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勇者が十二人ならクソスキルはバレない〜そして、オレは追放された〜  作者: 綿木絹
第二章 追放された異邦人

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第24話 見知らぬ土地をカケル。いやカペる。

 記憶のざわめきが、波が引くように遠ざかっていく。

 オレの意識が、さらに深く、暗い底へと落ちていく。


 何が、吉だ。


 おみくじだとしたら、とんでもない不良品だ。

 逃げるが吉なんて、都合のいい言葉に踊らされただけだった。

 必死に逃げて、走って、行き着いた先は、誰もいない冷たい森の土の上。

 親友には見捨てられ、国からは追放され、ただ一人で倒れ伏している。


 自動翻訳仕事しろよ。これじゃ大凶じゃねぇか……


 夢の中だと気付き、白昼夢のようにまどろむ。

 そして、夢の中の俺が辿り着いた結論はコレだった。


「召喚され、おみくじを見た瞬間に逃げれば良かった」


 まどろみの中、何も見やしない。

 夢の中も酷く居心地が悪く、ありもしないifストーリーを垂れ流し続けるだけだった。


「それがオレのベストプレイだった……かも? あるいは中学生に戻って、もう一度、左手の疼きを感じるところからか」

「あ! 喋った」


 不意に、声がした。

 ひどく小さく、あどけない声だった。


「ねえ、今のこの人?」

「人だよ。生きてる?」

「生きてるかな」

「つついてみる」


 喋ったのに生きてるかな、はないだろ。


 そして、そのツッコミ待ちだろう何かが、オレの肩をツンツンと小突く。

 硬い感触。その辺の小枝だ。ツッコミから教えねばなるまい。


 誰に?


「……」

「あっ、動いた!」

「生きてた!」

「お母さん呼んでくる!」


 タタタタッ、という軽い足音が遠ざかっていった。


 オレは、重い片目だけをゆっくりと開けた。

 すると一人の子供が、真上からオレの顔を覗き込んでいた。

 クリクリとした丸い目だった。

 七歳か、八歳くらいだろうか。


 その子が、オレの顔を不思議そうに見つめたまま、舌ったらずな声で言った。


「カペー、起きた?」


(カペー……だと?)


 オレは片目を開けたまま、ぼんやりとその子の顔を見つめ返した。


「カペーはヴァルシア語だろ。 帝国じゃカッパっていうらしいぜ」


(カペーにカッパ。どこかで聞いたような……いや、どう見ても、オレは河童じゃねぇだろ)


 心の中で的確にツッコミを入れたが、喉がカラカラで声は出なかった。


 そも、ここはどこ。

 今、ヴァルシアの名前と帝国という言葉は出たが。


 すると子供が、心配そうにもう一度言った。


「カペー、大丈夫?」


 オレは、ゆっくりと重い瞼を閉じた。


(大丈夫か、か)


 わからない。

 追放されて、森に放り出された。

 自分が今どういう状況なのか、何一つわからなかった。


 でも──空が青かった。

 あんなに不気味だった森の靄が、綺麗に晴れていた。


 ただ……、やはりだるくて、もう一度寝た。


 きっとここは天国か、賽の河原かだ。



 目が覚めたら、見知らぬ天井があった。


 乾燥した藁の匂いがした。

 太く無骨な木の梁が見えた。


(あれ……生きてる)


 まずは、それだけを確認した。

 体が鉛のように重かった。全身の筋肉が軋むように痛い。特に足が限界を迎えていた。

 スヴァントウルフから逃げるために、森をどのくらい走り続けたのか、自分でもわからなかった。


 ゆっくりと首を横に向けると、子供が三人、並んでオレの顔を覗き込んでいた。


「起きた」

「起きた」

「起きたね」


 三人が、順番に報告し合うように言った。

 やはり賽の河原か。若いのに、可哀そうに。


「って、あれ。えっと……起きた」


 オレの声が出た。

 すると三人が顔を見合わせた。

 それから、無邪気にケラケラと笑った。


 なんで笑うんだ?


