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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第32話 逃げるが吉の使い方

 カチカチカチカチカチ……


 オレは木陰から、わざと音を立てて前に出た。

 レトロなミニカーみたいに音が鳴る。

 森の中を、異次元の音が鳴り響く。

 ホブゴブリンも気付くわけで。


 オレは、レトロなミニカーみたいに飛び出した。


「ひ……」


 ついでに悲鳴を漏らした。

 敢えて、「わざと」と言っておこう。

 すると狙い通り、ホブゴブリンが即座にゴブリンたちに支持を飛ばした。

 濁った黄色い目が、オレを捉えた。

 ゴブリンアーチャーたちが一斉に反応し、十本以上の弓を引き絞る。


「ゲーマーみたいに出来ねぇよ! マップ理解とか、ルール関与とか、座学がどうとか言われても!」


 一斉に、矢が飛んできた。

 風を切る嫌な音が重なる。

 この状況で、敵を見据えたまま後ろに下がるのは不可能だ。

 だから勢いのまま走る。

 レベルが上がった。一番分かりやすい言葉はなんだったか。


「速い──!」


 自分でも驚愕した。

 足が地面を蹴ったという感覚が、まったくない。

 風切り音の中に、かつての仲間たちの雑談が流れ込む。


『隠しステータスがあるな』

『というより、流石に理不尽過ぎる。パワー、スピード。その他諸々』

『成程。肝心の評価値が提示されていない、と』

『だが、間違いなく上がっている。栞なら』


 栞のガジェット、瞳に流れるデジタルコードは描いていたのだろう。

 読み解くが吉、絶対にそういう能力だ。


「さっきの道、どっちだっけ?」


 初速はあの加速を使った。

 気づいた時には、元の位置から十メートル以上、移動していた。


 ヒュンッ、ヒュンッ!


 無数の矢が、さっきまでオレが立っていた空間を通過し、地面に突き刺さった。

 それは分かる。あの加速は異常だ。

 最初の加速で、矢を避けられたのは分かる。


「なんだ、これ」


 50%アップのはず。

 100mを例えば、全力で13秒とかいう、それなりに速い足を持っていたとしても、こうはならない。


 そもそもだ。


「体感速度はもっと速い! これが隠しステータス! 知らんけど!」


 残り十人。レベル1の時点でアッチ世界じゃ持てないチートスキルを手にしていた。

 そもそも論として、レベル1の時点で逃げ足は、尋常ではないのだ。


 思い出してみて欲しい。 オレは建前上逃げるわけにはいかなかった。

 そして思い出して欲しい。 実は後退りさえしていない。

 あれでも一応、頑張っていたのだ。


 だから、追放されて、逃げるまで気付かなかった。


「矢から逃げる! 矢から逃げる! 下手したら死ぬ!」


 深く考えている暇はなかった。

 すぐに二射目が来て、それが背後に突き刺さる。

 この状況では、あの後退りは出来ない。

 確実に使えるのは、一回だけ。

 それでも、

 全ての矢が、オレの残像を射抜いて空を切った。


「レベル1のスピードがいくらか分からないけど、こういうのって」


 ゴブリンアーチャーたちが、混乱してざわめいた。

 統率しているホブゴブリンが、怒りを込めて何かを叫んだ。

 言語はわからない。

 でも──明らかに焦っている声だった。


「低い時ほど、比率は大きいよな。数字って」


 RPGなら、ステータス値を隠すなと言いたい。

 例えば、最初のすばやさを3だとする。

 レベルが上がって、例えば2ポイント加算されたとする。

 つまり5になるわけだが、更に——


「逃げ回るんだよ! オレは!」


 オレはとにかく逃げる。

 それしか出来ない。

 逃げる限りは、速度が1.5倍になる。

 つまり7.5。そもそも逃げるという加護を得ているのだ。


「右の茂み……動いた」


 不自然に揺れた。オレの退路を断つための別動隊だ。

 だからって、関係ない。

 オレは最初のオレよりも二倍以上、加護も含めたら、常人の三倍以上は余裕で出ている。

 だが、その瞬間だった。


「は?」


(遅……ッ!)


 速度が、極端に落ちた。

 さっきまでの異常な速さが嘘みたいだった。

 ステータス分だけになった。

 ちょっと速く走れる一般人程度の足に戻る。


 悪夢の中にいるみたいな感覚。


 ヒュッ!


