第64話 追放された異邦人の痕跡
昼過ぎの高級宿の一室に、六人の男女が集まっていた。
一つのフロアはサムライ・ディメンションが貸し切っている。
リュテアに来て、岸本美咲は小さく呟いた。
「ここは近世を思わせますね」
それに対して、特に言及はなかった。
あと少しで帝国領に入ることが出来る。
それか、発展しているに越したことはないからというのもあった。
「しかも、貴族階級ですね」
舞たちが街へ買い物に出かけてしまい、残った六人の男女が、自然と四階のホールに集まっていた。
玲が窓際の縁に腰掛け、腕を組んで外を眺めている。
「今思い出しても、見事だったな。 剛、いなくて損をしたな。完全な市街地マップだったぞ」
「それは良かったな。セレーヌは泥だらけの戦場マップだった。アレはアレで……」
剛が床に胡座をかき、無骨な手で骨つき肉を齧っていた。
ここにいるのは神宮寺玲、大石剛、如月栞のゲーマー三人。
相沢誠司と岸本美咲の一カップル。そして、黒瀬凜だった。
黒瀬凜は天野奏と同じチーム。
柊日向の気持ちを知っている彼女は、戦い以外の時間を彼女に譲っていた。
だから、今日はお留守番。自慢の衣装の形を整えていた。
「凜ちゃん、その服。凄くマッチしてたね」
「え……。あ、うん。ゴシック建築って言うんでしょ。あの建物」
マジッククローゼットで元に戻るから、手持無沙汰で弄っているだけだ。
「あ、……うーん。ここはロココ調かな? 晩餐会はバロックって感じで」
「で、ゴシック服は?」
「ゴシックロリータはね……。もっと現代。ミュージシャンが流行らせて」
「そ、そうなんだ」
「出た出た。美咲の蘊蓄がたり」
「ちょ、誠ちゃん」
栞が木製の椅子に深く座り、空中に幾何学的な光のウィンドウを展開している。
美咲がその隣で膝の上に布を広げ、部屋の内装を細かくチェックしていた。
誠司は、入り口近くの壁に背を預けている。
ただ、平穏な時間が流れていた。
「流石に何でも食っていいんだろ?」
「いいと思うわよ。 教会団が物資を持って来ていたし、これで民たちからの不満もでないでしょう?」
相沢誠司が肩をすくめた。
「つまり、フィニスが遅れてたってだけかよ」
「うん。私のせい……かも」
「美咲さん。それは違う。 情報の非対称性があっただけ」
栞が即座に否定した。
当時の、栞の読み解く力が足りなかったのか、それともフィニス王国は鎖国でもしていたのか。
あの国はどう見ても中世の薄らぐらい国だった。
そもそも、カルディナ山脈のせいでこっちの状況は分からない。
カルディナ山脈を登ったところで、ノワルヴァルトが生い茂ることくらいしか分からなかっただろう。
勿論、そこからエルタは見えたのだけれど。
「何にしてもあと少しだ。 美咲、気にするなよ」
「うん」
その時、廊下が騒がしくなった。
と言っても、誰かがバタバタと走る音。
ホールだから扉はなく、そのまま筒抜けで聞こえてくる。
走り方も特徴的だから、誰もそちらを見ていなかった。
村田の足音だったし。
その直後、彼の姿が見える。
黒のパーカーの袖口を大仰に押さえながら、肩で息をして駆け込んでくる。
左手の魔力痕が、いつもよりも強く脈動しているように見えた。
「皆さん、聞いてください! この村田、大変なことに気付いてしまったでござる」
ホールにいた全員の視線が、彼へと集まった。
「トロール野郎が」
村田は、血走った目で言った。
「トロル退治とかいう、トロール行為をしたんです」
深い沈黙が落ちた。
誠司は、今聞いた言葉を頭の中でもう一度繰り返してみる。
トロール野郎が
トロル退治とかいう
