第62話 勇者を一人、見つけました。
下山。帰り道。
トロルはヴォルフの活躍で倒すことが出来た。
フィオナ曰く、忘れ物も見つけたとのことで、やっとミッションコンプリート。
「はぁ」
「どしたの」
「なーんか、戦ってる途中に色々思い出した」
理由は分からない。
サムライ・ディメンションの活躍を耳にしたせいかもしれない。
「あの日々を思い出して、叫んでた」
「ふーん」
シオンは半眼で何故か睨むし。
リーフも頬を膨らませているし。
みんな、やっぱり山登りはしんどいらしい。
「逃げてもいいだろって。 で……」
「忘れられるのがどうとか、言ってた」
「そ。まさか、十年来の付き合いの奴に、忘れたフリされるとか」
二人とも、半目で何かを見つめていた。
オレもそうだ。なんで、イネスさんはあんな形相で
「ってか……。フィオナさん。ぼーっとしてたら、転びますよ」
「……え? す、すみません! 駆……様!」
その時、背後で大きな音がした。
フィオナの金色の髪が跳ねて、オレはその奥を流し見た。
「え……トロルの死体が転がってる! やばくない?」
「知るか。 オレはヴァルシア王国民じゃねぇし」
ヴォルフは相変わらず。
ただ、帝国の教育の深さを感じられる戦いだった。
それは、エヴァンとシオンの顔を見れば分かる。
シオンは疲れてて、半眼だけれど。
「エヴァン。大丈夫そう?」
「下に民家もないし、生きてるわけでもないし、大丈夫だろ。……っていうか、お前、さ」
「ん?」
オレが尊敬するハンターの顔にも、疲れの色が見える。
彼は溜め息を吐き、どこかに視線を流して、こう言った。
「駆。 お前、強くないか?」
オレは軽く肩を上げて、全力で首を振った。
「なわけないだろ。 オレ、マジで死ぬかと思ったんだぞ。 前後運動で」
◇
老シスター、イルマの私室はひどく手狭だった。
石造りの壁に沿って、質素な木棚がいくつも並べられている。
そこには、分厚い聖典が所狭しと積まれていた。
どれも背表紙がボロボロに擦り切れており、何度も読み込まれてきた痕跡が刻まれている。
小さな窓の向こうには、赤く染まった夕暮れの海が静かに広がっていた。
「イルマ様」
フィオナは、泥に汚れた青い首飾りを両手で大切に包み込んでいた。
イルマの前に進み出ると、震える手でそれをそっと差し出す。
老シスターは、その小さな輝きを見つめた。
やがて、しわがれた手でフィオナの手を優しく包み込む。
首飾りを受け取ることはせず、少女の掌に持たせたままにした。
そして、静かに微笑んだ。
フィオナは、その顔を見て大きく目を見開く。
「眉毛が……動いてます」
「久しぶりに、顔の筋肉が動いたようじゃな」
オレは首を傾げた。
「ただ、微笑んでるようにしか見えないけど」
フィオナは目尻の涙を拭い、もう一度、恩人の顔を食い入るように見つめた。
涙は見せたくないのか、振り返らずに叫んだ。
「いつもより眉毛が二ミリも動いてます!」
壁際で腕を組んでいた元帝国兵が、呆れたようにため息をつく。
「動いてんのかよ。二ミリなんて、ただの誤差だろ」
「これは驚愕の動きです」
フィオナが真剣な顔で抗議する。
シオンが「そうなの?」とやはり首を傾げた。
エヴァンが、「すごいのか、それ」と、オレに尋ねる。
オレもまた、「知らん」とひそひそ声で首を横に振っていた。
「で、取り敢えず。報告しとくぞ——」
フィオナの気持ちはさて置き、絶対に今回のミッションの目玉はトロル退治だ。
魔物を見たという報告があった以上は、そっちも詳細に話す。
「だから、安心してって言っといて」
イルマは、部屋に集まった異邦人と若者たちを静かに見渡した。
「まさか、トロルとはの。 あの雪山の巨怪を討ち果たすとは」
