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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

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第56話 セルノは後援が欲しい

 木造の教会は驚く速さで立派に変わっていく。

 偽司祭であることを胸にしまっているセルノにとっては、張り裂ける思いだった。

 何度も断ったが「木が余ってる」、「燃やしちまうくらいなら」と言われる。


 豪華なモノは一つのない。

 だが、人の仕事は貴金属とは違う、富の形である。

 結果として、立派な教会が出来てしまった。


 精霊に愛された木々に囲まれ、かぐわしさにくしゃみが出そうになる。

 それか、遥か東方で、手紙でも読まれているのか、とセルノは自嘲気味に笑った。


「ヴォルフは相変わらず、口を割ってくれない。駆殿はあんな性格ですし」


 生真面目な修道士が、いかにも改まった顔つきで手紙と睨めっこしていた。

 そのペンを止め、ふうと息をついた。

 セルノには誤算だったのだ。

 サムライ・ディメンションと名乗った、勇者たちの活躍と、その後の貴族たちの連動に頭を抱えていた。


 一番大きな誤算は、アウレリウス司祭の名前が本部からの手紙に混じり始めたことだった。

 彼が本来の教区に戻れば、間違いなく民を連れ戻しに来る。

 

 ただし、聖書を正義とするセルノだからこそ、自分たちの行動を後悔はしていない。

 弱者に手を差し伸べるのは、エレイン教の本質なのだ。


「穏やかじゃ……ないな」


 カルネを守ることは、駆との約束だ。

 だが、枢機卿団の動きは早く、このままだと本当に異端者に対する聖戦が起きてしまう。

 起きたら最後、自分だけでなく、簒奪者速水駆も間違いなく、裁かれる。


「なんとかしなければ——」



 今日のセルノは様子がおかしい。

 いつもなら雑然としている机の上からは、厄介な手紙の束が綺麗に片付けられている。

 羽根ペンも、インク壺も、几帳面に端へと寄せられていた。

 代わりに、組まれた両手が机の中央に置かれている。

 その真っ直ぐな視線が、オレを正面から捉えていた。


 嫌な予感しかしなかった。


 こういう折り目正しい人間が、わざわざ居住まいを正す時というのは、大抵ろくでもない厄介事を持ち込まれると決まっている。


 昔見たアニメでも漫画でも、そういう相場だった。


「駆殿」

「……はい。なんでしょう」

「ひとつ、頼まれてはくれませんか」


 ほら見ろ、やっぱりそういう顔だった。

 彼が淡々と語った内容は、概ねこういうことだった。


 この大陸の南西に位置する地域が、未だ手付かずのまま放置されているらしい。

 王国の軍勢が進軍するルートから外れており、誰も向かおうとしない空白地帯。

 そこに、ヴェルナと呼ばれる地があるという。


 どうやら、彼の生まれ故郷らしかった。

 その場所に、オレを派遣したいのだという。


「後ろ盾が必要だと判断しました」


 真摯な声が響く。


「私一人の名前では、動けないことがあります。しかし駆殿が動いた実績があれば、話が変わります」

「でも、セルノは来ないの」

「私はここを離れられません。……離れることが出来ません。備えは必要です」


 その横顔には、揺るぎない覚悟のようなものが滲んでいた。


「カルネには今、多くの民が集まっています。私がいなくなれば、困る人が出る」


 オレはしばらく黙り込んだ。

 真剣に考えたというよりは、一体何をどう考えればいいのかが分からなかっただけだ。


「それにサムライ・ディメンションの勢いが」

「サムライ・ディメンション? 何その、クソださチーム……、って! 一つしか追いつかない……」


 オレが大声を上げると、セルノは不思議そうな顔をした。

 ただ、それは刹那の時間。直ぐに元の真っ直ぐな顔に戻った。


「本部によると、サムライとは」

「大体分かる。十一を漢字で書いてんだろ」

「か、駆殿は心が読めるのですか?」

「読めない。逃げる、だけ。ソレ、ちょっと古いけど、常識。っていうか、わざわざ、十一にしやがって、アイツら」


 流石になんかムカついた。

 だから、勢いで聞いた。


「で、何したらいいの」


 予想外の即答だったのか、生真面目な男が少しだけ目を丸くする。

 もっと根掘り葉掘り、状況やリスクを聞き返されると身構えていたのだろう。


「逃げてください」

「は? いや、何から」

「……す、すみません。私としたことが。ヴェルナの修道女に手紙を渡して欲しいのです」

「それだけ?」

「それだけです」


 オレは軽く頷いた。


「分かった」

「う……受けてくださるのですか?」


 オレにとっては、それだけ聞ければ十分すぎるほどだった。

 セルノがカルネのことを思っていることは分かる。

 しかも、今回はオレのためを思ってるっぽい。

 そもそも、ヴェルフを連れてきたという負い目もあった。

 アルンの要塞を壊してしまった負い目もあった。

 流石に、アレはオレでも不味いと思っていた。


 きっと、その尻ぬぐいだ。ならば、頼まれたことはこなすだけ。


「ちょっと待って」


 不意に、呆れたような声が横槍を入れた。

 振り返ると、部屋の入り口に気心の知れた仲間たちが立っている。