トロール行為をした。
「急いできたと思ったら、駄洒落を言うためかよ?」
誠司は片手を上げて制した。
「そんなことを言うために爆走とか。ある意味で尊敬だな」
「そんなことじゃないです!」
「あぁ、分かった分かった。で、なんだぁ?」
窓際で腕を組んでいた玲が、怪訝そうに眉を寄せる。
「トロール行為と言うのは、ゲーム用語の迷惑行為のことだ。それとも、本物の魔物のトロルのことか」
「両方です!」
「つまりトロルがトロール行為をした……」
「そうです! トロール野郎が、トロルを退治するというトロール行為をしたんです!」
剛は骨付き肉を完全に骨にまでした。
「雄大。とにかく落ち着けや」
「これが落ち着いていられますか!」
栞が、空中の光のウィンドウを静かに閉じた。
冷徹な目で、取り乱す村田を射抜く。
「順番に話して」
村田は、大袈裟に深呼吸をした。
それから、重々しく話し始める。
教会での出来事を、彼は一つずつ順番に語った。
オルカスのトロル討伐の報酬が、なぜか勇者一行の口座に振り込まれていたこと。
神官が「獅子奮迅縦横無尽」と手放しで称えてきたこと。
舞が思わず反応しそうになったこと。
そして、これは陰謀だと思ったが、誤魔化してきたこと。
すべてを話し終え、村田は深く息を吐き出した。
「以上です! これは由々しき事態です!」
「貴様が言いたいのは、つまり」
玲が、顎を撫でながら言う。
「口座に、見覚えのない莫大な入金があった」
「そうです」
「それが、オルカスでのトロル討伐報酬として処理されていた」
「そうです」
「で、お前が適当に誤魔化した」
「そうです」
「何が問題なんだ」
「問題しかないでしょう!」
村田が、悲鳴のような声を上げた。
「パーティでトロール行為をした野郎が、トロルを退治したんですよ! その手柄が、なぜか僕たちのところに来てるんです!」
誠司は、彼の言葉を再び頭の中で反芻した。
やはり、完全に倒錯している。
「なぁ、雄大」
誠司は、冷静な声で問いただす。
「一つ聞いていい」
「なんですか」
「トロール行為をしたのは誰で、トロルを退治したのは誰で、トロール行為をしたのは誰なんだ?」
村田が、ピタリと動きを止めた。
そして、村田メタ回路が作動。
この気持ち悪さの原因は……
「速水駆は生きていた……トロール野郎は速水駆! 完全論破ですな」
びしっと指を翳して、その指の先から煙が出ていることに気付いて、
村田はふうと息をかけた。
「ちょっと待ってください。 今の話のどこに完全論破の話があったんです? 誠ちゃんは分かった?」
「村田がそういう奴なのは分かってるぞ。 で、謎の入金は……」
「アタシも確認している。 確かに、振り込みが最近行われているわね。 セレーヌとリュテア。そしてその後にも」
空中に浮かぶモニター。
勿論、教会システムとリンクしている訳ではない。
栞は栞で入金を単に確認していた。
「マジかよ。でも、さ。村田のさっきの誤魔化しにつかった内容の方が正解ってこともあるんだろ?」
「トロルが勝手に死に、南のエレイナス山を転がり落ちた……か。それを住民がサムライ・ディメンションのお陰だと、勝手に振り込んだ」
玲は自らの硬化したジャケットの光沢を確認して、頷いた。
剛は敢えて、光を消して、別の骨付き肉に手を出した。
「在り得そうな話だな。 実際、魔物の死体が転がってたら、そう思う奴は多いだろ」
「あぁ。サムライ・ディメンションの名は形を取り戻しつつあるヴァルシア王国の民の多くが知っている。それにあの山だ。うっかり転落すれば、トロルも」
「トロルっておっきいんですよね。体重重いから、それで事故で」
