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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第33話 地元民が普通に強い件

 ホブゴブリンとその群れを散らした後、更に森に入った。

 そこにはワーグという大きな魔物がいた。

 一頭だけだったが、茂みから飛び出してきたその巨体は、あの夜のスヴァントウルフよりも明らかに大きかった。

 漆黒の毛並み。血のように赤い目。

 完全に、こちらを獲物として狙い定めている。


「うわっ」


 オレはわざと声を上げ、ワーグの視界のど真ん中に出るように横へ動いた。

 ゴブリン戦で得た教訓だ。まずはオレがヘイトを買う。

 赤い目が、即座にオレを捉えた。

 太い四肢が地面を蹴り、ワーグが弾丸のように飛びかかってくる。


(来い!)


 鋭い牙が迫る瞬間、オレはただ逃げる。 

 カチッと音をさせた後だから、初速が違う。

 風景が、一瞬で後ろへ吹き飛ぶ。

 ワーグの巨大な顎が、オレの顔面があった空間を空しく噛み砕き、カァンと鋭い牙の音だけが響いた。


「シオン!」

「右に避けて、エヴァン!」


 シオンの澄んだ声が飛ぶ。

 ワーグが着地の勢いのまま体勢を立て直し、オレを追おうとしたその瞬間だった。


 ヒュッ!


