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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第35話 エレインの修道士

 レンの村の空気は、カルネとは違った。

 土の匂いは同じだ。森の匂いも似ている。

 でも、違った。

 じめじめしているというより、どこか沈んでいる、という感覚に近かった。

 前のカルネもそうだったのかもしれないけれど。


「勇者様──」

「異邦人です」


 まただった。

 老人は少し目を細めた。

 否定しているのに、まったく否定として受け取られていない顔だった。


「勇者様も、異邦人とお呼びするとお聞きします」


 オレは息を吐いた。

 なるほど、と思った。


「あの。お名前を、聞かせてもらえますか」

「ヘルムと申します」


 老人、ヘルムは深く頭を下げた。

 震えた手が、膝の前で行儀よく揃えられた。


「ヘルムさん。この辺りの様子を聞かせてもらえますか。魔物の出方とか、近くの村との行き来とか」


 ヘルムは少し間を置いた。

 何から話すか、言葉を選んでいるような間だった。


「ここ半年ほどで、道が完全に使えなくなりました。魔物が、増えて」

「半年前から」

「はい。それより前は、多少の行き来がありました。ところがある時期から、森の中で恐ろしい獣の声がするようになりまして」


 オレはエヴァンを横目で見た。

 エヴァンは目を細めていた。

 狩人の目だった。

 話を聞きながら、頭の中で距離や魔物の数を測っている目だった。


「南は」


 エヴァンが聞いた。


「南は、細いですがまだ道が通っています。 ですが、わたしどもは守るのが手いっぱいで、確認しておりません」


 ヘルムは深く息を吐いた。

 そして、少しだけ顔を上げた。


「エルタという街がありまして。ここから南に二日ほどの距離です。大きな街で──教会もあります。古い教会が」


 古い教会。

 オレが何か言う前に、シオンが動いた。

 一歩だけ、前に出た。


「……古い教会、というのは」

「地母神様を祀る教会です。大昔からある。エルタはそういう、信仰の厚い街で」


 シオンの横顔が、少し変わった。

 何かを深く考えている顔だった。精霊術士としての顔だった。


「カペー」


 小声で呼ばれた。


「エルタって」

「うん」

「古い信仰が残ってるなら、精霊の感覚も色濃く残ってるかもしれない。そういう場所って、魔物の影響を真っ先に受けやすいんだよ。感じやすいから。……そこも、危ないんじゃないかな」


 言葉は静かだった。

 でも、確信に近い何かがそこにあった。

 エヴァンが腕を組んだ。

 因みに、オレは首を傾げて、黙っていた。


 ヴァルシア王国という存在が、妙に引っかかっていたからだ。


「シオン、その根拠は」

「精霊が、ずっとざわついてる。ここに来てからずっと。東と北の方向から。南はまだ、幾分かましだけど」

「マシだけど、という事は」

「不穏じゃないかもだけど……全くないわけじゃない」


 ヘルムは、二人のやり取りを黙って見ていた。

 意味が分かっているのかいないのか。

 でも追い払おうとはしていなかった。

 それどころか、二人が話し合っているのを見て少し安心したような顔をしていた。


「ヘルムさん」

「はい」

「エルタへの道、教えてもらえますか」


 ヘルムじいさんの目が、わずかに潤んだ。

 そしてオレは目を剥いた。


「え? なんで道を聞く?」

「シオンの話を聞いていたのか?」

「えっと、エルタが危ないとか危なくないとか。でも」

「でもじゃないだろ。で、道を教えてください」


 老爺は笑みを浮かべた。


「もちろんでございます」


 そして、その時だった。


「エヴァン。シオン」


 遠くの方から声がした。

 村の奥から来た声だった。

 若くて、でもひどく落ち着いていた。


(なぜ、場所を聞く? こいつら。余計な事を考えてないか? 頭カーナビだろ!)


