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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第41話 エルタのはずれで勝手に火が付くやつ。

 朝だった。


 麦藁の匂いが、ツンと鼻腔をくすぐる。

 天井の薄黒い染みが、昨日とまったく同じ場所に、同じ形でそこにあった。


「シュララ現象だっけ。 顔に見える……」


 ここはマーラ婆さんの家だ。

 エルタの強固な城壁の外、ひっそりと佇む隠れ家。

 指名手配中の大罪人となったオレが転がり込んだ、世捨て人のような老女の家。


 起き上がってベッドの上で膝を抱える。

 小さな窓の向こうから、遠く街の気配が届いた。

 石畳を不規則に踏む群衆の足音。重い荷馬車がギチギチと軋む音。


 軍靴の音……ってわけじゃないか


 朝起きて、取り囲まれるという最悪な朝はどうやら免れた。

 防壁の向こう側、エルタの街はオレの存在なんてなかったかのように、賑やかに動いている。


 オレ、ここにいる意味ある?

 ぼんやりと、膝に顎を乗せてそんなことを思った。


 それは一種の楽観でもあった。

 あの優秀な十一人がいるのだ。

 栞も、玲も、雄大も、全員が揃ってこのエルタを鮮やかに解放した。

 ゲーム的に言えば、すでに攻略済みの安全エリアだ。

 これだけの超弩級の戦力が揃っているなら、女王様から賜った「国を守る仕事」なんて、あいつらに全部丸投げしておけばいい。


「最終的には帰るがクリアか……」


 同時に、深い悲観でもあった。

 オレの授かったスキルは『逃げるが吉』。ジョブは『後退士』だ。

 王都を追放された理由だって、要するにゲームでいうところのトロール行為(利敵行為)だと見なされたからだ。


 指名手配犯を匿うのも相当なリスクだろう、とも思った。

 マーラ婆さんには初対面なのに世話になりっぱなしだ。

 セルノは修道士としての本来の仕事を半分ほっぽり出してここに居座っている。

 エヴァンとシオンは外の見張りと、情報収集をやっている。


「そもそもオレは追放の身。元の世界に帰るのも絶望的。ま、オレ一人の人生だし。辺境でのんのんと暮らすので良くないか?」


 ネット小説の追放モノよろしく、ひっそりと、誰の目にも留まらない静かな場所で、小さな畑でも耕しながら余生を過ごす。

 それが一番、誰の迷惑にもならない完璧な正解な気がした。


 弱気な諦めが頭を支配しそうになった、その時だった。


「起きてるじゃないか」


 上からエヴァンがひょっこりと覗き込んでいた。


「ってか。喋るな。見つかったらどうする」

「あ……悪い」

「飯、先に食っちまったからな」


 悪びれもしないぶっきらぼうな物言い。

 でも、それがいつも通りで、


 これがずっと続くなら、と心が軽くなった。


 歪な木製の食卓には、昨日の残りの冷えたスープと固い黒パンが置かれていた。


 テーブルの中央では、セルノが大きな地図を広げていた。

 どこで手に入れたのか、エルタを中心に周辺の街道や深い森、点在する集落が細かく書き込まれている。

 エヴァンとシオンが、その両側から熱心に地図を覗き込んでいた。


 オレは黒パンをスープに浸して柔らかくなるのを待ちながら、なんとなく声をかけた。


「……なあ。てかさ」

「ん?」

「辺境でのんのんで良くない? オレを匿うの、みんなマジで大変だろ」


 三人が、弾かれたようにほぼ同時にこちらを振り向いた。


 セルノが、神妙な顔で口を開いた。


「エルタへ降りて聞いた話ですと、フィニスの女王が彼らをここに向かわせたとのこと。魔物は跋扈していましたが、僧兵の守りが最も堅い、このエルタの街を、です」

「あれ。オレの話聞いてる?」


 元から堅い街をさらに盤石にするために、あの十一人のチート戦力を投入したという、それだけ。


「効率を求めて、だな」


 エヴァンが言った。

 その声は、ひどく低く、冷えていた。


「俺たちの村は、最初から放って置かれたんだ」

「十一人も、あんなに強い人がいるのにね」


 シオンが言葉を続けた。

 いつものジト目ではなかった。

 ただ、感情の起伏がない、静かな瞳だった。


(なんか、良くない方向に行ってる気がするんだけど)


