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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

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第70話 どの面を下げて

 リュテアの宿屋の大広間は、重苦しい空気に包まれていた。

 暖炉の火が、豪奢な絨毯の上に落ちる影を揺らす。


「舞殿。お水をお持ちしましたぞ」

「……ありがと」


 水瀬舞は柔らかな部屋着を着て、長めのソファに沈み込む。

 上目遣いとも、三白眼とも取れる目の中で、男を見つめる。


 天野奏は、淡々と事態を説明していた。


「運が……、いや場所が悪かったね」


 十一人の勇者の拠点になる場所は、限られている。

 水と食べ物があるのは勿論。

 大事なのは、そこが高級宿屋か高位向けの教会施設か。

 マジッククローゼットがある場所が、彼らのホームとなる。


「運? ば、場所?」


 村田は、焦燥に駆られるように視線を動かしていた。

 日向はソファの隅で両手をきつく組み、ただじっと下を向いていた。

 美咲は、ずっと青ざめた顔をしていた。

 奏の報告が全て終わっても、その顔色は血の気を失ったままだった。


 誰も、美咲に声をかけなかった。

 かけられなかった、というより


 ──今彼女にかけるべき慰めの言葉を、誰も持っていなかった。


 美咲の最愛の男、誠司が捕まっている。


 美咲の絶望的な顔色の理由は、それで十分すぎた。


 玲が、重い空気を切り裂くように口を開く。


「連れられた要塞の中の扱いはどうなっている。牢屋か?」

「ボクは捕まる前に離脱したから、わからないよ」


 奏は、静かに首を振った。


「外から様子を窺っただけだからね」

「外から?」

「そう」

「ならば、最悪の想定で──」

「ただ」


 奏が言葉を継ぐ。


「特別な異能を持つ者を、優遇しているのは間違いないよね。こっち側も」


 村田が「たしかに」と短く同意する。


「だから、すぐに殺される、なんてことはないと思う。それに帝国は選帝侯が仕切っているからね」

「選帝侯? 何故、そんなことを知っている」


 玲が、鋭い視線を向ける。

 奏は笑みを浮かべた。


「逆に、どうして知らないんだい? ボクたちが戦っている相手だよ」

「う……それは」

「し、栞は知っていたのか?」


 長い髪を垂らして、和装の青年は首肯する。


「帝国の絶対的な階級制度だよ。宿した異能の質で全てが決まる世界。希少な理を持つ者を粗雑に扱う理由がない」


 玲は一秒だけ、奏の底知れない青い瞳を見た。


「……まあ、そうだな」

「信じるよ。というか、もうそれしかないじゃん」


 舞が、自身に言い聞かせるように呟いた。


 それから、しばらく重苦しい沈黙があった。

 暖炉の薪が爆ぜる音だけが、広い部屋に響く。


「要塞の形、覚えているか」

「ソスピロ。溜め息という意味らしいよ。本当にそんな気分だよね」

「何の話をしている」


 剛が机を叩く。


「山の名前だよ。山の上から見たんだよ。確か……」


 奏は卓上の羊皮紙に羽根ペンを走らせ、迷いなく図を描き出した。

 分厚い外壁の形。

 限られた入り口の位置。

 窓の少なさ。

 丘の上に孤立して建っているという、絶望的な立地。


「正門は一つか」

「見えた範囲ではね」

「裏は?」

「さぁ、こっち側しか分からない」

「兵の数は」

「ヴァルラとヴコル以外は、外からは見えなかった。でも軍事拠点の要塞だ、兵がいないはずがない」


 玲は、深く腕を組んだ。


「その強固な巨怪が四体に、死霊を操る術士、さらには巨怪を完璧に統率する理を持つ者か。正面から当たってどうにかなる相手じゃないな」

