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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第38話 ゲームの背景

 夜になり、一層宝石箱のように見える街。

 森ばかりの国にある奇妙な空間。


 ヴァルシア王国とはそういう国だ。

 殆どが森であり、空いたスペースに町や村、集落がある。

 故に森が穢されると、人々は自由を失い、命を落とす。


「簒奪者……か」


 声に出してしまった。

 自然と口からこぼれ落ちていた。


「オレ自身の罪と言われると、ヤバいな」


 頭の中に、歴史の授業で習った凄惨な光景が浮かんだ。

 石造りの広場。熱狂し、血を求める群衆の声。

 斜めに落ちる、冷たくて重いギロチンの刃。

 王族だというだけで、特権階級の血を引くというだけで、有無を言わさず首を落とされた人間たちの話。

 アニメやゲームのファンタジーじゃない。現実の歴史の話だった。


(追放で済んだのは……まだマシだったのか)


 でも。


 オレはエヴァンを見た。シオンを見た。セルノを見た。

 三人とも、過酷な世界を生き抜いて戦える力を持っている。

 エヴァンは正確な弓を引ける。

 シオンは精霊の声で感知できる。

 セルノは棒一つで魔物の体勢を崩せる。


 この辺境の現地民がこれほどバランスよく戦えるなら。

 王国の正規兵だって、同じように強いはずだ。

 もし次に見つかったら、今度こそ追放では済まない。


 オレの視線に宿る不安に気づいたのか、シオンが静かに口を開いた。


「怯えないの」


 平らな声だった。

 でも、確かな芯が通っていた。


「……私は通報なんてしない。絶対に」


 エヴァンが、力強く腕を組んだ。


「俺もだ。実際にカルネもレンも救われた。俺にとっては、それだけだ」


 セルノも深く頷いた。


「私もです。教会の司教が下した判断に、私はどうにも納得できません」


 決意の言葉だった。

 三人とも、微塵も迷っていなかった。


 オレは、ゆっくりと息を吐いた。


「だったら……目立たない方がいいな」


 奇妙な感覚だった。

 オレは確か、二か月くらいはあっち側にいた。

 あっち側の世界は、ゲームみたいな世界だった。

 ゲーム世界なら、大きな街を目指すのが普通だ。


 だから、十一勇者の気持ちが分かる。


「このまま引き返すか」

「夜の森は危険だ」

「カペーは逃げられるかもしれないけど」

「あぁ、そうだったな」


 追放されて分かったのは、ゲーム世界じゃないこと。

 人々は生活しているし、魔物と戦ったりもしている。

 森の開拓なんて不可能だし、食べるのも大変。

 生と死が近くにあるが、逞しく生きている。


 今のオレは、彼らがクリアするゲームの背景にいる。


 今のオレは、背景の気持ちも分かる。


「夜はとても危険です」


 セルノが、手にした松明を持ち直した。


「私に心当たりがあります。口の堅い家が」

「修道士のネットワークか?」

「ええ。日頃の巡回で、顔を売っておくものですから」


 エヴァンが、パンと膝を叩いて立ち上がった。


「だったら行こうぜ。腹が減った」


 シオンが小さく笑った。

 張り詰めていた緊張が、その言葉で少しだけ抜けた。


「ま、そうだな。普通に考えて、もういないし」

「そうだと……いいですが」


 セルノを先頭に、オレたちは丘を下り始めた。

 エルタの堅牢な石造りの街が、夜の闇の中に深く沈んでいた。


「フラグみたいなことを言うなよ」


 オレは一度だけ、辺りに視線を泳がせた。

 それから、しっかりと前を向いて歩き出した。


 ◇


 セルノが案内したのは、街の外れにある古い石造りの家だった。

 エルタの高い防壁の外、街道から少し外れた目立たない場所に、ひっそりと建っていた。


 重い木の扉を叩いたのはセルノだった。


 しばらくして、ギィと音を立てて扉が開いた。

 老いた女が顔を出した。白髪を粗末な布で包んでいる。

 彼女はセルノの顔を見た瞬間、すっと目を細めた。

 驚きでも警戒でもなく──確かな安堵の目だった。


「セルノ様」

「お久しぶりです、マーラさん。夜分に申し訳ない。少し、我々を匿っていただけますか」


