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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

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第69話 絶望を奏でる音

 馬は疾風に乗って駆けていた。

 街道を大きく外れた獣道を、それでも手に入れた駿馬は力強く走り抜けていく。

 奏は固い手綱を握りしめながら、背中で愛用のリュートがリズミカルに跳ねるのを感じていた。


「袴にしてて正解だったかな」


 どこでこの馬を調達したかについては、あまり深く考えないことにした。

 たまたま小さな厩があった。

 たまたま鍵が甘かった。

 ただ、それだけのことだ。


 鬱蒼とした木立が、猛スピードで後方へと流れていく。

 頭上の空が、鮮やかな夕暮れの色に染まり始めていた。


 奏は、風を切って顔を上げた。

 笑っていた。

 自身でもはっきりと気づいていたけれど、あえてやめようとはしなかった。

 やめる理由が、どこにもなかったからだ。


「ごめんね。ちょっと急いで」


 奏は、背中のリュートに手を伸ばした。

 片手で、適当に、一本の弦だけを弾いた。

 澄んだ音が、吹き抜ける風の中にふわりと溶け込む。


 馬が、わずかに加速した。


 音に引き寄せられるように。

 旋律の理に背中を強く押されるように。

 奏は、もう一度弦を弾いた。

 馬は心地よさそうにいななき、さらに速度を上げる。


「いい子だね」


 奏が首筋を撫でて声をかける。

 馬は答えなかったが、応えるように力強く大地を蹴って走った。


 流れる木立の向こうに、険しい山の稜線が見える。

 つい先ほど越えてきたばかりの山だ。

 あの向こう側に、栞たちがいる。


「言ったと思ったけど。 ちゃんと伝わってるかな」


 今頃、考えてもいなかった状況に、困った顔をしているだろうか。

 蹴鞠はこんな状況でも、貴族としての完璧な所作を崩さないだろう。

 凛は出された皿を睨みつけ、毒がないか食べていいかと尋ねるかもしれない。

 誠司は味方の盾となるべく警戒を解かぬまま、黙々と食事を口に運ぶだろう。


 そして栞は、休むことなく考え続けているはずだ。


 今はこれでいい。

 栞が必死に打開策を練っている間に、奏が動く。


 これは計算されつくした、チームの役割分担だ。


「誰でも読めるよね。帝国にスキルを持った人間が居ることくらい。それにしても」


 奏は、風に紛れさせるように独り言をこぼした。

 冷たい風が、耳元を通り過ぎていく。


「帝国は帝国で、面白そうだ」


 心からの笑みを浮かべながら言った。

 本気でそう思っていた。


 山脈の西側へと、赤い夕陽が完全に落ちていく。

 残照の光の中を、奏と馬はひたすらに走り続けた。

 舞たちのチームがいる方角へ。


 まだ距離は遠い。

 でも、馬が限界を迎えたら、またどこかで厩を見つければいいだけだ。


 ◇


 舞チームの野営地が見えたのは、馬を乗り継ぎ、一日か二日経ったころ。

 何度目かの日が落ちて、夜の闇が辺りを包み込んでからのことだった。


 奏の予想、いや栞の想定通り、レムスまで進んでいた。


 暗闇の中に、暖かな焚き火の光が見える。

 木立の間から、橙色の炎がちらちらと揺らめいている。


 そこには見張りがいた。

 赤と黒のツートンカラーが見えた。玲だった。

 気配に人一倍敏い男だから、遠くの馬の足音が届いた瞬間に、すでに立ち上がっていた。

