第40話 サムライ・ディメンション
全員が話し終わり、栞のディスプレイが展開する。
それぞれの前に移動して、各自が確認する。
「覚えらんないー!」
「メモをとってはいかがかしら?」
「メモきらーい」
「ならば、拙者が」
「お!流石、雄くん!」
雄大が必死に書き込む中、各々が思っていたのは
——強すぎる、だった。
付け足すぞ、と始めた玲の言葉に、全員が更に戦慄する。
「あくまでスキルだ。ステータス値は残念ながら見えない仕様になっている。俺たちは既に人間を辞めているということだ」
「逆を言うと、レベル1の初期値は普通の人間よ。パーセント表記を過信しないこと」
どちらの言葉も一応受け止める。
でも、やはりゲームみたい。そしてゲームみたいに
「最近、魔物がどんどん強くなるし、数も増えるし」
「それにレベル4からこっち、上がる気がしない。限界が近いのかもしれない」
だからこそのチーム変更だった。
玲と剛が順番にジョブの名前を挙げ、役割の被りを潰していく。
そこに感情はなく、ただの戦術的な計算だった。
そして、やはり。
この状況下で、村田が動いた。
「……僕の魔術師のジョブの、完全な上位互換が栞さんです」
村田がハッキリと言った。
顔色は艶やかになっていた。
そして声には、一切の迷いどころか確信が乗っていた。
「僕は左手が疼くとは言え、ウィザードです。遥か深淵に届くまで詠唱が必要です。でも、栞さんはソーサラー。ソースとは血族。僕よりもすごい、と。ということで──例えば、僕と舞さんをセットにしてみてはどうでしょう」
沈黙があった。
栞は村田を見た。
村田は栞を見なかった。
ニヤニヤしていた。
誰の目にも、それはバランスではなく、私情ではと映っている。
だが、栞が村田の上位互換なのも事実だった。
「それで舞さん、どう?」
奏は滑らかに視線を送った。
すると、舞はあっけらかんと
「いいんじゃない?」
一秒も迷わずにあっさりと言った。
それで、村田と舞がセットになった。
次に自分の意見を言ったのは蹴鞠。
彼女が口を開いたのは、栞の名前が出た時だった。
「ゲーマー男二人には、そろそろ飽きましたの」
蹴鞠は、豪奢なフリルの裾を優雅に払った。
さも当然のことを言うような、誇り高い顔だった。
「わたくしは、栞様と組ませて頂くわ」
栞の萌え袖に腕を絡めて、蹴鞠は強引に引き寄せた。
栞は抵抗することなく、ぐいっとドレスの中に押し込まれた。
すると玲が、壁から完全に体を離した。
「飽きただと……勝手にしろ。なら、俺は舞のチームだ」
村田がガン見する中で、舞の横に並ぶ。
戦力計算としてビーム剣士がそちらに必要だと判断したのか、蹴鞠への意趣返しなのか、どちららともとれる。
「アタッカーがそっち……」
「凜さん。わたくしと一緒に参りましょう」
玲が舞チームに入った、この瞬間、凛のポジションが動いた。
動いた、というより──動かなかった。
行き先は自動的に決まった。
「はい」
この時の日向は、何も言わなかった。
栞は、その奇妙な沈黙を眺めていた。
すると剛が、低い声で口を開いた。
「どうチーム分けしても、栞が要には違いない」
静かな声だった。
でも、揺るぎない確信があった。
「だから俺は栞の盾になる」
玲が、ちらりと剛を見た。
その瞳が少しだけ不満げに動いた。
そして、剛は僅かに微笑んだ。
「蹴鞠。そいつもゲーマーだが?」
「細かい男ですわね。 わたくしは栞様がいいのです」
ということで、剛が栞チームに入った。
メインタンカーが栞を守る。
「盾使いがそっちか。でも、俺は」
「そこ。私情を挟むな」
ヤケになってきた玲の言葉だ。
誠司は面倒くさそうに、頷いた。
サブタンク職に近い誠司は、バランスを取るために自動的に舞たちのチームになった。
「よろしくね。誠ちゃん!」
「せい……、誠司でいい」
二人の間に、一瞬だけ鋭い視線が交わった。
「別に良くない? まいっか。ってか、ズルくない? ヒーラー欲しいし、日向ちゃん、こっちね」
舞が、明るく言った。
「あ……。その……」
「回復、欲しいしー。肌とか傷つけたくないし」
単純な理由。
肌のケアに必要だから来て、というストレートな声だった。
日向が、顔を伏せたまま小さく頷いた。
「なら、美咲だな。ヒーラーを兼ねるよな?」
「え……うん」
「そこ。私情を挟むな!」
「玲……落ち着いて」
「落ち着いているからこそだ」
清く叩く、回復魔法が使える美咲が栞チームに入った。
凛は、まだ何も言えない。
日向も、まだ何も言えない。
栞は二人を交互に見た。見て、肩をすくめた。
というのも、最後に残ったのが、奏だから。
「ふぅん。今が五と五。 一人足りないと、面倒だね。 案外、十二人ってよく考えられていたのかも」
道化のようにおどける。
一人を追放した。その罪状は異邦人でなかったから。
であれば、彼の言葉はおかしいが、誰も何も言わない。
「前にもボクはどっちでもいいって言ってたけど……」
奏が、少しだけ考えるような間を置いた。
「男女比的に、ボクは栞ちゃんのチームにしておくよ」
