第29話 荒らされた村と世界の意識
翌朝、カルネの村。
昨夜の凄惨な出来事が、嘘のように静かだった。
「素直に喜べないな」
「でも、カペーがいなかったらみんな死んでたかも」
潮風が、石積みの低い壁が連なる丘を優しく撫でていく。
どんよりとした雲の切れ間から、淡い陽光が石造りの家々を照らし出していた。
駆の部屋には、エヴァンとシオンの姿があった。
「死傷者十名。でも、子供は無事だ」
「十名……って。大惨事だろ」
「……昔はもっと、たくさんいたって聞いた」
甲高い海鳥の鳴き声がした。
森の奥からも、小さな鳥たちのさえずる。
「死が近い。……メメント・モリか」
「めめん?」
「感謝されてるお前が落ち込むな」
「感謝って……」
「そもそも、畑を探しに東の森に行った俺たちが招いた獣害だろ」
「それだって……。開墾なんて木を切れば良いだけって、オレの勝手な思い込みで」
木は簡単に切れても、根はどうする。
重機を生み出すチートスキルか、強大な土魔法のスキルがなければ、難しい。
あの村田雄大のクソ長い詠唱が、オレにもあれば——
「元々、猟師は危険との戦いだ。 子供たちに食べさせるため」
「そういう意味では、今回も同じだよ?」
共同井戸の前に行くと、エラたちがもう集まっていた。
「カペー」「カペー」「カペー」
三人が順番に呼ぶ。
いつも通りの、平和な朝だ。
「もう起きてたー!」とガウが悔しそうな顔をするのも、いつも通りだった。
四人で井戸に向かって、静かに手を合わせた。
(二度と魔物に襲われませんように!)
祈りを終えて目を開けた時、ルンが薄青い空をじっと見上げていた。
「鳥、鳴いてる」
ルンが、小さく笑った。
だが、オレは笑えなかった。
「こればかりは現代病を患った方がいいか」
◇
午前中、オレは村外れの畑に出向いた。
小鬼たちや魔狼に踏み荒らされ、無残に倒れた作物を、大人たちが総出で修復しているところだった。
「おい、こっちを見てくれ!」
少し離れた場所で、土まみれになった村の男が弾んだ声を上げた。
人々が集まっていく。オレもその輪に近づいた。
「上が完全に踏み潰されてたから駄目かと思ったが……無事だ。土の中で、ちゃんと生きてるぞ!」
「流石はエレイン様の垢だ」
「垢が食べられる! 垢で生きられる!」
男が鍬で掘り返したふかふかの土の中から、薄茶色の丸みを帯びたあの塊が、ゴロゴロといくつも顔を出していた。
ヤバい。
オレの嘘のせいで、食べる気が失せる。
何かないか。何かって言っても……
「イイモンだ」
「イーモン?」
「エレイン様はそう仰られた。イイモンだと」
「イーモン! これからはそのように呼びます!」
地上に出ている葉や茎は魔物に蹂躙されて無惨な姿になっていた。
だが、地中深くで育つこの作物は、生きている。
大戦を生き残ったチート作物は、この地でもチートさを発揮している。
「これなら、なんとか冬を越せる。またみんなで腹いっぱい食えるぞ!」
大人たちが涙ぐんで感動し合っている。
オレはその光景を、少し離れたところから静かに見守っていた。
「イーモンとか、メメンとか。 どれだけ教義を増やすつもりだ?」
「教義って、ちゃんと言ったろ。オレは」
「それよりも、昨日のあれ、どうやったんだ?」
「質問に質問を重ねるな」
「あのデタラメな突撃だよ。速すぎて目で追えなかったぞ」
オレは少し考えた。
考えたところで、思い浮かぶわけがない。
「ぎゅーってやって、バーッてなる感じだ」
エヴァンが、呆れたような真顔でオレを見つめた。
「もう少し、村の青年にもわかるように詳しく」
「後ろに引いて、力を溜めて、一気に放つ」
「……それが、カペーの本当の力なのか」
