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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第43話 修道士の導き

 オレは逃げタンクだ。

 斜め移動とやらも工夫次第で使える。

 内輪差と外輪差の違いで、全力で走りながらも、クルクルと回る。


「こっちだ、化け物!」


 エヴァンが顔を出して、横っ腹に矢を放つ。

 それでも倒れない強い魔物たち。


「精霊。お願い」


 シオンも目くらましが精いっぱい。

 でも、今はこれしかない。


 カルネでの出来事を思い出していた。

 街が復興して、人々が増えた。

 エヴァンやシオンのような若者が、村を広げようとした。

 オレの浅はかな助言のせいで、だ。


 その結果、魔物が襲ってきた。


 オレたちがここに来たことで、カッセが襲われている可能性が高い。

 それをどうにか、セルノに伝えたいと、思っていた時だった。


「逃げろと?!」


 遠くから声が聞こえた。


 

 若い修道士が老人たちの前に真っ直ぐに立った。


「村を離れます。今の我々の戦力では、皆さまを守れません」


 修道士セルノは、そこまで見極めていた。


「だが……っ! この生まれ育った村を一度でも離れれば、二度と──」


 修道士は、その言葉を完全に遮って強く言い切った。


「これは聖戦です。フィニス王国が異邦人を召喚する。アウレリウス司祭からお話はありませんでしたか?」


 すると村の年寄りたちは、互いに目を合わせた。

 そして、震えて言った。


「聞いて……おりません。アウレリウス様は苦難を乗り越える為に若者を、とだけ」


 セルノは僅かに固まった。

 だが、奥歯を軋ませて、告げた。


「では、改めて私から説明します。 今、多数の勇者がヴァルシア王国を取り戻さんと動いています。 僅かの辛抱です」


 その気迫に押され、広場は水を打ったように一瞬で静まり返った。


「そして」


 セルノが、すっと視線を動かして走る男に行く。


「選ばれし異邦人の英雄が、今、魔物を散らしています。……どうか彼を、信じてください」


 老人たちの、縋るような鋭い視線が一斉に、エヴァンとシオンに集まった。

 セルノは戸惑うが、老人の目からはそう見えた。

 

 逃げている男より、戦っている二人


「エヴァン様! シオン様! 期待されてっぞ!」

「ちょ、ちょっと待て駆!? お前何言って──」


 セルノは、どこまでも大真面目で真剣な顔のままだった。

 本気で、そのキモい逃げ足を信じている目をしていた。


「そうです。 三人も来てくださっています! 十二人のうち、三人もです!」


 長老の老人が、三年分の絶望を抱えた目で二人の若者を見やった。

 懸命に矢を放ったり、不思議な力を使ったりしている、男女を眺める。


「……避難先は、どこだ」


 老人の問いに、セルノが淀みなく答えた。


「カルネの村です」


 その名前が出た瞬間、エヴァンとシオンが驚いて顔を上げた。


「カルネだと……? ここからはあまりにも遠すぎるぞ!」


 村人の一人が悲鳴のように叫んだ。


「重々存じています」


 セルノは続けた。


「エルタのような近くの大きな都市ではなく、あえて遠いカルネの村を選んだのには、明確な理由があります。ここまでに解放した集落もあります」


 どこか、イネスの顔がチラつく青年。

 この地を、この世界を、助けたい。守りたい顔だった。


「それにカルネの民は、すでに勇者様のお力を信じ、深く敬っています」


 セルノの指が、真っ直ぐに逃げているを指し示した。

 それから戦っている男女も。


「彼らはケート人の村です。我々ラトンとは違います。しかし、全く同じ地母神エレインを信じている。そこで駆殿です。異邦人でさえ暖かく迎え入れてます。人種の違いなど、心配要りません」


