表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/77

第68話 山脈の東側

 アタシは次の言葉を探していた。

 必死に探して、見つからなかった。


 これだけの絶望的な状況を前にして、「如月栞」が言葉を持てないというのは、そうそうあることではなかった。

 少なくとも、アタシ自身はそう思っていた。

 思っていたのに、今は、何も頭に浮かばなかった。


 読み解ける筈なのに、答えが見つからない。


 トロルが四方を塞いでいる。

 白金の髪の女が、トロルの肩の上に座っている。

 崩れたペトの残骸の向こうには、黒髪の無邪気な少年が立っている。


 逃げ道がない。

 打開策がない。

 隣で、蹴鞠が息を殺している。

 誠司が盾を構えたまま動かない。

 凛が細身剣を握りしめている。

 奏が──


 奏がいない? 


 誠司が、飄々とした足取りで一歩前に出た。


「囲んで、俺たちをどうするつもりだ?」


 アタシの思考が止まった。


 蹴鞠が「誠司!」と声を上げる。


 アタシより早かった。


 女は動じなかった。

 青灰色の瞳が奏に向いて、口元がわずかに動いた。


「あらあらぁ」


 ゆったりとした声だった。


「完全に囲まれておいての一言が、それぇ?」

「当然だろっ」


 誠司は引かなかった。

 盾を構えたまま、剣をも構えて、栞と蹴鞠、そして凜の前に躍り出る。

 そして、真っ直ぐに女を見つめていた。


「殺すつもりなら全力で戦う。でも、そうじゃないなら──話した方が早い」

「誠司! 何を言ってるの!」


 今度は、アタシが怒鳴った。


 アタシはその隙に振り返る。


 そして、遠くの方から何かを聞いた。

 楽し気な、悲し気な、そうでもないような、いつも通りのメロディにも思える。


「あれ。結構、真面目なつもりだぞ」

「勇敢なのね、貴方」

「うるさい。 お前らは何なんだよ」


 女が、くすくすと笑った。

 さっきとは違う笑い方だった。

 目が、少しだけ動いている。

 心底面白がっているのだ。


「殺すつもりなら全力で戦う、ねぇ」


 女は、巨大な肩の上で足を組み直した。


「威勢がいいこと。でも──あなたたちには、もう少し値打ちがありそうだもの。捕まえて、上の判断を仰がないといけないわぁ」

「上?」


 アタシは短く言った。


「あらぁ賢いこと。ヴコルも見習わないとねぇ」


 褒めてはいなかった。

 ただ、事実を確認しているだけだった。


 ヴコルと呼ばれた黒髪の少年が、ヴァルラの隣で半分だけ笑った。


「勉強のことはいいだろ。さっさと捕まえちゃおうよ。ねえ姐さん」

「そうねぇ」


 トロルが、重々しく一歩踏み出した。


 そのとき、また奏の旋律が聞こえた気がした。

 間違いなく、アタシにしか届いていない。


 指向性の空気の振動だった。


 いつの間にか、彼は姿を消していたのだ。


 後退して逃げたのか、それとも立ち止まったのか。


 そして、旋律が耳元で囁いた。


「じゃ、ボクは逃げるから。あとはよろしく」


 アタシは目を剥いた。

 信じられない、という顔をしていたと思う。


 声が出なかった。


 奏は続けた。

 囁き声で、ひどく落ち着いたトーンで。


「助けを呼ばないとでしょ。それに──アレら、明らかに君に興味がある。直ぐには殺されないよ」


 アタシは一秒、奏の表情を想像した。

 そして、旋律に嘘はないとも思った。

 ふざけてもいなかった。


 実際、選択肢としての正解は逃げることだった。


 でも、逃げるスキルをアタシたちは持っていない。


 だからこそ、彼は出会うことをしなかったのだ。


「──わか……た」


 アタシが言った。

 奏が「うん」と頷いた気がした。


 次の瞬間、メロディが消えた。

 音が消えた。


 木立の濃い影に溶け込むように、完全に全てが消え去った。


 ヴコルが「あれ」と言った。

 素直な響きだった。


「もう一人、いなかったぁ?」

「あらあらぁ」


 ヴァルラは、ゆっくりと立ち上がった。

 トロルの肩から降りて、草の上に足をつける。

 誠司と同じくらいの背の高さ。


 優雅に歩いて、四人を見やる。


「ヴコルがそういうんですもの。逃がしてしまったわねぇ」


 それだけだった。

 追えとも命じなかった。

 その底知れぬ余裕が、一番怖かった。

 青灰色の瞳が、アタシを真っ直ぐに捉える。


「──あなたが、まとめ役かしらぁ」


 アタシは答えなかった。


「そう。じゃあ、あなたに聞くわぁ」


 ゆったりと一歩、近づいてきた。


「勇者様はぁ、帝国にぃ。……何をしに来たの?」


 アタシは前を向いたまま、奏を信じることにした。


 奏が言っていたことが、事実なら


 あとは──アタシがここで、時間を作る。


「答える義務はないわ」


 アタシは冷たく言い放つ。


「でも、話くらいは聞いてあげる」


 ヴァルラがまた笑った。

 今度は、目もはっきりと笑っていた。


「あらあらぁ。やっぱり賢い子ねぇ」


 トロルが四方に立っている。

 逃げ道はない。

 でも──奏が動いている。

 その事実だけで、止まっていたアタシの頭は、また猛烈な勢いで動き始めていた。


 ◇


 過酷な山を越えると、景色が劇的に変わった。


 鬱蒼とした木立が途切れ、視界が開けた瞬間、アタシは思わず足を止めかけた。

 でも、止めなかった。

 歩みを止める理由を、今のアタシは持てなかったからだ。


 知識としては知っていた、ドミナス帝国の広陵地帯だった。

 なだらかな丘がどこまでも続き、その向こうに見知らぬ街が見える。

