第22話 で、オレは追放されたってわけ
その日、食事はしなかった。
日が暮れる前には帰ったから、夕食の時間はあった。
でも、行く気が起きなかった。
夜になっても、誰もオレの部屋の扉をノックしなかった。
当たり前だ、とオレは思った。
昨日の朝、門を出た時から今日の帰還まで、全部が繋がっている。
後方が崩れた。帰路を断たれた。狼煙は上がらなかった。
全部、オレのところから始まったのだ。
窓の外が完全に暗くなった頃、腹が鳴った。
「流石に……情けない」
栞の顔を見たら、何を言われるかわからない。
いや、はっきりとわかるからこそ行けなかった。
「作戦はまだ一日ある。でも、どの面下げて……」
ベッドに横になり、ただ暗い天井を見つめ続けた。
眠れなかった。
◇
どのくらい経ったか。
廊下から、声がした。
最初は低く、くぐもっていた。
でもすぐに、はっきりと聞き取れるようになった。
かなり大きな声、しかも栞の声だった。
「召喚時、団長はその場にいたんですか」
「……いなかった。砦に駐在していた」
一人は栞、もう一人の声はイネスだった。
オレは天井を見たまま、息を殺して動かなかった。
そして、オレは耳を疑った。
「では、あの十二人全員が異邦人だという最終的な確認は、誰がしたんですか」
「宰相バルドと、女王陛下が──」
「今すぐ、そのお二人に確認できますか」
栞の声はなんていうか、かなりヒステリックだった。
しかも、その内容がヤバい。
「……夜中だぞ」
「明朝なら確認できますか」
「できる。だが──」
「できるんですね」
栞の息遣いまで聞こえてきそうな声だった。
ハッキリ言って、怒鳴っていた。
いつもはクールな喋りだから余計に、鋭い刃だった。
「あのパーティに、異邦人でない人間が一人紛れていたとしたら。なんのスキルも持っていないとしたら。後方担当だと偽って、意図的に作戦を潰したとしたら」
「だから、ちょっと待てと言っている」
「待ちません。 これだけはハッキリさせておかないと」
イネスが何かを言い返そうとした気配がした。
だが、栞が冷徹に続けた。
「ずっと順調だった。スキルレベルも上がっていた。連携も取れていた。なのに今回だけ上手くいかなかった。 第一隊の後方が一度も機能しなかった。一度も、です」
(一度も)
オレはギュッと目を閉じた。
(そうだ。一度も使っていない。使えなかった。使い方がわからなかった。でも──)
「ずっと思っていたことがあります。帝国は味方なんですか?」
思わず閉じた目を開いた。
オレ達の最終目的地、神聖ドミナス帝国。
その帝国が持つ、十次元の魔宝石とやらで、オレ達は元の世界に戻れる。
「……」
「どうして黙るんですか!」
「それも……」
「やはり、帝国は味方ではない。だったら彼が! 帝国の密偵だという可能性を、完全に排除できますか?」
廊下が、静かになった。
イネスさんは答えなかった。
答えられなかったんだと思う。
そして、帝国は味方ではないのだ。
それと、イネスは召喚の時、あの場にいなかった。
オレがイネスを初めて見たのは、ここに来る途中。
召喚が行われた城にはいなかった。
(だから、イネスさんは悪くない)
オレはベッドから身を起こした。
(オレのせいで詰められてる。オレのことで。オレがビビって黙ってるから)
扉のノブに手をかけた。
でも──スキルの嘘がある。
後方が崩壊したのも紛れもない事実だ。
今ここから出て行って、オレは何を言える。
(一つだけある)
雄大だ。
学生時代からの連れだ。
中学からずっと一緒にバカをやってきた。あいつがいる。
オレが同じ世界から召喚された側の人間だということは、雄大が証明できる。
それだけは、どれだけ頭の切れる栞でも絶対に崩せない事実だ。
(スキルの嘘は、後で詰められればいい)
