第39話 十一勇者のパーティ編成
リュートの音が、朝の冷たい空気に溶けていた。
エルタの宿の屋上は、石畳の街並みより少しだけ高かった。
風が吹き抜けた。朝の風はひんやりと冷たくて、でもどこか柔らかかった。
薄茶色の長い髪が、その風にふわふわと揺れている。
艶めかしい和服も綺麗になり、修復もされて、キラキラと輝いている。
奏は屋上の縁に腰を下ろし、リュートを抱えていた。
弦を爪弾く指が、滑らかで静かなメロディーを紡いでいる。
特定の曲ではなかった。
ただ、この静寂な朝の空気に合う音を、気まぐれに探しているだけだった。
「本当に美しい街だね」
眼下のエルタの街が、少しずつ目を覚まそうとしていた。
石畳の広場に、人の影が増えていく。
家々の煙突から、朝餉の支度を示す白い煙が上がり始めている。
遠くで、荷馬車の木の車輪が石畳を転がる低い音がした。
不意に、背後で重い物音がした。
「これは失礼」
奏は、リュートを弾きながら楽しげに言った。
振り返りもしなかった。
「起こしてしまったね」
「……アタシは元々、夜型だから」
丈の長いニットのセーター。
栞の声だった。
一睡もできていない、軋むような声だった。
「駄目だよ。どんな時でも、ちゃんと寝ないとね」
奏は笑顔で振り返った。
そして、栞に向かって軽く手を伸ばしかけた。
「フィニス女王と話をしてるんでしょ?」
栞の目が奏を捕らえた。
まったく寝ていない座った目だった。
睨みつける栞を見て、奏の手がピタリと止まった。
奏は、伸ばしかけた手を静かに引く。
引いた手を宙で少し遊ばせ、誤魔化すようにまたリュートの弦に戻した。
「さて」
奏が、軽やかに立ち上がった。
「今後の作戦会議に行かないとね」
「分かってる」
栞が、重い足取りで先に歩き出した。
屋上の出口の扉に向かう。
「栞ちゃん」
背中越しに、奏が明るく呼んだ。
「なるようになるさ」
栞は振り返らなかった。
でも、その足が、一瞬だけピクリと止まった。
それから、また無言で歩き出した。
「なるように……ね」
重い扉が閉まった。
奏は、屋上に一人残された。
もう一度だけ、リュートを一音だけ鳴らした。ポロン、と寂しい音が響く。
それから、ゆっくりと出口に向かった。
扉を開ける直前、奏の視線が、ふと街の隅へと流れた。
ほんの一瞬だった。
エルタの堅牢な壁の外、街道から少し外れた目立たない場所。
そこに、ひっそりと建つ古い石造りの家を、流し目で見た。
「異能だから、って意味だけどね」
誰の耳にも届かない、冷めた声だった。
◇
宿の一室に、残された十一人が集まった。
部屋は広くはなかった。
冷たい石造りの壁に囲まれた、質素なテーブルと椅子だけの空間だった。
全員が座れるほど椅子がなかったので、玲と剛は壁にもたれかかって腕を組んで立っていた。
その中で舞が、部屋の中央に進み出た。
「じゃ、始めるよ」
栞はテーブルの端に座っていた。
彼女は目を伏せていた。
会議を仕切る気がないと、誰に対しても分かるように。
「買い物は済んだし、見るとこも見たし。ウチたち、これからどうする?」
舞が腕を組んだ。
露出の多い踊り子の衣装のまま。
村田の瞳が輝いて、組んだ腕の中を食い入るように見つめた。
その視線を覆ったのは、蹴鞠の団扇だった。
舞をツッコんだのは、誠司と美咲だった。
「観光じゃないんだぞ。済んだのはサブミッションだろ?」
「終わったからどうしようって話だったよね?」
「そもそも、何故お前が仕切っているんだ」
内輪が視界を遮っている村田以外の全員が舞を向く。
すると、一人の女が手を挙げる。
手と言っても、殆どがニット生地に隠れて見えない。
「アタシがお願いしたの」
「栞が? その訳を聞こう」
「元気だから。 あと、皆、朝が苦手だから。 それと舞はアタシに借金があるから。利子分は動いてもらうわ」
玲と剛が息を吐いた。
奏と蹴鞠も肩をすくめた。
誠司も、美咲も同じだった。
「確かに」
「と、とにかく! 栞ちゃんの言う通りミッションをこなしたじゃん」
舞も面倒くさかったが仕方がなかった。
青髪の彼女は終始寝不足だが、他の九人も大概だった。
「それで、今のチーム分けを見直そうってなったじゃん。この先、帝国に近づくにつれて敵が強くなるんでしょ。三分割じゃ、各部隊の戦力が少なすぎる。だから、二つに分けるって」
誰も反論しなかった。
議題を決めたのも栞なのだし。
「戦力のバランス計算は、玲と剛に任せるわ」
その栞が言う。
壁にもたれていた玲が、少しだけ体を起こした。剛が腕を組み直した。
「……分かった。だが、これは確認せねばな。 魔羊皮紙でステータスの確認だ」
剛も壁から背中を剥がした。
ゲーマーとして、ステータスとジョブの配分が、自分たちの得意分野だと理解していた。
「サブミッションは前のチームごとにやってたからな。蹴鞠以外は知らない」
蹴鞠も頷き、団扇をしまう。
村田の視線が解禁されるが、舞の腕組み、止せてあげるポーズは終わっていた。