村田は息を吐いた。
ここにいる奴は何も分かっていない。
左手の疼きを感じる奴はいない、と。
「そのトロルは何者かによって征伐された後でした。 はい、論破です!」
「論破論破って、先にそれを言いなさいよ」
ゴスロリ少女がツッコむ。
だが、流石にこの論破は聞いた。
寧ろ、なんでソレを先に言わないんだという白い眼。
そして村田は白い眼に慣れている。慣れているからこそ手に入れた、左手だ。
「パーティでトロール行為をして追放されて、オルカスの山でトロルを退治して、その手柄がこっちに来るという、これは巧妙なトロール行為ですな」
一拍の間。
「えっと……。最後のは、別にトロール行為じゃないと思うけど」
美咲が、静かにツッコミを入れた。
「いえ。立派なトロールですっ! 覚えてないんですか? あの晩餐会で奇妙な質問があったことを」
村田が再び熱くなる。
誠司は腕を組んで考えた。
「勇者は異邦人だって笑われてたやつか。 村田の理屈だと、駆が俺たちの足を引っ張るために、我こそが勇者だと、俺たち十一人は勇者じゃないと……」
黒瀬凜が肩をすくめた。
ゴスロリメイクが取れないから、そのままの目で、村田を見据えた。
「結果。私たちの口座に振り込まれているなら、それも失敗したのね。勿論、村田の推理が正しいとして……だけっ」
その時だった。
静かに扉が開いた。
「奏君……」
凜は息を呑む。
異国情緒のある和装の裾を揺らし、色素の薄い長髪が外の風を含んで流れる。
青い瞳が、険悪な空気を漂わせる部屋の中を見渡した。
「あれ、なんか熱い話してる?」
「聞いてください奏さん! トロール野郎が──」
そこにふわりとモニターが浮かんだ。
村田雄大の証言が、箇条書きになって羅列される。
奏はうんうんと頷いた。
「ん-。これって、トロール行為って言えるのかな?」
村田は目を剥いた。
奏は、特に深く考えている様子もなく、部屋の熱量も知ることなく。
文面のみを見て、そう言った。
「だとしても! 何か企んでいるに決まっているでござる」
「ボクたちが気にするべきは、そっちじゃないんじゃないかな。ねぇ、栞ちゃん」
栞は不快な何かを見る目を一瞬した。
でも、気取られるほどではない。
「それはどっちの意味?」
奏は、無邪気に首を傾げた。
「さてね、その報酬って誰から?」
栞が、視線をもう一度、奏へと向けた。
「そうね。そっちも重要ね。お尋ね者の彼に入金なんて出来ない。 そして、退治した瞬間を見た者もいない。 速水が関わっているという明確な証拠はない」
「でもでもっ!」
「彼は逃げるが吉でしょう。後退士という言葉も嘘ではない気がしたわ」
村田が食い下がる。
「スキルを偽ってたんだ。 帝国人のスパイだったんだ。 その証拠だって」
「村田雄大」
「はい」
栞は、冷酷な目でオタク男を睨んだ。
「大破門になった領主の言葉を、アナタは真実だと言うつもり?」
「でも、それはその……」
「心の中に仕舞いなさい」
「う……」
村田は項垂れた。
でも、ここから話は変わって来る。
単に、村田のアプローチが、感情的過ぎただけだった。
「山から、首を切られたトロルが転がり落ちてきた」
それから、少しだけ意味深な間を置く。
「アタシとしても、疑わしくは感じる」
誠司が、腕を組んで口を開く。
「そうか。別の誰かの可能性もある、ということか」
その時、入り口の扉がもう一度勢いよく開かれた。
舞だった。
両手に買い物の袋をいくつも下げ、上機嫌な笑顔を浮かべている。
その後ろには、蹴鞠、凛、日向が連れ立って続いていた。
「え? 何の話? ウチも混ぜて」