エヴァンが、納得いかないように腕を組んだ。
オレも正直言って、納得していない。
「逃げるが吉とか言っていなかったか?」
「深く聞くな。オレだって分からない」
「そういうものか」
「そういうものだよ。オレもこの体を分解したわけじゃないしな」
エヴァンが、しばらく黙り込んだ。
それから、ふっと息を吐いた。
「ひねくれてるけど、土壇場では前に出る。なんだかカペーらしいじゃないか」
「どういう意味だよ」
「ひねくれてるくせに」
「ひねくれてて悪いか。 こじらせオタクだぞ」
カルネを守り続けたのは彼が居てだろう。
オレは、ここがなければ絶対に死んでいた。
「でも、カペーがいるから助かってる」
「オレこそ助かってるんだよ」
カルネと言えば海。
また、海を見つめた。
「そういや海って、使えないんだっけ?」
「そうだな。近場で漁は出来るが、浅瀬が限界だ。 ……というのも前の司祭様の話だが。違うのか?修道士様カペー」
「う……む。巨大海洋生物がいる……らしい」
平和な、いつも通りの午前中だった。
「だよな。流石の最新研究でも無理か。地に足がつく畑とは、また別だしな」
◇
昼過ぎになると、シオンがやって来た。
いつものようにオレの隣にちょこんと座り、今日は静かに目を閉じている。
「カペー」
「なんだよ」
「落ち込まないの」
「……落ち込んでない」
「精霊たちが言ってる」
オレは苦笑した。
シオンだって、分からないことだらけだ。
「いや。普通に落ち込むだろ」
シオンが、風に髪を揺らしながらふわっと笑った。
「ここは見捨てられた村……」
「エヴァンもシオンも、みんなで守っていた村だ」
「うん。今はカペーが見守ってる」
多分。いや、間違いなく。
この世界は異世界だ。
色んな意味で、異世界だった。
「オレは助けられた。でも、助けられなかった」
「みんなで守ってる。もっと守れた、だよ」
いや、どうだろう。
オレの世界では見えにくかっただけかもしれない。
「キルレとか考えたくもないけど。シオン。アイツらは、また来ると思うか?」
シオンは、少しだけ間を置いた。
何かを聞いている。そんな素振りだった。
「スヴァントウルフ?」
オレは少しだけ考えた。
敢えて、言葉を変えた。
「村の平和を脅かす何か」
「うん……」
シオンが、顔を向けてオレを見た。
色素の薄い、不思議な目だった。
「でも、今は。カペーがいるから」
オレは気の利いた返事に困ってしまった。
だから、よく分からないスイッチを踏んでしまった。
「精霊術師だって、凄いんじゃね?」
あれ……
「なに?」
「なんでも……ない」
◇
夕暮れ時、ドワンが部屋を訪ねてきた。
深刻な顔だった。でも、昨日までの魔物に怯えるのとは少し違う深刻さだった。
「カペー殿」
「長老様、この度はオレが不甲斐ないばかりに」
「いやいや、そんな。昨日のことが、もう近隣の集落に広まっております」
「え……? 近隣の集落?」
「カルディナの方からも」
「カル……ディナ……」
恐るべきこと。
オレはオレ自身の恐ろしさに気が付いた。
ここで漸く、オレはここがどこだか分かったのだ。
フィニス王国の北門を出て、北へ向かった。
森の中を駆け抜けた。
(オレ。峠を越えたのか? そういや、狼煙が南に見えたっけ)
最初のメインミッション、カルディナ山脈越え。
逃げるが吉の基礎スペック、逃げ足で、意識が飛ぶ中で完遂していた。
だけど、オレは即座に首を振った。
(夢の中でも言ったろ。 オレは勇者を辞めたんだ)
土地に生きる人々でどうにかしようとする集落。
今はここがオレのホームだ。
「カルネの村に、偉大な修道士様がいる。魔物の大群を退けた。やはり地母神様の御遣いだ──と」
なもので、オレは思わず天を仰いで天井を見た。
