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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第42話 背景を歩く、指名手配犯。

 オレは何故か森の中を歩いている。

 近くには馬車道がある。視界も開けていて、絶対に歩きやすい。


(誰の才能か知らないけど……。いや、多分。凜か日向かな。フィニスの人間ではないのは確かだ)


 わざわざ、道を逸れて東へと向かう。


(顔はまぁ、いい。 絵が上手いのは認める。でもっ! その時点で気付くよね? オレのリュックのメーカー、絶対知ってるし! )


 手元にあるのは誰かが模写した布切れだ。

 これでは判断がつかないが、シオンの話だとエルタにはオレそっくりの絵が貼られていたらしい。

 ジッパーの使い方まで、しっかりと書き込まれていたらしい。


 故にセルノを先頭にして、隠れてあるく。

 フードが特徴と書かれていたが、フードを被って歩く。


 暫くすると、セルノが重い口を開いた。


「カッセには、以前巡回の途中に立ち寄ったことがあります」

「ふぅん。そこはどんな村なんだ?」

「……小さい村です。川沿いにあり、主に魚を獲って生きている。東に大きな山脈が近い」


 その言い方は、どこか慎重だった。


「三年前のことですから、今は変わっているかもしれません」


 それだけを呟くように言って、セルノはまた静かに黙り込んだ。


(川か。 そういえば体洗ってない)


 誠司と美咲を思い出す。

 そして、気付く。


「あのさ。衣服を入れるだけで綺麗にしてくれたり、補修してくれたりするクローゼットって、あったりする?」


 するとセルノではなく、シオンが振り向いた。

 半目で。


「精霊さまのじゃ不満?」

「不満じゃない! そういう意味じゃなくて。ほら、結構破けてて、限界に近くって」


 カルネには井戸がある。

 それに森はなかなかに水を蓄えている。

 水資源にはそれほど困っていないから、オレ自身の手で先ずは洗う。

 干すときに、シオンの精霊様のお世話になる。


 とても良い匂いで満足だが、合成繊維の損耗だけはどうにもならない。


 勿論、こっちの衣服を着る手もあるが、こんなんでも一応装備なのだ。


「マジッククローゼットは……すみません。大修道院にはありましたが……。それからエルタの高級宿にもあると聞いたことがありますが。そこは……」

「成程。上の人間しか利用できない。 加えて、オレの場合は、ソレが決定的な証拠になるのか。厄介だな……」


 そして、このマジッククローゼットという存在が決定打となる。


 オレはまだ、こんなだからいい。

 舞、蹴鞠、奏。アイツらの衣装は複雑すぎる。

 凜も、日向も、それから栞はロングセーターか。

 美咲さんのも大変そうだし。剛のとか、どう洗うんだ?