 西側の王国とは全く違っていた。

 石畳の街並みでも、尖塔の教会でも、重厚な城壁でもない。

 屋根の形が違う。

 建物の色が違う。

 街の輪郭が、どこか丸みを帯びて柔らかかった。

 遠くて細部は見えないが、それでもはっきりとわかった。


 ここは、もう向こう側だ。

 山脈の、東側。帝国の領域。


「きれいね」


 凛が言った。

 感嘆の感想ではない。

 ただ、見たものをそのまま言葉にしただけだった。

 凛はいつも、そういう言い方をする。


 蹴鞠は何も言わなかった。

 汚れたドレスの裾を片手で持ち、足元の石を確かめながら黙々と歩いていた。

 誠司は、頼みの盾を取り上げられていた。

 それでも誠司は誠司で、一切の弱音を吐かずに前を向いていた。


「悪い……美咲……」


 四人は、大人しく従っていた。

 今は、従うしかなかった。


 全員が奏がいないことを知っているからだ。


 その背後には無言のトロルがつき従い、ヴァルラが優雅に先を歩いている。

 ヴコルは気まぐれに左右をふらつきながら歩いていた。

 見えないアンデッドの気配が、未だに周囲を取り巻いている。


「……栞さま、そろそろ教えなさい」


 走れない。戦えない。

 今は、ただ歩くしかない。


 アタシは歩きながら、頭の中を絶え間なく整理し続けた。

 奏はどこまで行ったか。

 イネスに届くか。

 駆──いや、それは違う。駆は指名手配中の身だ。表立っては動けない。


 では、誰が来る。

 どのくらい時間がかかる。

 それまで、アタシたちは何をすべきか。


「帝国は……スキルを持ってる」

「な……んですって……」

「アタシも直接知ったわけじゃない。でも、……アレが言っていた」


 情報を集める。

 生き延びる隙を探す。

 最低でも、全員生きている状態を保つ。

 できる。やる。やるしかない。


 目的の要塞が見えてきたのは、それからしばらく歩いた後だった。


 西にある砦のどれよりも、大きかった。

 街とは完全に切り離され、丘の上に単独でそびえ立っている。

 無骨な石造りで、窓が極端に少なく、どこから見ても入り口が限られていた。


 高い塔には旗がはためいている。


 当然、帝国の紋章だった。


 人影が、要塞の入り口の前に立っていた。


 アタシは目を細めた。

 逆光だったが、そのシルエットだけで十分だった。


 背の高い男。

 立ち方に、独特の癖がある。

 重心が常に前にかかっていて、人を見下すように顎がわずかに上がっている。


 ──知っている。


 舌が、口の中で無意識に動いた。

 音にはならなかったが、確かに舌打ちを打った。

 チッ、と。


 近づくにつれて、その顔がはっきりと見えた。

 アタシの隣で、誠司が鋭く息を呑む。


「……あいつ」


 声が出ていた。

 本人は抑えたつもりだろうが、明らかな怒りが漏れていた。

 アタシも全く同じ気持ちだったから、何も言わなかった。


 ロベールだった。


 女王の前で、決して膝をつかなかった男。

 大破門の準備がすでに整っていると、バルドが言っていた。

 一切の心配はないという報告を受けていたはずだ。

 なのに、なぜここにいる。


 帝国側に、立っている。


 ロベールは、アタシたちが近づくのを余裕を持って待っていた。

 急ぐ素振りもない。

 腕を組み、要塞の冷たい壁を背にして、ただ待っていた。


 目が合った。

 アタシは、絶対に視線を逸らさなかった。

 ロベールも逸らさなかった。


 そして──舐めた。

 視線が、アタシの頭からつま先までを嘗め回す。

 品定めするように、値踏みするように、そして底意地悪く勝ち誇ったように。


 アタシの全身の温度が、一気に下がった。


 わかっ……た。


 歩きながら、すべてのピースが完璧に繋がった。


 奇妙な入金。

 エルタからオルカスへの、不自然な送金。

 トロル討伐の報酬として、わざわざ勇者一行宛に届いた金。

 あの金を受け取れば、アタシたちが次の行動を起こすはずだと


 追放した男を意識して動く筈だと


 ──完全に読まれていたのだ。


 チッ


 南へ向かえば、険しい山があり、帝国へと抜ける獣道がある。

 あとは、帝国のスキル使いに任せて、生け捕りにする。


 アタシは奥歯を強く噛み締めた。


 ロベールが、ゆっくりと口を開いた。


「よく来てくれた、勇者様」


 声が、広陵地帯に朗々と響いた。

 芝居がかった、ひどく耳障りな声だった。

 彼は、この状況を心底、愉しんでいた。


「遠路はるばる、わざわざ罠にかかりに来てくれるとはな」


 誠司が、怒りに任せて前に出かけた。

 アタシは腕を伸ばして、それを強引に止める。


「やめて」

「でも──」

「今は駄目」


 誠司が、ギリリと歯を食いしばって止まった。


 アタシはロベールを睨んだ。

 強烈な怒りはあった。


 でも、その怒りより先に、とても冷たい感情が思考を支配していた。


 この男は、アタシたちの行動パターンを知っている。

 独自の裏の情報網を持っている。

 帝国と深く繋がっている。


 アタシは、努めて平坦な声で口を開いた。


「一つだけ聞かせて」


 ロベールが、面白そうに片方の眉を上げた。


「あの口座への入金、あなたが仕掛けたの?」


 男はニヤリと笑った。

 それが、何よりの明確な答えだった。


 アタシは、ゆっくりと息を吐き出した。


「──なるほどね。それ……なら……」


 要塞の重厚な門が、地響きのような音を立てて開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