第4話 十二人いるからこそ、許される
オレは思わず叫んだ。
だから、盛り上がっていた全員の視線が、オレへと集まる。
しまった……!
陰キャの生存本能がけたたましく警報を鳴らす。
急激に冷えていく体温の中、激しく泳ぐ視線を誤魔化す。
オレは手元の羊皮紙を素早く二つ折り、四つ折りにして、リュックの中へと放り込んだ。
「おみくじでもいいじゃんー」
「吉ですわよ。大吉が良かったと?」
少し前までオレとは無関係の人々は、そっちに反応した。
スキルやジョブ発表の十二番目。
聞き疲れたのか、興味なさそうに、肩をすくめた。
「翻訳MODが古いんだろう」
「可能性は高いな」
踊り子衣装の女性が能天気に笑い、貴族令嬢のようなドレスの女が息を吐く。
ソードマスターを引いた男は、メタ発言をし、隣の大男も続く。
オレは顔の筋肉を引き攣らせながら、必死に愛想笑いを張り付けた。
だが一人いた。
「一応、聞いておきたい」
丈を間違えたんじゃないかと、疑う大きなセーターの女。
蒼い髪に黒のメッシュの長い髪。
最初見た時は、黒髪に青メッシュだったような気がする女が聞いた。
故に、視線が再集合する。
その間で、オレは懸命に考えた。
十二人もいる。
つまりこれはマルチプレイだ。
実況で聞いた。大事なのは、ルール理解。
「ね。さっき言いかけた。こう……何?」
そう、ルール理解。
彼女達の、プロの、領域だった。
「えと……後方というか、足を使うというか」
「は? なんだよ、それ」
ゲームがうまい奴は、頭が回ると言う。
だから、オレの機転なんて押される。
「だから、後ろで支援する感じで」
「あー、盗賊とか?」
「そ、そう、それだ!」
「いや。盗賊だったら直ぐに出るだろ。そもそも『こう』から始まらない」
でも、なんとか押し切る。
来たばかりだけれど、異世界で一番頭が回ったのは今だった。
「ま、間違えた……かも? アレ、えっととうじゃなくて、こうだっけ」
「聞いているのはこっちだぞ」
「こう……。ほら、何が起きてるのか、頭真っ白で。後衛ってあの字であってたっけ……」
そして、
「頭が真っ白。それはそうか」
「確かに俺はタンクでカタカナだから、読みやすいしな」
「ま、後衛ね」
なんとか、許された。
ゲーマーたちが助け舟を出してくれたおかげで。
しかも、それ以上追及されることはなかった。
「常人には理解できないね」
「ゲームの話?」
「多分」
ゲームシステムには弱い、コスプレイヤーにも助けられた。
彼らが常人かはさておき。
そして、鋭い目つきの女ゲーマーがもう一度言った。
「これだけ人数がいたら、緊張する。役職被ってないから、反応もそうなる」
「栞の言う通りだな。寧ろ、被る方がややこしいか」
そんなオレの耳元で、雄大はこっそりと囁いてきた。
「で。本当は、何?」
「……後で言う」
雄大は不満げにオレの顔を見つめていた。
だが、直ぐに興味を失くしたらしい。
大切そうに握りしめた自分の羊皮紙へと視線を戻した。
その顔が、じわじわと締まりのない笑顔へと変わっていく。
「『唱えるが吉』……魔法使い……ふふっ」
呟くたびに、口元がだらしなく緩んでいく。
清々しいまでに真っ直ぐな瞳だった。オタクの夢を叶えた男の顔だ。
「良いですかな」
その時だった。
場の空気が落ち着くのを見計らったように、老宰相バルドが再び前へと進み出た。
「皆様のお力、ご確認いただけましたでしょうか」。これより、皆様の当面の生活の拠点となる異邦人館へご案内いたします。道中、この国の情勢につきましてもご説明させていただきます」
これにてジョブ確認の儀式は終了した。
オレは、実はそこまで焦っていなかった。
だって十二人もいるんだから、なんとかなるに決まっている。
「異邦人……館? 準備してたんだ」
オレに詰め寄った、青い髪のプロゲーマーがさっそく標的を変えた。
「はい。皆様をお迎えする準備だけは、なんとか整えておりました」
すると、半世紀は年上の老爺が、オレたちに頭を下げた。
こっちの人間にはバレるかも、という可能性はまだあった。
だが、そっちも問題なし。
最悪の事態を避けた俺は、漸く胸を撫でおろすことが出来たわけだ。
「それでは、参りましょう」
◇
周囲に控えていたフードの集団が、海が割れるように静かに左右へ退いた。
オレたちはその不思議な光景に圧倒されながら、ぞろぞろと老人の後へと続く。
冷たい石造りの廊下を歩きながら、オレは背中のリュックに少しの重さを感じていた。
【逃げるが吉 Lv.1 後退士】
(後退士って、マジでなんだよ……)
誰にも本当のことを言えないまま、
オレ、は異世界を探求する異邦人となった。
「再現度高いな」
「こっちの話?それとも」
「俺が好きな洋ゲーの話です」
城の重厚な扉が、地響きのような音を立ててゆっくりと開かれた。
途端に、眩い光が一気に流れ込んでくる。
恐る恐る外へ一歩踏み出した瞬間、風が吹き抜けた。
その風に、はっきりとした潮の匂いが混じっていた。