 エヴァンの放った矢が、ワーグの右肩に深く突き刺さった。

 シオンの探知とエヴァンの弓の完璧な連携。

 オレが稼いだ隙に、一番効果的な死角から撃ち抜いている。


 ワーグが苦痛の咆哮を上げ、一瞬だけ動きを止めた。

 その隙に、シオンが目を閉じて小さく何かを呟いた。


 スゥッ、と。

 不自然な風が、ワーグの鼻先だけを狙うようにピンポイントで吹き抜けた。


「……グルァッ!?」


 ワーグが、まるで火を押し当てられたようにビクンと痙攣し、激しく後退した。

 尻尾を完全に股の間に巻き込んでいる。

 エヴァンが容赦なく二の矢を放つと、ワーグは悲鳴のような鳴き声を上げ、パニックを起こしたように森の奥へと逃げ去っていった。


「一頭だけだったな」


 エヴァンが、静かに弓を下ろした。


「……うーん?」


 オレは、ワーグが消えた暗い森の奥を見た。


「終わりか」

「終わりだけど。深追いする必要はないだろ」

「いや、そうじゃなくて」

「カペー。言い方がいつも気持ち悪い」

「余計なお世話だよ」

「私じゃなくて、精霊が言ってる」

「精霊にも、伝えてくれ。 気持ち悪い喋りに慣れろって」


 シオンが、歩み寄りながらふわっと言った。


「精霊さん。 って言ってるよ」

「っていうか。シオン、さっきの風で精霊に何頼んだんだ?」

「においを変えてもらったの」

「においを?」

「天敵のにおい。ワーグが一番嫌いなやつのにおいを、鼻先に濃縮して」


 オレは、まじまじとシオンを見た。


「さっきもそうだけど。控えめに言って能力えぐくない?」

「そう?」

「そうだよ」


 シオンが、悪びれもせずに笑った。

 オレたちは隊列を組み直し、また歩き出した。


 その後、しばらく歩く間にワーグと二度遭遇した。

 だが、どちらも結果は同じだった。

 オレが前に出てワーグの突進を空振らせ、エヴァンが的確に牽制の矢を射込み、シオンが天敵の匂いで精神をへし折って追い払う。


「ん-ん」

「また、気持ち悪い」


 あっという間だった。

 オレは本当に、ただ前に出て後ろに逃げただけだ。


 森が少し開けた場所に出た。

 苔むした手頃な岩がいくつか転がっていたので、三人で腰を下ろした。

 水筒を回し飲みして、息をつく。


 エヴァンが、木々の隙間から見える空の高さを確認しながら言った。


「レンの村まで、あと少しだな」

「あと少し……って」

「日が暮れる前には確実につける」


 オレは水筒の蓋を閉め、膝に置いた。


「いや、分からんだろっ!」

「なにがだよ」

「ずっと同じ景色! しかも途中で戦ってる! 頭、カーナビかっ」


 森に入った時から感じていたのは、気のせいでも何でもない。


「お前ら、普通に強くない?」


 エヴァンが、意外そうな顔で振り返った。


「は?」

「いや、さっきのワーグ戦とか。エヴァンの弓、ノーコンなしで正確すぎだろ。シオンの目くらましとか、におい作戦も!」

「……」


 エヴァンが少し黙り、それから鼻で小さく笑った。


「お前に言われるとは、本気で思わなかったな」

「なんでだよ」

「今日、お前が何したか自分でわかってるか」

「俺は逃げるが吉。だから、逃げた」

「それだけか?」

「あー、おもちゃみたいなのもあるけど。 95%はそれだ」


 エヴァンが、心底呆れたような顔でオレを見た。


「あのホブゴブリンが統率してるアーチャーの群れに、単独で飛び込んだんだぞ、お前」

「だから、ただ逃げただけだって」

「逃げながら敵の伏兵を全部あぶり出して、俺の射線に誘導したんだろ」

「それはまあ、結果的に」

「しかも、あの矢の雨が一本も当たらなかった」

「いや、当たってたろ。致命傷で済んだとかいう脳筋か?」

「なんであんな理不尽に速かったんだよ」

「だから、それが異邦人のスキルの仕様で──」

「それが『異邦人の力』の異常さだろ」


 するとシオンが、横から口を挟んだ。


「精霊がね」

「うん?」

「言ってた」

「精霊が言う……なんて?」


 シオンが、無垢な瞳で一拍置いた。


「やっぱり、あの人キモい、って」

「キモいのかよっ!」


 エヴァンが、たまらず吹き出した。


「確かに、あれはキモいな」

「キモくない!」

「いや、そうじゃなくて」


 エヴァンが、腹を抱えて笑いながら続けた。


「俺たちとは違う。戦い方も、動き方も、考え方も。精霊からしてみたら、今まで森で見たこともない動きだったんだろ」

「……それが、キモいって表現になるのか」

「精霊的には、そうなんじゃないか」


 シオンが、深く頷いた。


「うん。精霊にとって『キモい』は、最上級の褒め言葉だと思う」

「絶対に思わないから!」

「精霊的には」

「精霊的にもならないから!」


 エヴァンが、また声を出して笑った。

 村では見せなかった、年相応の屈託のない笑い方だった。


「でも、本当にそうなんだよ、駆」

「何が」

「俺たちだけじゃ絶対にできない。あんなデタラメな陽動」


 エヴァンが、岩の上で真剣な顔つきに戻って腕を組んだ。


「ホブゴブリンクラスが森に出た時、俺たち猟師は戦う前に撤退してた」

「撤退? その傷は修羅の国のソレだろ?」


 古傷の男が笑う。

 肩で笑う。


「あのレベルなら、普通に死ぬ。あっという間にハリネズミだな」

「ま?」

「ま、だ。 あそこまで統制されたゴブリンアーチャーとはやりあってない」


 数秒の空白。


「だったら、あの突撃しそうな雰囲気はなんだったんだよ」

「囮になろうと思った。 駆が辿り着けたら、と思った」

「なんでだよ。オレは別に」

「かと言って、レンを放っておけない。シオンがそろそろ限界と言ったんだ」


 オレは黙り込んだ。

 エヴァンが、真っ直ぐにオレを見て続けた。


「オレたちだけが、恵まれていい……なんてことはないだろ?」

「うん。私たちだけ、ズルい」


 クリアリングも無し、リスポーンも無し。


 やっぱ、凄くないか?