「うん」

「少人数での潜入か、大規模な陽動か」

「どっちにしても」


 舞が、厳しい顔で指摘する。

 既に立ち直っているのが、舞の強さだった。


「連携できないと、栞たちも動けないんじゃない?」

「そう……なるな」

「敵地での潜入……か」


 また、沈黙が落ちた。

 今度は長かった。


 落ち込んでいるというよりも、考えている。

 読み解くが吉、がないから、時間が掛かる。


 ずっと、彼女に頼っていたからとも言える。


「あの……」


 暫くして、美咲が顔を上げた。

 顔色は青いままだった。

 それでも、震える口元が微かに動く。


「……お金なら、あるから」


 全員の視線が、美咲へと集まった。


「使い道、ないし。ロベールって人。身代金目当て……なんでしょう? だったら誠司を──」

「誠司だけじゃないよね?」


 舞が、あえて感情を込めずにさらりと言い放った。

 美咲の言葉が、ピタリと止まる。


「栞も、凛も、蹴鞠も捕まってる。誠司一人だけじゃないよ」


 決して責めているわけではなかった。

 ただ、彼女の狭まっていた視野を、強制的に広げただけだ。

 美咲は一度だけ、強く自身の唇を噛み締めた。


「……全員を、取り戻したい……です」

「うん。だから、ウチたちと一緒に考えよう?」


 舞の力強い言葉に、美咲は小さく、しかし確かな意志を持って頷いた。


「女王に頼むべきじゃないか?」


 玲が、冷徹な思考の末に口を開いた。


「フィニス王国の正規軍が動けば、根本から話が変わる。帝国との国境付近で、主の加護を受けた勇者の一団が不当に捕らえられた。それは重大な外交問題になる——」

「時間がかかるよ。それに帝国とは敵対しているんだよ」


 奏が即座に難色を示す。


「それに速さを求めるなら、ボクたち自身で動く方が圧倒的に早い。でも」


 玲は、テーブルの上の大雑把な図を見下ろした。


「決定的に地の利がない。帝国側の複雑な地形も、要塞の正確な内部構造も、兵の巡回経路も、何一つわからない。その状態で無理に動いて、万が一失敗すれば。……取り返しがつかなくなる」


 誰も、奏に反論ができなかった。

 その理屈は思いつく限りで、正しかった。

 正しいと思うからこそ、返す言葉が浮かばなかった。


「あ……あの」


 不意に、村田が声を上げた。


「女王に頼む……のに賛成です。 と、ところで、どうやって急ぎの連絡をするんですか。ぼ、僕に出来ることなら……と思って」

「イネス殿が動けば早い」

「あ……そうですよね」

「だが、イネス殿が都合よく近くにいる保証はないぞ」

「いなくても、王国の騎士団と上手く繋がれれば──」

「繋がれなかったら、どうするんですか?」


 議論が、迷路の中でぐるぐると回り始めた。

 女王の権力に頼むか、それとも自分たちの力だけで動くか。

 どちらの選択肢にも、致命的な穴があった。


 確実性を取るか、時間を取るか。


 どちらを取っても、仲間の命を天秤にかける恐ろしいリスクが残る。


「え、えと……」


 日向が、おずおずと小さな声を上げた。


「どちらにしても、今すぐには動けないですよね」

「そうなるな」

「なら、今できることから。か、考えた方がいいんじゃない……かな」


 玲が「それはそうだが」と重々しく頷く。


 完全に煮詰まっていた。

 その場にいる全員が、それを痛いほどわかっていた。


 そして、栞がいない現実が、事実が、ウロボロスのように思考を蝕んでいた。


「中と連携……外から連携……」


 舞は、暖炉で揺らめく炎をじっと見つめていた。


 一人だけ、少し前の議論のところを彷徨っていた。


「外から中に話を……中に入って」

「舞殿。今は出来ることから……と」


 でも


 ──あれ?