 オレは、心を逃がす為に、スープを吸った黒パンを口に入れた。

 噛んで、飲み込んだ。


 カルネの村も。レンの村も。

 あの十一人が進む「最短かつ最大効率のルート」から、最初から完全に外れている。

 効率的に帝国を打倒するため、大きな都市と都市だけを繋いで進む。


「修道院で聞いたルートはこうです」


 作戦だから、辺境の小さな村には最初から寄らなかった。

 いや、寄れなかったのかもしれない。


 マップだと考えると、一目瞭然だ。

 そこには道がない。

 しかも荒野とか、草原とかじゃない。


 ヴァルシア王国が長い年月をかけて、切り開いた国の為の道。

 ルートの外は全て森。ルートを繋ぐように街がある。

 大きな街と街を繋ぐための国策だったのだろう。


 でも、ゲームの進行ルートにしか見えない。


「それでも、さ」


 しばらくの重い沈黙の後、オレは消え入るような声で言った。


「オレのスキル、話したろ? 『逃げるが吉』だぞ。王都を追い出されたのだって、ただのトロール行為だって判定されたからで。オレに出来ることなんて……」


 言い終わるよりも、早かった。


 エヴァンとシオンが、凄まじい勢いで、びしっ、と自分たちの胸元を指さした。

 二本の指が、一点の曇りもなく真っ直ぐにオレを射抜く。

 セルノが、その横でうんうんと深く頷いた。

 静かに、でも絶対に揺るがない確信を持って。


 オレは、三人の顔を交互に見た。

 三人とも、ひどく真っ直ぐな目でオレを見ていた。


「た……確かに、結果論的に村は解放してる……が」


 自分で言葉にしておいて、自分で一番驚いてしまった。


 カルネの村で、あの凶暴なスヴァントウルフを追い払った。

 レンの村への道中で、統率されたホブゴブリンの群れを撃退した。

 

 ただ、そこはあの十一人の目には、ただの背景だ。

 加えて、オレは意図して、英雄になろうとしたわけじゃない。


(カルネは七人も死んだ。レンだって他の村だっていっぱい死んでたんだろうし。やっぱ英雄じゃないけど)