「な。みんなで勝ち取った勝利だぞ」
やはり、イルマも倒せとは言っていなかった。
あの場でもそう思った。
でも、倒すミッションだった。
倒さなければ、ヴェルナに被害が出ていた。
サムライ・ディメンションは北にいる。
他に強い奴がいるかはさておき、オレが知っている中で、最強のメンバーが揃っていたのは間違いない。
すると老シスターが、ゆっくりと重く、口を開いた。
「さて……フィオナ」
「はい」
「お前さんにとっての。……勇者は、誰じゃった?」
でた。なぞなぞお婆ちゃん。
思いがけない問いに、フィオナは軽く目を瞬せる。
——勇者。
そういえば、セルノも何か言っていた。
司教クラスに聞いてみた、とか。
そして今、この静かな部屋で。
フィオナは、自身の胸に手を当てていた。
掌の中にある、冷たい青い首飾りをきつく握りしめる。
「勇者は——」
迷いのない、澄んだ声だった。
「お父さんと、お母さんでした」
オレは軽く息を吐いた。
道中での想像は、正解だったらしい。
であれば、と思わなくはない。
イルマが、深い慈愛を込めて静かに頷く。
でも、やはり納得がいかない。
「待ってくれ。異邦人のオレはさておき。ここはエレイン教の土地で、フィニス王国もヴァルシア王国もエレイン教を信仰してて……。確か、ヴァルシア王国と神聖ドミナス帝国に、勇者の任命権があって……」
なんとはなしに、話をぶった切った。
フィオナは、首を傾げていた。
そしてイルマが、鋭い眼差しを、オレではなく、元帝国兵へと向けた。
「ヴォルフとやら、お主は帝国人じゃったな」
「悪いかよ」
「いや……」
イルマは穏やかに首を振った。
「生まれを責めるような教えは、しておらん。じゃが一つ聞きたい。お主にとって勇者とはなんぞや」
オレが顔を顰める中
ヴォルフは、少しだけ間を置いた。
「さっきから速水も言ってるだろ。ドミナス教の聖典に、異邦人がそれだと書かれている。今日だって、あの途方もない巨体を崩す要になったのは、こいつだしな」
フィオナは、元帝国兵の言葉を聞いてから、再びイルマに青い瞳を向けた。
「あの、エレイン教の聖典にもそうありますが、イルマ様?」
「ふむ。そうじゃったな」
「ん……?どゆことだ?」
イルマの目が、遠い過去を見るように細められる。
「じゃがワシはこう思っておる。エレインの子がドミナスの天使に取り込まれたように、エレイン教という教えそのものも、いつしかドミナスの一部を都合よく取り込んでしまったのではないか、とな」
双方が影響を与え合っていた。
元帝国兵が、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「あ? どこまで行っても、婆さんの妄想の域を出ねぇだろ」
「ヴォルフ!」
シオンの手が、容赦なくヴォルフを叩く。
パァン、という乾いたいい音が部屋に響き、屈強な男が僅かに顔をしかめる。
「痛っ。この暴力女」
「教育的指導だからセーフ」
「アウトだろ。 ヴァルシアの教育はどうなってんだ?」
アウトかセーフかは、さておき。
ヴォルフの意見には賛成だった。
「資料が残ってないんだろ。 かもしれないし、違うかもしれない。 後の世でも解釈が変わるパターンだろ?」
イルマは、低く笑い声を漏らした。
さっきの二ミリより、もう少しだけ顔の筋肉が動いたような気がした。
「はて、妄想とな。解釈とな。……少し前までは、ワシもそう思っておったのじゃが」
老シスターの右腕が、力なく、しかし意志を持って鷹揚に掲げられる。
そのしわがれた指先が、オレに向けられた。
部屋にいる全員の視線が、オレへと集まる。
オレは向けられた指先を見つめ、それからイルマの顔を見た。
「フィニス女王は、なんと?」
