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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第46話 逃げるが吉だから、捕まらねぇよなぁ

 エヴァンが、森の僅かな気配を読みながら先頭を歩いた。

 シオンが、精霊の囁きに耳を傾けながらしんがりを務めた。


「エヴァンは弓と剣か」


 リーフが、エヴァンの装備を見て聞いた。


「狩人と軽戦士の、兼任だ」

「シオンは」

「精霊術士。薬師の真似事も少し」


 リーフが、納得したようにこくりと頷いた。


「駆は」

「オレは、ひたすら逃げる担当だ」


 リーフの足が、ピタリと止まった。


「……逃げる?」

「逃げながら、敵のヘイトを稼いで弾くんだよ。持ってるスキルが『逃げるが吉』なんだ」


 リーフが、透き通った目でオレをじっと見た。

 戦力になるのかどうか、完全に値踏みするような目だった。

 しばらくして、彼女はぽつりと言った。


「変な異邦人」


 全く感情が読めなかった。

 褒めてるのか貶してるのか、判断がつかなかった。


「シオン、精霊は今何て言ってる?」


 オレはすがるように後ろを振り向いた。


「キモさが加速してるって」

「それオレのスキルのことだよね! 人格批判はもう終わったんだよね?!」


 川の浅瀬を渡った後、エヴァンがリーフに尋ねた。


「お前、船乗りの家系か」


 彼女の歩き方を見ていたらしい。

 泥や水の読み方が、エヴァンたちのような森で生きる人間や、農村の人間とは明らかに違った。

 勿論カルネにも漁師はいる。

 シオンの精霊はさておき、エヴァンも十分に凄い観察眼をもっている。


「そう」

「じゃあ、海には出ないのか」


 リーフが、少しだけ黙った。


「出られないよ。海獣がいるから」


 オレは、その言葉に固まった。


「……生粋の船乗りの家系なのに?」

「そう」

「何をどう乗り越えたら、大盾持って森で戦うことになるんだよ!」


 リーフが、また不思議そうに首を傾げた。

 エヴァンとシオンが、オレの過剰な反応を見て苦笑いした。


「ヴァイキング?」


 リーフが、オレの顔を見て聞いた。


「あ、その言葉伝わった?」

「わたしたちは自分たちをそう呼ばない。でも、異邦人が言う言葉の意味は分かる」


 リーフが、真っ直ぐに前を向いた。


「海に出られないから、陸で戦う。それだけ」


 本当に、それだけだと言い切った。

 でも、それだけじゃない泥臭い話が、この小さな背中には山ほどあるような気がした。


 ◇


 森が少し開けた場所で、不意に冷たい気配がした。


 先頭のエヴァンが、無言で片手を上げた。

 全員が、音を立てずにピタリと止まった。


 薄暗い木立の奥に、灰色の毛並みが見えた。

 爛々と光る、黄色い目。

 スヴァントウルフだった。


 久しぶりだった。

 王都を追放された死の森で、オレがこの世界で最初に遭遇した下級魔物。


「一頭だけか」


 エヴァンが、静かに弓を構えた。


 スヴァントウルフが、低く唸ってオレたちを見た。

 飢えた黄色い目が、じっとこちらを値踏みしている。


 リーフが、一歩前に出た。


 背負っていた大盾を、地面に突き立てるように構えた。

 彼女の体より大きな鉄の壁が、最前線に立った。

 その構え方には、微塵の迷いも恐怖もなかった。


 オレは、息を呑んで立ち止まった。

 でかい。近くで見ると、盾が異常にでかい。

 あの小柄な体のどこに、あんな質量を支え切る力があるのか。


 スヴァントウルフが、地を蹴って一直線に飛びかかってきた。

 リーフが、その巨体を受け止めた。


 ズォンッ! と。


 鈍くて重い衝突音が森に響いた。

 でも、リーフの小さな体は、一歩も後ろに下がらなかった。

 大盾で猛獣の突進を完全に受け止めたまま、太い足で大地を踏ん張り、空いた右手で腰の斧を振り上げた。


「完全にエインヘリアル!」


 オレは思わず叫んだ。


 エヴァンの矢が、魔物の隙を突いて正確に突き刺さる。

 シオンの精霊術の風が、魔物の足を縫い留めて逃走を許さない。

 その完璧な連携の中で、リーフが重い斧を無慈悲に振り下ろした。


「レベル1でオレたち苦戦してたのに……」

