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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

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第60話 エレイナス山脈の魔物

 イルマからの依頼。

 エレイナス山脈の南側。

 その山単体を、ソスピロと呼ぶらしい。


 魔物が現れたという急な知らせが入ったので、それを見に行って欲しい。

 因みに、魔物に対しての討伐命令は出ていない。

 実際、イルマは「フィオナの忘れ物を探して欲しい」という依頼を出す予定だったのだ。


 その日はもう遅いという事で、オレ達は寝床に通された。


「なんか……めっちゃ過ごしやすくね?」

「カルネに不満か?」

「不満はないけど。なぁ、ヴォルフ」

「俺に聞くな」


 教会、修道院。男女は当然別で、オレ達は男部屋に詰め込まれた。


「なんで聞いちゃいけないんだよ」

「…………眠い。寝る」

「こいつ……」



 翌朝、フィオナが教会の前で待っていた。

 純白の修道服ではなく、動きやすさを重視した厚手の旅装に身を包んでいる。

 背には小さな鞄を背負い、両手を前で組んで静かにオレたちを待っていた。

 隣にはシオンが眠そうに、リーフがどっしりと立っていて、ここでオレは気付いてしまった。


「男女比が同じ……」

「一人は修道女だぞ」

「もう一人は、シオンだが」


 昨日のような激しい動揺は消え、落ち着いた顔つきになっている。

 だが、元帝国兵の屈強な姿を視界に収めた瞬間だけ、その瞳の色が微かに揺らいだ。


「改めて、フィオナといいます」


 朝の澄んだ光の中で、彼女の顔立ちがはっきりと見えた。

 艶やかな金色の髪。

 透き通るような青い瞳。

 抜けるように白い肌。

 ヴェルナの村人たちとは、一線を画す外見だった。

 南方の海沿いで潮風に吹かれて育ったにしては、あまりにも──。


 オレは、その思考を頭の隅へと追いやった。


「あ、あらためまして、速水駆と申します。カペーでも、どっちでもいいです」

「急にどうした。ま、いいか。エヴァンだ」

「シオンです」

「お前は要らないだろ。同じ部屋で寝てたんだし」

「リーフはリーフ」

「まぁ、いいか。って、おい」


 ヴォルフが、鋭い眼差しで修道女を見ていた。

 彼女もまた、怯むことなくその目を見つめ返す。


「んだよ、改まって。帝国人のヴォルフだ」


 ぶっきらぼうな名乗りだった。

 フィオナは一瞬だけ彼の胸元の紋章に視線を落とし、それから静かに前を向いた。


「ソスピロ山へのルートは分かっています。ご案内します」


 迷いのない足取りで、修道女は歩き出した。


 ◇


 南にそびえる山脈は、遠目に見る分にはひどく穏やかな姿をしていた。

 緑が豊かで、稜線もなだらかに丸みを帯びている。

 決して、人を拒むような険しい山には見えなかった。

 ヴェルナを出発して南へ歩を進めながら、オレはすっかり油断していたのだ。


 浅はかな考えは、山道に足を踏み入れて半刻も経たないうちに消え去った。


 とにかく、きつい。