「さっき話した通りだよ。フィニスだと異邦人が勇者枠。でも、英雄とか冒険者とか……。あれ、英雄と勇者。それから異邦人……」
オレは言いかけて、動きを止めた。
「そう。ワシの考えが変わったのは、お主に出会うてからじゃ」
頭の中で散らばっていたパズル。
ピースが嵌っていく。
パズルが象るのは、一つのキーワードだった。
「あ、そうかっ!」
突然の大きな声に、全員が驚いて顔を見合わせる。
オレだって、そうだった。
イルマ様は、ただのなぞなぞ婆さんじゃなかった。
——オレに、道を示してくれた。くださった。
◇
オレは語る。
「エレイン教もドミナス教も、どっちの言葉を聞いても『異邦人』。でも、ちゃんと『勇者』って言葉もある。それぞれが、別々の響きとして聞こえる」
「……それがどうしたんだよ」
エヴァンが、怪訝そうに尋ねる。
それだって、正解なのだ。
「オレたちがこの世界に召喚された時に与えられた『自動翻訳』だよ。結構いい加減な翻訳だ。同じ意味なら一つに集約される筈なんだよ」
まさかのまさか。
自動翻訳にこんな使い方があったとは。
「異邦人と勇者は、全く別の言葉だ。二つの言葉が、別々の意味で存在してる」
部屋の空気が、ピンと張り詰める。
オレの大演説だ。遠い空からセルノも聞いて欲しい。
「『異邦人イコール勇者』っていうのは、後付けだ。都合よく作った話だ」
誰も、口を開くことができない。
その事実が持つ意味を、各々が頭の中で噛み砕いている。
ここで間を置く。
すると、エヴァンが絞り出すように言った。
「じゃあ、お前たちは勇者じゃないってことか」
そう。
これこそが道。オレの進むべき道。
「オレは勇者じゃなくて、後退士。 ただのスキル持ちの異邦人だ」
それに意味があるかは分からない。
だって、言葉とは変わっていくものだ。
それでも、言いたいことは言える。
「今回の戦いもそうだよ。ヴォルフが始めないと、オレは逃げてたかも。エヴァンだって、シオンだって、セルノだって、リーフだって。怖いのにあの過酷な雪山について来てくれた、フィオナさんだって、みんな十分に勇敢だ」
セルノもきっと、オレへの依頼を止めてくれる。
「フィオナさんを守り抜いた、ご両親だって……。そう、みんな、誰かにとっての勇者なんだ」
そしてイルマ様が、満足そうに深く目を細めた。
「セルノの小僧め。ワシを試すような真似をしおって。小憎らしく育ったものじゃな。あやつの中では、とうの昔に答えが決まっておったのじゃろう。レンの村で、真の勇者たちに救われたらしいからの」
シオンが、誇らしげに肩を跳ね上げた。
来た!
「私の村も、救われました」
「あぁ、その理屈だとそうなるのか」
エヴァンも、すとんと腑に落ちたように笑う。
来た!
「リーフも助けてもらいました。かたき討ちも、手伝ってもらいましたから」
大斧のリーフが、静かに同意する。
フィオナも大きく頷いた。
「なら、私の勇者様はお父さんとお母さん、そして──」
そして?
来た……よな。
この流れって、勇者はみんなの中にあるっていう……
未来を紡ぐ、未来の理を決める剣は、みんなの中にあるっていう……
「あ。フィオナさん、ちょっと待って」
「リーフも言いたい」
「だな。俺にも言わせてくれ」
「け。俺様も仕方ねぇから乗ってやる」
「ほっほっほ。良い心がけじゃな。空でセルノも言いたいじゃろう」
その……、ちょっと待ってくれますか?
これって
「では、一緒に言いましょう。お空のセルノ兄さまと一緒に」
セルノのこともツッコミたいけどっ!
「満場一致だな」
「私たちの勇者は」
「牢獄で出会うってのは、珍しいんじゃね」
王道ですけどぉぉぉおおおお!
「——速水駆こそが、俺たち、私たちの勇者様っ!」




