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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

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第66話 栞たちは南を探索する。

 オルカスを出たのは、まだ朝靄が色濃く残る時刻だった。

 石畳が途切れ、踏み固められた土の街道が始まる地点で、栞の率いる五人は一度足を止める。

 正確には、先頭を歩いていた蹴鞠が不意に歩みを止めたのだ。


「……臭いますわね」


 彼女は形の良い鼻の頭に小さく皺を寄せ、街道の先。

 ──南に連なる山裾の方角を睨み据えた。

 豪奢なベルサイユ風のドレスの裾が、冷たい朝風を受けてわずかに揺れる。


「トロルの残滓ですわ。腐敗が早い魔物ですけれど、あの規模ですもの。しばらくは残るでしょうね」

「蹴鞠ってさ、鼻いいよね」


 奏が、飄々とした足取りで隣に並んだ。

 背負ったリュートの位置を直す仕草がひどく自然で、どこかの吟遊詩人がそのまま抜け出してきたかのようだった。


「異能ではありませんわ。ドレスの手入れをしていれば、余分な匂いには敏感になるものです」

「それ、立派な異能では?」


 奏がくすくすと笑う。


「うるさいですわよ」


 蹴鞠は短く切り捨て、優雅な足取りでまた歩き出した。

 後ろを歩いていた誠司が、その豪奢な背中へと視線をやる。


「あいつ、最近、機嫌悪くないか」

「悪くないと思うよ。あれが平常運転。ただ、考えてる」


 奏が小声で返す。


「何をだよ」

「さあねぇ」


 和装の青年は、それ以上何も言わなかった。


 街道は南へ進むにつれて徐々に狭くなる。

 やがて両側から鬱蒼とした木立が迫り始めた。

 オルカスを中心に見れば、北には大きな幹線街道が通っている。

 そのまま行けば、エルタに辿り着く。

 だが、南はいわば袋小路に近い。

 栞がその事実を説明したのは、出発前夜のことだった。


「なぜ、わざわざ袋小路に向かうんだ」

「袋小路の先に、山があるからよ」


 誠司の疑問に対し、栞は淡々と答えていた。


「山に何がある」

「帝国へ抜ける裏道よ。現地の人間にしか知られていない獣道があるらしいわ。教会の情報網が掴んでいたの」

「それ、エルタの教会銀行のやつか」

「そう。お金と情報はセットで動くわ」


 誠司が「なんだか商人みたいだな」と呆れ、栞が「商人は合理的よ」と返す。

 会話は、そこで終わっていた。


 ──そのやりとりを歩きながら思い返していたのは、他でもない栞本人だった。


 合理的、か。

 自分で口にしておきながら、どこか空虚に響いている。

 オルカスに入金された謎の討伐報酬。

 村田の「トロール野郎の退治でござるよ」という不自然な一言。

 奏の「それってトロール行為って言えるのかな」という指摘。

 栞は、微かに唇の端を動かした。

 笑ったのか、呆れたのか、自分でもよくわからなかった。


 彼が動いたという確たる証拠は、どこにもない。

 ない、のだけれど。


 逃げるが吉。それが分からない。


 灰色のフードを深く被り、気配を消し、誰にも気づかれないふりをして


 ──気づいたときには、もうそこにいない。


 そんな能力だったとして、何が出来るというのか。


 それから——


「栞様。 気にしても仕方りませんわよ」

「でもねぇ。騎士団長、おかしかったよねぇ」

「奏。お前は、そういう口をどうにか塞げないのか?」

「囀るが吉だから、さ。 でも、無理に決まってるよね。 ボクたちには異邦人かそうじゃないか、なんて分かる訳ないんだからさ」


 ——そう、実際に難しい。


 村田雄大が否定をした。

 アレも色々怪しいが、その後は口を噤んでいる。

 そして、当時は何よりコレだった。

 異邦人の特徴であるスキルを、アレはフィニス王国で一度も使わなかった。


「でも、それさえ怪しいとなれば」


 栞は、青と黒の髪を揺らし、冷たい目を細めた。



 前方の山裾が、じわじわと近づいている。