 飛んできた流れ矢が、オレの肩を浅くかすめた。


「説明不足っ!」


 敵に向かって走るという行為は、逃げることにはならない。

 つまり、スキルの補正が適用されない。


「だけど、後ろにも敵がいるんだよなぁ!」


 肩が熱く痛んだ。

 でも傷は浅い。

 オレは完全に速度を止める前に、飛んだ。

 空中で翻って、目の前に現れた敵に背中を向けた。


 カチカチカチカチカチ……


 だが、ゼンマイは力を溜める。

 囲まれているのなら、どの方向に下がっても、ゼンマイは回る。


「怖いっ! 後ろにゴブリン!……でも」


 そして、あの力が発動する。

 足の下の地面が爆ぜた。


「ひぃ……」


 敵に見つかるための、悲鳴と言わせてほしい。

 また、スヴァントウルフを突き飛ばした異常な加速。

 そして、今度こそ敵から逃げる。

 『逃げる』時だけ、逃げるが吉の恩寵。それがなんと50%も増量。

 茂みから、影が飛び出してきた。

 ゴブリンアーチャー、二体。

 オレを確実に仕留めるために、群れから離れて追いかけてきたのだ。


「追いかけてきた。つまり、オレは間違っていた──」


 最初から気付いていたら、話せていたら違ったかもしれない。

 逃げるが吉の、後退士の使い方を、あの座学信者たちから学べたかもしれない。


「オレは後退士だけど、後衛じゃダメだった。 受けタンクでも、避けタンクでもない……」


 まぁ、あれだ。

 勇者かと言われたら、いやいやとツッコみたいけれど。


「オレは逃げ、タンクだ。──シオン、分かるよなぁ!」


 シオンは見えない。

 でも、彼女の澄んだ声がした気がした。



 直感ではなかった。

 オレは二人を信頼していた。


 実際、シオンが目を閉じたまま

 ホブゴブリンの群れ全体を視ていた。


「エヴァン。今かも」

「分かっている!」


 エヴァンの鋭い声。

 シオンが嗅ぎ取り、エヴァンが動く。

 樫の木の陰から、弓を強く引き絞る音がする。


 ヒュッ、ヒュンッ!


 風を切る音が連続した。

 短い汚い悲鳴が、二つ。

 すぐに静かになった。


 オレを追いかけたゴブリンかもしれないし、別のゴブリンかもしれない。

 でも、そんなのは関係ない。


「囮は嫌だと言ったけど、囮こそが後退士っ」


 兎に角、逃げ回るだけ。

 エヴァンが、すでに次の矢をつがえていた。


「次はどこだ、シオン」

「正面の岩、左側の陰。一体」

「わかった」


 また、オレの後方で弓を引く音がした。


「難っ」


 逃げタンク、言ってはみたけれど、なかなかに難しい。

 それに多分だけど、ノワルヴァルトでなければ、通用しない。

 オレは木々を抜けて、走り回った。


「斜め移動、難っ! ただの斜めってツッコんだけど、根っこが邪魔で」


 軸足意識、障害物も意識。

 敵が前方に来ないようにも意識。

 木々を縫うように走らないと、流石に偏差射撃の餌食となる。


 逃げ……ろ……


「逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!」


 体からのアピールに、オレの声が被る。

 体からのエールを一心に受けて、ひた走る。


 すると少しずつ、矢の雨が止んでいく。


「役に立ってる……な」


 シオンの探知。そしてエヴァンの勘と経験で放たれる矢。

 ホブゴブリンとゴブリンアーチャーの前には、鬱陶しく逃げ回るオレ。


 逃げるが吉が生きている。

 それも、肌で感じる恐怖が圧倒的な経験となって、オレの逃げセンスを加速させる。


「だとしても! 逃げるが吉ってなんだよ。 走るが吉でいいじゃん!」


 そして、その時が来た。


 ホブゴブリンの視界に入る。

 数が少なくなって、逃げる範囲が狭まったからだ。


(逆にムズイな。 それになんていうか……)


 ザッザッザッ


 放たれた矢の雨が、オレの後ろとオレの前の木に突き刺さる。


「こわっ……」


 そして、また逃げる。

 流石はカルディナ山脈を越えただけあって、思ったよりも走り続けられる。


 ヒュッ、ヒュンッ! 