 舞の頭の中で、ふと何かが強烈に引っかかった。


 どうにかして、あそこから逃げられないのか。


 逃げる。

 逃げ出す。

 逃げ切る。

 逃げ──。


「……あれ」


 舞が、ポツリと漏らした。

 全員の視線が、一斉に舞へと向く。


「逃げるが……吉じゃん」


 誰も、すぐには何も言わなかった。


「そうじゃん! 逃げるが吉じゃん!」


 舞が、弾かれたように顔を上げた。


「速水に頼めばいいじゃん!」


 一秒の、完全な静止があった。


 奏が


「ボクもそう思ってた」


 と、悪戯っぽく笑った。

 まるで、最初からそこに辿り着くのを待っていたような顔だった。


 だが村田が、激しい勢いで立ち上がった。


「なりません」


 声は静かだった。

 静かだったが、その奥には強固な拒絶が張り付いていた。


「僕たちの力で取り戻すんです。速水に──あいつなんかに頼る必要はない」

「村田……」

「僕が、僕たちが、自分たちでちゃんとやります。だから──」

「村田っ!」


 もう一度、舞が制止するように言った。

 今度は少し、声のトーンが低かった。

 村田が、ビクリと口を噤んだ。


 玲が、重々しく口を開いた。

 静かな声だった。

 爆ぜる暖炉の音より、ほんの少し大きいくらいの、冷徹な声だった。


「そもそも、どの面を下げて頼むんだ」


 全員が、眉を顰めた。


「俺たちが奴を追放した。非情に追放しておきながら、都合が悪くなったから助けてくれ、と。──そんな虫のいい話が、通ると思うか」


 村田が、糸が切れたようにゆっくりとソファへ座り込む。


「で、ですよねぇ。ぼ、ぼ、僕もそんな気がしてたんです」


 玲は村田を無視し、事実を突きつける。


「俺たちの身勝手な頼みを拒絶する正当な権利がある。その事実だけは忘れるな」

「……わかってるよ。でも、だったら。他に手がある人いる?」


 舞の問いに、玲は黙った。

 押し黙ったことが、何よりの明確な答えだった。

 重苦しい沈黙が、再び大広間に落ちる。


 奏はリュートの細い弦にそっと指を触れながら、思考を並べた。


「ボクたちは、彼が追放されるところを黙ってみてた」

「……そうだ」

「沈黙は肯定……だからな」

「だけど、速水以外にいなくない?」

「お、お、落ち着いてください、舞殿」


 すると、ソファから村田が立ち上がった。

 捲し立てるように、話し始めた。


「それに、忘れておりませんか? 栞殿は彼奴が南にいるかもしれない、と偵察に出かけたんですぞ。どこにいるかも分からない相手に、どうやって連絡を」


 ベン……


 リュートの音が鳴った。


「女王……、教会……。そして速水駆」

「奏殿っ!その速水が」


 奏はリュートの弦を止めた。


「今、思いついた。とっても良い方法かもしれない」


 奏が、静かな沈黙を破った。

 全員が、すがるように奏を見る。


「思いついた……って?」

「折衷案、あるかもしれない」

「折衷案?」


 舞が聞き返す。


「セルノって修道士に相談するのはどうかな」


 きょとんとした間があった。


「セルノ? 誰だっけ」

「王都の晩餐会で……冷笑の的にされていた人、だよね」


 日向が、記憶を辿りながらおずおずと言った。


「そう」


 奏は深く頷く。


「それがなぜ、折衷案になる」


 玲が尋ねた。

 感情の一切こもっていない、ただ純粋な理由を求める響きだった。


「あれ」


 奏は、不思議そうに微笑んだ。


「気付いていない?」

「何をだ」

「嘲笑のネタにされたのって、勇者とは何かを聞いていたから、だったよね?」


 玲が、微かに眉を動かした。


「王都の晩餐会で、司祭、それから司教が嬉しそうに、ボクたちの前で笑っていたよね」


 奏は、確信を持って言葉を続ける。


「あの純粋な問いかけは、決して笑いのネタなんかじゃなかった。セルノって修道士は、真剣に教会の権威へ問いを投げていた。確たる証拠はないけれど──。ボクは確信してたよ。あの修道士は、間違いなく速水駆と深く関係している……って」


 再び、場が静止する。


「え、なんで?」

「勇者とはどのような人間か、なんて根本的な問いを、あの絶妙なタイミングで本部に叩きつけてくる修道士だよ。あの速水と無関係だと思う? 彼は逃げるが吉。逃げた先で……誰かと繋がっている」


 バードは瞑目した。

 愛おしそうにリュートを抱えて、言い放った。


「ボクたちは見ないふりをしていただけ」


 速水駆が生きている。

 それは全員が心の中で考えていたことだった。

 だから誰も、奏を否定は出来なかった。


「それが、なぜ折衷案だと聞いている」


 勿論、辿り着いていない。

 だが今度は、少しだけ声の温度が違う。

 その先の答えを、皆が強く求めていた。


「ボクたちは修道士セルノに、勇者の姿を見せたいと、教会に頼むだけ、だよ」


 奏は、穏やかな声で告げた。


「助けてほしい、とは一言も言わなくていい。帝国側に人質に取られていると弱みを報告する必要もない。ただ、教会を通じて『彼に、真の勇者の姿を見せたい』とだけ伝えるんだ」

「それで、あの速水が動くと?」

「速水駆、次第ではあるけれどね」


 奏は、軽く肩をすくめた。


「でも──どの面を下げて助けを乞うのかは、分からない。ボクたちはあくまで、一人の修道士に頼むだけだからね。あとは、向こうにいる駆が、自分で判断して動く」


 玲は、腕を組んだまましばらく黙り込んでいた。

 テーブルの上の図を見る。

 強固な要塞の形。

 入り口の位置。

 丘の稜線。

 それから、自信ありげに微笑む奏の顔を見た。


「──栞のため……だ」


 ただ、それだけだった。


 舞が、張り詰めていた息を大きく吐き出す。


「じゃあ、これで決まりだね」


 村田は黙っていた。

 深く俯いたまま、何一つ言葉を発しなかった。

 それでも、反論はしなかった。

 それが、不器用な村田なりの譲歩の答えだった。


 美咲が、膝の上でそっと手を開いた。

 白くなるほどきつく握りしめていたその手が、ほんの少しだけ、安堵に緩む。


「逃げるの専門家に頼むしかないじゃん!」

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