でもイネスさんが、オレのことで疑われ、詰められたままでいるのは──
だから
オレは勢いよく扉を開けた。
薄暗い廊下に、栞とイネスさんが向かい合って立っていた。
二人がこちらを見た。
オレは、銀弦の光のリーダーを真っ直ぐに睨んだ。
「それは違うっ! オレは間違いなく召喚された! 帝国の密偵なんかじゃない!」
声が、自分でも驚くほどハッキリと出た。
そして、落ち着いていた。
「証明できる。雄大に聞いてくれ。中学からの付き合いだ。あいつなら、オレが同じ世界から来た人間だって知ってる」
すると栞が冷たい青の瞳で、オレの顔をただ見た。
彼女の感情が読めなかった。
怒っているのか、呆れているのか、それとも──次の確率を計算しているのか。
しばらく、誰も喋らなかった。
イネスが、小さく息を吐いた。
すると、栞が口を開いた。
「村田さんを呼びます」
それだけ言って、踵を返そうとした。
「待て」
イネスが言った。
再度、栞が振り返る。
「こんな事態だ。 私が陛下と宰相に頼んでみる。 術の全容を知るのは二人だけだ」
栞が、一瞬だけ目を細めた。
「有難うございます」
「全員を集めておけ。 見つからずに城に来い」
◇
イネスに指定された時間は、真夜中の午前二時だった。
場所はギルドでも異邦人館でもなく、王城の重厚な謁見の間だった。
女王ルシアが玉座に座り、老宰相バルドがその傍らに立つ。
イネスが背後に控え、オレたち十二人は冷たい石の床の上で彼らと向かい合っていた。
そこで最初に発言したのは栞だった。
「宰相閣下。確認したいことがあります。あの召喚には、公式の記録がありますか」
バルドが、忌々しげに栞を見た。
「元より、禁忌の秘術。記録に残すモノではない」
「では召喚された人間が、本当に召喚された側の人間かどうかを証明する公式の手段は」
答えなかった。
答えられなかった。
「一つ、皆に伝えておかねばならないことがある」
老いた声だった。だが、しんとした空間によく通った。
「以前も話したことをもう一度言う。君たちが元の世界に戻る手段について。現時点でそれが可能なのは──魔法水晶を国宝として有する、神聖ドミナス帝国のみだ」
「その帝国は味方ではないんですよね」
謁見の間の空気が、微かにざわめいた。
「バルド。もう良い。……その通り。帝国は味方ではない」
今度は激しくざわめく。
その中でも女王は続けた。
「婚姻を迫られ、私は断った」
「ど、どうしてだ。ヴァルシア王国のように……。ヴァルシア?」
すると宰相が大きく溜め息を吐いた。
王が詰め寄られるのを見ていられないと、割って入った。
「そう。我らがエレイン教では女系の王は認められておる。じゃが、ドミナス教は違う。典型的な父権性。男のみが相続が許される。陛下はこの地を放りだして逃げるのは、忍びないとここに残られたのじゃ」
異国。しかも異世界。
なかなか頭に入りにくい。
だが、当初の目的であるヴァルシア王国の復興を考えれば、納得は出来る。
そしてその帝国が十次元の魔宝石を持っている以上、オレたちの敵となる。
だから、オレたちの目的こそが、フィニス王国の目的と合致するのだ。
ここで、女王が静かに引き継いだ。
「帝国は、召喚の仕組みを知っている。我々より、深く」
その言葉の意味を、栞が冷徹な頭脳で即座に言語化する。
栞の中では、何故召喚されたのか、なんて頭にはなかったらしい。
「つまり帝国は、この術を逆用できるということですね」
女王が、痛ましげに栞を見た。
「……そうなります」
「召喚されたフリをさせた自国の人間を、こちらの陣営に忍び込ませることができる」
バルドは目を閉じ、それを否定しなかった。
栞が一歩、前に出た。
「速水駆のスキルについて、確認します。活動開始から今日まで、彼がスキルを使用した記録が一度もありません。それは神宮寺玲が証明できます」