「だから驚いたんだ。お前が一人で飛び込んでいった時」

「いやいやいや……」

「俺たちには絶対にできない」


 シオンが、また空気を読まずに言った。


「精霊も……ううん。私も言ってた」

「私も言ってたって何だよ」

「キモいって」

「結局、悪口っ!」


 シオンが、悪戯っぽくふわっと笑った。

 エヴァンもつられて笑った。


「でもさ」

「でも?」

「エヴァンの弓がなかったら、あぶり出してもオレが逃げ疲れて終わってたぞ」


 エヴァンが、少し黙った。


「シオンの感知がなかったら、どこに伏兵がいるか分からなくて蜂の巣だった」

「……それは」

「コイツラだけで何とかなったんじゃねーか、ってオレは正直思ったぞ」


 エヴァンが、照れ隠しのように苦笑いした。


「なってないよ」

「そうか?」

「なってない。お前がいなかったら、俺たちは死んだか、撤退してた」


 シオンが、強く頷いた。


「うん。絶対」

「でも、お前らが強いのは本当だろ」

「駆が規格外の異邦人なのも本当だろ」


 オレは、頭を掻きながら少し考えた。

 シオンが、ふわっと空を見上げて言った。


「精霊も笑ってるよ」

「今度は笑ってるのか」


 エヴァンが、また盛大に吹き出した。


「お前ら、ずっとこんな感じだったのか」


 シオンが、不思議そうに首を傾げた。


「こんな感じって?」

「キモいとか笑ってるとか、精霊が何でも言ってくるやつ」

「小さい頃からずっと、な」


 エヴァンが、肩をすくめて苦笑いした。


「俺はもう慣れたけど」

「慣れてるのか」

「慣れた。でも最初はすげえ驚いた」


 シオンが、エヴァンを指差してふわっと言った。


「エヴァンこそ、小さい頃から森で弓ばっかり引いてたじゃんー」

「それの何が悪いんだよ。 生きる為だ」

「悪くないよ。だから今日、すごく助かったんだから」


 エヴァンが、また気恥ずかしそうに顔を逸らした。

 オレはそんな二人を見ていた。

 幼馴染。ずっと一緒に、この過酷な土地で生き抜いてきた二人だった。


 ——雄大、中学からずっと


 一瞬、王都のパーティの顔が頭をよぎった。

 オレはすぐに首を振り、その記憶を遠ざけた。


 エヴァンが、パンと膝を叩いて立ち上がった。


「行くか」

「行こう」


 三人で、また歩き出した。


 ◇


 しばらくして。

 歩いていたシオンが、ふいに足を止めた。


「どうした」

「……においがする」

「魔物か?」

「違う」


 シオンが目を閉じ、風が吹いてくる方向を向いた。


「煙と、土と」


 一拍、間を置く。


「人のにおい」


 エヴァンが、鋭い視線で前を向いた。


「もうすぐだな」


 オレも、前を見た。確かに見えた。

 鬱蒼とした木々の向こうに、薄く白い煙が上がっているのが見えた。

 三人で、無言のまま顔を見合わせた。


 シオンが、少しだけ緊張した声で言った。


「精霊が、緊張してるかも」

「なんで?」

「えっと。多分、新しい? カペーを知らないから?」

「人見知りの精霊もいたもんだな」

「……異邦人だから?」


 オレは何となく納得した。

 木々の向こうに、生活の証である煙が細く上がっている。

 この辺の信仰は地母神と、万物の神々の信仰だ。


 万物の神々にとって、異世界人は未知の存在。


「でもさ。 オレは特別じゃないから」


 シオンが探知して、エヴァンが戦って、オレが逃げる。


「そんなに緊張しなくても、いいのにな」

「カペー。まだ分かってない」

「分かってるって」

「駆。多分、お前。 相当な勘違いをしてるぞ」


 その奇妙な連携の先に辿り着いたのは、深い森に完全に囲まれた村、レンだった。


「勘違い? どんな?」

「教えない」

「シオンがそういうんじゃ、俺も教えない、だな」

「なんだよ、それ」

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