 木々の密度が増し、街道に落ちる影がひどく濃くなった。

 最初に異質な気配を察知したのは、凛だった。

 声を出さずに、すっと右手を上げる。

 栞を含めた五人の足が、同時にピタリと止まった。

 蹴鞠がドレスの裾の位置を確認し、誠司が流麗な装飾の施された盾を構え、奏がリュートに指を添える。


 静止。

 名も知らぬ鳥の声。

 葉を揺らす風。


 ──ただ、それだけだった。


「……気のせいか?」


 誠司が小声で尋ねる。


「違う。まだいる。ただ、動いていないだけ」


 漆黒のゴシックロリータを纏う凛が、短く返した。


「魔物か?」

「わからない。魔物にしては、微かな息が聞こえる」


 蹴鞠が、毅然と一歩前に出た。

 ドレスの裾がかすかに持ち上がり、細い踵が静かに地面を捉える。


「──出てきなさい」


 凛とした声は穏やかだった。

 絶対的な命令というよりは、相手を促す響きに近い。

 すると、木立の濃い影が、わずかに動いた。


「あら?」


 姿を現したのは、一人の子供だった。

 十三歳前後だろうか。

 ひどく痩せた男の子で、着ている服は街の子供のものではなく、山仕事で使うような厚手の布だった。

 泥で汚れた顔に、怯えたような目がやたらと大きく見えた。

 五人の姿をぐるりと見回して、男の子は震える唇を開く。


「あの……勇者様、ですか。サムラヒ……なんとかっていう」


 誠司が盾を下ろしかけ、そして止めた。

 栞が、迷いなく一歩前に出る。


「そうよ」


 即答した。

 誠司がわずかに眉を動かしたが、口を挟むことはなかった。


「サムラヒの勇者様が南に行くって、お父さんが言ってた。だから待ってたんです」

「お父さんは、今どこにいるの」

「山の中です。帝国の人たちが……来てるので」


 栞の目が、鋭く細くなった。

 奏がリュートから指を離し、男の子の目線に合わせて優しくしゃがみ込む。


「帝国の人、何人いた?」

「わかんない。でも、旗があった。白い旗に、黒い鳥みたいなの」


 蹴鞠と栞の視線が、空中で交錯した。


 一秒間。


 状況を理解するには、それで十分だった。


「案内できる?」


 奏が穏やかに続ける。

 男の子は少し迷った。

 しかし、長くは迷わなかった。


「……できます」


 栞は振り返り、チームの面々を見た。

 誠司が無言で静かにうなずく。

 凛はすでに冷徹な視線を前方へ向けている。

 蹴鞠はドレスの裾をわずかに持ち上げ、いつでも山道へ踏み出せる姿勢を作っていた。

 奏が立ち上がり、男の子の隣に並ぶ。


「名前、教えてもらえる?」

「ペト」

「ペトか。じゃあ、よろしく頼むね」


 ペトと名乗った男の子は、また大きな目で五人を見上げた。

 それから、暗い山の方へ体を向ける。


「こっちです」


 ペトの背中を追って木立の中に入り、数分も経たないうちだった。

 最初に異変に気づいたのは、またしても凛だった。


「足元……」


 短く鋭い警告に、全員の視線が地面へと落ちる。

 土が、動いていた。

 盛り上がるというより、下から力強く押し上げられている──そんなおぞましい動き方だった。

 根を張った大木の間から。

 草に覆われた急斜面から。

 まるで土そのものが不気味な呼吸を始めたかのように、あちこちが同時に膨れ上がった。


「うーん。また、汚れちゃうね」


 最初に出てきたのは、腐肉の削げ落ちた爪だった。

 次に、毛のないまだらな脚。

 そして、醜く腐り果てた胴体が這い出してくる。


「言ってる場合じゃありませんわ」

「こいつは、アンデッドだな」


 誠司が盾を前に構えながら言った。

 端正な顔立ちの青年の声に、動揺はない。

 ただ事実を確認するように、平坦に告げた。


「問題ない。 聖騎士の装備と相性がいいし」


 這い出たのは野犬だった。

 かつて野犬だったもの。

 皮膚は半ば土に還り、目のあった空洞には何もない。

 それでも四本の脚で立ち上がり、確かな殺意を持ってこちらを向いた。

 隣では、巨大な猪が這い出ている。

 牙が一本折れ、無惨に裂けた腹からは内臓が見えていた。

