第71話 のどかなカルネに手紙が届く
カルネ村の朝は、いつも通りだった。
鶏が鳴いた。井戸から水を汲む音がした。
どこかで村の子供たちが走り回っていた。
オレは、弓使いの青年エヴァンと一緒に、村の外れの畑で黙々と石を拾っていた。
ノーフォーク農法の改良に向けて、土を整える作業だ。
地味で、単純で、とても腰が痛くなる仕事だった。
嫌いじゃなかった。
余計なことを、考えなくていいからだ。
「カペー、そっちの列、終わったか」
「あと少しだよ」
「早くしろよ、朝飯が冷める」
「うるさいなー。朝飯は食わない派なんだよ」
何かの為の軽装の革鎧を身につけたエヴァン
カルネで一番強い彼とこんな会話をして、
石を拾って、飯を食って、昼寝して、また石を拾う。
それが、灰色のフード衣を纏うオレの、今の日常だった。
指名手配中の追放者にしては、決して悪くない日常だと思っている。
「あのさぁ」
「文句いうな」
「お米食べたいぃぃ!」
「コメはこの辺じゃ無理なんだろ?」
オレはスーッと背伸びをした。
米栽培に必要なのは、大量の新鮮な水だ。
ずっと気にしてる誰かがいるだろうから、オレが代わりに聞いておく。
「雨が降るのはエレイナス山脈くらいだっけ?」
「雨と雪だな。全てはエレイン様のお導きだ」
山の中腹に源流があり、そこから川になって海に流れ出る。
途中に多くの森があり、森が一定量の水を飲み込んでから、下々の川や地下水へと変わる。
緩やかすぎる水の流れは、米栽培には向かない。
「可能性があるとすれば、帝国南部か」
「ヴォルフが見たことはある、と言っていたな」
「そ・こ・を・シオンさま、お願いしますっ!」
「むーり。精霊様はここに生きてる。あっちの精霊に言ってって」
カルネがいくらポテンシャルの塊でも、移動するにも時間が掛かるから、オルエレア全土の食べ物が回るのは不可能だ。
船が使えたらよいが、巨大海獣が船を沈みに来るらしい。
「これは小麦を見立てる流れか……」
巡回修道士のセルノが血相を変えて走ってきたのは、陽が高くなり始めた昼前のことだった。
質素な法衣を着た彼がそんな慌てた走り方をするのは珍しい。
オレは、つい土まみれの石を持ったまま立ち上がった。
「一緒にチネるか?」
「ちね……駆さん!」
「ん?」
「大変なことが……起きました」
セルノは肩で息を整えながら、封の切られた手紙を差し出した。
「教会本部から、命令が来ました」
オレは、手にしていた石を静かに足元へ置いた。
すると、セルノが手紙の文面を読み上げる。
ただ、読み上げた文面はとても短かった。
——アルンへ行って学ぶように。
オレは首を傾げた。
セルノの青い顔の意味が分からなかった。
「アルン?」
オレは眉を寄せる。
「リーフの仇。あのロベールがいた場所だろ。……あ、もしかして壊した件を? 罪の重さも学べ……とか」
魔物討伐が多い中、唯一、誰かのモノを壊した、例の場所。
器物損壊とか言われたら、言い訳は出来ない。
そんな時の為のセルノ様だが、彼の顔は微塵も動かなかった。
「その件は問題なしです。 ロベールの悪名は轟いており、大破門にされたとのこと」
「だいはもん……? 厨二病かなにかか」
「簡単に言うと、ロベールはこの国での行動ができなくなります。領主がそうなれば、アルンの民は結婚も葬儀も出来なくなります」
「はぁ? それ、困ってるんじゃ」
「故にロベールは追放も同じですね。民の件も問題ありません。今は教会の完全な管轄下です」
「んー。だったら教会のやり方を学べ、と。血相変える内容じゃないような」
「その……」
セルノは手紙を丁寧に折りたたんだ。
それから、真っ直ぐにオレを見た。
生真面目な顔だった。いつも真面目な青年だが、今日の顔は真剣な顔だった。
「駆さん。一つ、お願いがあります」
「嫌だ」
嫌な予感がした。
特大級に嫌な予感がした。
「ついて来ていただけますか」
「嫌だ」
オレは即答した。
セルノが「そう言わずに」と食い下がる。
「オレは指名手配中の身だ。アルンには砦のある街だったろ。出歩いて捕まったらどうするんだ」
「あなたには、あの退避の加護がありますから」
「それは関係ない」
「大いに関係あります」
「ってか、なんでオレ? エヴァンとかシオンじゃなくて?」
セルノが、眉を下げて困った顔をした。
「この手紙は、私が教会宛に出したとある手紙へ返事なんです」
「とある手紙? 難しいことは」
「勇者とは何か、というのが私の手紙でした」
三秒間、イルマお婆ちゃんの顔が浮かんだ。
「……あぁ、なぞなぞ婆さんも話してたし」
「でしたら話が早いです。即ち、アルンで勇者を学べ、なんですっ! でも、私一人では、あまりに心許ない」
「勇者を学べって、オレは勇者じゃ」
「司教のこの文面。サムライ・ディメンションの方々が直々に来るという意味なんです」
「尚更、嫌だ。オレはアイツらに追い出されたんだぞ」
「わかっています。でも、そこをなんとか──」