見上げた空の青さは、排気ガスに霞む東京のそれとは根本的に違う。
浮かぶ雲の形も、肌を刺す陽光の角度も、何もかもが決定的にずれている。
そして眼下には、見渡す限りの石造りの街が広がっていた。
巨大な都市というわけではないが、城の周りは密度がある。
細く曲がりくねった石畳の道の両側には、頑丈そうな石造りの家々が隙間なく連なっていた。
三角屋根の形も、小さな木枠の窓も、入り組んだ路地の作りも、すべてが初めて見るものばかりだ。
ゲーマーの剛が言ったように、ファンタジーRPGで歩き回ったことがあるような、奇妙な既視感がある。
(なんかも言いたいけど、マジで異世界なんだな)
頭の中でのツッコミが、まったく現実に追いつかなかった。
「ね……。メロくない?」
「うん……。ね」
オレ以外は堂々と歩き、堂々と元の世界の言葉で話す。
気がつけば、街の奥から次々と人が押し寄せていた。
近隣の住民だけではないらしい。
城の異常を察知して遠くから走ってきたらしい人間たちが、広場に集まり始めている。
腰の曲がった老人から、親にしがみつく子ども、そして働き盛りの男女まで。
「勇者様だ!」
群衆の誰かが叫んだ。
それを合図にしたかのように、広場からどっとどよめきが上がった。
歓喜とも安堵ともつかないその声には、すがりつくような切実な希望が確かに混じっていた。
彼らの服装は、くすんだ麻袋のような粗末な布地ばかりで、色合いもひどく地味だ。
それがこの国の貧しさゆえなのか、この世界の一般的な基準なのか、オレには判断がつかない。
ただ、彼らの視線が一斉にこちらへと向けられていることだけはわかる。
期待とすがりつくような重い視線に、思わず息が詰まった。
城門の両脇には、身の丈ほどもある槍を持った騎士たちが微動だにせず整列している。
資料で見たことがあるような、まんま甲冑だった。
頭から足の先までを分厚い金属で覆った、正真正銘のフルプレートアーマー。
磨き上げられた銀色の表面が、強烈な陽光を反射して鈍く光っている。
(アニメで見た。 あれ着て動けるってマジだったのか)
内心のオタクが凄まじい勢いで騒ぎ立てたが、どうにか顔を引き攣らせるだけで堪えた。
でも、俺の気遣いを他所に
「すごいね。これは目に、いやカメラに」
「わかる。ウチ、あのベルトの留め具の構造がすごく気になる」
「わたくしは、あの肩当ての造形が素晴らしいと思いますわ」
堪えきれずに声に出した人間がいた。
和装の青年にアラビアンナイト風の踊り子、そしてフリルドレスの少女だ。
コスプレイヤーの彼らは、直立不動の騎士たちをキラキラとした目で観察している。
「なるほど、時代背景は中世……」
「ううん。後期から近世移行期といったところ」
「そか。美咲は歴史、詳しいもんな」
多分、オレより頭の良い二人。
彼らにしてみれば、デート中に世界を変えられたようなものだ。
混乱しているのか、今のところは混乱は見えなかった。
寧ろ、その力がそうさせているのかもしれないが。
「相手がフルプレートアーマーの場合は、魔法か。攻略するなら重装甲への対策が最優先で──」
「アタシたちの攻略対象しだいでしょ」
「概念は同じだろ」
「相手が分からないから、今は意味がない」
「お、おう」
神宮寺は不満げに口を閉ざした。
三秒後に再び反論を試みようとしたが、栞の冷え切った視線に射抜かれて沈黙を選んだ。
「すごーい! なんか、本物のファンタジーじゃん!」
「うわあ、なんか海外旅行に来たみたいだな」
「ほんとだね。写真撮りたいなー」
「スマホの電波、絶対繋がらないだろうけどな」
「撮るだけでもいいじゃない」
踊り子の舞が純粋な歓声を上げ、キレイめカジュアルなカップルがのんきな会話を交わしている。
危機感のなさが少し羨ましかった。
「わたし……人が多くて、ちょっと」
「多いね。あんなに見られると……ちょっと怖い」
シフォンワンピの日向と、ゴスロリの凛が身を縮こまらせ、示し合わせたようにオレの後ろへと半歩下がった。
ゴスロリ女に関しては、どの口がと思うが、オレも同じ気持ちだった。
群衆の重い視線が、じわじわとオレたちの周辺に集まり始めている。
そんな中、隣の雄大だけがずっと黙り込んでいた。
珍しいと思って横顔を覗き込むと、その瞳が微かに潤んでいる。
「雄大」
「うん?」
「お前、泣いてるのか?」
「泣いてない……」
「目、潤んでるぞ」
「……異世界だよ」
雄大は震える声で呟いた。
「本当に異世界に来たんだよ、僕たち……! あの詰みゲーから脱出したんだっ!」
「しっ!」
オタクの夢を叶えた男の感動はわかるが、今はそれどころではない気がする。
オレはもう一度、眼下の景色を見渡した。
見慣れない石造りの街並み、重装備の騎士たち、貧しげな服を着た群衆、そして遠くに広がる見知らぬ青い海。
もう一度、確認する。
本当に、演出じゃ……ない。余りにも現実だった。
老宰相バルドが促し、オレたちは城下町へと足を踏み入れた。
「では皆様、当面の拠点となる異邦人館へご案内いたしましょう」