 だが、流石は本場のノワルヴァルトと言うべきだった。

 今度は、矢が体を掠める。


「痛……。さっきから狙いが。オレのスタミナ──、いや……違うかよっ!」


 そこで漸く気が付いた。

 射手が変わっていた。

 ホブゴブリン自らが、弓を引く。


 巨大な弓矢。巨大な体。剛腕で放たれるソレは、超速で飛ぶ。

 偏差射撃も、曲射も要らない。


 ただ真っ直ぐに、得物を狙える。


「ヤバい……か」


 ◇


 ゴブリンの群れが、明らかに小さくなっていた。

 アーチャーの数が、劇的に減っていた。

 エヴァンが冷静に仕留めていたのだ。

 シオンが精霊の声で敵の動きを感じ取っていた。


 ここまでは、ある意味。予定通りだった。


「ホブゴブリンの弓矢はレベチだ」


 レベル1からの2倍の速度。常人目線では数倍の速さで逃げられる。

 だが、あくまでそれは逃げる前提。

 強力な敵の前では、使用が難しい。


 いや、

 今オレは変な事を言ってる。

 逃げるのは簡単だ。スヴァントウルフたちから逃げられたくらいだ。


 逃げながら勝とうとしているから、ムズイのだ。


 その時だった。


「でかいの、こっちだ!」

「カペー、使って」


 エヴァンがホブゴブリンに射出。

 気を逸らした瞬間に、シオンが何かを投げた。


「飲んで」

「え。 どろどろしてる」

「いいから!」


 よく分からなかった。

 よく割れなかった、というより中身がそうだから多分割れなかった。

 ずっしりとした、スライムのような、何か。


「えっと……。飲めばいいのか。飲めるのか?」


 エルフっぽい子。 

 彼女の力を見誤っていた。

 いや、予想以上だった。


 ぐぉくぅぅぅぅぅぅぅぅぅん


 ぐらいの感じで飲むと、驚くことに疲労が消えた。


「駆は休め! あとは」

「私たちも、修道院の一員」


 成程。

 オレの役目は終わり。

 うん。よく頑張った。


「一体だけならどうにか……」


 二人は強い。

 ゴブリンアーチャーを掃討した今なら、数で上をとれる。


 でも──さ


「シルフィ……古き約定に従い、風の帳を下ろせ。今だけでいい」


 シオンが叫んだ。

 木の葉が渦を巻くように舞い上がり、敵の視界を覆った。


「今だ!」


 エヴァンの正確な矢が、また一本飛んだ。


(オレはこの感覚を知ってるんだよな)


 なら、いいか。いいのか?


 カチッ……カチッ…… 


「ギャギャギャギャオウル! バレゴノベッダ!」


 利いている。

 断末魔の叫び……いや、アイツ、何かを取り出してる?


 弓を撃つのを止めて、ホブゴブリンが木を盾にした。


 そこで思い切り、その何かを吹いた。


 ブゥゥゥォォォォォォオオオオオオンン


「こいつ!」


 エヴァンが叫んだ。


「精霊が不味いって」


 シオンの顔も蒼褪めた。


 知性を持つ。そう考えていた筈だ。

 徒党を組む。知っていた筈だ。


 オレたちが搔き乱したのは、せいぜいがレンという村の一画。

 命を賭して、伝えたのは囲まれている、だった。


「エヴァン。どうしよ」

「どうって。こいつら、仲間まで呼ぶのかよ。 撤退する……しか」


 二人の視線が、僅かにオレに流れた。

 撤退と言えば、オレ。


 だけど、この布陣は——


「エヴァン。シオン。その木の影からどうにか引き摺りだせ」


 カチッという音が森に響いた。


 その瞬間、二人が頷く。


 シオンが精霊術で再び視界を塞ぐ。

 その間に、エヴァンが思い切り踏み込んで、出来るだけ近くから矢を放つ。


 巨体故に致命傷とはならないが、僅かにズレる。


「駆!」

「カペー!」


 同時に


「ひ……」


 オレの悲鳴。 及び、木々がざわめいた。


 ドォォオオオオン!


「ャギャオウル!」


 エヴァンとシオン。

 その後方から、ただ逃げていた男、オレが信じられない速さでぶつかった。


 そして、何本も木をへし折りながら、アーチャー部隊のボス。

 ホブゴブリンは吹き飛んでいった。


「出た! 村を救った一撃!」

「ぎゅーって溜めてばーん!」


 なるほど。

 何とも使いにくい。

 逃げタンクとしては、前衛。

 だけど、この一撃を出すには後衛。


「カペーのおかげ」

「駆がいなきゃ、やばかったな」

「いや、まだ。今アイツ、呼んでたし」


 三人で並んで、森の奥を見た。

 ホブゴブリンとその群れは消えた。


 でも、状況を察したのか、奥からは何も来なかった。


 安心したオレは、フラグでないことをきょろきょろと確かめながら言った。


「オレのお陰じゃねぇし。 ゴブリンアーチャー倒したのは、二人。 最後のだって」


 誰かに助けてもらわないと、オレは立ち向かえない。


 だってオレは、逃げるが吉だから。

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