「そういえばレベルってこないだ聞かれたな」


 スヴァントウルフが、断末魔を上げて地面に倒れ伏した。


「前にレベルの話をしてたね」

「したけど。一刀両断されなかったっけ?」


 今まで、オレの回避で時間を稼いで追い払うだけだった。

 でも今回は、完全に倒し切った。


 オレは一度も戦っていない。


 オレは、動かなくなった魔物の死骸を見た。

 胸の奥に、何かが小さく引っかかった。

 タンクがいて、火力がいて、連携が取れれば、魔物は普通に倒せる。

 でも、何がどう引っかかったのか、今のオレには上手く言葉にできなかった。


「あれから考えてみたんだけど、そういうのはやっぱりない。でも、普通じゃないのか?」

「普通……。つまり普通に経験してれば強くなる……?」

「前にセルノが言ってた。異邦人のスキルは、一点に極端に集中するとか」


 その時もシオンが一刀両断したけれど。

 確かにセルノは言っていた。


 通常の人間はどれほど優れていても、能力はなだらかな曲線を描く。

 得意があれば苦手もある。しかし全体としてのバランスは保たれる。

 そっちの方が、人間としては自然だ。


「お父さんと一緒に戦ってたから」


 リーフが、ゆっくりと大盾を下ろした。

 息が少しだけ上がっていた。でも、その平坦な表情は最初から全く変わっていなかった。


「強いな……」


 エヴァンが、感心したように言った。


「お父さんに教わらなかったら、リーフはとっくに死んでる」


 リーフが、同じ言葉を繰り返した。

 今度は少しだけ、その声に血の通った重さがあるように感じた。


 ◇


 やがて、北の空に小高い丘が見えてきた。


 リーフが、逸るように少しだけ前に出た。

 相変わらず無口なままだった。

 でも、その歩くペースが明らかに速くなっていた。


 あの丘の向こうに、彼女の故郷であるアルンの村がある。


 オレは、前を歩くリーフの小さな背中を見た。

 背負われた無骨な大盾が、赤く染まる夕日を反射して光っていた。


 この子には、この先に何か守るべき大切なものがある。

 それだけは、痛いほど分かった。


「リーフ?」


 リーフが、丘の上でピタリと足を止めた。

 相変わらず無口なまま、じっとその街を見つめている。

 丘を登るまでは逸るように足が速くなっていた。でも、いざ目の前に故郷が現れると、彼女は動けなくなった。


 オレは何も言わず、ただリーフの横に静かに並んで立った。

 後ろから追いついたエヴァンが、周囲を警戒しながら小声で言った。


「村っていうより、まるで要塞みたいだな」

「……かつて、隣国ヴァルシアとの戦いの最前線として建てられた街だから」


 リーフが、感情の起伏がない声で答えた。

 この土地で生まれ育った地元の人間として、ただ淡々と。


 シオンが、目を閉じて街の方角へと耳を澄ませた。


「たくさんの人の声が聞こえる。……打倒帝国、って」

「ああ、俺にも聞こえるな」


 オレも耳を澄ますと、確かに風に乗って聞こえてきた。

 威勢のいい、血気の盛んな民たちの声が、石造りの街の中から響いてくる。


(なんだ、普通に解放されてんじゃん)


 オレは、胸の内で少しだけホッとした。


 ただ、同時に首を傾げてもいた。

 フィニス王国は確かに帝国と揉めていた。


「なんで、ここで打倒帝国なんだ……?」


 エヴァンが先頭に立って街門に向かって歩き出し、オレたちもその背中に続いた。


 門の分厚い影をくぐり抜けた瞬間、肌に触れる空気がガラリと変わった。


 打倒帝国を叫ぶシュプレヒコールの声は、確かに街のあちこちから聞こえる。

 でも、すれ違う民たちの顔は、どれも幽霊のように暗く沈んでいた。

 市場に人は溢れている。でも、そこには一切の活気がない。

 広場があるのに、小さな子供が一人も外で遊んでいない。

 リーフと同じ、アークラド系の特徴的な顔立ちをした人間たちが、皆一様に怯えたように俯いて歩いていた。


(おかしい。解放されているのに……)


 それは、カルネやカッセの村で見た「魔物に怯える疲れ方」とは、決定的に違っていた。

 魔物という天災ではなく──同じ人間に、上から暴力で無理やり押さえつけられている特有の疲れ。


「ロベール様の為だ。もっと働け」


 男たちの声が聞こえた。

 やる気のなさそうな複数の男たちだった。


(ロベール。誰だよ。って!)

