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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

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第54話 ディメンションズのセレーヌ解放戦

 セレーヌ解放戦が始まる。

 長く青い髪。いつもと変わらないロングセーター。

 現代であれば、普通の服だが、ここでは余りにも浮いていた。


 だが、彼女がリーダーである。


「同時進行で、ディメンションズ舞が戦ってる」

「だねぇ」

「この戦いで掴むわよ」


 ここには、ワーグの臭いが立ち込める。

 水気を帯びた獣特有の臭気に、腐敗臭がどろりと混ざり込んでいる。

 生者の理から外れたアンデッドが、近くに潜んでいる確かな証拠だった。


「水の都ではありませんこと?」


 貴族風の女は不快そうに鼻先を僅かに動かし、解放間近の街路の先を睨み据える。

 敷き詰められた石畳の向こう、崩れかけた建物の深い影から、血のように赤い眼光が覗いていた。


「まだ、魔物だらけだし」


 凜が不満を漏らした。


 二対。

 いや、三対。

 さらにその後方からは、別の重たい気配が押し寄せてきている。

 微かな地鳴りが、足元の石畳を震わせていた。


「でしたら、いきますわよ。跳ねるが吉、レベル4ですわ」


 豪奢なドレスの裾を優雅な所作で僅かに持ち上げる。

 幾重にも重なった布地がふわりと広がり、赤黒い夕暮れの光を孕んで柔らかく揺れた。

 足場となるのが自身の体重のほんの一割にも満たない瓦礫の破片。

 彼女の特異な体術は、重力を無視して機能する。

 崩れかけた街路においても、蹴鞠の力は活かされる。


「ほんと、災難だよね」


 和装の青年がゆっくりと眺める。

 色素の薄い長髪が、湿った風に流されていた。

 青い瞳は街路の先を向いているようでいて、実際には何も捉えていない。

 その焦点は、ここではないどこか遠くを彷徨っていた。


「別に。生きていることくらい分かっていたわ」


 ひどく鬱陶しい。

 少女は、内心で冷たく吐き捨てた。

 命のやり取りを前にして、そのような気の抜けた顔は到底容認できない。


 ここは、都合よくやり直しの効く破廉恥な遊戯の世界ではないのだから。


「栞、駆の話はあとだ。——行くぞ」


 前衛を担う巨漢の声が、空気を震わせた。

 半分翡翠色の髪を揺らし、分厚い筋肉の塊が前方へ飛び出していく。

 見慣れぬ意匠の外套が硬質化して装甲へと変異する。


「跳ね返すが吉、レベル4!」


 彼が大音声を轟かせると、敵の敵意が完全に固定される。

 味方へ向かうはずの牙や爪の軌道がぐにゃりと曲がる。

 その全てを、己の装甲へと吸い寄せられていった。

 盾のように構えられた丸太のような両腕が、闇から飛びかかってきた巨体を正面から受け止める。


 凄まじい衝撃。


 だが、その一撃を身に受けた瞬間にだけ、彼の肉体は規格外の反撃力を得る。

 殺意の矛先を一身に肩代わりして被害を半減させながら、受け止めたワーグの牙を力任せに押し返した。


「このまま行くぞ」


 そこまでは良かった。


「剛君、待って──」


 後方から、焦燥に満ちた声が飛ぶ。

 とは言え、剛は制止の言葉など耳に入っていない。

 一気に戦線が引き上げられていく。


「美咲、駄目」


 慌てて後を追う仲間の、琥珀色に輝く髪が後光のように美しく宙を舞う。

 彼女が手にしたのは、可憐な見た目には不釣り合いな打撃武器だった。


 エレイン教会聖騎士団最高位のエンブレムが刻まれたメイスだ。


 清く叩き込むたび、その一撃は本来の力を遥かに超えた重さを伴う。


「大丈夫。私だって——」


 魔を打ち据え続ける。

 すると、彼女の身体から溢れる治癒と支援の光が自動的に増幅される。


「……ちゃんと考えてますよ」


 前衛たちを温かく包み込んでいく。

 蹴鞠は、呆れ果てて小さく息を吐き出す。

 美咲にではない、後ろの男。


 また、いつもの悪癖が始まった。


 突出した彼らの背後へ向けて、死角からアンデッドが三体同時に動き出す。


「奏。後ろですわよ」


 生者の命を刈り取り、死しても終わらない、執拗な足取り。

 斬り伏せても、骨を砕いても、泥濘むように再び立ち上がってくる。

 それが、死霊の呪いによって縛られたアンデッドの恐ろしさだった。


「しゃんとなさい」


 短い叱責を飛ばした時には、奏は既に動いていた。

 愛用のリュートの弦が、冷たい空気の中で鋭く弾かれる。


 不可思議な旋律の囀りが響く間、敵の動きは泥のように重く削り取られ、逆に味方の身体能力は目に見えて引き上げられていく。


「衣装が汚れちゃわないようにね」


 放たれた音が目に見えない波紋となる。

 死霊たちの動きが呪縛されたように完全に停止した。

 琥珀髪の少女が連続で打撃を叩き込み、朽ちた骨肉を粉砕する。


「奏君、避けて」


 援護を終えた男の、すぐに近くに女が滑りこむ。

 それを気にしていないふうに、男は虚ろな目で遠くの空を見つめる。


 風を切る音。


「私が守るから」


 漆黒の豪奢な布地を夜風に翻す。

 冷徹な瞳の少女がワーグの二体目に向かって疾走する。


「突き刺すが吉、レベル4!」