 そもそも、森を抜けるには集落での寝泊まりしなきゃだし。


「これも案外、大都市を拠点にする理由かも……。効率と快適か」



 やがて、ザァザァと激しい川の音が聞こえてきた頃、鬱蒼とした木々の向こうに小さな村が見えてきた。

 黒ずんだ石造りの家が十数軒。


 だが、その半分近くはすでに完全な廃屋と化していた。

 木の扉が外れたまま、藁葺きの屋根が酷く崩れかけたまま、誰も直そうとした形跡がない。


「大丈夫なのか?」

「分かりません」


 川に向かって突き出た桟橋が一本、今にも折れそうなほど黒く腐りかけている。

 川岸には古びた船が一艘、陸に引き上げられたまま放置されていた。

 塗装は無残に剥げ落ち、激しく破損した箇所を修理した跡すらどこにもない。


 人の気配は、確かにあった。

 でも、あまりにも静かすぎた。

 何より──

 村の中に、子供の無邪気な声が一切響いていなかった。


 エヴァンが、油断なく周囲を警戒しながら小声で呟いた。


「魚の匂いが全くしねえ」


 川沿いにある漁師の村だというのに、生臭い生活の匂いが完全に消え失せている。


 セルノが、いつも通りの足取りで先に村へと歩を進めた。

 その修道士の灰色の服が目に入ったのだろう。

 一軒の石造りの家の扉が、ギィと不気味に細く開いた。

 隙間から、老人の濁った目がこちらを覗き込んでいる。

 深く刻まれた皺の奥に、絶望に似た疲れた光があった。


「……セルノ様、か」

「ご無沙汰しております、長老。村の皆さんはご無事ですか」


 閉ざされていた扉が、ゆっくりと内側へ開かれた。

 異変に気づいた村人たちが集まるのに、大して時間はかからなかった。


 だが、全員を数えても十五人もいなかった。

 白髪の老人ばかりだ。中年の男女が数人。

 驚くほど、若い顔が一つもなかった。


 セルノがオレの隣に寄り、感情の起伏がない平坦な声でそっと教えてくれた。


「三年前は、もっと多くの人で活気にあふれていました」


 声を荒らげるわけではない。

 だからこそ、彼がその細い胸の内で必死に冷たい怒りを抑え込んでいるのが、オレには分かった。


 前に出た老人が、ぽつりぽつりと話し始めた。

 三年分の果てしない疲れが、その低い声にべっとりと染み込んでいた。


「三年前から、あの東の山から魔物の数が急激に増えた。最初は畑を少し荒らすだけだった。だが次の年には、川に近づくことすら出来ん日が増えた。そして、去年からは、夜が完全に危なくなった」

「若い人たちは……どうしたんですか」


 オレが思わず聞くと、老人は諦めたように首を振った。


「二年前に出て行った。動ける者は皆、この村を出たんだ。ここに残ったのは、動けん者だけだ」


 動けない、ではなく、動けん者。

 老人は一度も言葉を言い直さなかった。

 それが、この村に突きつけられた残酷で正確な現実だからだ。


「船を川に、そこから海へ出すことは出来ないんですか」


 エヴァンが問うと、老人は小さく溜息をついた。


「海獣がでると。司祭様がおっしゃられた」


 重苦しい沈黙が広がり、誰も喋らなくなった。

 しばらくして、老人がすがるような目でぽつりと言った。


「アウレリウス司祭は……どうされたんですか」


 セルノが、ハッとして顔を上げた。


「司祭様か。二年前から、我々修道院の前にも一切姿を見せておりません。すでに主に命を捧げて殉教されたか、それとも……」


 それとも、の先を老人は言えなかった。

 いや、恐ろしくて口にしたくなかったのかもしれない。


 セルノが、ぎゅっと唇を噛み締めて黙り込んだ。

 オレはそんな修道士の横顔をじっと見た。

 彼の内側で、何かが音もなく固い決意に変わっていくのが分かった。


「俺たちのとこと同じだな」

「エヴァン」


 この地母神エレイン信仰の発祥の地に最も近い、重要な村を守るべき司祭が、魔物が増え始めたまさにその時期に忽然と消えたのだ。

 過酷な殉教か。それとも恐怖に負けて逃げ出したのか。

 あるいは──あの神聖ドミナス帝国が、裏で何か残酷な手を下したのか。


(この村が無事なのは、年寄りしかいないからか?)


 オレの邪推なんて、セルノには知る由もない。

 でも、この絶望的な村に彼らを置き去りにしていくことだけは絶対に出来ない。


 って、顔だった。


 ◇


 村の端まで来ると、東の方角に巨大な山脈がそびえ立っていた。


 今まで見てきたどの場所よりも、ずっと近くに感じられた。

 山の険しい稜線が、手を伸ばせばそのまま届きそうなくらい、青い空に深く食い込んでいる。

 山頂の付近には、未だに白い雪が残っていた。

 その汚れなき白さが、今のオレたちには妙に綺麗で、酷く冷たく見えた。


 セルノが、その山脈の頂を凝視したまま微動だにしなかった。

 オレは、彼の褐色の肌と、どこまでも大真面目な横顔を交互に見つめた。


「なあ、なんか……イネスさんと、セルノってちょっと似てないか?」


 ずっと思っていたことだった。


「え?」


 セルノが、不思議そうにこちらを振り返った。


「あ、別に変な意味じゃなくてさ! ルッキズムとかそういう話じゃなくて! えっと、なんというか全体の雰囲気? その信仰に対する不器用なまでの姿勢? うまく言えないけどさ」


