第57話 交錯する故郷の戦士
ヴァルシア王国南西部への道。
前半は、思っていたよりも悪くなかった。
先ず、レンとの道が出来たのが大きい。
馬車は通れないが、人が通るには偶に腰を下ろせる切り株が有難い。
「よく考えたら、この先に三つの集落もそうじゃん」
エルタがヴァルシア王国南部中央なのだ。
森の狩人エヴァン、森の妖精みたいなシオン、森のヴァイキングみたいなリーフそして、訓練された元・帝国軍人ヴォルフ。
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並んで歩くと正にソレ。オレだけ違うけど。
各々がそれっぽい服装だから、コミケ勝負服の普段パーカーがひときわ浮く。
「最初から分かってたけど。 マジで帝国が絡んでたのかよ」
「魔物が全然出ない。 おーのーれー帝国人」
「やめとけ、シオン」
人が管理していたとなると、景色がガラリと変わる。
「分かってんのかよ」
「大体、気付いてたぞ。 大体、帝国が悪いってな」
「なんだ、そりゃ。 フィニス王国とは揉めてんだから、当然か」
殆どのオタクなら、これ。帝国が悪いよね、と内心で思っていた。
帝国がゴールと言われたら、そこで何かあるんだろうな、とか考えていた。
「その紋章、外した方がよくない?」
「嫌だ」
「なんでだよ」
「ドミナス教の戦天使イリアスのシンボルだ。元はエレインの子、イリアスだ。不敬でもなんでもない」
オレは少し考えた。
「……セルノに言ったら、なんか言いそう」
「言いたければ言えばいい。我らが主はドミナスただ一人。あとは前の神様とかだ」
オレは再び前を向いた。
面倒なことや難しいことは、全部セルノに聞けばいい。
肝心のセルノ本人は、遠く離れたカルネの村にいるわけだけど。
とにかく、魔物が現れないから、ただの森林浴でしかなかった。
問題は、その先。
街道に出たのは、昼過ぎのことだった。
舗装された道路が突然現れる。
東西に延びる、馬車道だ。
「人がいる」
「この辺はそのサムラなんとかが解放して、もう数か月経ってるしな」
解放されたら、魔物が居なくなる。
帝国軍人がいなくなるからだ。もしくはヴォルフのように捕まえられるか。
「カペー、変装!」
「おう」
人通りは少ないが、決してゼロではない。
遠くに、行商人らしい素朴な荷馬車の姿も見えた。
「急いで通り抜けよう」
「日暮れまでに、次の村まで行くか」
「走れば行けると思う」
エヴァンの問いにオレが頷いた、その時だった。
馬の蹄の音が聞こえた。
それも複数。そして、異様に速い。
規則正しい足音が、街道の向こうから一直線に向かってきていた。
シオンが、ピタリと足を止める。
「カペー」
「分かってる」
オレは目を細めた。
左、つまり東側。
街道の向こうに、馬の一団が土埃を上げているのが見えた。
フィニス王国の紋章が描かれた旗が、風に靡いている。
隊列の中央には、豪奢な馬車が一台。
その周囲を、武装した騎馬の護衛が隙なく囲んでいた。
先頭を駆ける人物の、風に揺れる紫の髪が見えた。
オレの身体が、一瞬だけ硬直する。
イネスだった。
◇
イネスは、馬を直進させながら鋭く前方を見据えていた。
ヴァルシアの王都での晩餐会の帰りだった。
背後の馬車には、女王と宰相が乗っている。
「ロベール・ド・アルンの大破門が決まりました。これでもう何も出来ません。何を言われても——」
「これであの子たちを安心して、帝国に送り出せます」
「いえ、陛下。まだ油断してはなりません。領地を奪われて鼠が、このまま終わるとは思えませぬ」
「大丈夫です。私はイネスを信頼しています」
左右を固めるのは、近衛の騎士たち。
イネスは警戒をしつつ、迅速に行動できるよう、単騎で先行していた。
大破門により、ロベールは領地を失った。
ヴァルシア王国内での活動も出来なくなった。
王が戻ったわけではないので、訴えるとしたらエレイン教会しかない。
領地を壊されただけでなく、通報した女王に強烈なカウンターを喰らった。
サムライ・ディメンションの活躍と、普段のロベールの素行の悪さも手伝って、見事に完封勝利を手にしたルシア。
ディメンションズたちはヴァルシア王国の北東にいる。
狙うなら、ここしかない。
「少し、辺りを偵察してくる」
「はっ!」
その時、前方に小さな人影が見えた。
得体の知れない五人組だった。
イネスは目を細めた。
その中の一人。帝国軍人の影が見えた。
「馬車を止めろ。 陛下、少しお待ちを」
凛とした声に、護衛の騎士たちが一斉に手綱を引く。
馬車もまた、静かに停車した。
イネスは一人、馬を前へと進み出させる。
「ロベール。帝国との繋がりがあるという話だったか」
馬を走らせる。
すると五人の視線が、こちらを向いていた。
ほんの一瞬だけ。
次の瞬間、彼らは弾かれたように背を向け、走り出した。
イネスは無言で馬の腹を蹴る。
街道を外れ、脇の草地へと踏み込んだ。
「逃げる。しかも南か……」
南に目をやると、エレイナス山脈が見える。