 マーラと呼ばれた老女は、後ろにいるオレたちを順番に見た。

 値踏みするような鋭い目だったが、長くはかからなかった。


「どうぞ」


 それだけだった。


 急いで中に入った。

 分厚い石壁の家は、冷え切った外よりもずっと暖かかった。

 暖炉には、パチパチと音を立てて火が入っていた。

 小さなテーブルに、すぐさま黒パンと温かいスープが出てきた。


「冷えますので」


 マーラは余計なことを一切聞かなかった。

 名前も、素性も、なぜ夜中に匿われる必要があるのかも。

 ただ黙々と食事を出して、寝るための場所を毛布で示して、奥の部屋へ引っ込んだ。


(口が堅いというのは、こういうことか)


 エヴァンが、遠慮なく黒パンを齧った。

 シオンが、冷えた手を温めるようにスープの椀を両手で包み込んだ。

 セルノが、目を閉じて静かに食前の祈りを唱えた。


 オレも、静かに手を合わせた。


「いただきます」


 黒パンを手に取って、齧った。

 ひどく固かった。歯の根に力を入れないといけないほどの固さだった。

 少し考えてから、温かいスープに浸した。

 パンが水分を吸って、柔らかくなるまでじっと待った。


(なんだっけ。グルテンが殆ど含まれないから、だっけ? このパンにも随分慣れたな)


 セルノが、ちらりとオレを見た。

 昨夜の食事の時と同じ目だった。

 でも今夜は、少しだけ違った。

 観察するような冷たさはなく、どこか柔らかく穏やかな目だった。


(なんだろ。 もっと話せばいいのに)


 誰も何も言わなかった。

 暖炉の赤い火が、静かに揺れていた。


「はぁ……。いないだろ。流石に」


 流石にこの程度、フラグとは呼べないだろう。



 エルタの街に取られた宿は、広くて立派だった。

 石造りの頑丈な建物の二階に、第一隊のための上等な部屋がいくつも並んでいた。


 栞は薄暗いその一室で、ベッドの上に膝を抱えて座っていた。

 開かれた窓の外から、まだ賑やかな歌が聞こえていた。

 同じ第一隊のメンバーである、奏が作った歌だった。

 街の人間がそのキャッチーな旋律をすぐに覚えて、酒場や広場で口ずさんでいる。


 自分たちを褒め称える、輝かしい英雄の歌だった。


「恥ずかしい……」


 同時に。

 コン、とノックの音がした。


「お邪魔していいかな」

「どうぞ」

「んじゃ、入るねー」


 最初の一言は奏だった。

 続いて、蹴鞠と舞が部屋に入ってきた。

 三人とも、手にはふっくらとした柔らかいパンを持っていた。

 宿の豪華な夕食の残りだった。


 加えて、三人ともが支給された上質な寝間着を着ていた。

 栞も同じく、その寝間着ですっぽりと体を覆っていた。

 これは着たいからではなく、必要な事だった。

 フィニス王国の異邦人館と同様に、ここにも魔法のクローゼットがある。

 高級宿屋は、前世界の服という装備を、綺麗に直すことのできる。


 ——超重要施設である。


 舞が「はむ」と、無造作にパンを一口齧った。

 玲と剛の姿はなかった。


「……で、なんで来たの」


 栞が、膝に顔を埋めたまま低い声で聞いた。


「栞ちゃんの顔が、なんだか暗かったからさ」


 奏は気を使い、床に座った。

 舞は、ベッドの真ん中の柔らかい部分に腰を下ろした。

 蹴鞠は優雅な所作で窓際に立った。


 そして舞は、パンをまた「はむ」と齧った。


「暗くないわ」

「暗いよ」


 栞は答えなかった。

 窓の外で、祝祭の歌がまだ続いている。


「あの『お触れ』のこと、気にして考えてるんだよね?」


 奏が、核心を突くように言った。


「……考えてない」

「考えてるじゃない」


 蹴鞠が、窓の外の夜景を見下ろしたまま静かに口を開いた。

 ふかふかの白パンを、手の中で弄ぶように持ち替える。


「わたくし、レイヤーとして衣装の時代考証を徹底的にやりますの。マリー・アントワネットのドレスを作った時、革命前後の血生臭い歴史も随分と調べましたわ」


 誰も、蹴鞠の突飛な言葉を遮らなかった。


「『聖戦』というものがありますの。信仰や大義のための戦いは、時に合理的な論理を超えます。そういう苛烈な時代には──わたくしたちが手にしているこの甘い白パンは、そのまま『国民の血』なのですわ」