「跳ねるが吉はレベル4よ。玲さまも剛さまも同じくレベル4」
「皆もレベル4か? レベル5に到達している者がいたら、手を挙げて欲しい」
玲は言った。
二か月間は前のままで行った。
どのミッションも簡単であり、問題はなかった。
最初に答えたのは奏だった。
「ボクの囀るが吉もレベル4だよ」
「私も。突き刺すが吉、レベル4」
「わたしも。祈るが吉のレベル4ですぅ」
すると誠司が言った。
「なぁ。これ申告する意味あるのか?」
「必要だ。スキルの確認無しにチーム分けなど」
「そういう意味じゃねぇよ。羊皮紙を見せ合えばいいだけだろ」
美咲は黙っていた。
誠司が不思議そうに首を傾げると。
「意外ですわ。仲睦まじいから当然知ってると思っていましたのに」
「仲いいよ。なぁ、美咲」
「うん。でもえっと、誠ちゃん……。誠ちゃんは見せてくれたけど」
そっと鞄から羊皮紙を取り出した。
誠司はぽかんと口を開けた。
「あ……。全然読めねぇ。なんでだ? 自動翻訳が利かない?」
「いいえ。自動翻訳はされているわね」
誠司の顔が上がる。
誠司だけでなく、全員の顔が上がった。
栞チーム以外。逆に言うと、だからこそ栞チームは口に出した。
「どういう意味ですの? 当然、わたくしたちも見せ合いました。それで至った結論ですの。 羊皮紙はわたくし自身のもの以外、自動翻訳が弾かれる、そう思っておりましたが」
「天野くん。貴方の口から説明してあげて。元々、貴方の気づきから始まったことよ」
栞は目を閉じていった。
奏は肩をすくめて、同じく目を瞑った。
「そうだね。 現地の人間に見てもらったんだよ。ボクの羊皮紙を。勿論、誰でというわけじゃないよ。それなりに偉い人に。そこで確認済みなのさ。この文字はオルエレアの文字とも違うらしい」
僅かに凜の視線が動き、日向は目を閉じた。
「そうか。ギルド登録が口頭のみで終わったのはそういうことか」
「分かったで御座る! 舞どののそのご尊顔、その魅惑的過ぎるボディ。舞殿は外国人に御座るな?」
暫く、沈黙する余計な一言。
ある意味で才能。
「雄くんのそういうとこキモい」
「う、嘘でござる。取り消すでござる」
「ま、いいけどー。ウチは確かに半分日本人じゃないけど、使ってる言葉は日本語だよ」
「ふ。良かったで御座る。では、この文字は一体」
村田は直ぐに切り替えて、羊皮紙を眼鏡越しに睨む。
眼鏡を外して、近づけても睨む。
「考えても意味はないわ。 アタシたちは異世界から来て、奇妙なスキルを手に入れた。それも一人一人、違う力をね」
「確かに、栞の言う通りだ」
「これ以上は時間の無駄か。 全員、口頭で包み隠さずに言うようにしろ」
羊皮紙を出している者は鞄に仕舞い、出していない者は頭の中を整理した。
その様子を見て、栞は玲にいくつか耳打ちした。
玲は僅かに頬を染めつつも咳払いで誤魔化し、何度か頷いた。
「先ずは俺が見本を見せる。曖昧に言われても困るからな。先ずは職業、ランクレベル。次に付与された力の順だ」
玲から話し、剛も頷いて、それぞれが話し始める。
言い方を間違える者や、妙な言い回しをする者もいたが、以下のように纏まった。
◇
神宮寺玲『切り裂くが吉』ソードマスターレベル4
連続斬り時のみ威力50%アップ、連続斬り中は被ダメージ30%軽減、斬撃範囲拡大
大石剛『突き返すが吉』、タンカーレベル4
被ダメージを受けた時のみ反撃威力75%アップ、挑発中は味方全体への被ダメージを肩代わり可能、肩代わり時のダメージ50%軽減
如月栞『読み解くが吉』、ソーサラーレベル4
看破済みの敵への魔法は詠唱時間50%短縮、連続看破でスタック蓄積
天野奏『囀るが吉』、バードレベル4
囀り中に敵の能力を同時に30%ダウン、囀り中に味方全体の能力30%アップ
水瀬舞『踊るが吉』、踊り子レベル4
回避率50%アップ、 踊り続けるほど回避率上昇、回避成功時のみ反撃発動、踊り中は状態異常を無効化
九条蹴鞠『跳ねるが吉』、モンクレベル4
跳躍攻撃時のみ威力75%アップ、連続跳躍で威力が累積アップ、足場が体重10%まで跳躍可能
相沢誠司『清く守るが吉』、ナイトレベル4
味方を守る時のみ防御力75%アップガード、ガード時移動速度更にアップ、成功時に反撃可能、反撃時も防御力は維持
岸本美咲『清く叩くが吉』、クレリックレベル4
叩き性能50%アップ、補助魔法の性能アップ、叩き連続命中で補助魔法が自動発動、自動発動時の補助効果50%アップ
村田雄大『唱えるが吉』、ウィザードレベル4
詠唱時間をさらに延長、ただし威力5倍
柊ひなた『祈るが吉』、ヒーラーレベル4
回復と同時に防御バフ付与、瀕死の味方への回復量さらに50%アップ、回復量が対象の最大HPを超えた分を一時的な追加HPとして付与
黒瀬凜『突き刺すが吉』、アタッカーレベル4
刺突時に速度大幅アップ、急所判定範囲拡大、突き刺し成功時に出血効果、カウンター時レイピアタイム発動




