第53話 ディメンションズのリュテア解放戦
サムライ・ディメンションは二チームで構成される。
現在、栞チームはセレーヌの攻略を行っている。
そして、もう一チームがこちらだ。
舞チームは、ヴァルシア王国、王都であるリュテアを担当していた。
因みに、仕切っているのは、プロゲーマーの神宮寺玲である。
上位個体であるホブゴブリンは、浅ましい見た目に反して知能が高かった。
それがどれほど厄介か、最初から痛感している。
一度視線を切って、南を睨む。
「……栞。そっちの駒は、すべてお前に預ける。俺が先にチェックメイトするがな」
玲は息を吐いた。
魔物という存在は、獣のように本能のまま動くものだと思い込んでいた。
少なくとも、この世界に降り立ったばかりの頃はそうだった。
だが、今は違う。
現場は違う。
奴らは群れを統率し、明確な意思を持って指示を出す。
弓引きのゴブリンを伏兵にして巧みに配置し、こちらの動きを窺いながら陣形を変えてくる。
「くっく……。それこそが戦いというものだ」
かつての栄華を思わせるリュテアの石畳に、耳障りな鳴き声が響き渡る。
甲高く耳障りな、しかし紛れもない統率者の号令だった。
身を潜めていた路地の角からそっと顔を出し、広場の様子を窺う。
「剛……、……はいなかったな。 残念なやつだよ」
枯れ果てた石造りの噴水台の上に、一体のホブゴブリンが陣取っていた。
その周囲を固めるように、弓を構えた下位のゴブリンが八体。
さらにその後方には、遊撃のホブゴブリンが二体も控えている。
飛び道具は確かに厄介だ。
確かに、厄介な陣形だった。
正面から力任せに突進すれば、無数の矢の餌食になる。
かといって側面から迂回しようとすれば、後方で目を光らせる指揮官の視界に入ってしまう。
だが、FPSのチーム戦とどっちが難しいか?
こみ上げてくる喜びを、奥歯を噛み締めてどうにか飲み込んだ。
「玲ぃ」
軽快な声が耳元を打った。
街路を挟んだ反対側の路地に潜む、身軽な少女からの合図だ。
「気付かれるぞ」
「で、どうする?」
「無論、予定通りだ」
短く返し、視線を敵陣から外さずに指示を飛ばす。
「踊り子の舞が陽動。その後、タンクが前に出て壁を作る。俺は右から回る。後衛は待機して、確実にタイミングを合わせろ」
閃光の栞であれば、どう導くか。
チーム・ドラグノフとして、どう動くか。
市街地戦だから、腕が鳴る。
「了解。じゃ、ウチが行くね」
しなやかな肢体が、風のように広場へと飛び出した。
スキルレベル4に到達した踊り子の機動力は、もはや常軌を逸している。
舞踏のステップを踏む彼女の移動速度は、平時の二倍にまで跳ね上がっていた。
「こっちこっちぃ! 踊るが吉レベル4!」
残像すら置き去りにする圧倒的なスピードで、石畳の上を駆け抜けていく。
すぐさま反応した弓兵から、雨あられと矢が放たれた。
だが、少女はアクロバティックな身のこなしで、すべてを紙一重で躱していく。
「ウチ、あがってきた!」
回避を成功させるたび、彼女の身体を覆う黄金の魔力痕がひときわ強く明滅した。
次に放たれるであろう反撃の威力が、踊り続けるほどに底知れぬ規模へと累積していく証だった。
苛立ったケダモノの指揮官が、標的を変更する鋭い金切り声を上げた。
その隙を、玲は待っていた。
「誠司、前だ」
「はいよ、隊長。——清く守るが吉、レベル4」
身を隠していた路地から、長身の青年が躍り出る。
迷うことなく重厚な盾を構え、踊り子を狙う矢の雨を正面から受け止めた。
パンと盾が輝くが、これは現地で調達した聖なる盾だ。
教会聖騎士団の最上クラスの称号が煌めく。
激しい衝撃音が響くが、その足取りは微塵も揺らがない。
盾で攻撃を弾き返した直後、彼の剣が鋭く閃いた。
「楽しいのは楽しいけど。守るなら、美咲がいいかな」
ガード成功と同時に発動する、鉄壁の防御力を維持したままのカウンター攻撃である。
前衛に迫ろうとしたゴブリンが、不可視の衝撃を喰らって吹き飛んだ。
強固な防壁にして、触れれば手痛い反撃を返す歩く要塞が、そこに築き上げられていた。
敵のヘイトが、完全に盾役へと向く。
玲だ。好機を逃さず、地を蹴った。
右側の崩れかけた路地を抜け、死角から広場の側面へと回り込む。
掌中のデバイスから、真紅の光刃が音を立てて伸びた。
後衛のホブゴブリン二体が気づき、迎撃の態勢をとる。
放たれた一本の矢が肩を掠めたが、痛みを感じた様子はない。
連続斬りのモーションに入った時点で、被ダメージを大幅に軽減する強固な恩恵が働いている。
神宮寺玲。彼が放つは——
「ダブルパイソン!」
「約束と違うじゃん!」
リーダーから不満は出るが気にしない。
そのまま一気に踏み込み、刃を振り抜いた。
レベルアップによって拡大された斬撃の範囲は、FPSでいうアサルトライフルと同じ。
虚空を裂く赤い光の軌跡が、離れた位置にいた二体の胴体を同時に両断した。
淀みがなく、無駄を完全に削ぎ落とした圧倒的な破壊の圏内だった。
これだった。
「これこそが、俺のプレイングだっ!」
盤面を読み、最適解で動き、急所を断つ。
ただ、それだけのシンプルな美しさ。
残る脅威は、噴水台の上に孤立した指揮官と、五体の弓兵のみ。
「ウィザード村田、あとは頼むぞ」
路地の入り口には、漆黒のパーカーを羽織った後衛の姿があった。
その細い左腕が、虚空へ向けてゆっくりと持ち上げられている。
生き残っていた弓兵が、無防備に立ち尽くす魔法使いへ向けて一斉に矢を放った。
だが、鋭い矢尻は青年の身体に届く直前で、見えない壁に弾かれるように砕け散る。
「詠唱なげぇの止めろよ。守るこっちが大変だ」
さらに延長された絶望的なほどの詠唱時間。
安全圏から放たれる膨大な魔力が、一点に収束していく。
空気が陽炎のように歪み、足元の硬い石畳が微細な振動を始めた。
「舞ど!……のぉぉぉぉぉおおおおおお!」
圧倒的な力の奔流に気づいたホブゴブリンが、恐怖に顔を引き攣らせる。
だが、解き放たれた極彩色の破壊が、陽光が射す広場を一閃して横切る。
左手が疼くっ!