 言えば言うほど言葉が空回りして、自ら深みにはまっていく。


 すると、セルノが少しだけ目元を緩めて笑った。

 この悲惨な村に足を踏み入れてから、彼が初めて見せた、どこか人間らしい笑顔だった。


「イネス様とは、同じ血筋です。かなり遠い縁ではありますが」

「あ、マジで本当に血が繋がってたんだ」

「駆殿は、本当に面白い方ですね」


 決して悪い意味を込めた言葉ではなかった。

 でも、何かがセルノの真っ直ぐな目の奥で、冷たく動いた気がした。

 そして東ではなく、南の尾根を見つめた。


「あの険しい山の向こうに」


 と言っても、目の前の山とは多分繋がっている。

 オルエレア大陸の背骨とも言うべき、エレイナス山脈の一部なのだ。

 セルノが、稜線を指差した。


「大地母神エレインの、最も古い神殿があります。我らの信仰の発祥の聖地です。今は……完全に帝国に呑み込まれ、汚されていますが」


 オレは、静かにその山を見上げた。


 あの稜線の向こう側に、ドミナス帝国がある。


(ワールドマップ的には、 左下から右上にかけて、壁のように描かれてたっけ。アルプス山脈をぐいぃぃと右端を上に持ち上げたような?)


 この美しい辺境の村々に、悍ましい魔物が跋扈している。

 まぁ、今の時点では魔物と帝国の関係は分からないんだけど。


「だけどメタ的には、帝国が操ってる。アイツらだってそう思ってる……」


 そして、夜になった。

 すると──ソレは来た。


 東の山の暗がりから、一切の足音もなく現れた。

 あのワーグよりも一回り以上も巨大だ。


「よく保ったと考えるべきだな」


 漆黒の毛並み。血のように爛々と赤い目。

 でも、これまでのワーグとは明らかに統率された動きの質が違った。


 何より、異常な数で群れていた。

 四頭、五頭、六頭──暗闇から無数の赤い目が浮かび上がる。


「多すぎる……っ!」


 エヴァンが、即座に厳しい顔で弓を引き絞った。


「山が近すぎるんです。魔物は山から溢れてくるんです!」


 セルノが、灰色の布を翻して短い木棒を両手で構えた。


 やはり、帝国からではないのか。

 それとも、帝国が王国を……?


「ん? 違わないか?」


 オレは、全身の細胞を研ぎ澄ましてスキルの感覚を確かめた。

 群がる赤い目を、正面にしっかりと見据える。

 後ろへ、一歩下がる。


 カチッ。


 体の奥で、あの重いゼンマイが冷たく巻かれた。

 オレはわざと大声を上げ、魔物たちの気を削いだ。


「勇者っぽい奴! ソレに反応するように出来てるんじゃないのか?」


 後ろへ後退する。


 カチッ。


 エヴァンの正確無比な矢が深く刺さっても、魔物どもは一切怯まない。


「エヴァン。まだだ。今回は上をとられてる」

「わ、分かった」


 セルノは長い棒を構えて、村を守る。

 でも、多分。 セルノはそう思われていない。


 見た目からして、地元民過ぎる。


 だから、レンの村も生き残っていたとしたら。


「シオン。頼む」


 精霊術師が頷いた。


「ノーム……その獣の、足。ちょっとだけ、お願い」


 ぬかるむような音もなく、地面がそっと盛り上がった。

 土の細い指が、絡みつくように相手の足首を掴む。


「駄目……みたい」


 シオンの精霊術で強引に一頭の足を止めさせても、それを嘲笑うように残りの肉食獣たちが突っ込んでくる。


 オレは後退しながら、声を枯らして叫んだ。


「セルノ! これ、流石に守るのは無理だっ!」

「……分かっています!」

「オレがひきつける。エヴァン、シオン、カバー頼む!」

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