沈黙があった。
栞は奏を見た。
奏は、いつものようににこにこしていた。
彼の発言はなんとなく、当然のように聞こえた。
だから栞は、小さく肩をすくめた。
栞自身気づかなかったが、久しぶりに、肩から少しだけこわばった力が抜けていた。
クラス替えのような、新鮮さがそこにあった気がした。
「色々あるみたいだけど……」
小さなガッツポーズの凜
悲しそうな日向
二人を視界の端に捉えつつも、ディスプレイを弄る。
「——チームは決まったわね」
空中に飛ぶディスプレイに名前を映し出した。
こう見ると悪くない。
四人は少なかったかもしれない、なんて思う。
【栞チーム】
栞・蹴鞠・剛・凛・美咲・奏
【舞チーム】
舞・村田・玲・誠司・日向
そして何故か、玲ではなく舞のチーム。
栞は無意識にそうしていた。
実際、彼女の存在は大きいと思ったからだ。
村田はさておき、舞は心の根っこから明るく、誰とでも対等に話をする。
加えて、感情が分かりやすい分、行動も読みやすい。
そういう意味では貴重な存在だ。
栞には、そう思えた。
「次に決めるべきは、進行ルートね」
「帝国に向かって、真っ直ぐ進むんじゃないの?」
舞が、不思議そうに首を傾げた。
「北のルートは遠回りで、しかも大きな川越えがある。中央は険しいアルプス越えで、現実的にあり得ない。南のルートが一番堅実だけど──北の方に、影響力の大きな都市部が密集している」
剛が、持っていた地図を広げた。
冷たい石のテーブルの上に、広大な大陸の羊皮紙が広がった。
「都市部が多いということは」
蹴鞠が、優雅に口を開いた。
窓の外の青空を見ながら、静かに言った。
「それだけ、大衆の注目を浴びる機会も多い、ということですわ」
それから、蹴鞠は真っ直ぐに栞を見た。
「でしたら、北ルートですわね」
豪奢なフリルの裾が、かすかに揺れた。
「世間の注目を浴びることこそ、我ら貴族の絶対の使命ですわ」
誰も首を振らないし、笑わない。
フィニス王国でのパン騒動は、彼らの一つの基準になっていた。
勿論、それだけではない。
「装備の修復。高級宿屋がある。当然だろうな」
「ウチ、シャワー浴びたいし」
部屋の中に、静かで軽い空気が広がった。
「うむ。街を解放するのが、拙者たち勇者の役目に御座るからな、舞殿」
「シャワーか。あんなに面倒だった風呂が恋しいとはな」
「誠ちゃんも、人のこと言えないじゃん」
「カ……。あぁ、そうだな」
「ホームの生活環境は必須だ」
「ゲームってそんな感じ?」
「拠点を移しながらレベルを上げる。装備もそうだが、エルタがそうだったように、大都市ならサブミッションがあるはずだ」
「やっぱりレベル上げの拠点は必要よね」
北ルート。都市部。人目が多い場所。
「川沿いの街セレーヌ。そしてヴァルシア王国王都リュデアの解放を優先。……決まりね」
栞が宣言する。
すると奏がそれとなく、テーブルの上の地図を見た。
エルタの壁の外の、名もなき街道──
女王の名でお触れが出ている男が、朝方見えた場所。
「奏くん、そこに何かあるの?」
日向が聞いた。
奏は着流した和装を少し正して、軽く息を吐いた。
「特に意味はないよ。 さ、新しいメンバーで作戦を考えよう」
「あ……えっと」
「日向ちゃん。チームは変わったけど、十一勇者はみんな仲間だよ」
「う……うん。そうだよね」
そして、一人大満足の男がいた。
「舞殿、思いついたでござるよ」
「雄くん。今は詠唱の話はぁ」
「違うで御座る。拙者は空気を読める、聡明なウィザードに御座る」
「それは分かったけど。じゃあ、何?」
ふんふんと鼻息を鳴らして、彼は言う。
「十一勇者と来て、ピーンと来たで御座る。十一といえば、サムライでござる」
「え…………ぇと。なんで?」
すると、鼻息の向こうで奏が言う。
「月の覚え方であったよね」
そこにすかさず、凜が入り込む。
「西向くサムライね。二月、四月、六月、九月。そして十一月——」
「あー、あったね。で、どした?」
「知らないわよ。 サムライ勇者とか言うつもりじゃない?」
雄大の両肩が跳ねる。
嬉しそうにというよりは、目を泳がせる感じ。
「ダサい……かも。雄くん」
やり過ぎた。ピンと来すぎた。余計な事を閃いた。
だが雄大の焦りは杞憂に終わる。
栞は少し、柔らかく微笑んだ。
「アタシたちだけの記号は必要かもね」
「俺も賛成だ。ずっと異邦人、異邦人と差別主義者の言葉だ」
「中世とはそんな時代かと存じますが……」
何人も参加する。
チーム編成よりも、十一人が本気で話し合った。
その結果。
「サムライ・ディメンション。カッコよいで御座る。真の意味は11の次元。 超ひも理論にござるな?」
「悪くないな」
「なんか、アニメとか漫画とか、ゲームの名前みたい」
「こっちの人間には分からない意味を入れるのは悪くないわね」
神宮寺玲は高らかに宣言する。
「これより。我らはこう名乗る。 サムライ・ディメンション。世界を攻略する者なり」
国中に轟く異邦人勇者部隊。
その名は、——サムライ・ディメンション