 いつからそこに居て、どこから話を聞いていたのか。

 口を挟んだシオンが、ずかずかと一歩前に出た。


「ヴェルナって、南西よ」

「そうです」

「フィニス王国の近くじゃないですか」


 この村では新顔のリーフも乗り込む。

 修道士が、気まずそうに少しだけ口を噤んだ。


「指名手配者がうろつける場所」


 エヴァンも腕を組みながら、深く同意するように頷いた。


「シオンの言う通りだぞ。駆、お前。今、女王の名前で手配されてるんだぞ」


 オレは改めて少し考えてみた。

 確かに彼らの言う通りだ。

 簒奪罪という、大層な罪名で、絶賛お尋ね者になっている身である。


 そんな状態で王国の膝元をうろうろしていれば、あっさりと捕まってしまうかもしれない。


 修道士の真っ直ぐな視線が、再びオレを捉える。


「だから、逃げてください」

「あ……。さっきの逃げてってもしかしてここに繋がる?」

「はい。先走りました」


 シオンが深々と溜息をつき、大袈裟に額へ手を当てる。


「そういう意味じゃない」

「でも、逃げるのは得意だよ」

「それは知ってる。そういう話じゃなくて」


 話が平行線を辿りそうになったところで、エヴァンが慌てて割って入ってきた。


「要するに、捕まったらどうするんだってことだよ。フィニスの近くで捕まったら、そのまま城に連れて行かれるぞ」


 確かにまずい展開かもしれない。

 どうしたものかと腕を組んでいると、今度は部屋の隅から低く嗄れた声が響いた。


「だったら俺も行くぞ」


 声の主は、ヴォルフだった。

 壁に背を預けたまま腕を組み、相変わらず何を考えているのか分からない。

 シオンが勢いよく振り返り、声を張り上げた。


「もっと駄目」

「なんでだ」

「帝国軍人」

「元だ」

「紋章、まだつけてる」


 指摘された男は、自分の胸元に刻まれた忌まわしい紋章をチラリと見下ろす。

 だが、それを隠そうとも外す気配も見せず、そのまま再び腕を組んでしまった。

 シオンが、頭痛を堪えるように深く深呼吸をして、半眼で睨む。


 だんだん、収拾がつかなくなったところで、セルノが陥落しそうになった。


「確かに今は時期が悪いです」


 その時だった。


 オレの中の何かが、パンと浮かび上がった。


「時期が悪いオジサンならぬ、時期が悪い修道士!」

「はい……?」

「みんな、よく聞け。 時期が悪いは信用できない。 そう考える今が、実は一番時期が良いんだ」

「駆。一体、何の話だ?」


 全員の視線がオレに集まった。

 何の話? グラボとか半導体だっけ?


 この意味不明な間。


 一人、理解していない者がいた。


「セルノ様、ご安心してください。 駆が時期が良いと言ったら、時期がいいんです。 前も、タイミングばっちりでした」


 有無を言わさぬ、意味不明さだった。


「リーフの斧で粉砕しますから」


 それは有無を言わさぬ、暴力であった。

 やがて、エヴァンが引きつった顔で口を開いた。


「それは砦だけにしておこうな」


 少女は、小首を傾げる。

 そして、リーフの言葉が全員に突き刺さる。


「リーフも……時期を逃して、お母さんを失いました」


 沈黙が流れた。

 修道士は静かに目を閉じ、そしてゆっくりと目を開く。


「そうですね。サムライ・ディメンションの活躍を考えると早い方がいいかもしれません」


 諦めにも似た落ち着いた声で、彼は確認するように問いかけた。


「皆さん、行くということですか」


 その場にいる誰も、言葉を返して否定しようとはしなかった。

 シオンが「駄目とは言いましたが」と小さく毒づく。

 エヴァンも「まあ、駆一人で行かせるのも」と苦笑いを見せる。

 壁際の元帝国兵は、相変わらずの沈黙を保っている。

 リーフに至っては、頼もしげに戦斧の柄をギュッと握り直していた。


 オレは、その顔を順番に眺めていく。

 なんだかよく分からないが、気がつけば全員が同行することに決まっていたらしい。


「で、セルノ」

「はい」

「ヴェルナって、どんなところ」


 修道士は、少しだけ間を置いた。

 遠い過去を呼び起こすような、静かな響きだった。


「南西の、小さな地です。海に近い。私が子供の頃は、もっと人が多かった」

「今は?」

「帝国の影響で、人が減りました」


 その声は、どこまでも凪いでいた。


「それでも、行って欲しいんです」


 目の前にいる生真面目な男が、失われつつある故郷を憂いている。

 自身の立場上動けないからこそ、オレに希望を託して頼み込んでいる。


 しかも時期が悪いオジサンになりかけている。

 それだけは、痛いほど伝わってきた。


「じゃあ、行こう」


 修道士が、微かに目を細める。

 張り詰めていた空気が、ふっと緩んだような気がした。


「……ありがとうございます、駆殿」

「逃げるのは得意だから」

「存じております。イルマという修道女に会って来てください」


 どう好意的に考えても、穏やかな道中になる気配は微塵もなかった。


 でも、まあいい。


「サムライ・ディメンションとかいう、オレに喧嘩売ってるやつらに時期がいいオジサンはとらせない!」


 あと、面倒なことや難しいことは、全部セルノに丸投げしてしまえばいい。

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