 ゲームの背景部分で、生きやすくする。


 それくらいの努力は必要かもしれない。


 のんのん追放ライフだとしても。



 テーブルの上には、依然として大陸の地図が広げられたままだった。


「自動翻訳のシステムを活かして、国外へ高飛び……と言っても、土地勘が全くないしな」


 オレが独り言のように弱音を呟くと、セルノがすぐに地図の上に指を走らせた。


「現在、異邦人の本隊はこの開かれた主要街道のルートを進んでいます」

「やっぱりな。大きな都市部だけを結んでる」


 エヴァンが言った。

 羊皮紙に描かれた太い街道が、点と点を見事に繋いでいた。

 大きな街から大きな街へ。物資が大量に動き、人が最も集まる場所。

 同時に、ただのゲーム都合のルートにも見える。


「ここの深い森も、完全に放置か。命懸けで生きてる木こりたちを完全無視かよ」


 エヴァンが、悔しそうに地図の一点を指で叩いた。

 主要街道から大きく外れた場所にぽつんとある、小さな集落の記号だ。


「開かれた安全な街道を使い、大量の物資を輸送するためにあえて大きな川のルートを利用」


 シオンが、澱みなく淡々と解説を続けた。


「って! ちょっと待て!なんで現地民のお前らが、そんな兵站の話を普通に知ってんだよ!」


 思わず大声でツッコんだ。

 シオンは隠世の精霊術士だ。

 狩人のエヴァンだって、王都で軍事的な地図を読む訓練を受けた様子なんて微塵もない。

 なのに、二人ともプロのゲーマー顔負けのルート分析をしている。


 シオンが、すっといつものジト目に切り替わった。


「普通に街の噂を聞いたら誰でも分かるよ。カペーは指名手配犯だから一歩も外に出られないけどね」


 そして、事も無げにさらりと爆弾を付け加えた。


「あと、カナデって異邦人。街の女の子たちに超人気だった」


 ……奏が人気。


 それはそう……って


「いや、ルッキズムかよっ!」


 思わず、本日一番の大声が出た。


「あいつ、世界の危機とかいう大義名分と勇者っていう自分の立場をフルに利用して、異世界でギャルゲ無双してんじゃん! これは全男子を敵に回す許されざる行為!」


 エヴァンが耐えきれずに盛大に吹き出した。

 セルノが、大真面目な顔で首を傾げた。


「ギャルゲ……無双? それは、異邦人の高度な戦術用語ですか?」


 その時だった。

 トントンと小気味よい音が響く台所の方から、低い声が届いた。


「左様。ノブレス・オブリージュとは、いつからハーレムという破廉恥な名に置き換わったのだ?」


 寡黙で何も言わない……筈のマーラ婆さんだった。

 白髪を粗末な布で包んだ老女が、木べらを右手に持って立ち上がった。


「破廉恥無双などと……」


 セルノが、パニックを起こして石のように固まった。


「ナンパゲージャンル? それとも同人まで行ってるかも……」

「なんと! ますます許せん……」

「ま、マーラさん……?」

「あれかい? 巷で流行りの、異世界転生モノの定番のチートというやつかい?」

「マーラさん……!?」

「異世界人はその都合の良い能力を使って、民から、女を簒奪するのかい?」

「マーラさん!? ちょっと、マーラさん!?」


 セルノの声が、一音ごとに裏返るように上ずっていく。


「とっかえひっかえ、責任とか考えずに、煩悩のままに」

「マーラさん、落ち着いてください」


 オレは数秒間、開いた口が塞がらずに呆然とした。

 その間も、マーラは何かを叫び、セルノはマーラの名を呼び続ける。


 突然、どうした。いや、さっきから、マーラマーラとっ!


「その名前の連呼もやめて!? これ絶対に自動翻訳が悪さしてるって!オレの言葉が、心の中のネットスラングがダダ漏れて、婆さんにそのまま伝わってる! 」


 エヴァンが、今度こそ腹を抱えて盛大に床を叩いて笑い転げた。

 シオンも、小さな手を口元に当ててぷるぷると肩を震わせて笑いを堪えている。


 セルノだけが、完全に魂が抜けた顔で「ダダ漏れ……異邦人の術式か……?」と虚空を仰いでいた。


 マーラ婆さんは、満足したように木べらを一振りすると、何事もなかったかのように台所の奥へと戻っていった。


 ◇


 騒がしい笑いがようやく収まり、部屋にはまた元の静けさが戻ってきた。

 小さな窓から、朝の澄んだ光が差し込んでテーブルの羊皮紙を照らす。

 エルタの朝だ。防壁の外側の、指名手配中の男が身を潜めている家の、静かな朝。


 オレは、胸の奥で何かがどうしても許せないような、熱い感覚を覚えていた。

 それが、奏が異世界でギャルゲ無双していることへの嫉妬なのか。

 あの十一人が、辺境の小さな村々を「効率」のために見捨てて素通りしたことへの憤りなのか。

 オレを無能だと簒奪者だと決めつけて追放した、あいつらへの意地なのか。


 その全部かもしれない。


 嘘だ。一番最初のだ。


 オレの心には、カチリと小さな火がついていた。


「それはそれとして……」


 オレは、広げられた地図を真っ直ぐに見据えた。


「オレは、これから何をしたらいんだ?」


 三人が、互いに顔を見合わせた。

 その答えは、最初から一つに決まっていた。


「あいつらに拾ってもらえない、小さな村の解放だ」


 エヴァンが、不敵に笑って言った。


「ですね。微力ながら、このセルノも同行致します」


 修道士が、静かに後に続いた。

 オレはセルノを半眼で見た。


「いいのかよ。教会の、修道院のトップの方針とは真逆のルートだろ」


 セルノは、ブレのない真っ直ぐな目で言い返した。


「駆殿。私が生涯を捧げて従うと誓ったのは、腐敗した司教の言葉ではなく、聖書に記された主の御心です」


 成程。そういうものか。


 オレは、もう一度地図に目を落とした。

 オレたちが解放してきた場所は、地図の上に表記がない。

 でも、カルネの村も、レンの村も、確かにそこにあって必死に生きていた。

 誰の目にも留まらない見えない場所に、置いていかれた村が、まだたくさんある。


「……分かった。でも、無理するなよ」

「無理は承知です。 私にも矜持というモノがありますから」


 オレは、スープを完全に吸いきった黒パンの、最後の一切れをフォークで掬い上げた。

 口に入れた。

 しっかりと噛み締め、飲み込んだ。


 乗せられているような気もするが、村田雄大、それから天野奏。

 誠司さんは彼女持ちだし、玲と剛は栞推しだし?


 よく分からんけど、オレだって!

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