 

 オレが不審に思って街を見回していた、まさにその時だった。

 リーフが飛び出してしまった。


「一人で出るなって!」


 観察するべき対象を見誤っていた。

 アルンの村もそうだが、アルンに知り合いがいるかもしれないから、ここに来たのだ。

 そのアルンがこんな様子なんだから、飛び出してもおかしくなかった。


「オレの足、速っ!」


 巨大盾と巨大斧を持つ少女だからというのもあるが、隠しでステータスがあるという謎仕様のお陰で、直ぐに追いついた。


 だが、それはオレも飛び出したも同じだった。


「おい!」

「ひっ……」


 街道の辻に立っていた、一人の兵士と完全に目が合った。

 兵士が、オレの格好をじっと見た。

 この世界にはないなめらかなパーカーの生地を、貪るように注視した。

 すぐさま隣の兵士の肩を叩き、何かを耳打ちした。


 まずい、と直感した時には、もう完全に遅すぎた。


 何より、リーフが腕の中で暴れていた。


 抜刀した数人の兵士たちに、あっという間に周囲を囲まれていた。


「お前、見たことあるぞ」


 男たちの背後から、偉そうな男がやって来る。

 彼らの隊長らしい男。

 冷たい目をオレに向けて、もう一方で上質な紙を見て、ニヤリと笑った。


「王都のお触れにあった『簒奪者』か、それともドミナス帝国の密偵か。どちらにせよ、ロベール様に聞いてみにゃなぁ。大人しく来てもらおう……で?」


 エヴァンが腰の鉈に手をかけ、シオンが前に出ようとした。

 それを視界の端で捉えた瞬間、オレの体はカチカチカチカチカチと音を立てて後退りをしていた。


 その結果、リーフを抱えたオレと、二人が横ならぶ。


「エヴァン。シオン。リーフを頼む」


 あれ。オレ、何言ってんの?


 でも……


「駆?」

「カペー」

「オレ、どうやら人気らしい。その隙に、リーフを連れて逃げろ」


 戸惑う二人。押し付けられてやはり戸惑う一人。


 だけど、オレには策があった。


「逃げるだけなら、専門分野だ——」


 レベルが3に上がったオレの『後退士』の初速は、自分でも制御しきれないほどの爆発的な速度だった。

 兵士たちの包囲を一瞬で突き抜けて、内部に向かって走り出した。


 例の斜め移動も駆使すれば、奇妙に曲がれる。


「行け! んで、オレはこっちだ!」


 兵士たちも油断していたのだろう。

 エヴァンはまだしも、シオンとリーフの力は並じゃない。

 オレはオレの動きに目をとられた隙に、兵士の輪から逃れる三人を一瞥し、そこから再び、斜めに入った。


 ガリガリガリ……

 カチカチカチカチカチ


「お尋ね者を追ってこい! えっと……」


 こいつらの上司はあの隊長。

 でも、「ロベール」と出た名前とは違う気がした。


「ロベールに伝えろ。 オレはその簒奪者だってなっ!」


 そして走り出す。

 だが、思ってたのと違った。


 アルンの村と呼ばれていた。


 だけど、ここはどう見たって要塞。


 そういえば、リーフがヴァルシア王国と戦うために作られたとか言っていた。


「ここがヴァルシア王国なのに、なんでフィニスみたいな要塞があるんだよっ!」


 構造そのものが、最悪の罠だった。


 入り込んだ路地は、すぐに分厚い石壁の突き当たりになった。

 慌てて別の細い路地へとステップを踏んで滑り込むが、そこもまた頑丈な行き止まりだった。


「シオンの力も、エヴァンの勘も、栞のミニマップもないんだ」


 かつて対敵用の要塞として緻密に設計されたアルンは、侵入者の逃げ道を最初から塞ぐ構造になっていた。

 まるで海外のオープンワールドの要塞に迷い込んだ気分だった。


 三つ目の狭い路地に飛び込んだ時、オレの背中は完全に冷たい石壁にぶつかった。

 左右も、前方も、分厚い壁に囲まれている。


「マジかよ……」


 息を切らしたオレの耳に、路地の向こうからジャラジャラと鎖を鳴らす兵士たちの足音が近づいてきた。


「あれだけ啖呵をきって、捕まる? ここじゃ後退りも出来ないし……」


 殺される……


 ノンノン生活は……どこ?

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