 男の逃げ足が鈍った。


「だそうだ。 エヴァン、シオン。 今までサンキュな」

「カペー、死ぬ気か?」

「なんでだよっ!」

「いきなり謝るの、死亡フラグ」


 長老の老人が、喋る三人を見やった。

 値踏みするような、でも深く重い目だった。


「アレを……信じてもいいのか。 逃げ回っているようにしか見えないが」

「ち、違います。 アレは逃げているのではなく、魔法陣を描いているのです」


 遠くで「違うけど?」という声。

 セルノは聞かないふりをした。


「セルノ! 急げ。 駆の『走って回ってグルグルドンの奇知』だ!」

「セルノ! 急いで。カペーの『回って、飛び出てじゃじゃじゃじゃん』が来る」


 東の山の暗がりから、グレートワーグと呼ぶべき巨大なワーグ。

 血のように爛々と赤い目が、逃げる男を待ち構えていた。

 漆黒の毛並みが壁のように広がる。

 男の足がもつれる。


「ななめぇぇぇええええええ!」


 叫び声。

 どう見ても、間に合わない。

 だが、無理な旋回がとんでもない方向に、男が動いた。


 とんでもない旋回。というより、ドリフト走行。


 六頭のグレートワーグにも追われていた。

 そちらに向き直った男は、後ろにズズズズッと滑っていく。

 彼らを正面に見据えて──


 カチカチカチカチカチ……


「死亡フラグになんて、させねぇよ!」


 そして、飛び出した。


「ひ……」


 いつものように悲鳴を上げて、グレートローグをボーリングのピンのように弾け飛んだ。


「出た 駆の『走って回ってグルグルドンの奇知』」

「出た。カペーの『回って、飛び出てじゃじゃじゃじゃん』」


 おおお、と歓声が上がり、村人は移動を始めた。



 村全体の避難は、暗黒の夜に決行された。

 最低限の荷物だけを急いでまとめ、セルノの先導で来た道を戻る。

 足腰の立たない老人を、その老人よりも若い老人が支える。

 超高齢社会がそこにあった。


 十人に満たないカッセの村人だから、どうにか移動できた。

 勿論、彼らが「いつか戻れる」と信じていたからだ。


 その時。


 背後の闇から、あの魔物どもが執拗に追ってくる。

 その数、三頭。


「カペー!」

「分かってるよ。これも……のんのん生活の為っ!」


 オレは自ら列の一番後ろへと回った。

 迫り来る魔物を正面から真っ直ぐに見据えながら、わざと挑発するように後ろへ下がる。


 重要なのは敵を見ながら、後退り。


 敵さんは、エヴァンとシオンに気をとられていた。


 なので、カチッ。


 踏み込み、横から弾き飛ばす。

 多分、溜めが足りなかった。

 飛んだだけで、致命傷には至らない。

 村人たちが少しでも前に進むための時間を、一秒でも多く稼ぐだけでいい。


「元々、オレ達を狙ってる。 マッチポンプな気もするけど」

「駆。その説は正しいのか?」

「じゃなきゃ、なんであの村、残ってんだよ」


 必死に進む村人たちが、背後のあり得ない光景を何度も振り返って見ていた。


「あれが……異邦人の力なのか……!」

「勇者様たちが戦っておられる」

「ありがたや。ありがたや!」


 少し前を走りながら、エヴァンが腹を抱えて盛大に笑った。


「確かに。 でも、若い奴らって何処に消えた? 俺たちみたいに襲われたってことか」

「それは惨いって精霊が言ってる」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 相変わらずの、情報の非対称性だった。