オレは横目で玲を見た。
玲は俺の方を見ようともしない。
「そのせいで俺たちは苦しい戦いを強いられた」
反論できない。
だって、事実だから。
だから、雄大を見た。
雄大も何故か、真っ直ぐに前を向いたまま動かなかった。
「本人に確認します。速水さん、貴方の本当のスキルは何ですか」
これは話し合いではない。ただの裁判だった。
封建制の異世界。
絶対的な権力を持つ王族の御前。
栞の氷のような視線が、オレの嘘をすべて見透かしている。
そもそも、彼女のガジェットは戦いを記録できる。
オレたちに便利に使わせている一方で、彼女もちゃっかり監視していた。
これ以上の嘘はつけない。ここで嘘を重ねれば、確実に最悪の結末を招く。
「……『逃げるが吉』、です」
「召喚直後から隠していたのね」
「……はい」
「自分は後衛士と、後方担当だと偽った」
「……はい」
栞が、ゆっくりと全員を見渡した。
「彼は言葉を話せます。文字も読める。ですが」
一拍の、残酷な間。
「自動翻訳されるこの世界である以上、それが同じ世界の人間だという証明にはならない。本物の召喚者も、帝国が送り込んだ密偵も、まったく同じように話せます」
誰も反論しなかった。
普通に過ごせるということは、生活レベルでは証明できないという事だ。
「帝国は仕組みを知っていた。密偵をこっそり忍び込ませ、召喚されたフリをさせることも、十分に可能よ」
バルドが、重く首を縦に振った。
女王の顔が曇った。
でも、彼女は反論の言葉を持たなかった。
玲が、冷たい目でオレを見て口を開いた。
「今回の作戦でも後方が崩れた。お前のせいだ」
剛が、無感情に続けた。
「足を引っ張っていたとしたら……」
すると蹴鞠は、穏やかな、けれど冷静な声で言った。
「ですが、確か。 彼は村田さんとご友人ではありませんでしたか?」
そう!それ!
待ってましたとばかりに、オレはこの茶番を終わらせようとした。
「雄大——」
「村田さん!」
栞がオレの声を無視して、矛先を雄大に向けた。
「速水駆とは、いつからの知り合いですか」
「だから、オレと雄大は」
「アタシは村田雄大さんに聞いている。フリならいくらでも出来る」
言い返せなかった。
というより、オレは雄大を見た。
だって、異世界の生活なんて、たかだか数か月。
オレと雄大は十年以上も付き合いがある。
「確か、初日。彼は貴方と親しげに話されていましたよね。彼が同じ世界から来た人間だということを、貴方は証明できますか」
雄大が、栞を見た。
それから──目が、泳いだ。
ほんの一瞬だった。でも隣にいたオレには、はっきりと見えた。
「……」
「村田さん」
「…………」
雄大は、オレを見ようとしなかった。
(雄大!)
心の中で呼んだ。
(なんで? なんで何も言わない?)
栞が、冷ややかな視線で全員を見渡した。
雄大は、口を開かなかった。
(雄大、嘘……だよな)
十二人で召喚された。コミケの帰りで、知り合いは数人だった。
オレにとって、この狂った異世界で唯一の、学生時代からの連れはコイツだ。
アニメの話を延々して、一緒にイベントに行って、同じ作品で泣いて笑って。
そのあいつが、黙った。
(なんか喋れよ。 ほら、コミケで推しのグッズをさ)
何故、話さないのかを考えた。
必死に考えて──わかってしまった。
謁見の間が、水を打ったように静まり返った。
オレは祈るような気持ちで雄大を見た。
雄大が、ゆっくりと重い口を開いた。
「……拙者は」
長い、本当に長い一拍だった。
「存じません」
世界が、完全に止まった気がした。
オレの血の気が一気に引いていく。
「コミケ会場で、たまたま近くにいただけでござる。それ以上の──」
止まっていた空気が、一気に動き出した。
全員が目を剥いた。オレも大きく目を見開いた。
(なんだよ。驚かせやがって……!)