「カペー、お腹すいた?」


 一番小さい子が言った。七歳くらいの女の子だった。


「カペー?」


 オレは痛む体を無理やり起こした。頭の奥がガンガンと痛んだ。


「あのさ」

「カペー!」

「カペーって、オレのこと?」

「そう」

「なんでカペー」


 三人が、不思議そうにまた顔を見合わせた。


「だってカペーだから」

「カペーはカペーだから」

「あ、帝国のことばだとカッパだよね?」


 全員が、一斉に小首を傾げた。

 オレは三人を見た。クリクリとした丸い目が三つ、こちらを真っ直ぐに見ていた。


「だから河童じゃねぇよ」

「ていこくじん?」

「いほうじん!」

「なにそれ」

「しらない」


 知らないのか。

 そうか。この異世界には異邦人はいないのか。

 いやここに、……いる。


「オレの名前は──」


 オレは言いかけて、言葉が喉の奥でピタリと止まった。


 速水駆。


(ちょっと、待て)


 記憶が戻って来る。


 オレは昨日、追放された身だ。王都から来た密偵の疑いをかけられている。

 もしそれが、この村の大人たちにバレたら──。


「かけ──」


 一番大きい子が、オレの顔を不思議そうに見つめながら言った。


「かけー?」


 違う。でも、不思議と語呂が近かった。

 カケルとカペー。


「……カペーでいいよ」


 三人の子供たちが、ぱっと顔を輝かせた。


「カペーだ!」

「カペーって言った!」

「カペーがカペーって言った!」


 なんでそんなに嬉しいんだ。

 まるで見当がつかなかった。


 ◇


 少しして、子供たちの母親がやって来た。


 三十代くらいの、働き者といった感じの女性だった。

 ベッドの上のオレを見て、一瞬ピタリと固まった。

 それから、オレの元の世界の服を見た。

 合成繊維のフード付きのパーカーを見た。

 そして、深々と頭を下げた。


「修道士様、うちの子たちがご無礼を──」

「へ?」


 いや……どんな間違い?


「違いますけど」

「え」

「修道士じゃないです」


 女性が顔を上げた。

 オレを見た。そして、フードを見た。また深く頭を下げた。


「帝国の修道会の方でございますか。遠路はるばる──」

「いや、あの、これはパーカーといって──」

「パーカー修道会……と」

「修道会じゃないってば!」


 女性が、ひどく困った顔をした。

 オレも困った顔になっている。

 子供たちが、オレのパーカーの袖を無邪気に引っ張った。


「カペー、お腹すいた?」

「カペー、スープあるよ」

「カペー、おいしいよ」


 オレは子供たちを見た。

 それから女性を見た。


 女性が、おずおずと言った。


「よろしければ、召し上がりますか。パーカー修道会の……」


 やはり修道会。

 だが、オレのお腹が告げていた。

 この展開、グー!と。


「……いただきます」


 だから、諦めた。そもそも自動翻訳が怪しすぎる。

 修道士でもカペーでもなんでもいい。

 今は限界まで腹が減っていた。


 木のお椀で出されたスープは、とても温かかった。


 野菜の切れ端が少し入っているだけの薄味だった。

 でも、渇ききった五臓六腑に深く染みた。

 子供たちが隣に座って、オレが食べるのをじっと興味深そうに見ていた。


「おいしい?」

「おいしい」


 本当に美味しかった。

 味は絶対に前の世界、そしてただ簒奪していた異邦人館の食事の方が美味しいのに。


「よかった」


 三人がまた顔を見合わせてケラケラと笑った。


 窓の外から、村の生活音が聞こえてきた。

 鶏の声。風が草を揺らす音。誰かが穏やかに話している声。


 オレは温かいスープを飲みながら、窓の外を見た。


 村と呼ぶには余りにも小さい、小さな集落に見えた。

 粗末な石造りの家が、三軒しか見えない。

 見えない部分を入れても、十軒あるか怪しい。

 ただ、小さな畑があって、共同の井戸があって、そして遠くに海が見えた。


(ここも、海があるのか)