 オレが腕を組む中、エヴァンとシオンが、同時に振り返った。

 つられて、振り返ると、そこには既視感のある人物が立っていた。

 勿論、知らない人物だが、肌の色を知っている。

 堀が深く、褐色の肌をした人物。性別は違うが、イネスを思わせる男。

 年齢はイネスよりも若く、エヴァンと同じくらい。


「って、やばいやばいやばい」

「カペー。大丈夫。知り合い」


 どうみても、修道士の服。

 質素な灰色の布で、歩き方に無駄がない。


「セルノ」


 エヴァンが言った。


「久しぶりぃ」


 シオンも言った。


「済まない。 怪我の手当てをしていて、直ぐには動けなかった」


 セルノと呼ばれた男は、二人に出遅れた詫びを入れ、オレに目を向けた。

 好奇心でも警戒でもなく、ただオレの存在を測っている目だった。


「異邦人か」

「あ……。そか。ここだと偽修道士じゃなかった……」


 本気で焦っていた。

 偽物。奸物めが! まで、頭の中で再生していたのだ。


「違うよ。セルノ。勇者様」

「シオンっ!」

「だな。俺たちの勇者だ」


 セルノは少し間を置いた。


「……そういうことですか」


 すとんと腑に落ちたような、納得した声だった。


 ◇


 オレは直ぐにカルネに戻ると思っていた。

 でも、二人の予定は違っていた。

 夜の森は危険すぎるというのはその通りで、オレも従った。

 その夜は、ヘルムのおじいさんの家で食事になった。


 カルネで食べたものと似ていたが、味はずっと薄かった。

 村の蓄えが限界に近いのだと分かった。

 オレのやることは決まっている。

 出された食事は有難くいただく。

 フィニス王国での出来事も、かなりトラウマとなっていた。


「いただきます」


 すると同時に、向かいに座ったセルノが口を開いた。

 言葉は違った。でも、音の形が、似ていた。

 短くて、静かで、何かに向かって頭を垂れるような、厳粛な言葉だった。


「……今、何と言いましたか」


 セルノが聞いた。


「いただきます。食べ物の命をもらうことへの感謝です。オレの故郷の言葉で」


 セルノはしばらく黙っていた。


「私は、大地母神エレインへの感謝の祈りを唱えました。我々に食を与えてくださることへの」


 また沈黙があった。

 エヴァンが、気にせずスープを一口飲んだ。


「ん。それって普通だろ?」

「そ、そうですね。普通のことでした。失礼しました」


 そこから暫く、セルノとエヴァンとシオンの三人での会話が始まった。

 自動翻訳のお陰で、勿論聞き取れる。

 セルノと会うのは実に十年ぶり。

 修道士見習いとして、カルネを訪ねたことがあったらしい。


「七年で、よく顔が分かったな」


 オレは普通に聞き、普通に反応した。

 だが、二人は不思議そうにオレを見つめた。


「異邦人とは、そんなに記憶力がないのか?」

「は? だって、七年だぞ。 中学ってことは雄大がギリ。でも、他のやつらの顔を……」


 するとセルノは察して、姿勢を正してオレに向き直った。


「私は魔物の被害を師匠と共に見て回っていました。生き残った者は少なく、勇者様のように多くの人間と知り合っていたわけではないのです」

「……あ、そか。ゴメン」


 とんでもない地雷だった。

 十年前にヴァルシア王国は崩壊した。

 理由は魔物が森に大量に現れたからだ。

 それに、オレが知っている世界とは人口密度が違う。

 しかも同世代、カルネから来たとなれば、特定することは可能。 


 故に、オレ目線では結構気まずかった。


 だが、三人は気にした風もなく、話し続けた。


「実は私も閉じ込められていたんだ」

「セルノが?」

「あぁ。恥ずかしながら」

「だな。セルノなら出ようと思えば出られたんじゃないか?」

「エヴァン、それ違う。回復魔法が必要だった」

「……あぁ、それはそうか」


 セルノは地母神の信仰で回復魔法が使えるらしい。

 シオンのネバネバ作りではなく、日向のように傷を癒せる。

 この小さな村が生き残れたのは、彼が居たからだ。


 やっぱり現地民、強い。


 だが、この程度で終わったなら、オレは語らない。


「エルタに行くなら、私も同行する」

「え……?」

「あ……。勿論、駆殿にご迷惑はおかけしません」

「良かったねー、カペー」