一瞬でも親友を疑ってしまった自分を、オレは心の中で恥じた。
あいつはちゃんと、オレと同じ空間にいたことを証明してくれたのだ。
完璧な論理を組み立てていた栞も、その予想外の言葉に一瞬だけ思考を止めた。
「え? コミケにいたの?」
栞が、確認するように雄大の顔を覗き込んだ。
すると、雄大の体がビクンと強張り、完全に固まった。
一秒。
「ち、違うでござる! 似たような男を見たと言いたかっただけでござるッ!」
裏返った声が、謁見の間に響き渡る。
「パーカー男なんてゴロゴロいるし! そんなやつ、拙者は絶対に知らないでござる!」
「へ……? いや、だって」
謁見の間が、再び死のような静寂に包まれた。
オレは再び目を剥き、絶望の淵から雄大を見つめた。
栞が、一瞬だけ微かな戸惑いを見せ、静かに目を閉じた。
雄大は前を向いたまま、血の気の失せた唇を固く引き結んでいる。
その額には、うっすらと脂汗が滲んでいた。
「つまり証明は出来ません。……これが知られたら、困りますよね?」
栞が、視線を雄大から外した。
そのまま、冷静な瞳で全員を見渡す。
(迷った……じゃない。あいつ、保身でテンパって、普通に口を滑らせただけだ)
だけど、栞は気づいていた。
絶対に気づいていたはずだ。
あの語録が飛び出してくるということは、確実にオレと面識があるんだ。
でも、栞はそれ以上追求しなかった。
「アタシたちもトロール行為で、失敗しかけたんです」
第三隊のリーダーの冷徹な判断基準が、痛いほどわかった。
昨日の総力戦の作戦は完璧だった。陣形に欠陥はなかった。
役割を全うできる『普通の後方担当』がいれば、確実に成立していた。
作戦が失敗したのは、オレというバグが致命的なトロール行為を働いたせいだ。
だから、駆を切れば、それで終わる。
わざわざ雄大の証言を掘り起こして、話をこれ以上複雑にする必要はない。
自分たちの戦術は間違っていない。自分たちは、悪くない。
栞の論理は、最初からその一点に帰結していたのだ。
「ということで、アタシたちにも、陛下にとっても、危険ではありませんか?」
栞が、静かに宣告を締めくくった。
そこに感情はなかった。最初から、微塵もなかった。
玲が息を吐いた。
剛が腕を組んだ。
蹴鞠が、小さく目を伏せた。
日向が俯いていた。
凛が唇を噛んでいた。
誠司が目を逸らした。
美咲が手を固く握りしめていた。
誰も、何も言わなかった。
女王ルシアが、玉座から立ち上がった。
若い声だった。でも、王としての威厳は一切揺れていなかった。
「速水駆。スキルを偽り、重大な作戦を妨げ、身元の証明もできない。フィニス王国は、あなたをこれ以上保護し、匿う理由を持てません」
一拍。
「加えて」
女王の声が、少しだけ低く、冷ややかになった。
「召喚の折、あなたが王国内で知り得た情報を、万が一にも帝国に渡されるわけにはいかない。これは、王国の安全に関わる重大なことです」
バルドが、厳しい顔で続けた。
「何者かは知らぬが、勇者へ支給する食糧は、民の血肉そのもの。これは許されざるべき簒奪行為である。直ちに、異邦人ギルドの登録を抹消する」
「待ってくれ。雄大! オレは……」
「て、帝国のスパイめ……。拙者に話しかけないでほしいでござる」
そして、オレの心は折れた。
ポッキリと。