「このパンがぁ?」


 舞が怪訝そうに聞いた。

 手の中の食べかけの白パンをまじまじと見つめ、それからまた「はむ」と躊躇なく噛んだ。


「王都で異邦人として支給された、豪勢な食事のことですわ。上等な宿も、最高級の装備も。すべて国が民の血税を絞って用意したもの。それを──力を持たない、本当の異邦人ではない者が使えば」

「簒奪者になるわね」


 栞は、小さく言った。


「存在するだけで、大罪になる時代があったのです。そこにいるだけで、群衆の憎悪を買い、ギロチンにかけられた人間が無数にいた。今のこの世界がその時代と同じかどうかは分かりませんけれど──少なくとも、女王陛下はそう判断されたのでしょうね」


 重い沈黙が落ちた。

 外からの明るい歌声だけが、無邪気に聞こえていた。


「栞ちゃん」


 奏が、慰めるように口を開いた。


「君の判断、絶対に正しいよ。ボクたち全員で追い出したんだし。 だから、一人で気に病まないで」

「気に病んでない。 帝国のスパイの可能性だってあったんだし」

「それに蹴鞠の話、第三隊の美咲ちゃんが分析した話を合わせると──あのまま速水くんを抱えていたら、ボクたち全員が『簒奪者』として処断されていたかもしれないしね」


 栞は顔を上げた。


「農業革命すら起きていないこの過酷な世界で、ボクたちは現代日本の飽食基準で、とんでもない量の富を消費していた。美咲ちゃんがその経済的矛盾に気づいてくれなかったら、今頃どうなっていたか。速水くん一人だけじゃなくて、十二人全員がギロチン行きだったかもしれないんだ」


 栞は答えなかった。

 でも、強く膝を抱え込んでいた両腕の力が、少しだけ緩んだ。


「ウチら、ちゃっちゃと魔王を倒して終わらせたらいいだけじゃん」


 舞が言った。

 扉にもたれたまま、いつものあっけらかんとした調子だった。

 白パンの最後の一口を「はむ」と飲み込む。


「魔王かは分かりませんわ。 少なくとも帝国が何かを仕掛けていることしか」


 蹴鞠は窓の外を眺め、優雅に団扇を仰いだ。


「てーこくってのが悪そうじゃん。 エルタはちゃんとやったし。華麗に街を解放して、結果出せたし」


 トロール行為を行った簒奪者がいた。

 それでカルディナ山脈の狼煙は、数日遅れても良いということになった。

 しっかりと備えて、連携も見直した。

 

 だからこその、エルタの華麗な解放である。

 ここは平野も広くて、耕せる畑が多かった。


 再び、準備をするには持ってこいの場所。

 勿論、それだけじゃない。


「なんとかなるって。サブミッションがここにもいっぱいあるし。その結果さえ出せば、誰も文句言わないでしょ」


 蹴鞠が、小さく上品な息を吐いた。

 呆れているのか、舞の能天気さに安心しているのか、判断しにくい息だった。


「……まあ、そうですわね。歴史は勝者が作るものですし」


 奏が、ホッとしたように笑った。


「そうだよ。ボクたちは結果を出せばいい。今日も、こうやって見事にできたじゃないか」


 栞はしばらく黙っていた。

 窓の外の英雄の歌が、少しだけ遠のいたように感じた。

 風向きが変わったのかもしれなかった。


「そうね。まだまだミッションはあるし。考えることは山積みだものね」


 青く長い髪。

 今は、それが自分の髪としか思えない。

 栞は髪に指を通して、ゆっくりと頷いた。


「それで。そんなことを言うために来たわけじゃないでしょ?」


 三人の話は、これでもう十回。いや、それ以上かもしれない。

 最初は、確かに色々あったが、今の栞には響いていない。


 言ってみれば、口実のようなものだった。


「舞、言いなさい」

「えー。また、ウチぃ? みんなだってそうじゃん」


 集まった三人。そしてここは、大きな街。


「服を買いたいなぁ、なんて……思ったりして」


 栞は息を漏らした。


「各自、同額支給されている。アタシの記録の間違い?」


 すると、パンと音が鳴る。


「……いいわよ。アタシはこの服でいいし」

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