「僕は契約したんだよ。 暗黒ウィザードに昇格したんだよ!」
直後、世界から一切の音が消失した。
「唱えるが吉、レベル4。 イグニッション・ダークネス・グレイト・イグニッション!」
鼓膜を圧迫するような無音の空白ののち、噴水台が粉々に爆散した。
哀れな魔物指揮官の体は、原型を留めずに吹き飛ぶ。
凄まじい余波を受けて三体の弓兵が石畳に激しく叩きつけられた。
運良く直撃を免れた残る二体は、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
「っていうか、イグニッション、二回言ってるぞ」
砂埃が晴れ、瓦礫と化した広場に静寂が舞い戻る。
大魔術を行使した黒パーカーの少年は、力なく左腕を下ろした。
肩で息をしており、その顔色はひどく青ざめている。
だが、疲労の色が濃いその横顔には、確かな充実感に満ちた笑みが浮かんでいた。
「……僕の努力は、無駄じゃなかったんだ」
それは、誰にも届かないようなか細い呟きだった。
それでも、研ぎ澄まされた聴覚にははっきりと届いていた。
あえて言葉をかけるような無粋な真似はしない。
「大丈……夫ですかぁ」
後方から、癒やし手の少女が慌てた様子で駆け寄ってくる。
痛ましげな表情で彼の左腕に両手を添えると、淡く温かい回復の光を注ぎ込み始めた。
その光はただ傷を癒やすだけではない。
最大値を大きく超えて溢れ出た過剰な回復力が、少年の身体を薄緑色の光の障壁となって包み込んでいく。
限界を超えた治癒を一時的な追加の命に変える、高位の祈りの力だった。
「無理しないでください、村田さん」
「大丈夫だよ、日向ちゃん。強くなると書いて、村田雄大と読むんだよ」
心配そうな声に、黒パーカーの少年が気丈に微笑む。
「え……と。そうね。そうよね……」
「見ててください……まい……」
「あのぉ。祈るが吉レベル4で、治ってると思うんですけど……。気持ち悪いんで……」
広場の中央。
目にも留まらぬ陽動を務め上げた少女が立つ。
「雄くんはさておき! 綺麗に終わったね!」
「なんてことはない。切り裂くが吉、レベル4だからな」
「技出すときって言ってたじゃん!」
剣を収めながら、短く応じる。
「でも、あれだね。玲のおかげだよね」
「ふ。村田が決めたんだ。 早く行ってやれ」
「チームワークってことだよ」
少女はにこりと人懐っこい笑みを浮かべた。
「だからぁ。報告書、ウチの分も書いといてね」
そのちゃっかりした要求に、思わず深い舌打ちが漏れる。
破壊の痕跡が残る石畳に、夕暮れの赤黒い名残の光が長く伸びていく。
緊迫感が解けた空気の中で、癒やし手の少女がおずおずと控えめに手を挙げた。
「あのぉ」
「ん、なに?」
「あれ……? あれを、やらないと」
その言葉に、陽動役の少女がピタリと動きを止めた。
一秒。
二秒。
「あれって……あっ!」
呆けたように瞬きを繰り返し、やがて何かを思い出したように大げさな声を上げる。
慌てた様子で鞄の中をゴソゴソと漁り始めた姿に、静かに目を細める。
取り出されたのは、丁寧に折り畳まれた一枚の厚手の布だった。
「えぃ! なんか色々ごたついてるけど!」
バサリと空中に広げられる。
純白の地に描かれているのは、慈愛の女神エレインの姿と、剣と盾、そして杖が交差する荘厳な紋章。
それは、異邦人たる勇者たちのためにわざわざ設えられた、希望のシンボルだった。
少女は誇らしげな手つきで、その旗を制圧した広場の中央へと真っ直ぐに掲げる。
「サムライ・ディメンションの勝っちぃぃいいいい! だよね!」
ふわりと、強い風が吹き抜けた。
かつてヴァルシア王国において最も華やかだったと謳われるこの地に。
血と瓦礫の匂いが混じる夕暮れの空に向かって、純白の旗が力強く靡いている。
玲はただ腕を組み、はためく紋章を静かに見上げ続ける。
胸の内に去来する感情は。
──悪くない。
栞たちは色々考えているみたいだけど、楽しくやれたらそれでいい。
ただそれだけだった。
「村田くん……。舞ちゃん、来ないから、わたし、もう行くね」




