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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第三章 十一人の勇者たちとたった一人の勇者

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第52話 セルノの苦悩

 大陸北西部。カルネ村。


 質素な木机の上に、羊皮紙の手紙が束ねられて塔を作っていた。

 すべてエルタの教会を経由して届いた、修道院本部からの厄介な問い合わせである。

 巡回修道士の青年は羽根ペンを握りしめたまま、目の前の三通を睨みつける。


 徐に、一通目の文面を重々しい戸惑いと共に読み返した。


 曰く。

 巡回修道士たる者が各地で吹聴したとされる発言について、教義解釈の観点から釈明を求める、と。

 具体的には『大都市を優先的に保護するのは教義に反する』という過激な文言が口伝で広まり、敬虔な信徒たちの間に少なからぬ混乱を招いているらしい。


 思わず、深い溜息が漏れた。

 言った。

 間違いなく、自分はそう口にした。

 異邦人の青年たちと共に村から村へ渡り歩く過酷な旅路の中で、気づけば抑えきれずに吐き出していたのだ。

 しかし口伝というものは恐ろしい。

 一度こぼれ落ちた言葉は、すでにエルタから北へ、南へと、乾いた土に水が染み込むようにじわじわと広がってしまっていた。


 二通目は聖典第三章十二節の解釈について。

 三通目は同じく第七章の注釈についての追及である。

 どちらも一通目と地続きの、暗に異端を疑うような息苦しい内容だった。

 すでに二通の返答は書き終えている。

 聖典の記述を根拠として丁寧に示し、自身の発言が決して異端に当たらないことを、可能な限りへりくだった穏やかな言葉で綴った。

 これ以上、修道院本部を刺激するわけにはいかない。

 自分がまだ正式な司祭ではなく、立場も基盤も危うい見習いに過ぎないことは、他でもない自分自身が一番よく理解していた。


 気が重いまま、三通目の返事を書き始めようとペン先をインク瓶へ浸す。

 その時だった。

 ふと、外の空気が少しだけ騒がしくなった。

 微かな胸騒ぎを覚え、青年は窓枠に手をついて外へと顔を出す。


 カルネの村の入り口に、土埃を纏った人影がいくつか見えた。

 駆だった。

 見知った二人と、エインヘリヤルの少女リーフの姿もある。

 今回も、無事に帰ってきてくれた。

 その事実だけで、張り詰めていた胸の奥がふっと軽くなるのを覚えた。


 だが、安堵の息を吐き出した直後。

 集団の中にもう一人、見慣れない影が混ざっていることに気がついた。

 駆のすぐ隣を、見知らぬ男が並んで歩いている。

 腕を組み、特に感慨もなさそうな冷めた視線で、のどかなカルネの景色を舐めるように眺めていた。

 南方の褐色でもなく、北方の抜けるような白さでもない肌。

 歴戦を思わせるがっしりとした体格。

 そして、わずかに覗く布地の胸元に──。


 目を細め、その意匠を視認した瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。

 あの紋章は知っている。

 長年、この地を苦しめ続けてきたと噂される、帝国軍の紋章がそこにあった。


 驚愕で身を固くする修道士とは裏腹に、村人たちは特に騒ぐ様子を見せない。

 駆がいつものように気さくに手を上げて「ただいまー」と声を響かせると、畑仕事をしていた老人が皺だらけの顔を上げて「おかえり、カペー」と歓迎の言葉を返す。

 わらわらと集まってきた子供たちも、無邪気に青年の周りをぐるぐると走り回り始めた。

 見知らぬ屈強な男の存在など、誰も特別気にかけていない。

 あの青年が連れてきた人間ならば、きっとなんの害もないのだろうと、無条件に受け入れてしまっているようだった。


 よろめくようにして窓から離れる。

 そのまま、力なく木の椅子へと崩れ落ちた。

 机の上に広げられた三通目の手紙が、酷く白々しく視界に映る。

 震える手で羽根ペンを置いた。

 やり切れない思いと共に、両手で深く顔を覆う。


 やがて、軋む音を立てて扉が開いた。


「セルノ、ただいま」


 いつもの声だった。

 状況の深刻さなど微塵も感じさせない、本当に呆れるほど屈託のない響き。


「……おかえりなさい」


 顔を上げると、青年の背後にはやはりあの男が立っていた。

 至近距離で見れば見るほど、間違いようがない。

 忌まわしき帝国軍の紋章。