 腰の剣に手をかけ、暗闇を鋭く睨んでいる。


 奏は手綱を強く引いた。

 馬がいななき、静かに足を止める。


「ちょっと怖いよ。ボクだから」


 奏の方から声をかけた。

 玲が、警戒したように目を細める。

 焚き火の光が届かない距離だった。

 それでも声で判断したらしく、剣の柄からゆっくりと手が離れた。


「……天野か?」

「うん。どこからどう見ても、天野奏」


 奏は満足して、馬から降りた。

 何度か仮眠は取ったけれど、数日間の騎乗は、思ったよりも足の筋肉に負担をかけていた。

 それでも奏は、疲労は微塵も表には出さなかった。


 焚き火の周りには、六人の姿があった。

 舞、玲、剛、村田、美咲、日向。


 全員が、夜の闇から現れた奏を驚いたように見つめている。


 奏は焚き火の温もりに近づきながら、いつものように笑ってみせた。


「みんな、お疲れさま」


 舞が、弾かれたように立ち上がった。


「奏! 南の偵察は終わったの?」


 続いて、剛が神妙な顔で立ち上がる。


「栞たちはどこに──」


 他の全員が奏の後ろを意識する。


 だが


「みんな、捕まったよ」


 奏は短く、事実だけを告げた。


「え……?」

「な……」


 焚き火の周りの空気が、完全に静止した。

 村田の顔が青ざめる。


「えっと……いつもの冗談……じゃ」


 日向が、信じられないというように両手で口を覆う。

 玲が、険しい顔で目を細めた。

 剛も信じられないという顔。


「冗談でこんなこと言わない」


 舞だけが、ちゃんと動いた。


「捕まったって、どこに。だって、あの栞だよ?」


 すると奏は目を細めて、焚火の先、南北を貫く山脈を見た。


「山の向こう側だね。多分だけど、帝国側の要塞。ヴァルラっていう女の人。それから、ヴコルという少年に掴まったんだ」


 そこで全員が立ち上がった。


「帝国……だと?」

「嘘……」

「だって、こっちも戦って」


 皆が立っている中、奏だけは焚き火の傍に腰を下ろした。

 足を揉みながら、言葉を継ぐ。


「多分罠だね。アレは」

「罠……だと? それはどういうことだ」

「ま、ま、まさか、あのトロール野郎がっ!」


 薄い灰色の長い髪が横に流れる。


「トロルはいた。でも、トロールの彼じゃないよ」

「トロル……だと? トロルはまだ、こっちには。それより何故、罠と言い切れる!」


 剛が今にも殴り掛からんと飛び出す。

 奏は避けるついでに、横たわり、首を傾げる。


「あれは間違いなくスキル。トロルを操る帝国の女。それから」


 美咲が剛を止めたが、美咲は反動で尻餅をつき、そのまま打ちひしがれた。


「誠ちゃん……」

「美咲ちゃん、彼は大丈夫」

「何がっ?!」

「帝国は多分、スキルを無碍にはしないよ……」

「スキルがあったら、どうなのよ」

「当分は、殺されない」


 重い静止が落ちた。

 今度の沈黙は、ひどく長かった。


「ラトン人の子供。ネクロマンサーだ。それと、これはボクの予想だけど」


 全員が奏を睨んでいた。

 奏は気にせず、軽く息を吐いた。


「ロベール・ド・アルン。彼にはもう一つ名前があるらしいんだ」


 勇者たちの眉が寄る。

 だが、奏は続ける。


「ロベール・ド・マルシェ。帝国での彼の呼び名だ。周到に復讐の計画を立てていたんだろうね。大破門の腹いせに」


 フィニス女王に文句を言いに来たことは、全員知っていた。

 でも、女王はこう言った。


「大破門だから、何もできないんじゃ」

「それはヴァルシア王国での話だよ。帝国はそもそもドミナス教で、エレイン教と対立している」

 