大陸斜めに走る背骨の向こう側、そっちは帝国領だ。
「待て! 帝国人!」
五人の影が、木々の間を縫うように走っている。
信じられないほど、速かった。
いや、単純な脚の速さではない。
だが、南へ続く細い道は単騎なら馬も走れる。
馬で追いつけない速さではない。
が。
「ヴォルフ! これ着ろ!」
「今更かよっ!」
一人の男が外套を自らから剥がし、帝国人に投げつけた。
イネスは目を剥いた。
「駆……!」
灰色のフードが跳ねる。
いろいろとパッチワークされているが、流石に二か月も見てきたんだから分かる。
「何故、帝国人といる。 駆っ!」
今更変装した帝国軍人を追うか、それとも速水駆を追うか。
迷う理由はなかった。
国の簒奪者にして、帝国のスパイ。
異邦人十一人が、あいつは知らないと言った。
イネスが頭をこね繰り返しても意味はない。
異邦人が知らないと言った以上、異邦人ではない。
ロベールの主張は、十一人が違うと言ったから、棄却されたのだ。
「貴様をここでっ!」
その時、男は軽く飛んで、翻った。
そして、正面に見据える。
間違いなく、速水駆だった。
陽光が僅かに零れ落ちる森の中に、
カチカチカチカチカチ…………
軽薄な機械音が鳴り響く。
「イネス……さん……」
鋭い眼光だった。
あの時とは違う顔をするようになった。
「カルディナを越えられなければ、ただの簒奪者……」
イネス自身の役割の外で、強い顔をするようになった。
「カルディナを越えて、なお生きるは……」
「あの時は……」
異邦人に告げてはいなかったが、あの魔物は帝国が使役していた。
生き延びた。そして今、帝国軍人といるという事は、
「——帝国人がっ」
「——ごめんなさいっm(_ _)m」
一瞬で、見失った。
でもそれは、目の焦点が追い付いていないだけだった。
すれ違う。
そして、言葉の意味が耳朶に響く。
よく分からない、謝罪の言葉も含まれていた。
ぺこりと頭を下げたような気がした。
「何?!」
急いで振り返るが、在り得ない速度で背中が遠のいていく。
やがて、イネスはゆっくりと手綱を緩めた。
四人は見失った。
たった一人を追いかけていたから。
その一人も見失う。
彼女はしばらく、その場にじっと止まっていた。
アイツ、と呟く。
このような辺境で、何を企んでいるのか。
彼らが向かっていたのは、南西の方角だった。
地図が正しければ、ヴェルナの地まであと半日ほどの距離。
でも、今のはなんだとも胸がざわついた。
「異邦人が……異邦人を追放した? いや……そんなことは」
イネスは静かに馬を返し、街道へと戻った。
馬車の傍らへ寄り添うと、小さな窓が音もなく開く。
宰相バルドの、皺だらけの顔が覗いた。
「何がありましたか」
「……魔物がうろついていたので、排除しておきました」
バルドの濁った瞳が、一瞬だけイネスを射抜く。
しかし老人は何も言わず、窓は再び静かに閉ざされた。
イネスは前を向く。
「参ります」
号令と共に、豪奢な馬車が再び動き出した。
◇
鬱蒼とした木々の中で、オレたちはようやく足を止めた。
全員、肩を上下させて息を切らしている。
オレはたまらず、膝に手をついて荒い呼吸を整えた。
「速い。なんで馬より速いんだ」
エヴァンが、信じられないという顔でこちらを見ている。
「あの逃げる力が、また一段階強くなったみたいでさ」
「また理不尽な力が上がったってことか……」
シオンが、疲れたように太い木の幹へ背中を預けた。
「あれ、フィニスの騎士団長?」
「うん」
「駆を狙っていたな」
「うん」
「物凄い執念だったぞ」
オレは少し考えた。
「あぁ……だから。 前も言ったろ。 オレ、めちゃくちゃ足引っ張ってたから」
シオンが、不思議そうに小首を傾げる。
「今でも信じられないけど」
息を整えたヴォルフが、静かに腕を組んだ。
「流石にヤバかったな」
「だいたいお前のせい」
「ていうか、プライドはどこいったんだ?」
「怖ぇだろ! それにフィニスの騎士団長は、帝国南部の血を引く」
オレは磨り減ったスニーカーから、土を落とした。
それはそう、と溜め息を漏らした。
マジッククローゼットは使えないのだ。
「イネスさんたちって、南部。 ラトン人って南の生まれってこと?」
「あぁ。古代文明から続くラトンの血だ。 エレイナス山脈の南。帝国の南領は日差しが強く、褐色の古い血が混ざる土地だ」
イネスの紫の髪と、美しい褐色の肌を思い出す。
なるほど、やはり。そういうことか。
リーフが、どすんと音を立てて大斧を地面に置いた。
どうやら、そのまま座り込む気らしい。
「追ってきませんね」
「追って来られたら困る。 マジで簒奪者って言われたし」
「逃げ切りましたか」
「帝国のスパイとも言われたし。……ってか、どうやったら忍び込めるんだよ」
エヴァンが、柔らかい草地の上にどっかりと腰を下ろした。
「神出鬼没だからな。魔物ってのは」
「けっ」
オレも、座り込んだ。
葉擦れの隙間から落ちる木漏れ日が、草地の上にまだらな模様を描いている。
遠くで、名も知らぬ鳥の声がした。