オレは、乱れた黒髪を掻いた。
アルン。大破門。教会の命令。勇者の姿。
でも、追放された身——
「行くに決まってるだろ」
背後から、勝手な返事が聞こえた。
エヴァンは石を拾う手を止め、腰に近づき、勝手に盗み聞いていた。
「盗み聞いてはいないぞ。 ここは畑だ」
「エヴァン? な、何を言ってるんだよ。オレは行かなくていいだろ?」
「駆の首に縄をかけてでも引きずっていく」
「はぁ? なんでだよっ」
「精霊が行けって言ってる」
いつの間にか、シオン。
「精霊はこの土地の精霊だろ」
「言ってる」
オレは額に手を当てた。
途中から手伝い始めた少女が、斧を担いだ。
リーフなりの意志がそこはあった。
「面白そうかも」
「面白い内容なんて、1mmもない!」
偶々通りかかったか、セルノの後ろをついてきていたのか、ヴォルフもいた。
「ふ、俺様の出番らしいな」
「絶対に違う」
オレは心底疲れた声で言った。
「帝国人が出てきたら、ややこしくなるだろ」
「どのみち、ややこしい事態なんだろ」
「私も一言言いたいです!」
不意に、澄んだ声が響いた。
全員が一斉に振り返る。
金色の髪に、透き通るような青い瞳。
走ってきたのか、白い頬がほんのりと赤い。
可憐な少女、にして修道女のフィオナがいた。
「フィオナ! いつからそこに」
セルノが驚いて声を上げる。
「チャリで来ました!」
「チャリ、あるんかいっ!」
「イルマさまの愛馬の名前です」
「紛らわしい!」
「ということで、私も行きます」
フィオナは力強く言い切った。
それから、オレの顔を真っ直ぐに見据える。
「駆様は、私の勇者様です。皆さんも、同じ気持ちです」
「あー、何週間か前にそういう話はあったけど」
「どうか、行ってください」
はっきりと、言い切った。
その声には、微塵の迷いもなかった。
「勇者という言葉と異邦人という言葉が違うと仰られたのは、駆様です。皆さんが駆様を連れて行きたいのは、そういう意味です!」
オレは、言葉を必死に探した。
オレの口から出た言葉だ。
その場にいる全員が、頷いていた。
弓使いのエヴァン、精霊術師のシオン、大斧を持つリーフ、元帝国兵のヴォルフ、巡回修道士のセルノ、そして修道女のフィオナ。
六人の大人が、全員同じ方向を向いていた。
信仰は同じでも、信じる勇者が違う。
どこかでドミナス教の言葉が入り込んだから、教義が異なる。
そもそも、オレも異邦人なんだけど
「だいたい、どの面下げて……」
「そのまんまのカペー」
「向こうがサムラヒで来るなら、こっちは駆だ」
「サムラヒ、勇者じゃない」
「俺様が違いを教えてやる。違いの分かる帝国人としてな」
「違いが分かるってなんだよ。コーヒーか」
オレは、諦めたように空を見上げた。
「捕まりそうになったら、全力で逃げるからな」
追放モノによくある、ざまぁ的な展開になるような、ぷぎゃぁとかなるようなことをした覚えは全くないし……。
何より、ヴェルナでこんなことになったし。
お空で見守るセルノはいるし。
「全力で逃げて。カペーのスキル」
「任せろ。逃げる隙くらいは作ってやる」
「リーフの斧で」
「斧はやめような」
深い溜め息を吐き出す。
「でも、わかった。行くから」
エヴァンが、満足げに「よし」と頷く。
シオンが、「精霊が喜んでる」と不思議なことを言った。
「精霊が勝手に喜ぶな」
ヴォルフが、「で、出発はいつだ」とセルノに尋ねる。
「できれば明日には」
とセルノが答えた。
それから指を折って、足りなかった。
「相手はサムライ・ディメンション。勇者十一人です。駆さんに何かあった場合を想定すると、向かう人数は多い方がいいです」
フィオナが、すかさず
「勿論、私も行きます」
と名乗り出た。
セルノが、咎めるように「フィオナ」と名前を呼ぶ。
修道女は、全く動じることなく青年の顔を見つめ返した。
「人数は多い方がいいんでしょう、セルノお兄様」
セルノは何か口を開きかけて、すぐに閉じた。
「……そうですね」
「では、決まりです」
明日の出発へ向けて、全員が慌ただしく動き出した。
オレだけが、まだ耕しかけの畑の真ん中にぽつんと立っていた。
足元の石を一個、拾い上げる。
そして、誰もいない方向へ向かって軽く放り投げた。
「追放されて、半年……もうすぐ一年くらいか」
パーカーは既に失い、本物の修道士の服を着ている。
スニーカーは擦り切れて、こっちの革靴に変わった。
チノパンも同じく、こっちのズボンに履き直している。
もしかしたら、気付かれないかもしれないし。
セルノたちだけを行かせると、アイツらは絶対に喧嘩を売る。
「行かないと駄目なやつ……だよな」
風が吹いた。
カルディナの方から吹いた気がした。
『拙者は絶対に知らないでござる!』
『アタシたちもトロール行為で、失敗しかけたんです』
フィニスの風。
あの時は、そういう空気だった。
追放を、誰も止めようとしなかった。
「オレを見捨てたヤツの顔……。案外、忘れないもんだな」




