第5話 異世界の街並みは再現度高い
異世界の石畳は、想像していたよりも遥かに歩きにくかった。
このフィニス王国だけの事情かもしれないが。
表面は凸凹としており、ところどころ石が欠けて、舗装されていない剥き出しの土もある。
岸本美咲が一度つまずきかけ、相沢誠司が咄嗟にその腕を支えた。
「大丈夫?」「うん、ありがとう。ナイト様」という、甘いやり取りが耳に届く。
バルドは淡々と先導しながら、オレたちに向けて説明を続けた。
「皆様には、これから向かう異邦人館を拠点としていただきます。生活に最低限必要なものは一通り揃えてございます。また、街の『異邦人ギルド』を通じて、独自の依頼を受けていただくことも可能です」
「ギルド……だと?」
ゲーマーの小さくて細い方、神宮寺がピクリと反応した。
「冒険者ギルドということか」
「概念としては近いかと存じます」
「成程。俺もそう思っていた」
「絶対に分かってないだろ」
「分かっていた」
巨漢の方、大石がツッコミを入れた。
栞は、口元が微かに呆れたように歪んだ気がした。
「そ、その依頼って危険なんですよね」
「魔物が関わっておりますから」
カップルの男、誠司が真っ当な疑問を口にする。
そしてカップルの女がギュッと身を寄せる。
でも、これはやっぱり普通の反応だ。
「でー、報酬は出るんですかぁ?」
水瀬舞、踊り子。
金髪に褐色、青い瞳。絶対にコスプレ……だった。
恐らくだけれど、それらが体の一部になっている。
「はい。依頼の規模や難易度に応じてお支払いされます」
「じゃあ、生活はなんとかできる感じですか?」
「その……それなりには」
「わたくしはそれなりでは我慢できませんわよ」
踊り子の隣を歩く、貴婦人コスプレの銀色の長いウェーブ髪。
九条蹴鞠
あの女の髪、ウィッグとは思えない質感、……になった気がする。
「……努力いたします」
「そのようにお願いいたしますわ。 不潔なのは耐えられませんから」
「ボクもだね。 洗濯したいし」
「ざ、雑用はギルドの職員にお申し付けください」
そしてレイヤーたち。
コスレイヤーと関わったことはないから、これは偏見になるかもだが
レイヤーってなんか変わっている、図太いと思った。
オレはオレで、変わっているのか、やっぱりワクワクしていた。
パーカーのポケットに両手を入れて、ゲームとしか思えない街並みを観察していた。
街を海と反対の方向へ進むにつれ、道幅が狭くなっていく。
両側に迫る石造りの家々の窓から、住民たちが興味深そうに顔を出た。
異邦人の話は広がっているのか、それとも目立つからか、オレたちを、コスプレイヤーとゲーマーを窺っている。
幼い子どもがゴスロリ女を指差し、親に向かって何かを囁いている。
「私たちを値踏みしてる……」
「凜ちゃんは、目立ってるからぁ」
入り組んだ路地を抜け、不意に視界が開けた瞬間だった。
街の北側、なだらかな丘の上にそびえ立つ『それ』が目に飛び込んできた。
そこは巨大な砦だった。
一切の無駄を削ぎ落とした、ひどく無骨な建造物だ。
ただ巨大な石を積み上げ、分厚い壁を作り、監視のための塔を立てただけ。
装飾など微塵もない実用一辺倒の代物だが、発せられる威圧感は並大抵のものではない。
(すげえ……西洋のゲームで見た防衛拠点そのままだ)
丘の稜線に沿って伸びる城壁の四隅には塔がそびえ、緑と白のシンプルな旗が潮風にはためいている。
はるか上方の城壁には、甲冑を着た騎士たちが等間隔で警備に立っているのが見えた。
「あの砦」
神宮寺が立ち止まり、腕を組んで威圧的な石の壁を見上げた。
「守りが固いな。正面の城門が一つに、側面に目立たない補助門が一つ。あそこから回り込んで奇襲をかければ──」
「誰と戦う気です?」
栞が冷たく遮った。
「いや、構造的な欠陥の話だ」
「それは攻略の話でしょ」
「概念は──」
「同じじゃない」
神宮寺は不満そうに黙り込んだが、その鋭い視線は砦の構造から離れようとしない。
オレは単に、観光気分の驚きだったが、最高のPCで戦う彼らには美しい景色も見慣れていたのかもしれない。
「でもな」と、大石が静かに口を挟んだ。
「城壁の厚みと傾斜は、理にかなってるぞ。あの角度なら、下からの投石や魔法が届きにくい」
栞が大石をちらりと見た。
「……まあ、そっちの意見は認める」
「なら、俺の提案も」
「まだ、依頼が分からないです」
妙な緊張感が漂う中、コスプレイヤーの奏がパッと顔を輝かせた。
「緑と白の配色、すごくシンプルだけど青空に映えますね。あのデザイン、衣装のワンポイントに使えそう」
「えっ、旗をコスプレにするんですか?」
日向が目を丸くして驚く。
「衣装のモチーフに取り入れるんですよ。ボク、この世界の意匠を全部吸収して帰りたいな」
「そ、そうなんですか」
凜が間に割り込む。
「わたくしも同感ですわ。あの城壁の石の荒々しい積み方、鎧のウェザリング塗装に応用できますわね」
「えー、城壁を鎧にするの?」
「質感の表現の話ですわ」
蹴鞠はやけに詳しい。
そして、舞が首を傾げた。
ざわめきが落ち着いた頃
「あちらが、王国が誇るイネス騎士団長の拠点となっております」
バルドが静かに説明を加えた。
「騎士団長もいるのね。まだお会いしていないけど」
栞が確認するように尋ねる。
「はい。現在はあの砦に駐在しておりますので、追ってご紹介いたします」
「強いんですか? 国を守ってるんだし」
誠司が興味本位で尋ねた。
「フィニス王国において、最もその剣を頼りにできる御方です」
「そ、そうですよね」
誠司は頷き、美咲と目で何かを会話した。
不安を少しでも払拭したらしい。
オレも同じ気持ちだから、なんとなく分かる。
バルドは会釈し、再び歩き始めた。
オレは、はるか上空の城壁に立つ騎士の一人と、一瞬だけ目が合った気がした。
紫色の長い髪が、潮風に煽られて激しく揺れているのが遠目にもわかる。
(女騎士……?)