 それでも、それは生者のように蠢いた。


「ペト、逃げなさい」


 栞が鋭く命じた。

 男の子は恐怖に一瞬固まる。


「今すぐ。街道まで走って、絶対に振り返るんじゃありませんわよ!」


 弾かれたように、ペトが走り出した。

 栞はその後ろ姿を確認してから、冷徹に前を向く。


「湧いている間に前へ。完全に湧き切る前に、潰しながら進むわよ」

「栞。アンデッドの数は」

「見える範囲で七。でも、土はまだ動いてる」

「了解」


 凛が、風のように踏み出した。

 愛用のレイピアが描く軌道には、一片の迷いもない。

 最初の野犬の頭蓋を正確に打ち抜き、淀みなく次の動きへと移行する。

 誠司が盾で猪の突進をいなし、洗練された動きで斬り捨てる。

 蹴鞠のドレスの裾が鋭い弧を描き、木の根元から這い出たばかりの腐肉をまとめて吹き飛ばした。


「栞様。どうするおつもり?」

「異邦人が帝国と接触していたら、厄介よ」


 奏から帝国の情報が入っているから。


 だから、前へ。

 潰しながら、進む。

 栞の指示通りに、五人は圧倒的な力で前線へと押し込んだ。


 アンデッドの動きは決して速くない。

 生きていた頃の獣の動きを薄く残しているだけで、集団としての統率もなかった。

 数が増えようと、各々が別の方向を向き、別の速度で散漫に動いている。

 ばらけている間に各個撃破すれば、さほど脅威となる相手ではない。


 ──そのはずだった。


「後ろ、もう一度」


 奏の涼やかな声が響く。

 振り返った誠司の目に映ったのは、たった今自分が完全に切り伏せたはずの猪が、再び蠢き始めている姿だった。


「……は?」


 胴は無惨に裂け、原形を留めていない。

 それでも、残った前脚だけを引きずるようにして、執拗にこちらへ向かってくる。


「斬られても動くのか」

「首か、魔力の核を断たないと止まらないわ」


 栞の冷たい視線が僅かに光る。

 敵の情報を、冷静に分析する。


「アンデッドの基本よ。誠司、確実な止めを。貴方の神聖属性なら可能よ」

「了解した。清く守るが吉っ!」


 淡く光る。

 誠司が身を翻し、盾の縁で強烈な打撃を見舞って猪の首を的確に断ち切った。

 ようやく、不気味な動きが完全に停止する。


 しかし、そのわずかな間にも、前方の土は絶え間なく盛り上がり続けていた。

 斜面の上、木々の根元。

 踏み荒らしたはずの場所のすぐ隣。

 見境なく、どこからでも新たな死霊が這い出してくる。


「キリがないじゃない」


 凛が、感情を削ぎ落とした声で告げた。


「わかってる。でも止まれない。止まったら完全に囲まれるわ」


 ひたすらに、前へ移動する。

 誠司が盾で弾き、凛が急所を断ち、蹴鞠が衝撃波で吹き飛ばし、奏が不可思議な旋律を鳴らして敵の注意を引きつける。


 何、これ


 栞は戦場全体を俯瞰しながら、絶え間なく次の一手を思考し続けた。


 一体、どこから湧いている。

 これほどの死霊を生み出す、明確な発生源があるはずだ。

 無秩序に湧き出ているように見えて、明らかに密度が高い方向がある。


 南。 ソスピロの山頂から。

 もっと奥、深い山の方からだった。


「奥に、何かいる」


 栞は、看破した事実を告げた。


「大元の発生源を断てれば、止まるかもしれない」

「もしれない、か」


 蹴鞠が、挑発するように微笑む。


「確証はないわ」

「正直で、宜しいですわね」

「読み解いた状況がそうなのよ」


 蹴鞠は優雅に短く笑い、真っ直ぐに前を見据えた。


「では、参りましょう」


 致命的な問題が起きたのは、さらに五十歩ほど山道を進んだときだった。


 背後で、土が大きく盛り上がった。

 すでに死霊を潰し終えたはずの場所だった。

 いや、先ほどの獣たちのスケールとは比べ物にならない。

 地面そのものが大きく息を吸い込んだかのように


 ゆっくりと、そして巨大に隆起していく。


 異常を察知した誠司が、警告の声を出しかけた。


 だがそれよりも早く、蹴鞠が振り返っていた。


「……あれは」

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