 道幅は人一人がようやく通れるほどに狭く、無数の石が転がり、傾斜が尋常ではない。

 一歩踏み出すたびに、足の筋肉が悲鳴を上げた。

 激しい息切れで、視界がチカチカと点滅を始める。


「ソスピロとは溜め息という意味だと聞きます」

「溜め息? 確かに溜め息しか出ない……」


 すると、フィオナは溜め息を吐いた。


 明らかに、明確に、好感度ダウンの音がした……気がした。


「カペー、何考えてる」

「何って、ここは異世界ぞ!」

「カペーにとっては異世界。私たちは普通の世界」


 明らかに、明確に、好感度ダウンの音がした……気がした。


「駆。リーフに掴まる?」

「いや。大丈夫。リーフは凄いな。こんな坂道に鉄塊を」

「……リーフは馬鹿力じゃない」


 明らかに、明確に、好感度ダウンの音がした……気がした。


「ちょ! これは気のせいじゃない? そういう仕様の山ってこと?」


 もしくは、オレの中に実はこっそりと隠し持った、恋愛脳かもしれない。

 ここに来て、羊皮紙に書き込まれていることだろう。


 逃げるが吉。そして、後退士と。


「変わってないし! 好感度的に後退とか言うなよ!」

「おい。口に出てるぞ。っていうか、ステータスが上がったんじゃないのか?」

「こっちが知りたいよ。お前らのステータスを見せてみろってな」


 さっきのシオンの言葉の通りだ。

 彼ら、彼女らにとって、ここは日常だ。

 多くの木々が生い茂り、壁にしか見えない山が聳え立つ。


「ヒョロガリのオレが生きられるのはスキルのお陰……」


 その時、オレの頭の中に啓示のような閃きが走った。

 山道──急な傾斜──斜面。


「そうか! あの斜面移動の──」

「くっくっく」


 低く嗄れた笑い声が、険しい山道に響いた。

 振り返ると、常に仏頂面だったヴォルフが、珍しく口角を吊り上げている。


「分かったぞ。テメェの力が活かせるんじゃあねぇか?」

「そうか、分かったぞ」

「この斜面移動を使えば、楽に山登りが出来るなぁ!」

「オレの力が活かせる」

「ヴォルフに全部先に言われてるぞ。俺たちも思ってたし」

「う、オレが言う前に言われた! みんな、そう思ってたのかよっ」


 オレは煮え切らない返答をして、全員分睨みつける。

 乱れた息を整えながら、エヴァンが呆れたように間に入る。


「お前ら、息が上がってるのに文句だけは一人前だな」

「カペーはともかく、ヴォルフは普通に余裕そうね」


 シオンの指摘通り、男の呼吸は全く乱れていなかった。

 歴戦の強者というのはこういうものか、と妙に納得してしまう。


 それよりも、だ。


「普通にしんどい!」

「当たり前です。山ですから」


 前を歩く修道女が、振り返りもせずに正論を突きつけてきた。


 隣を、リーフが通り過ぎていく。

 巨大な戦斧を肩に担いだまま、大股で、淡々と斜面を登っていく。

 息一つ乱れていないし、汗すら滲んでいない。

 ただ黙々と前だけを見据え、機械のように歩を進めていた。


「だが、オレも……」


 ズズズズッと後退する。

 カチカチカチ……


 そう。オレにはこれがあるのだ。

 先にヴォルフに言われたけれど


 斜面を後ろに後退して、前に飛び出すっ!