「迷わずに済むし、セルノがいれば心強いな」


 オレが気まずそうにしている中で、勝手にエルタ行きが決まった。

 十年ぶりということはさておき、十年来の付き合いという事は、オレにとっての雄大。

 あっという間に意気投合して、エルタに行く流れが出来上がった。



 翌朝、早くに出発した。

 問答無用での出発だった。

 セルノが先頭に立ち、細い抜け道を案内する形だ。


「エルタ……エルタ……どこかで聞いたような……」


 一人増えて四人パーティ。

 オレは、逃げタンク。

 エヴァンは言うなれば、レンジャー。

 シオンは言うまでもなく、精霊術師。

 そこにセルノという、修道士モンク。


「南への道沿いにも、小さな集落がいくつかあります。魔物のせいで巡回に行けていない場所です」

「どれくらいある」


 しっかり冒険できそうなパーティである。

 シオンはポーションを作れるし、セルノは回復魔法を唱えられる。

 しかも、エヴァンは長射程と短射程武器使いで、方向感覚に優れる。

 そして全員が、現地民。


 なんなら、黒焔の剣の時より安心できる。


「三つ。どれも森に近いです」


 エヴァンとシオンは、短く目を見合わせた。


「行こう」


 セルノは修道士。

 それも、オレが強く出られない理由かもしれない。

 

(いったん帰ろうぜっ!って、言うタイミングが無かったんだよ!)


 当たり前のように朝が来た。

 当たり前のように南に行く流れ。

 

 そして最初の集落は、森の縁にへばりつくように建っていた。


「シオン……」


 遠くから見た時点で分かった。

 静かすぎた。煙が上がっていなかった。

 昼間なのに人の気配がまったくなかった。


「……いる。ゴブリン。森の手前に三体。建物の影に隠れてる」

「アーチャーか」

「一体だけ。あとの二体は──ホブゴブリンじゃないけど、普通より少し大きい」


 エヴァンが弓を構えた。

 指が弦に掛かった。


 セルノと阿吽の呼吸……ではなかった。


 エヴァンは俺に視線を送った。


「駆、作戦は」

「オレ? い、行ってきます」

「は……?」


 敵を正面にとらえて、後退る。

 そこから、反発。


 セルノの「ちょっと待て、エヴァン」の声が、高音から低音に変わる。 



 長い杖が土に突き刺して、修道士は声を上げた。

 異邦人ということは、とんでもない力を持っている。

 セルノは、話だけ聞いていた


「シオン、行くぞ」

「分かってる。 先ずはカペーに期待」

「期待とは? 突っ込んでいったぞ」


 だが、大きく目を見開いた。

 全員で行くのではなく、たった一人。


「セルノは見ておけ」

「セルノは待ってて」


 あの小さかったエヴァンが身を顰めた。

 あの頃から可愛らしかったシオンが木々に手を当てた。


 カケルとか、カペーとか言われる男は、森の縁に向かって消えた。


 ヒュンと遠くから音が鳴る。

 ゴブリンアーチャーだった。


「エヴァン」

「あぁ」


 シオンの耳と肌が、先ずは上を取った。

 だが、男は飛び出して見つかった。


 魔物からの先制攻撃を受ける。


 その筈。


 チャンスとばかりに身を乗り出した魔物の姿を、シオンがハッキリと捉える。

 エヴァンはシオンの索敵に従い、狙いを定める。


「今!」


 シオンの声が飛んだ。

 エヴァンの矢が二本、連続して放たれた。


「シオン。まだ居るか?」

「うん」


 その時、遠くで魔物が咆哮を上げた。

 微かに、奇妙な音が森にこだました。


 直後、木々が揺れる。


 後は、さっきの繰り返し。


「あっち」

「了解」


 魔物が木々の間から覗く。


「今!」


 シオンが言うと、エヴァンは矢を放つ。


「あ……」

「しまった。 駆! こっちに戻れ!」


 シオンの両肩が跳ねて、エヴァンが舌を打った。

 そのまま流れるように、エヴァンは腕で合図を送った。


 タタタタタタタタタタタ


 遥か先から、何者かが近づく。


 そこでセルノは思った。


 異邦人は勇者。勇者は異邦人。


 だから彼は言い放った。


「その先は、私に任せてください!」

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