張り詰めていた部屋の空気が、一瞬だけピタリと止まった。
華やかなドレスを揺らし、蹴鞠がすっと前に出る。
懐から取り出した小さな団扇で、上品に口元を覆った。
それから、村田を意味ありげに見つめる。
「雄大様」
蹴鞠は、甘い声で言った。
「お金とは、使うためにあるのよ」
「そ、そういうもので……」
「せっかくですから、舞に美しい宝石でも見立ててあげてはいかが?」
舞の瞳が、ぱぁっと輝いた。
「宝石?!」
「そういうものでござる」
村田は即座に態勢を立て直し、舞の背中をぐいと押した。
「舞殿! すぐに行きましょう!」
「え、でも、さっきまで何の話してたん」
「後で話すでござる! 今は何より宝石でござる!」
「宝石かあ、でも、何の話──」
「宝石!」
バタン、と。
慌ただしい音を立てて扉が閉まった。
凛が「何だったんだ」と呆れたように呟く。
日向が「村田さん、大丈夫でしょうか」と心配そうに眉を下げる。
栞が、静かに言った。
「座って」
嵐が去り、部屋に残ったのは、栞、玲、剛、誠司、美咲、奏、凛、日向、蹴鞠の九人だった。
栞が指先を動かし、空中に光のウィンドウを再展開する。
精密な大陸の地図が、ホログラムとなって浮かび上がった。
「先に次の進軍の話をしましょう」
玲が、浮かび上がった地図を鋭い目で見据える。
「ピカルナと、レムスか」
「そうね。 帝国の北から侵入する足場。実質的にラストミッション手前」
栞は、冷徹な声で告げる。
「この距離なら、一つのチームで落とせるかもしれない」
玲が、興味深そうに少しだけ前のめりになった。
「北を我々一チームで。もう一チームを南に向かわせる、ということか」
「いいえ。一つのチームで二つ落とすの」
「一チームで?」
栞は、地図の南方を指し示した。
「村田くんにはああ言ったけれど、放ってはおけない。王国南オルカス地方は手付かず。それにソスピロ山を越えると、そこは帝国領よ」
逃げるが吉、後退士。
何が出来るのか分からない。そんな力があるかも分からない。
「速水駆が帝国と繋がっている可能性がある以上、放っておけない」
ただ、繋がっていたとしたら厄介だった。
厄介だと、栞と奏は知っていた。
「つまり、一チームを南に送るって感じか」
誠司の問いに、栞と玲が静かに顔を見合わせた。
そして栞は前回のセレーヌとリュテアの戦いの記録を並べた。
「玲と剛は同じチームの方がいい。アタシたちよりも圧倒的に早く征圧してる」
「……栞はFPSはやらないんだったか?」
「人数やスキル考えたら、MOBAに近いでしょ。 アタシよりも上手く駒を扱えてる」
憧れの栞にそう言われては、玲は悪い気がしない。
確かに剛が必要だと思ったのだし
「分かった。二つの都市を瞬殺してやろう」
「都市を殺してどうするんだ? ま、帝国への足掛かりだ。 確かに早い方がいいな」
これで剛が舞チームに加わって、七人となった。
「南への偵察は、跳躍に優れた蹴鞠。それと分析できるアタシで」
「あら。栞様のお役に立てますの?」
「栞ちゃん、それは危な過ぎます。私が」
「いや。美咲はここに残れ。こっちのが絶対に安全だ」
「誠ちゃん……」
「……助かるわ。それに分析するだけだから。直ぐに戻るのだし」
そしてここで。
「ボクも行くよ。 ゲームみたいな戦いは向いてなかったしね」
凜と日向の視線が交錯した。
だが、瞬発力は凜の方が上。
「剣士が欲しいでしょ。私もそっちに行かせて」
「凜ちゃん」
「大丈夫。 トロル戦の痕跡を見るだけだし。直ぐに戻る。そうでしょ、栞」
栞は目を閉じて、息を吐いた。
「その通りよ。多分……」