 得物を構えて踏み込むその瞬間、彼女の速度は常軌を逸して跳ね上がっていた。

 細いヒールが石畳を正確に蹴り上げ、黒豹のような軌道で鋭く突き刺さる。


 拡大された急所への一撃。


 だが、息つく間もなく。


 三体目のワーグが少女の背後へと回り込もうとしていた。


「三時方向」


 警告の声が空中ディスプレイから響く。

 しかしそれより早く、漆黒の少女は既にその牙を紙一重で躱していた。

 完璧なタイミングで受け流した瞬間、彼女の周囲の時間が引き伸ばされたかのような錯覚が生まれる。


「分かってる……。っえ?」


 そこでズシン、と。

 重い地鳴りが足元を揺らす。


 畑を襲う魔物、ハングリーボアだ。

 街路の暗がりから、岩山のような巨大な黒い影が猛然と突進してきた。

 豊かな畑を一日で食い尽くす凶暴な魔猪が、敷石を粉砕しながら一直線に迫っていた。


「剛、行って」

「おう、こういうのは任せろ」


 指示に、最前線の巨漢が即座に反応する。

 両腕を十字に交差させ、その途方もない質量を正面から受け止めた。


 緑の光の帯が生まれる。


 足元の石畳が、爆発したように砕け散る。

 そして男の肉体は、強固な防壁の加護によってびくともしない。


「わたくしにも跳ねさせて」


 好機を見定めた蹴鞠が、瓦礫の破片を足場にして宙へと爆発的に跳躍した。

 空を蹴るような滑らかな連続跳躍。

 宙を舞うごとにその威力は倍加し、彼女の脚に途方もない破壊力が累積していく。

 たまらず巨大な魔物の体が大きく傾いた。

 そこへ漆黒の少女が滑り込み、冷徹に止めを突き刺した。


「なんていうか、女子多くない?」


 残る脅威は、アンデッド、五体。

 蹴鞠は、隣で棒立ちになっている和装男を鋭く睨みつけた。

 彼は、迫り来るアンデッドなど全く見ていなかった。


「バランスが悪いですわね、奏」

「……うん」


 冷ややかな命令に、男がゆっくりと顔を向ける。

 焦点の合っていなかった青い瞳に、ようやく確かな理性の光が戻った。


「今すぐ意識を戻しなさい」

「ごめんね」

「謝罪は後でいいですわ」


 リュートを構え直す。

 再び旋律が響き渡り、敵を縛り付けながら味方の力を劇的に引き上げた。

 そこへ、これまで静観していた他の仲間たちが一斉に牙を剥く。


「奏君、ありがとう」


 凛とした空気を纏う剣士が、神速の太刀筋を放った。

 刃の届く範囲が不可思議に伸び、群がる敵を一網打尽に切り裂いていく。

 前線へ飛び出したのは、飾り気のない出で立ちの青年だった。


「ったく。栞」


 剛が首を鳴らした。


「アタシは参加してないわよ」


 戦闘を終えた者たちが、柔らかな光に包み込まれていく。


「剛君。待ってって言ったじゃないですか」


 癒しながらも、美咲は剛を軽く睨みつけた。


「悪い。 つい癖で」


 頭を掻きながら、笑ってごまかした。

 その隣。蹴鞠は、静かに奏の隣へと歩み寄る。


「何を考えていましたの」


 僅かに気まずそうな間を置いた。


「なんでもないよ」

「嘘をつくのが下手ですわね」


 奏は口を噤んだ。

 透き通るような青い瞳が、また遠くの空へ向けられる。

 今度は目の前の街路などではない。

 もっと遠く、遥か彼方の東の方角を、ただ静かに見つめていた。


「今はなるようにしかなりませんわよ」



 少し離れた場所では、青い髪の少女が崩れた石壁に背を預けていた。


 戦闘の最中も、それが終わった今も、彼女の表情は常に内側へと向かっている。

 戦場全体を冷徹に見据え、敵の弱点や行動の理を看破し続ける。


「ん……」


 その思考の積み重ねが、彼女の放つ魔術の詠唱を極限まで短縮させる。

 しかし、彼女の頭脳は休むことなく、常に何か別の難問を思考し続けていた。


「栞、終わったぞ」


 横顔を、ほんの一瞬だけ盗み見る。

 知性を巡らせ、深く悩める女の姿は、好ましかった。


 不意に、栞が低く掠れた声を漏らす。


「アタシに何を考えろって言うのよ」

「いや。俺は、その……」


 それは誰に向けたものでもない、孤独な独り言だった。


「……なんでもない。帝国を落として終わり。それだけ」


 そこに頭上から女が舞い降りる。


「栞様」

「え? 蹴鞠さん?」

「旗を掲げることになっているのでしょう」


 思考の世界から引き戻された少女が、ピタリと動きを止めた。

 二秒、三秒。


「そうだった。やっといて」


 無言のまま、三秒ほど相手の顔を見つめ返す。

 それから、仕方なくといった様子で渡された旗を受け取った。


 体よく押し付けられた。

 

 本来ならば、指揮を執る彼女自身がやるべき仕事だという認識もある。

 しかし、九条蹴鞠は誇り高き貴族である。

 多くの者の注目を浴び、象徴として振る舞うことこそ、わたくしに課せられた使命なのだ。


「集中力がありすぎるのかしらね」


 ダン、と。

 石畳の隙間に、力強く旗の柄を突き立てた。


 かつてヴァルシア王国の王家を支えた誇り高き地、セレーヌ。

 奪還を証明する、異邦人勇者たちの旗が、翻った。


「はぁ……。強すぎるわよね。私たち」

「エルタでサブミッションをやりすぎましたわね」


 風に揺れる旗を見上げながら、蹴鞠は軽く頷いた。

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