「おお!」

「カぺーずるい」


 ズズズズッと後退する。

 カチカチカチ……


 重い足取りのエヴァンが、オレの隣に並んだ。

 彼もかなり息が上がっている。

 オレと同じくらいしんどそうにしている仲間がいることに、少しだけ安堵した。


 だが、彼を追い抜く。


「お前、神の祝福が一段階上がったんじゃないのか」


 ズズズズッと後退する。

 カチカチカチ……


「任せろ。上り坂とオレは相性抜群だ」


 ズズズズッと後退する。

 カチカチカチ……


「カペーズルい」

「駆。ズルいです」


 エヴァンは何か言いかけて、やめた。

 だが、オレは前を行く。


 ズズズズッと後退する。

 カチカチカチ……


「駆。全然前に進んでないぞ」


 それは、そう。

 そして、オレの耳には、ドゥゥゥンという


 好感度が下がる音が聞こえ続けていた。


 ◇


 標高が上がるにつれて、肌を刺す空気が冷たくなってきた。

 ヴェルナを出た時は穏やかな朝の陽気だったのに、中腹では風が凍りついている。

 木々の間から吹き下ろす冷風が、じわじわと体温を奪っていった。


「魔物……どこにいるんだよ」


 するとシオンが、ピタリと立ち止まる。

 目を閉じ、何事かを小さな声で呟き始めた。

 精霊に語りかけているらしかった。

 しばらくすると、周囲の空気がふわりと変わる。

 刺すような風が柔らかくなり、凍えていた体の芯が、ほんの少しだけ温かくなった。


「精霊が、暖かくしてくれる」

「マジ? ありがとう、シオン」

「私ではなく、精霊にお礼を言って」

「精霊さん、ありがとうございます」

「……カペーって、こういうところだけは素直」


 前を歩いていたフィオナが立ち止まり、オレたちを振り返った。

 それから、胸の前で両手を組み、静かに祈りの言葉を口にする。

 慈愛の女神エレインへの、短くも純粋な祈り。

 その言葉が虚空に溶けた瞬間、さらに周囲の空気が変わった。


 温かい。

 精霊の加護と修道女の祈りが重なり合い、厳しい山道の寒さが嘘のように和らいでいく。


「二人がいると、心強いな」


 エヴァンの素直な称賛に、フィオナは少しだけ照れたように頬を染め、すぐに前を向いた。


 ちなみにヴォルフは、最初から寒さを感じていないようだった。

 裏山の岩でも登っているような平然とした顔で、黙々と歩き続けている。


 昼を過ぎた頃、道がさらに細く険しくなった。

 両側から荒々しい岩肌が迫り、足元に転がる石も大きな岩へと変わっていく。

 視界を遮っていた木々が減り、灰色の空が広く見え始めた。

 吹き荒れる風が一段と強くなる。


「あ……。また、好感度下がった……どんどん下がってく」

「さきほどから何の話ですか?」

「ドゥゥゥン、ドゥゥゥンって。ほら」


 先導するフィオナの足取りはとても慣れていた。

 荒れた山道を歩くその動きに、一切の迷いがない。

 ここを熟知している人間の、確かな足の運びだった。


「私には聞こえませんが」

「ん。そうなのか……。ってか、慣れてね? この山、来たことある?」


 修道女は、少しだけ間を置いた。


「昔、イルマ様と一度だけ」

「あのなぞなぞ……イルマさんと?」

「はい」


 それだけ言うと、彼女は口を閉ざして前を向いた。


 オレは、それ以上聞くのをやめた。

 忘れ物が形見、という重そうな言葉が脳裏をよぎる。


「ま。違う意味だろ」


 そう。オレも、人種の違いを意識し始めていた。

 フィオナは、誰とも違う。


 髪の色と目の色はシオンに近いが、何かが違う。

 そして、南部はラトン。

 イルマやセルノ、そしてイネスのような人種が暮らしていた場所。


「気のせい、気のせ……。また好感度が……」


 オレは目を剥いた。

 胸を押さえて、何度か確かめた。


 男女が同数になったことで、きっと異世界気分だと取り違えていたのだ。


 オレの逃げるが吉。逃げる特化の能力は、身の危険が迫ると——


「駆!」

「わ、分かってる!」


 その時、シオンが真っ青な顔でオレの名前を呼んだ。


 同時に、重い音が響いた。


 頭の中で聞いたのと、少し似ているが、絶対に違う。


 ただの落石などではない。


 地面を叩き、山そのものを鳴らすような不気味な足音が響く。


「今までにない感覚……。これ、ヤバいのかも」


 エヴァンが、瞬時に弓を構えて弦を引き絞る。

 ヴォルフが無言のまま、オレたちを庇うようにスッと前へ出た。

 リーフが大斧を両手で握り直し、腰を落とす。


 荒々しい岩の向こうから、巨大な影がヌッと姿を現した。


「ヤバいよねっ!」


 途方もなく、でかい。

 人のような形をしてはいるが、決して人ではない。

 見上げるほどの背丈は、六メートルはあるだろうか。


 硬い岩石のような分厚い皮膚に、知性の欠片もない濁りきった目。

 丸太のように太い腕は、だらりと地面に届きそうなほど不気味に長かった。


 フィニスの異邦人ギルドで、上位に食い込んでいた。


 一匹で街を壊滅できるという噂の


 ——トロルという化け物だった。

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