
オレは、舞の顔をまじまじと見つめ返した。
「……え?」
「分かってる」
舞は、すがるような目で言葉を続ける。
「こんなこと、ウチたちに言う資格なんてないって」
村田が何かを言い訳しようと口を開きかける。
だが、玲が鋭い視線でそれを制した。
剛もまた、気まずそうに太い腕を組んで目を伏せている。
村田が、悔しそうに唇を噛んで口を閉じた。
「ウチたちは、ここで何があったのか、詳しくは分からない。でも、聞いたよ」
舞は、オレから決して目を逸らそうとはしなかった。
「駆、ここに閉じ込められてて、自分で砦を壊して逃げたんでしょ?」
オレは軽く目を見開いた。
視線を奏に流す。一人先行していたのは話を聞くため。
「駆くんっ!」
不意に、美咲が前へ歩み出た。
その顔色は、見ていられないほどに青ざめている。
「誠司が、捕まったの」
絞り出すような声が、小刻みに震えていた。
「助けて……。助けてくれるなら、なんでもする。駆が悪くないって証言もする!」
オレは、美咲を見つめた。
「今、なんでもするって言った?」とゲスなツッコミをしていい顔には見えなかった。
その言葉の響きは、決して軽いものではなく、本気。
追い詰められた人間の、嘘偽りのない懇願だということだけは、痛いほどに伝わってきた。
玲が、腕を組んだまま重々しく口を開く。
「……栞が捕らえられた」
感情を抑え込んだ、ひどく静かな声だった。
「栞も……? あの栞が」
「そうだ。栞を助けたい」
「頼む。さっきので分かった。お前は逃げる専門家だ」
さっきの急襲は、二人なりのテストだったらしい。
びっくりしたけど、どうやら合格したらしい。
二人も頭を下げる。
すると
「拍子抜けだな」
背後で腕を組んでいたヴォルフが、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
全員の視線が、男へと集まる。
「これが噂に聞く、今回の勇者様たちか」
舞の目が、剣呑に細くなった。
玲が、無表情のまま冷たい視線をヴォルフへと向ける。
剛が太い眉をひそめ、村田が「な、なんでござるか」と抗議の声を上げた。
ヴォルフは意に介さず、オレの顔を見下ろした。
「お前が真っ先に追放されるわけだ」
「なんで、そこに繋がるんだよ」
「紛れもない事実だろ」
オレは、たまらず深い息を吐き出した。
舞が、警戒を露わにしてヴォルフへと向き直る。
「あなた、誰」
「ヴォルフだ。元帝国軍人」
舞の顔色が変わった。
六人の間に、明確な緊張が走る。
「帝国──」
「元、だ。今はこいつについてる」
ヴォルフは、オレを顎でしゃくって見せた。
舞はオレの顔を見て、それから再びヴォルフを見る。
「帝国軍人が、速水についてる?」
「噂は、ロベールの言ってたことは」
「みんな、止めて。今はそれどころじゃないんだよ」
舞は、しばらくの間ヴォルフを値踏みするように見つめていた。
それから、意を決したように言った。
「分かった。信じる。アンタ、帝国のこと、知ってる?」
「お前らよりは遥かに知ってるな」
「なら」
舞は、一秒だけ思考を巡らせた。
「話、聞かせて」
ヴォルフが、面白そうに鼻を鳴らす。
「ふっ。別にいいぜ。今の俺はこっちの勇者の部下だからな」
「いいから、教えろ」
玲が、冷たく切り捨てた。
ヴォルフが、挑発するように玲を見下ろす。
玲もまた、一歩も引かずにヴォルフを見据え返した。
二人の間に、一瞬だけバチバチと火花のようなものが散った気がした。
オレは、その間に入ろうとはしなかった。
入る気すら起きなかった。
そこへ、セルノが静かに前へ歩み出た。
一切の足音を立てない、修道士特有の静かな動き方だった。
険悪なヴォルフと玲の間に、するりと割り込む。
「少し、よろしいですか」
全員の視線が、黒い法衣の青年へと向いた。
「聞いていたお話と、まるで違いますね」
彼は舞たちのチームに向かって、あくまで穏やかに告げた。
「勇者の輝かしいお姿を民にお見せになられる、と私はそう伺っておりました」
舞たちが言葉を失う。
美咲が何かを言い訳しようと口を開きかけ、すぐに俯いて閉じた。
玲が、気まずそうにスッと目を逸らす。
剛がバツの悪そうに視線を彷徨わせ、村田が「そ、それは」と言い淀んで止まった。
日向が、申し訳なさそうに深く顔を下へ向ける。
背負ったリュートに手を添えた奏だけが、困ったような顔のまま、セルノの横顔を見つめていた。
セルノは、ゆっくりと言葉を続ける。
その声は、どこまでも落ち着き払っていた。
決して怒っているわけではない。
彼らを責め立てているわけでもない。
ただ、事実だけを淡々と確認するような、凪いだ声だった。
「そもそも、勇者の一部が帝国に拉致されたなどという重大な話も、私は一切聞いておりません」
熱狂に包まれていた広場が、水を打ったように静まり返っていた。
民衆のざわめきすら、ひどく遠くに感じられる。
舞が、重苦しい空気を吐き出すように深く息を漏らした。
「……ごめん」
消え入りそうな、小さな声だった。
「教会を、利用した」
セルノは、舞を静かに見つめた。
一秒だけ、深い沈黙が落ちる。
「利用した、とおっしゃいますか」
「速水に繋いでほしかった。でも、ウチたちにはもう、直接頼めるような資格がなかったから」
セルノはそれを聞き届けると、ゆっくりとオレを見た。
オレも、セルノを見つめ返す。
その真面目な瞳が、オレに向かって何かを雄弁に語りかけていた。
だがそれは明確な言葉ではなかったため、オレには最後までその真意を読み取ることができなかった。
セルノは、再び舞たちへと向き直る。
「なるほど」
ただ、それだけだった。
騙されたことに怒ることもなく。
浅はかな手段に呆れることもなかった。
「では、順番に聞かせてください。帝国との間に、何があったのかを」
舞のチームの面々が、顔を見合わせる。
「ボクが話すよ」
奏が、一歩前に出た。
「お願いします」
セルノが、深く頭を下げる。
オレは、対峙するその二人を黙って見つめていた。
視界の端では、金色の髪を揺らすシオンが事の成り行きを静かに見守っている。
広場の民衆は、まだ遠巻きにこちらを窺っていた。
だが、先ほどまでの異様な熱気は、すでに少し冷め始めている。
オレは、大きく息を吸い込んだ。
理不尽な追放劇の末に訪れた、かつての仲間たちとの初めての再会が
──まさか、こんな形になるとは思ってもみなかった。