 なんとなく、それだけで、なんとなく場所が分かった気がした。

 フィニス王国は海が見える国。そこから本当に真っ直ぐ北に上がったのだ。


「カペー」


 一番小さい女の子が、オレの袖をちょこんと引っ張った。


「なに」

「また来ていい?」


 オレはその子を見た。

 丸い目が、一点の曇りもなく真っ直ぐにこちらを見ていた。

 そこには疑いも、計算も、他意も、何一つなかった。


(そうだった。 オレは頼みもしないのに、勝手に召喚されたんだ)


 密偵でも修道士でも後方担当でもない。

 ただ──カペーに、また明日も会いに来ていいかと聞いていた。


「……いいよ」


 オレは気楽に言った。


 女の子が、花が咲いたように笑った。

 隣の二人も嬉しそうに笑った。


 窓の外で、鶏がまた長閑に鳴いた。


「カペーになら、なんでも言ってくれ」


 ◇


 三日が経った。

 オレは、カケルではなく、カペーとしてこの村で生きていた。


 修道士であることを否定するたびに、村の大人たちからは「なんと謙虚な方だ」と思われた。

 三回否定して、三回ともそう言われた。

 四回目から、否定するのをやめた。


 そもそも、言葉が通じているかも分からない。

 通じていても、どう訳されているかも分からないのだ。


 そして、子供たちは毎日会いに来た。

 朝からやって来た。

「カペー」「カペー」「カペー」と元気な声を呼びながら来た。


 最初の三人が五人になり、五人がいつの間にか七人になった。

 どこから湧いてくるのか分からなかった。


 ある朝、子供たちが共同井戸の前に集まって、何かに手を合わせていた。


「なにしてるの」

「お祈り」

「井戸の精霊様に」

「お水をありがとうって」


 オレは井戸を覗いてみた。

 石造りの古い井戸だった。

 縁には青々とした苔が生えている。


(井戸に精霊か)


 なんとなく、オレも隣に並んで手を合わせた。

 子供たちが顔を輝かせた。


「カペーも祈った!」

「カペーと一緒に祈った!」

「精霊様、喜んでる!」


(喜んでるかどうかは知らんけど)


 でも、おかしくはなかった。

 水を使わせてもらっている。

 ありがとうございます。それだけのことだった。

 元の世界で、八百万の神様に手を合わせるのとなんら変わらなかった。


 どうして喜んでいるのか、考える意味も思い浮かばなかった。


 その日の夕方、村の長老格の老人がオレの泊まっている家を訪ねてきた。

 白髪で、背が大きく曲がっていて、でも目だけが不思議と若々しい老人だった。


「修道士様」

「カペーでいいです」

「カペー様」

「様もいらないです」

「カペー殿」


 何となく思った。

 否定をし過ぎるのは止めよう、と。


 老人が、少し深刻な顔でオレの向かいに座った。


「実は、ご相談があって参りました」

「はあ」

「何でも述べて良いとのことだったので」

「あー、言った気がする」


 勇者としてではなく、召喚されたのではなく、助けてもらった。

 その礼ならば、なんでもやりたい。


「畑のことでございます」


 だが、それは聞いていない。


(なんで農業の悩みをオレに?)


 オレは内心で首を傾げた。

 何でもとは言った。でも、子供に向けて言った。


 だが、何となく思った。


(あ……なんかネットで見た。昔のヨーロッパの修道院って、最新の農業技術の拠点だったりしたか)


 これはマジで困ってる?


(でもオレは本物の修道士じゃないし──)


 老人が、ぽつりぽつりと話し始めた。


「あ……。ヴァルシアが無くなったって、そういうことなのか」

「そうでございます。 と、修道士様に申すのも憚られますな」



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