バルドが先を急ぐため、オレは慌てて視線を戻し、一行の後を追った。
「バルドさん」
石畳の道を歩きながら、栞が背中越しに静かに声をかけた。
「この国の本当の現状を、アタシたちに正直に教えてもらえますか」
バルドの背中が、ピクリと止まった。
ほんの一瞬の硬直。
すぐにまた歩みを進めようとしたが、彼女はその明らかな動揺を見逃さなかった。
「……道中、改めてご説明いたしますので」
「今でしてください」
「栞さん、歩きながらでも聞けるだろ」
大石が宥めようとしたが、栞は首を横に振った。
「そうじゃなくて。立ち止まって、ちゃんと聞きたいんです」
その強い声色に押されるように、バルドはついに重い足を止めた。
振り返った老人の顔は、城の広間で見た時よりもさらにやつれて見えた。
「その通りでした。……皆様には、最初から正直に申し上げるべきでした」
老宰相は、肺の奥から絞り出すような深いため息を吐いた。
「この国は今、限界に近い状態にあります」
「……でしょうね」
乾燥した石畳の路地に、冷たい海風が吹き抜けていく。
遠くの広場から、無邪気な子どもの笑い声だけが微かに聞こえてきた。
バルドは自白するように言葉を紡ぐ。
「魔物が森に頻発するようになり、我が国を支えていた山の向こうの大国、ヴァルシア王国が、王族と貴族、教会全てが、帝国に助けを求めて、なくなりました」
「帝国? あの」
「帰れるかもしれない魔法石を持ってるという」
「そうです。そして我が国の王家を支えるべき貴族の大半も、既に……魔物の被害を恐れて、帝国側へと渡りました」
神宮寺が鋭く反応し、栞が眉を跳ね上げた。
そして明かされたのは、女王ルシアの嘆き。
今は国を囲む山脈のお陰で、どうにかなっているが、時間の問題でしかないらしい。
魔物が跋扈する山々に囲まれていて、海の浅瀬は使えるが、その沖は巨大海洋生物が巣食う。
船はたちまち飲み込まれるという。
「あの海が使えないのですね。まるで」
「古いRPGだな。ある程度強くないと船は使えないか」
「先ずはマップが必要……」
即座に攻略を模索するゲーマーたちに、宰相は安堵の息を漏らしたように見えた。
少しだけ誇らしく胸を張り、片腕を鷹揚に砦に向けた。
「帝国とは、このオルエレア大陸の大半を支配する、巨大な軍事国家です。詳細は異邦人館にて地図を交えてご説明します──」
「その帝国ってところが、この国を狙ってるってこと?」
一方で舞は、不安そうに尋ねた。
「帝国という名前がね。 ボクたち的には怪しくないかな、と」
レイヤー二人も、怪訝な顔をした。
今度は、苦々し気な顔のバルドだった。
「はい」
再び、重苦しい沈黙が落ちた。
誠司と美咲が不安げに顔を見合わせ、日向と凛がさらにオレの背後へと隠れるように縮こまる。
雄大は何も言わず、ただ足元の石畳をじっと見つめていた。
「このようなことに巻き込んでしまって、申し訳ありません。 帝国のドミナス信仰を受け入れるわけにはいかないのです」
「信仰……?つまり」
栞が、すべてを理解した上で冷酷な事実を突きつけた。
「アタシたちを呼んだのは、その巨大な帝国に対抗するため」
「正確には魔物を撃滅して、我らと同じエレインの民であったヴァルシア王国を再建して頂きたいのです。魔物が森からいなくなれば、きっと前のような世界に……」
栞はしばらく黙り込み、老人の顔をじっと見据えた。
玲も剛も同じく、考える。
「魔物退治をすれば、その王国も元に戻って」
「王国が戻ると、帝国にいける」
「そしてアタシが帰るための十次元の魔宝石が手に入る」
ゲーマーたちの目が光る。
すると困ったように、美咲が言った。
「そんな簡単な話……なのかな」
「さぁね」
栞は短く切った。
すると、バルドが再び歩き始める。
オレたちは、重い足取りでその後を追った。
群衆の「勇者様」という歓声が、ひどく遠い世界の出来事のように感じられた。
オレはリュックを少し跳ねさせて、位置を調整した。
すると、布地越しに何かが当たる。存在感があり過ぎる。
四つ折りにされた羊皮紙の硬い感触だ。
【逃げるが吉 Lv.1 後退士】
逃げる力しか持たないオレが、魔物とやらにどう立ち向かえというのか。
五億年は悩みたい。