 捕虜としての足枷も手枷もなく、ただ当然のように駆の隣に立ち尽くしている。


「紹介する。ヴォルフ。牢で一緒だった」

「牢」

「うん。まあ色々あって」


 色々。

 そのひと言にどれほどの凄惨な出来事が詰め込まれているのか、想像もつかない。

 いや、むしろ想像したくもなかった。


 ヴォルフと呼ばれた帝国兵は、鋭い眼差しで部屋の主を値踏みするように見やった。


「司祭か」

「しさ……巡回修道士です」


 動揺を悟られまいと、できる限り穏やかな声を絞り出す。


「正式な司祭では、ありません」

「ふうん」


 男は興味を失ったように鼻を鳴らすと、無遠慮に室内を見回し始めた。

 机の上に散らばった厄介な手紙の束に視線が止まる。

 だが、ただじっと見つめただけで、何も口にはしなかった。


 その後、駆は同行者たちを連れ、村の人々へ挨拶をすべく足早に部屋を出ていった。

 狭い室内に、修道士と帝国軍人だけが取り残される。


 重い沈黙が落ちた。


 修道士は、伏せられたままの机の上の手紙をそっと裏返す。

 それから、覚悟を決めて眼前の男を見据えた。


「あなたが、アルン砦にいた方ですか」

「そうだが」

「砦が崩落したことは、知っています」


 相手を刺激しないよう、慎重に言葉を選ぶ。


「私も、以前あの砦を訪れたことがあります」


 男は何も答えない。

 ただ、感情の読めない瞳でこちらを見つめ返してくるだけだ。


「ロベールがやっていたことは、知っています」


 それでも、男は頑なに沈黙を守り続けた。

 張り詰めた空気に耐えきれず、修道士は小さく息を吐き出す。


「だから、砦を潰したこと自体を責めるつもりはありません」


 それは偽りない本心だった。

 あの堅牢な石壁の奥で、どれほど非道な真似が行われていたかを知っている。

 知っていながら、力なき自分は何も変えられなかった。

 だからこそ、彼らが成し遂げた破壊を、頭ごなしに否定できる資格など最初から持ち合わせてはいないのだ。


「ただ」


 言葉を区切り、真っ直ぐにその歴戦の兵の目を見つめる。


「あなたが帝国軍人であることは、事実です」

「そうだな」

「この村には、帝国の魔物に苦しめられてきた人たちが住んでいます」

「知ってる」

「であれば」


 修道士は、祈るような思いで懇願した。


「穏便に、できる限り穏便にお願いしたいのですが」


 男は、わずかに首を傾げる。


「何をだ」

「どうにか、お帰りして頂けないでしょうか」


 再び、息苦しい沈黙が降りた。


 男は少しだけ考えるような仕草を見せる。

 それから、ひどくあっさりと、冷酷に告げた。


「嫌だな」


 ◇


 夕暮れの気配が窓から差し込み始めた頃、駆が戻ってきた。

 修道士は、未だ机の前に座り込んでいた。

 白紙のままの三通目の返事は、一文字も進んでいない。


「ヴォルフと話した?」

「話をしました」

「どうだった」


 修道士は力なく羽根ペンを手に取り、そしてすぐに手放した。

 カタリという乾いた音が、静かな室内に響く。


「駆さん」

「うん」

「難しいことは司祭様に聞こう、とおっしゃっていたそうですね」


 青年の動きが、ピタリと固まった。


「エヴァンから聞きました。私は、正式な司祭では、ありません」

「……うん、まあ」

「それだけは、覚えておいてください」


 駆は気まずそうに視線を彷徨わせ、しばらく黙り込んだ。

 やがて、申し訳なさと諦めがないまぜになったような顔でポツリとこぼす。


「でも、セルノしかいないんだよな」


 修道士は、たまらずに天を仰いだ。


「あのさ」


 しかし、続く彼の声のトーンが、ふいに真剣なものへと変わる。


「頭お花畑の考えとは分かってるけど、ヴォルフは命令に従っただけだと思う」


 天井を見つめたまま、修道士は力なく口を開いた。


「本当にお花畑ですね……」

「うん、分かってる」


 青年は自嘲するように肯定し、言葉を継いだ。


「それともうひとつ」


 その響きに込められた重さに、修道士は思わず顔を正面へ戻す。


「オレ、ヴォルフがいなかったら、絶対に殺されてた」


 深い沈黙が落ちた。


 机の上には、本部から届いた三通の手紙がある。

 そして、書きかけのまま放置された返事の羊皮紙が、赤黒い夕暮れの光に染まっていた。


 修道士は、ゆっくりと羽根ペンを握り直す。


「詳しく、教えて頂けますか」

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