 オレは、首を傾げる二人に言った。


「オレたちの召喚は、十年前から決まってた。これはフィニス王国の宰相の証言だよ」

「カルネには伝わっていないな」

「精霊は怖がってたよ?」


 ここで、ひらけた場所についた。

 解放した三つの集落を渡ると思っていたら、真ん中の集落だった。

 その頃には、魔物の影が消えていた。

 カッセの老人たちが、その場にヘタり込んで立ち止まる。


 そして、長老の老人がゆっくりと振り返った。

 東の巨大な山脈の稜線が、美しい朝焼けの光によって真っ赤に染まり始めていた。


 老人はその神々しい山に向かって、静かに何かを小さく呟いた。

 地母神への古い祈りの言葉なのだと分かった。

 オレにはその正確な言語の意味は分からなかった。


 でも、彼らの切実な胸の内だけは、痛いほど理解できた。


 オレと同じだ。猫を膝に乗せて暮らしたいのだと、思った。


 猫を、まだ見てないけども。


 ◇


 集落の真ん中で、セルノは草の上に大きな地図を広げた。


「そういえば、順番に戻るかと思ってたぞ」

「カルネを目指してますから。それに、エルタと関係している人間に見つかるのをさけました」


 エヴァンが眉を跳ね上げた。


「道理で、道のりが長いわけだ」

「ですが、エルタに近い集落は危険です」


 セルノの長い指が、道なき道をなぞる。

 鬱蒼とした森の縁を縫うように進む険しい道だった。


 オレは、広げられた地図をじっと見つめた。


「……カルネまで、あと何日かかる?」

「順調にいけば、五日。ですが、村の皆さんのお足と体力を考慮すれば──七日から八日はかかると見てください」


 七日から八日。

 疲れ切った老人たちの足。


「それでもギリギリですので、レンに寄ります」


 獰猛な魔物は若い人間を襲うとしたら、警戒が必要だ。

 暗い森の縁を延々と歩き続けるのだ。


「その辺は任せる。オレたちにはスキル『カーナビが吉』もいるからな」

「だから、カーナビってなんだよ」


 オレは地図から視線を外し、深く息を吐いた。


「カーナビか、GPSが内蔵されてるんだよ。喜べ。オレよりは役に立つ」


 また数日歩いた。

 老人の移動は本当に大変だった。

 何度も魔物に襲われたが、やはり狙うのはオレ達、若者だった。

 狼が、そう訓練されているとしか思えなかった。


 そして、レンに立ち寄った時だった。

 オレは呆然と立ち尽くしていた。


「なんか、前と違くね?」


 前よりも明るい気がした。


「パーカー修道院だからな」

「ば、馬鹿っ! 突然何を言ってんだよ。 修道士様であらせられるセルノ様がいる前で」

「最新研究。村を繋ぐ為には木を切り倒してよい」

「な……? シオン?」

「カペーが前にいった。木を切ればいいって」


 確かに言った。

 開墾の意味で言った。

 でも、現実は甘くなくて、ゲームみたいに即座に畑にならないと知った。

 その時から、実は始めていたとしたら。


「これって教義の再解釈ってやつじゃ?」

「カルネで一番信用できるのは、カペーだけ」

「それも、今はシーっ! だから!」


 領主と司祭に見捨てられたと知っていた、カルネ。

 司祭に見捨てられたと知らず、カッセの村で待ち続けていた老人たち。


 捨てられたのは同じだ。


 だが、多少の良心がカルネの司祭にはあったのだろう。


「切り株は邪魔だけど、視界が広がれば、安全になる……か」


 ここで一日たっぷり休む。

 因みに、この辺りまで来ると、魔物は現れなくなった。

 苦労したことと言えば、切り株を見る度に座るお年寄りくらい。


 実に平和な足踏みだった。

 

 その間、オレは考えていた。


 セルノが持っていた地図は、オレが知っているモノではなかった。

 ヴェラの村がある。アルンの村もある。

 まだ拾われていない村が、少なくとも二つある。


「不味いな……」

「あぁ、不味い。十五人に満たないカッセの村人たちがいる」

「あ、口にしてしまった……」

「何?」


 このままでは、オレの田舎生活に支障をきたす。


「よく考えろ、オレ。魔物の出現は、戦える人間がいるから」


 あんな魔物が出る場所に村があって、人が住んでいる。

 まるで、ゲームみたいだ。


 エヴァンとシオンが、顔を見合わせた。

 だが、放っておくと二人は絶対に余計な事を言う。


「カルネに連れ帰ったら、そっちにも行ってみよう」

「うん。放っておかれるの、悲しい」


 とか、言ってくる。言っている。

 今のは、気のせいという事にしよう。


「そもそも、エルタのギルドに依頼が来ていないのか?」

「カペー。依頼するの大変。貯蓄するの大変」

「ん? でも、畑を増やせば。ほら、カルネは」


 すると、エヴァンは肩をすくめて、視線をシオンに向けた。


「あー、そこからか。 うちのは特別だ」

「特別? カルネの土壌が」


 シオンはオレの胸辺りを見つめた。

 愛らしい半眼で


「あ……オレの服。 シオンの力か」

「かなり運が良かったんだよ。 シオンがいてくれて。 そしてお前がイーモンとかを教えてくれて」

「なるほど……。普通は蓄える余裕なんてないのか」

「って、今は教義の時間じゃないだろ。もうすぐだぞ、駆」


 何もかもが、オレの認識不足だった。

 呆れた顔で、 エヴァンが言った。


「カルネ。久しぶりの帰還だな」


 丘を越えた。

 先頭を歩いていたセルノの足が、ピタリと止まった。

 目をひん剥いて、信じられないものを見るように固まっていた。


「な……、ここがあのカルネの村……?」


 オレも、隣に並んで足が止まった。

 因みにオレもビビっている。


 オレが三ヶ月をのんびり過ごしたあの村。

 古びた石造りの小さな家が並んで、共同井戸があって、小さな畑が少しだけある。

 何もない辺境の寂れた村のはずだった。


 農業区画が整然と分けられ、違う作物が綺麗に交互に植わっている。


 見慣れない顔の人間が、何人も畑仕事をしている。

 近隣の廃村から保護された人間が混じっているらしい。

 前にあった畑は、僅かにしか拡張されていない。

 だが、人の手が増えたことで、劇的な効率化が齎されていた。


 しかもさっきと同じ。

 開墾できなくても、木は切れる。

 木々が切り倒されて、切り株を土台にして、その上に家が建っている。


  エヴァンとシオンが、「どうだ」と言わんばかりにニヤニヤしていた。


  セルノが、ゆっくりとオレの方へ顔を向けた。


「……なるほど。あなたが村人たちから『修道士様』と呼ばれている理由が、ようやく分かりました。というより、その自発性を促す教え方と発展のさせ方は、本物の修道士の導きそのものです」

「いや、違うから。一般通過庶民だから」


 本当にそう。

 混線した教義に縛られていただけ。

 やっていいと思えば、とことんやる逞しさが、ここにはあったのだ。


「ご謙遜を……」

「だから違うって。教科書レベル! マジで何も触ってない!」

「エレイン様のお導き」


 セルノの目が、怖い。

 信仰心に満ちた強い光で輝いている。

 エヴァンが盛大に噴き出した。

 シオンが「言えば言うほど墓穴掘ってる」と小声で呟いた。

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