「ちょ! あの……。パーカー修道院は、概念的な何かだから。 そもそも、オレは修道士じゃないんだって」
「なんと謙虚な方だ……」
「あー、駄目だ。この流れ、いつまで続けるんだよ」
何も聞いてくれないお爺ちゃん。
ドワンが、居住まいを正して続けた。
「人がまた来ます。おそらく、今までよりもずっと多く」
「そんなに? っていうか王国は」
「ヴァルシア王国は……。帝国に呑み込まれました」
「そっちじゃなくて、フィニス王国」
すると老爺に変化が起きた。
僅かに天を見つめ、しょぼしょぼになるまで息を吐いた。
「カルディナ山の向こうの国ですか」
「そう! 異邦人が」
「禁忌を犯す……とか」
目を剥いた。
「それ。何情報?」
「前の司祭様があの国は危険思想に塗れている……と」
犯した、ではなく犯す。
タイムラグはこの際、仕方ない。
重要なのは、ヴァルシア王国の司祭の話だった。
「帝国の方が強くて、魔物と立ち向かえるし、街も発展してるから、マジで逃げた……のか」
「あくまで噂ですが……」
ヨーロッパ風の異世界だが、ヨーロッパ平原は存在していない。
アルプスっぽい山脈、エレイナス山脈が真ん中を牛耳って、カルディナ山脈同様に、光を閉ざす黒い森が広がっている。
そして、もう一つ。
長老曰く、ノワルヴァルトとは本来、こっち側の広大な森を指す言葉らしい。
一方のエレイナス山脈の向こう側の帝国領は、広陵地帯と平野地帯が広がっている。
そっちがヨーロッパ平原と言えるのかもしれない。
絶対に、オレも聞いている。
まだ勇者と呼ばれていた頃に地図を見て思った筈だ。
「納得いかない。司祭まで逃げるか?」
また老爺に変化が起きた。
僅かに地を見つめ、しょぼしょぼになるまで息を吐いた。
でも、彼を責めるのは違った。
「誰のせいでもないもんな。 皆は捨てられた側だし」
するとドワンはまた、居住まいを正して続けた。
「残された森の民は多いですじゃ。それがまた、あの忌まわしい魔物を呼ぶかもしれない。あるいは、領主を名乗る野盗どももおるとか」
「考えたくないな。そして問題は山積み……。でもさ。その禁忌の術で、チートをもった勇者が現れるんじゃないのか?」
ドワンが、探るような目でオレを見た。
「カペー殿もそう思われますか。それが最新の研究ですか」
この話。長くなる?
突然、オレの本心が語りだした。
「……どうかな。 そういうのって来る人によるんじゃね」
◇
夜。色んなことを考えた。
死が隣にある世界。そもそも、死とはそういうもの。
そこから始まった、今日一日。
最後の最後でオレはこう思ってしまった。
「面倒くさい」
粗末なベッドに座り、部屋に一人でいた。
窓の外に、綺麗な星が出ていた。
「もう、ここでのんのんと過ごす。 玲や栞たちが活躍して、魔物が対峙されて。そしたら、いつか王国も戻って、国が違うってなれば、追放も意味ないかもだし……」
追放された場所を解放したら、修道士として生きられました。
自分の人生に、そういうタイトルをつけようかな、とか考える
こんな風に、メタに走りたい自分もいる時点で、カルネの人間ではない。
「あのゲーマーたちなら、間違いなく……。って、帝国も敵なんだっけ?」
異世界人は、異世界人だからこその人生だ。
やはりここは、異世界のんのん生活にしよう。
「帝国と戦うって、戦争だぞ。 ドミナスを独とするなら、フィニスは仏。独仏戦争をするつもりか?」
もっと平和的に行こう。
異世界ほわわわん。お年寄りになって猫が膝で寝ています。
「……ってかさ。 先にヴァルシアを解放するって。ヤバくない?」
異世界偽修道士、逃亡物語。
「ヤバい……。オレ! 偽物じゃん!」