 舞が、憎々しげに「ロベール」とその名を繰り返す。


「うん。帝国と裏で繋がっていたと噂はされていたからね。当面の目的は身代金だと思う。ただ、帝国側は全く別の目的を持っているんじゃないかな」

「別の」

「ボクたちが宿した異能の値踏みかな……」


 村田が「値踏み……」とオウム返しに言った。

 その声は、ひどく裏返っていた。


「であれば、客人として丁重に扱われるはずだから、今すぐにどうこうなることはない」


 奏はそこで言葉を一度区切り、揺らめく焚き火の炎を見つめた。


「ただ、長くはないと思う。動くなら、早い方がいいね」


 舞が、無言で腕を組んだ。

 頭の中で猛烈な速度で思考を巡らせている顔だった。


 玲が、探るような目で奏を見る。


「お前、帝国のスキル持ち二人、トロル使いと死霊使い、スキル使いから、よく一人で逃げられたな」

「ギリギリだったよ? 多分だけど、栞ちゃんのお陰だね」

「栞……だと」


 奏は、軽々に彼女の名を口にした。


「栞ちゃんは特別な気がするんだ。あ、ちゃんとボクの奏でる音で、助けを呼ぶって伝えておいたから、自暴自棄になることはないと思うよ?」


 玲は何も言わなかった。

 何も言えなかった。栞が掴まるとしたら、それ相応の事件が起きたと分かるから。

 そして、奏が伝えなければ、誰も知ることもなく、掴まった全員が希望も持たずに収監されていたかもしれないからだ。


 その裏で


 日向が「よかった」と、消え入りそうな声で呟いた。


「奏くんが無事で、本当によかった」

「ありがとう。日向ちゃん」


 奏は背中からリュートを下ろし、膝の上にそっと置いた。

 細い弦に指を添える。

 鳴らさなかった。

 ただ、愛しいものに触れるように撫でた。


 山の向こうに、栞たちがいる。


「ってことで。一旦、レムスから撤退しない?」


 奏が静かに切り出す。

 舞が、力強く「そうだね」と頷いた。


 ◇


 サムライ・ディメンションは、レムスから即座に撤退した。

 ピカルナは既に解放されているが、そこから更に西へ移動した。


 ヴァルシア王国の王都、リュテアでの作戦会議となる。

 

 大部屋に全員が並んでいた。

 四人いないから、七人だし、いつものように空中ディスプレイがないから、ひどく淋しい気がした。


 最初に口を開けたのは舞だった。


「ねえ」

「うん」

「なんでそんな顔してんの」


 奏は、不思議そうに首を傾げた。


「そんな顔?」

「余裕な顔じゃん。仲間が捕まってるのに!」

「余裕かどうかはわからないけれど」

「わからない?わからないって何?」

「うん。ボクにできることは全てやった。ボクがあの場でできることはなかった。それは今も……かな。あとは、どう動くかをみんなで考えるだけだから」


 舞の目が、剣呑に細くなった。


「それがムカつくって言ってるじゃん」

「ん。ムカつきはそのまま受けとるよ。ごめん」


 奏は素直に謝ったが、その涼やかな顔つきは全く変わらなかった。

 舞はそれを見て、一度だけ忌々しげに目を逸らした。

 逸らして、またすぐに正面へと戻す。


「……状況、もう一回整理して」


 感情の切り替えは早かった。

 それが、舞という人間の持つ確かな強さだった。


 テーブルに、珍しくアナログな地図が広がる。

 そして、奏が話す前に舞は言った。


「ねぇ、そういえば。なんで、作戦のとき、ウチに話をしなかったの?」


 不機嫌さは他の仲間たちにも伝わっていた。

 水瀬舞から、蒸気にも似た魔力を帯びた言葉だった。


 すると、玲が溜め息混じりに言った。


「言う時間がなかっただけだ」

「嘘だよ。だって、出発のとき」


 一触即発の気配だった。

 勇者同士の激突が必至の状況だった。

 剛が割って入って、舞を軽く睨む。


「察しろ。 何故、栞は南に確認に行ったか」


 舞も負けていない。

 仲間外れにされた気分のままだったから。


「ウチだった分かってるし。 駆がやったかを調べに行ったんじゃん」


 勿論。水瀬舞は気付いていた。


 でも、剛はひるまずに続ける。


「なら、速水駆が帝国と接触していたら、どうする」

「どうする……って。帝国は敵じゃん。ルシア女王に突き出して……。えと……」


 舞の声が震える。

 自分が無意味に怒っていたと、痛感する。


「その……処刑……するつもりだった……ってこと?」

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